稀有な創業者率いるニデックが構想する「次世代の経営層育成」。海外人材、キャリア入社者など、多様化した組織における人材開発の挑戦

ニデック株式会社

人事部 組織・人材開発グループ D&I推進チーム チームリーダー
加見 恵里子(かみ・えりこ)

プロフィール
ニデック株式会社

人事部 組織・人材開発グループ D&I推進チーム
大路 雄人(おおじ・ゆうと)

プロフィール

2023年4月1日、日本電産から社名を変更した「ニデック株式会社」(本社:京都府京都市/代表取締役会長・最高経営責任者:永守重信)は、「世界No.1 の総合モーターメーカー」を掲げ、事業の多角化を進めてきた。

2023年度の第1四半期には、電気自動車(EV)の心臓部とも言われるトラクションモータシステム「E-Axle」を黒字に転換させるなど、話題に事欠かない。

今回は、日本の製造業でも大きな存在感を放つ創業者の永守氏の下で成長した、同社の人材開発のビジョンについて迫った。


“世界一の総合モーターメーカー”ニデックのこれまでと現在(いま)

――2023年の4月、社名を「日本電産株式会社」から「ニデック株式会社」に変更し、新たなスタートを切っています。創立後50年の歩みや組織の変遷などを簡単に振り返っていただけますか。

加見 恵里子氏(以下、加見氏):ニデックは、1973年に代表の永守が「世界一の総合モーターメーカーを作る」という志を持って創業し、けん引してきた会社です。「ブラシレスDCモータ」「HDD用スピンドルモータ」「自動車用モータ」をはじめ、数多くの世界トップシェア製品を世に送り出しています。

創業当初からの「世界一の総合モーターメーカーを作る」という夢を実現し、1兆円企業から2兆円企業となり、現在は10兆円企業を目指しているステージにいます。ナンバーワンへのこだわりや挑戦意欲が変わりなく続き、社員も志高い企業文化に賛同し、一丸となって実現に向けて取り組んできた会社だと思います。

ニデック「中期戦略目標の概要」

※同社HP「中期戦略目標の概要」より

――ニデックはM&Aを戦略的に実施して成長を遂げている印象があります。

加見氏:おっしゃる通り、ニデックはM&Aを経営戦略の柱の一つとして成長しています。

近年は国内企業だけでなく、海外の会社からも私たちの夢に共感いただき、仲間入りをしていただいています。さまざまなバックグラウンドや価値観を持った社員が集まった今、個人を尊重し、多様な意見を受け入れながら同じ一つの夢に挑戦していくことがますます重要になりました。

そこで性別や国籍などの多様性を包括すべく、2021年から本格的にD&I(ダイバーシティー&インクルージョン)を推進する組織を設置しました。全ての人がその能力を存分に発揮できることは、組織の成長においても欠かせない要素です。


多様化する社員とグローバル環境、ニデックが迎えている「転換期」とは?

――M&Aを通じて、海外人材、キャリア採用入社者などが増えることで、多様な社員が働いていると思います。見えてきた課題と、組織・チームとして取り組まれたことを教えてください。

大路 雄人氏(以下、大路氏):組織の規模が大きくなるにつれて、多様な人材が在籍する環境となり、文字通りグローバル化が進んだ印象です。

当社は、挑戦やナンバーワンにこだわる情熱を大切にするNidec Wayに共感し、社員一同が同じ目標をもって困難に立ち向かっていきたいと考えていますが、グローバル化に伴い会社のビジョンを社員一人一人まで届けることが難しくなってきている、という直近の課題も浮かび上がってきました。

――課題の解決のためにどのような取り組みをしていますか?

大路氏:私たちは「組織開発」に関する取り組みを2021年度からスタートさせ、職場ごとのワークショップを実施しています。

よりよい成果を出していくために、自分の職場の中でどういう働き方をして、どういったことを解決すればいいのかを考える機会を持つことが、このワークショップの目的です。会社のビジョンを実現するために、各組織・個人の役割について考え、対話をする場としても有効だと考えています。

各職場のワークショップで浮かび上がった課題を解決すれば、おのずと会社全体の目標の実現にもつながっていく――、という構想です。

実際に、「笑顔の挨拶を欠かさない」といった簡単にできるものから、「専門的な勉強会の開催」「業務のローテーションの促進」など、職場をよくするための多種多様なアイデアが各職場から上がりました。

現在も、さまざまな解決策や提案が各職場から出てきています。プロパー社員、キャリア入社社員関係なく、会社や職場について意見を交わすことで、多様性のある活発な議論ができていると感じます。

――一つの傾向として、定期的なワークショップがだんだんマンネリ化してくることもあると思います。ニデックではどのように参加者のモチベーションを保っていますか?

大路氏:定期的に職場について対話することは非常に重要であるため、参加者の皆さんには前向きにワークショップに臨んでいただきたいと考えています。

一方で、当初ワークショップはすべての職場を対象に一律の進め方で実施していたため、職場によっては対話を有効に進めることができず、意義を感じてもらえないこともありました。

しかし今年度は実施マニュアルに柔軟性を持たせ、それぞれの職場・部署の状況を見て、各々に必要なことについて時間をかけて対話ができるワークショップを人事部と職場で相談しながら作っていくという運用法に変えていきました。前向きに取り組んでいただけると考えています。

――そうなると、人事側の仕事が細分化しませんか?

加見氏:ワークショップを実施する前に、対話の題材となる「組織パフォーマンスサーベイ」を実施しておりますので、サーベイ結果を基に、各職場の課題感をある程度探ることができます。どの職場・部署を、どのようにサポートしていくのがベストなのかを、人事側で確認しています。

――「組織パフォーマンスサーベイ」についてもう少し詳しく教えてください。

大路氏:組織パフォーマンスサーベイは、所属する職場の状態を可視化し、課題を探るために、アンケート形式で実施しているものです。

会社のビジョンがどれぐらい浸透しているか、同僚や上司とのコミュニケーションはどれほど円滑なのか、キャリアをどれだけ広げられるか、新しい挑戦を後押しする風土があるかなど、職場の状態を49項目に分けて調査しています。

そうしてサーベイの結果を各職場に返却し、先ほどお話しした「職場ワークショップ」の対話の題材として使っています。


「組織パフォーマンスサーベイ」「職場ワークショップ」から見えてきた課題

――成長を続ける企業からは、「事業部やカンパニーによってモチベーションが異なり、横串の人事チームを作りにくい」といった声を耳に挟むことがあります。御社はいかがでしょうか。

加見氏:当社はM&Aで大きくなってきた企業で、事業部ごとの業績・達成率を厳しく見るという「縦割り感」が強い会社であり、その点は課題となっています。

例えば、先ほど言及した「職場ワークショップ」は、各部門・グループ単位で実施しています。他部署との連携や、事業本部を超えたところでもっとできることがあるのでは――、という課題感があり、現状の仕組みでは解決が難しい状態です。

この点に関しては、組織開発の取り組みをスタートして3年目ですが、グループ・部署内だけでなく、さらなる組織横断的な施策を打っていかなければならないと認識しています。

――課題の解決に向けてどのようにアプローチしていくのでしょうか。

加見氏:部署を超える事業となると、上層部でのコンセンサスや協力が必要となります。経営陣クラスを巻き込んで部署横断的な取り組みを理解してもらい、号令をかけてもらう点が重要かと考えています。

加えて、将来的には職場単位ではなく、事業本部同士など枠組みを広げたワークショップを実施すれば、面白い取り組みになるのではないかと考えています。


「ジョブ型雇用制度」や「社内公募制度」でより社員が活躍できる環境を

――ニデックではジョブ型雇用制度の導入を進めていると伺いました。

大路氏:2021年度にジョブ型の人事制度を導入したことで、自分のキャリアは自分で切り開くことの重要性が増しています。人事制度の変更に伴い、会社としても社員のキャリア形成の支援に注力しようと取り組んでいます。

最も重要なことは、社員が自身のキャリアについて考える機会を提供することだと考えています。そこで「キャリアプランシート」を通じ、半年に1度、キャリアの棚卸しをしてもらっています。

自身の経験を振り返りながら「自分のキャリアをどうしていきたいか」を考えてもらい、上司と意見の擦り合わせを通じてキャリア形成につなげていくことが大事かと思います。

自分のキャリアを見つめる過程で、「別の部署・組織でチャレンジしたい仕事がある」と声を上げていただける方もいます。そこで、「社内公募制度」を導入し、自分が行きたい職場にチャレンジできる仕組みも整えました。

――「社内公募制度」の実施の頻度はどのくらいでしょうか。

大路氏:半年に1度、各部署の求人情報を人事部から社員に展開し、興味のある職場があれば、自発的に応募をしてもらっています。

また、自分が他部署への異動を希望していることを上司に知られたくないというケースもありますので、上司に相談せずに応募ができるといった、プライバシーに配慮した仕組みづくりをしてきました。

――大手企業の中にはジョブ型雇用へのシフトに対する反発の事例も耳にしますが、御社の反応はいかがでしたか?

加見氏:もちろん、「まだまだジョブ型制度がなじまない」という方もいます。しかし、若手社員であってもジョブディスクリプションに合致すれば責任あるポジションにも挑戦できる点は、自律的なキャリア形成を支援する観点ではメリットが大きいと感じています。

実際に若い部門長、幹部層も誕生しており、前向きにチャレンジする社員も増えてきましたね。

――「ジョブ型雇用制度」や「社内公募制」で、社員に長く活躍してもらうための環境の醸成をされていることがわかりました。部署から部署への異動はこれまで難しかったのでしょうか。

加見氏:これまでは3~5年単位で部署異動をする社員がいたり、同じ部署で長く活躍する社員がいたりと、ジョブローテーションについては明確なルールがありませんでした。

自分から手を挙げて働きかけるというより、上司からの働きかけによって異動が発生するというケースが多かったので、自分の意志で、自分の関心がある部署に行くことができる、という社内公募制度は、画期的な取り組みとしてポジティブに受け取られていると感じています。

――社内公募で活発化した部署はありますか?

加見氏:例えば、経営企画やM&A担当の部門は、業務経験者やエキスパートしか異動できないのではないかというイメージがあり、社員にとって「閉ざされた領域」でした。

しかしながら公募することによって、経理・財務系の社員に限らず、多くの応募がありました。これまでになかったバックグラウンドを持つ新たな仲間が参加し、組織が活性化しています。

また、実験業務や図面を引くなどの定型業務をしている方の中には、「もう少し自分で手を動かすような研究がしたい」という声も一定数あります。そのような社員にとっては、研究所や海外部署などの人気が高く、多くの応募が集まっています。


経営者人材の育成やDX 、Z世代の採用…、人事のテーマと今後の展望

――現在、ニデックでは経営幹部人材の育成もスタートしていると伺いました。候補者はどのように選出しているのでしょうか。

加見氏:経営人材候補は、コーポレート視点で活躍してもらえそうな経歴や意欲を持つ社員、人事から見たハイパフォーマーなどといった候補者を現場の事業本部長と人事部とで洗い出し、協議を経て最終決定しています。

理想的には、社内公募などを利用して複数部署で経験を積んでもらい、将来の経営人材候補として成長してもらいたいと考えています。また、経営に関心がある若手社員を、早い段階から戦術的に動かしていくという案もあり、将来的には手を挙げた方にチャレンジしてもらいたいと思います。

今後、創業者がバトンを後継者に受け継ぎ、経営を続けることになった際は、経営の仕方、組織に対する考え方、一つ一つの部署・グループが担うべきミッションも変わってくるのではないでしょうか。

――「DX」(デジタルトランスフォーメーション)を積極的に推進されています。DX人材の採用・育成の現状について教えてください。

加見氏:ニデックでは、DXに特化した採用の取り組みと並行して、既存の人材を育成して、職場のDXを進める取り組みをしています。特に、営業、工場系のDX化が優先して進められていますね。

例えば生産に関する研究所では、AIによる外観検査システムなどを内製化し、海外工場に導入する専門の部隊が活発に活動しています。その他では製造現場の自動化による効率化など、ものづくりの現場でも常に新たな挑戦を続けています。

営業領域のDXにおいては、グローバルに営業活動を支援する部署があり、営業活動を標準化・効率化すべく、営業現場をデジタル化し、顧客・案件情報可視化による課題の早期特定および戦略強化につなげています。

最後に、社員の生産性向上という観点でのDXにおいては、情報システム部と経営企画部などが中核となり、RPAツールや見える化ツールの職場への導入推進、グループ会社間でのシステム統一などを実施しています。

デジタル人材を多く有する会社ではありませんが、業務の効率化や生産性の向上については一人一人が課題意識を持って、自主的に取り組む空気が醸成されつつあると感じています。

人事部でも採用、給与計算・評価などの手作業が発生する業務をシステム化することで、付加価値の高い業務に集中して取り組むことができる体制を整え始めています。

――「ミドルシニア層」の採用や活躍についてはいかがでしょうか?

加見氏:当社の独特なカルチャーでもありますが、「年齢」という概念にはあまりこだわっていません。若手社員でも抜擢(ばってき)されますし、役職定年もありません。

例えば当社では、30代から60代まで幅広い世代が部門長として活躍するほか、40代以降で中途入社してこれまでに培った経験やスキルを活かして価値を発揮する方など、さまざまな人材が在籍しています。年齢に関わらず、活躍できる人材は活躍する、という考え方です。創業者を見ても、50年以上現役ですからね。

一方、いつまでも現場で活躍していると昇格のチャンスや挑戦の機会が減ってしまう――、ということにもなりますので、ポジションの任用については、仕組みを整えて適切なバランスをとる必要があると認識しています。

――「Z世代」(~27歳)などと言われる若年層の採用・育成を巡る状況や課題について教えてください。

加見氏:これはZ世代に限らないのですが、創業者や経営幹部の言葉の真意をきちんと伝えるのが難しくなっているのではないかと感じています。

当社ではグローバルに社員を抱えていますので、いかにわかりやすい言葉で、経営層の言葉の本質を噛み砕いて伝えられるかについては、人事もその役割を担っています。

――「人的資本経営」「ダイバーシティ」「インクルージョン」など、人事部の重点テーマがありましたら教えてください。

大路氏:人的資本経営は、当社が重きを置いているテーマです。経営理念を人的資本経営の根幹に据え、人材の価値を最大限発揮できるよう、会社組織および人材に係る基本的な考え方をまとめた「Nidecグローバル人事ポリシー」を制定し、この指針に基づいた人事施策を展開しています。

その結果が、会社組織あるいはヒトの側面から業績などへの貢献につながるものと考えています。

自社のポリシーに基づき、個人が自分の意見を持って主体的に活躍し、互いに尊重し合いながら成功できる組織を目指すことや、公正公平に社員を評価し、個人個人に適切なキャリアが提供されるような仕組みづくりを通じて、当社の在りたい姿を実現していきたいと考えています。



※同社資料「Nidec グローバル人事ポリシー」より一部抜粋

――最後に、組織開発担当者として今後の展望をお聞かせください。

加見氏:ニデックは「創業者によるトップダウンの社風」というイメージが強いかもしれません。もちろん、2030年度に売上高10兆円を達成するといったような大きい目標は経営トップが掲げるのですが、それに対してどういう取り組みをしていったらいいのか考えるのは、各組織に委ねられています。

取り組みの必要性や費用対効果が認められたら、やりたいことに対して「NO」と言われることは基本的にありません。社員からボトムアップで提案していこうという社風があるので、そうした風土を活用し、今後もより良い組織づくりに取り組んでいきたいと思います。

【取材後記】

創業者である永守氏が、強いリーダーシップを持って事業を推進してきたニデック。世界各国で進むEV化の波に乗り、EV開発に必要不可欠な部品の量産化に成功するなど、50年にわたって同社をけん引してきた創業者の先見の明は、今もなお、鋭敏さを保っている。一方で、人事部は「次世代の経営」「多様性」といったテーマを見据え、組織開発に取り組む。今後、ニデックという組織がどのような変化を遂げていくのか、注視していきたい。

企画・編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部、撮影/合同会社フォトレイド(三浦 卓)、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション

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