組織力の低下にどう向き合うか。神戸大学大学院×ニトリから学ぶ、次世代リーダーの採用・育成法とは
さまざまな変化が、新型コロナウイルスにより起きました。オンラインによるリモートワークはその代表ですが、物理的な環境だけではなく、働くことの価値観にまで影響を及ぼしており、個人と企業の関係性にズレや違和感が生じています。人事はどう対応すればよいのか。神戸大学大学院の服部泰宏准教授ならびに、ニトリホールディングスの組織開発室長、永島寛之氏の講演およびトークセッションから学びます。
コロナ禍によって見えてきた、採用・育成の課題と挑戦/神戸大学大学院 経営学研究科 准教授 服部泰宏氏
●レジリエンスが強い企業はコロナの被害が最小限だった
まずはコロナ禍による企業の状況を報告したいと思います。私は日本の企業314社ならびに就労者に対してコロナ禍前より調査を続けていますが、コロナ禍により明らかに売上が減少するなど、業績が悪化した企業が少なくありません。具体的には3分の2の企業で売上が減少したと答えています。
企業の規模によっても状況は異なり、特に、小規模な事業者ほど新型コロナウイルスの影響が大きいことが分かりました。また現場レベル、実務においても新型コロナウイルスが影響を及ぼしていることも分かりました。「従業員への意思伝達が難しくなった」といった具合です。
一方で、「現場で事故、ミス、トラブルが増えた」といった項目ではそれほど影響を受けていないことが分かり、日本企業の素晴らしさを再認識することができました。
コロナ禍の影響が最小限で済んだ企業。逆に、大いに影響を受けた企業。明暗を分けたのは「レジリエンス」がポイントであることが見えてきました。
レジリエンスは経済学で、さまざまなレベルで当てはまるクロスレベルイシューと呼ばれていますから、組織に限らず、個人、職場といったレベルでも存在します。
●オンライン化により“冗長性”が削ぎ落とされた
コロナ禍によりオンラインでのやり取りが浸透しました。結論から言えば、オンラインによるやり取りは対面でのやり取りと遜色ありません。ただし、やり取りする目的が明確な場合、大学の講義などに限ります。
たとえば、実際にキャンパスで講義を受ける際には、キャンパスまで歩いて行ったのか、自転車で行ったのか。その間に友だちや先生と会話したかなど、一見すると無駄のように見える行動やコミュニケーションがありますが、これらがオンラインではすべて削ぎ落とされます。
この無駄を採用に重ね合わせると、重要なことが見えてきます。コロナ禍の影響で開催が自粛されている合同説明会がいい例です。説明会に参加しことで、目的ではなかった新たな企業の存在を知り、その会社に入社することになった。このようなケースが少なくないからです。
採用面接でも該当します。求職者は面接官とのワンツーワンのやり取りだけでなく、面接官同士の対話や、お茶を運んできた従業員とのやり取りなども注意深く見ているからです。
●レジリエンスが強い人材を採用・育成する
つまり人事は、オンライン、冗長性、この2つの事象について対応する必要があります。たとえばリアルな面接を行う際には、なぜリアルで行うのかをしっかりと、ロジカルに説明します。オフィスのレイアウトをこだわっているので見てもらいたい。どうしても会ってほしい若手のエースがいる、といった具合です。
理由を明確に求職者に伝えることで、これまでは当たり前であったリアル面接がプレミア化します。そして実際にリアル面接を受けた求職者の志望度は、高まっていきます。
採用においては、個人レベルでレジリエンスが高い人を選定することがポイントです。私の研究データに基づけば、これまでの採用基準であった、学歴、知識、経験、人脈といった指標以上に、レジリエンスが強い人材こそ、入社後に活躍するケースが見られるからです。
育成や現場レベルのやり取りでは、冗長性を意識します。ポイントはゲーミフィケーションです。お互いが興味を持つクイズなどを出し合うことで、業務以外の情報を共有。実務においても、一緒に働いているメンバーの住まいや家族構成といったプライベートなことを、ふだんから共有します。
行動がイメージできる「メンタルモデル」が共有できからです。育児中のメンバーであれば、夕方の時間帯は子どもを迎えに行っているだろうから、その間に連絡するのはやめよう、といった具合です。
メンタルモデルの共有がチーム、組織として共有されていればいるほど、組織としてのレジリエンスは高まります。また情報交換は会社に対する愛着心やロイヤリティの醸成にもつながり、組織としてのレジリエンスはさらに高まります。
最後にもうひとつ。新卒や第2新卒といった若い人材を採用する際には、アフターコロナの姿を明確に示すことが重要です。組織としてのリーダーシップはもちろん、入社後どのような成長ができるかといったキャリアについても明確に提示します。
パンデミックで再確認した、個人と組織の関係性/株式会社ニトリホールディングス 組織開発室 室長 永島寛之氏
●“エンプロイジャーニー”をいかにデザインするかが人事の仕事
まずは人事の役割について、改めて私の考え方をお伝えします。
これらが大切にしている人事ポリシーです。
人事の仕事を一言で現せば、「“人事の顧客”である社員や求職者の方のエンプロイジャーニー(社員としての旅路)デザインすること」だと考えています。会社を舞台にした、一人ひとりの社員の社会課題の解決までのジャーニーをデザインすること。そしてその先に組織の成功がある。目先の外部環境が大きく変わるコロナ禍の今こそ、人事の役割の本質について改めて考える良い機会です。
●【個人と組織の関係】個人の価値観と好奇心を言語化して、明確にした未来組織とつなげていくことが重要
まず最初に人事がやらなければならないことは、現在の組織のなかで、現在の社員の生産性を上げて、成果を最大化していくことです。そのために、人事制度設計やテクノロジーの活用などの人事施策があります。
しかし、成長志向の企業はこれだけだと足りません。中長期計画から、未来のビジネスとそこに必要になる未来の組織の在り方を明確にしていくことが必要になります。これをミッションやビジョンとして言語化し、全社員に伝えていく。
私たちを例に挙げれば「住まいの豊かさを世界の人々に提供する」というミッション(ロマン)があり、30年先のビジョン(未来)は、「2032年、売上高3兆円、世界の暮らしを提案する企業に」というミッションビジョンの浸透度は高いです。
一方、個人の価値観や好奇心を言語化して、現在の業務や未来の目標とつなげていくことも人事の大切な役割です。この二つの組織と個人の「未来にありたい姿」をどうやって繋げていくか。それこそが人事の役割であり、腕の見せ所です。組織ならびに個人の成長を実現するのだと考えています。
●【組織開発】“配転教育”ですべての業務をインソース化
ミッションやビジョンと同じく大切なのが、会社のコアコンピタンスを明確にすることです。たとえばニトリでは「製造物流IT小売業」とのコアコンピタンスを掲げています。具体的には、基幹システムの構築といった専門知識を要する業務であっても、基本的には内製化しており、情報システム部には約250名のメンバーがいます。
情報システム部のメンバーも含め、他にも専門性の高い仕事に就いているメンバーが大勢います。どのように育てているのか。それは「配転教育」です。配転教育とは、配置転換と経験教育を足した言葉です。
ニトリには37部署100職以上、5000人ほどの社員がいますが、全員を対象に、2、3年に一度、配置転換を実施。さらに、既存部署以外にもさまざまなプロジェクトやタスクフォースが走っていて、所属する部署以外の業務にも就く社員が少なくありません。
タスクフォースや頻繁な配置転換を通して、組織の中に横軸がいくつも刺していきます。若手、ベテラン関係なくフラット環境でさまざまな業務を担う、自律分散型組織でもあるのです。
自律分散型の組織では、人事制度がキーになってきます。一般的な指標である、評価や報酬はもちろんですが、自律を促す機会をいかに提供していくかなど、社員のモチベーションを上げる仕組みを設計することが重要だからです。またその仕組みをサイクルとしてまわしていける構成もポイントです。
●【人材開発】多様な専門性を持つ「エキスパートゼネラリスト」を育成する
このようにニトリでは、自律した個人が活躍するステージづくりを意識した人事施策を行っています。言い方を変えると、これまでの生産性効率を目指した人事施策ではなく、個々の付加価値を高めることで労働生産性を上げていくアプローチです。付加価値とは、質、成長、クリエイティブ、自律といった指標です。
新入社員に付加価値を身につけてもらうために、3年間のオンボーディング研修を設けています。それ以前、採用の段階でも付加価値を意識しています。中途採用の場合は特にスキルマッチで採用しがちですが、そうではなく、あくまで付加価値の醸成につながる、自律の核となる好奇心や価値観が一致する人材です。
配置転換ではさまざまな部署に移動し、各業務の専門性を身につけてもらいたいとの想いから、各部署がどのような業務を行っているのか。異動する前からイメージできるような施策を打っています。例えば、毎月出している社内報、各業務の担当者にインタビューした様子を掲載しているニトリ図鑑。週に一度の頻度で動画も公開しています。
さまざまな議論があるようですが、私たちが目指しているのは多様な専門性経験が加わった「エキスパートゼネラリスト」人材の育成です。またニトリでは入社3年目から部下がつき、6年目には店長に就任するフローのため、早い段階でリーダーシップを身につけてもらおうと、ビジョナリーリーダー研修も実施。同研修では自分のロマン(ビジョン)を明確に発言できる。そのようなスキルが身につくゴール設定としています。
●【テクノロジー】どの従業員がどんな学習をどれくらいの時間学んでいるのかをプールする
テクノロジーの活用も積極的に行っています。従業員のスキルや経験をデータとして可視化することで、個人の成長はもちろん、組織の成長にも役立てています。たとえば配置転換の情報をデータ化しています。外部研修やeラーニングなどの学びについても、どの従業員がどんな学習をどれくらいの時間学んでいるのか、データとして把握しています。
そうして得たデータを各人がプールされたデータベースに溜めていくことで、どの従業員がどのようなスキルや経験を持っているかが、ひと目で分かるようになっています。新たなタスクフォースが生じた際には、適切な人材を選定するといった活用を考えています。
データ化したことで、より多く学んでいる従業員はやはり高いスキルを身につけていることも分かりました。月一でパルスサーベイを行い、得たデータを他のデータと紐付け活用するような取り組みも行っています。
ニトリではいわゆる社内コンテストも数多くあり、従業員があったらいいと思う商品を競い合うコンテストなどがあります。このようなコンテストに応募する従業員は熱量が熱く優秀な人物が多いため、その熱量をデータ化しようとも考えています。
配置転換では従業員と組織の意見を合致する必要がありますが、同業務をスムーズに行えるような、具体的には過去や現在の状況だけではなく、各人が考えている未来の姿を見える化するツールも開発しています。
【特別企画】トークセッション
テーマ①:個人と組織が徹底して向き合えるには何が重要か
永島氏:まずは人事が組織の壁を超えて、個人に本気で向き合う姿勢になっていることが一番大切だと思います。言い方を変えると、覚悟があるかどうか。マネージャーも同じく、マネジメントだけではなく、チームメンバーを本気で育成しようというリーダーシップがあり、そのリーダーシップを人事がサポートすることが重要です。
「社員から好かれる、頼られる人事になり、誰もが人事の顔を知っている存在になろう」--。私がよく人事メンバーに伝えていることも、ポイントだと思います。
服部氏:ハーバード・ビジネス・レビューで紹介されていた『意志力革命』という本の内容が参考になります。とにかくやりきり、目に見える成果を出す。上司はそのような部下の成果を認める。すると成功体験になり続いていくというロジックです。
テーマ②:HRテックでどのようなデータを取ろうとしているのか
永島氏:ありとあらゆる情報をデータ化して組み合わせて、組織と個人の状態を見たいと考えています。たとえばセッションで説明したような熱量といった定性的なデータも含めて、です。
服部氏:現在の定点観測データも大切ですが、先端企業を見ると変化情報、差分を意識しているように見えます。パルスサーベイなどはまさに代表例でしょう。
テーマ③:本社勤務を望む人が多いと思うがコーディネートはどうしているのか
永島氏:将来何をやりたいのか、その上でどのようなスキルを身につける努力をしているか。そこを、公正公平に見ています。現場がマーケティングの最重要拠点と考える弊社では、本部での異動の間に店舗経験をしてもらうことも多いです。特に昇格する方は、一度店舗でしっかりお客様のニーズに向き合う時間を作るようにしています。
製造物流IT小売業である弊社には、現場以外にも多くの部署があるため、「ニトリ図鑑」という冊子や動画配信を行ったり、キャリアに悩む方には、キャリアディベロップメントカウンセラーが丁寧に対応しています。でも一番重要なのは、上司が部下の「過去」と「未来」をしり、「現在」の課題や業務と繋げてあげることだと思っています。
服部氏:未来志向はもちろん大事ですが、一方で、未来志向ばかりの人もいますよね。そのような人材に対するコミュニケーションはどうされているのでしょう。
永島氏:現場の仕事が未来につながることを、丁寧に伝えるしかないと考えていますし、先のとおり、実際にそのように接しています。ニトリの店舗は小規模店でも年間売上が5億円近くありますから、この中でマネジメントをしていくことで、企業の経営者のスキルが身につくわけです。現場の業務を得られるスキルに変換することは非常に重要です。
テーマ④:スペシャリストとゼネラリストについて
永島氏:できるだけ多くの組織に所属して、複数の業務を経験することで、経営者につながる幅広い視野を得られるだけではなく、複数の業務をつなげて、新たな価値を作り出すことができるようになる。それこそがゼネラルな視点で業務を推進するスペシャリストなんだと思います。
また、大企業になると組織が複雑化して、業務の重複や欠落するが課題になります。業務間を行き来できるゼネラリスト育成こそが、そういう大企業病からの脱却の処方箋になります。
服部氏:ある程度幅を持って、つまりゼネラリストとしてスタートし、次第に自分の専門性を深堀りしていくことが、日本の未来のモデルだと思います。
永島氏:ゼネラリストこそが、あるべき深堀ができるのでしょうね。
テーマ⑤:リーダーの評価について
服部氏:多くの上司は短期的に貢献してくれた部下を評価しがちです。一方で、そのメンバーがいるとなぜかチーム全体の業績があがるような、いわゆるシャドウ的な活躍をする人材もいるかと思います。ニトリさんでは、どのように評価されているのでしょう。
永島氏:まず、何かトライして失敗したからといってマイナス評価するようなことはありません。業績評価に加えて、これまでのニトリをつくってきたメンバーのコンピテンシーを明確にし、その内容を評価に加味します。
テーマ⑥:人事の専門知識はどうつけるべきか
永島氏:人事の専門知識も大事ですが、経営の課題を理解できて、その課題を解決して組織の生産性をあげるた目には、どういう組織やスタッフが必要なのかということを考えられる人材が必要です。実際に当社でもそのような人材がメインで人事業務を担っています。実際の現場経験を経て、経営層や経営計画担当者ともしっかり話ができる素養が必要です。
服部氏:おっしゃるとおりだと思います。ただできる人事のコンピテンシーは、メタコンピテンシーも含め、測定が難しいのが現状ですね。
取材後記
「コロナ禍で組織力の低下を感じている」「次世代リーダーの採用、育成に課題を感じている」「社員のはたらく価値観の変化にどう向き合ったらよいのかを知りたい」--。こうした課題をお持ちの企業や組織にとって、リーダーシップと組織力を高める採用・育成手法の講義は、インプットの機会としては最高の時間になったのではないかと思います。特に「“人事の顧客”である社員や求職者に対するエンプロイジャーニー(社員としての旅路)をデザインすること」のお話は印象に残りました。コロナ禍により組織も働き方も変わりました。私たちは変化する世界で常に最適解を探し続ける旅を続けていかなければならないと感じます。
取材・文/鈴政武尊・杉山忠義、編集/鈴政武尊