「読者は何を知りたいのか」を考え抜く。メルカリ採用ブランディングのメソッド

株式会社メルカリ

People Branding editor/writer
西丸 亮

プロフィール

転職潜在層への接点も視野に入れ、採用ブランディングに注力する企業は増加しています。しかし、採用に特化したオウンドメディアを検討・スタートしてみるものの、なかなか成果が出ないと苦戦している企業も多いのではないでしょうか。―そこで今回はフリマアプリ事業で躍進し、創業5年で社員数1000名超までに成長したメルカリの採用ブランディングに注目。People Brandingに所属する西丸亮氏をお招きし、同社の”はたらく人”を伝えるコンテンツプラットフォーム『mercan(メルカン)』を中心に、採用を加速させる体制づくりから、KPIの考え方まで講演いただきました。

(本記事はdodaが主催したセミナーの内容を編集・要約した上で構成しています)

メルカリ“らしさ”の醸成を目指すPeople Branding

メルカリ“らしさ”の醸成を目指すPeople Branding

メルカリとは、一体どんな会社なのか?

はじめに、本講座にお越しの皆さんにお伺いします。メルカリという会社や社員に対してどのようなイメージを持っていますか?(会場に質問しながら)「フレンドリーな印象」、「情報を社内外にオープンにしている」、「“人”が前面に立っている」、「”メルカリらしい人”が集まっている」などさまざまなイメージを持たれているようですね(笑)。私自身も転職活動をしているとき、選考のあらゆる場面でこの“メルカリらしさ”を感じていました。まさに、採用候補者をはじめとした世の中の人が、 “メルカリらしさ”をなんとなくでも感じている状態こそ、採用ブランディングができているのだと思っているんですね。本日はこの“らしさ”を形成させる、メルカリの採用ブランディングについてお話しします。

まずメルカリという会社について説明します。個人のスマホで簡単に売り買いができるサービスを運営し、現在アプリは世界で1.3億以上ダウンロードされています。2013年の設立ながら現在従業員は1650人(連結)を超えるまでになりました。なお、メルカリは2018年6月に東証マザーズに上場を果たしましたが、その際に『人への投資』、『テクノロジーへの投資』、『海外への投資』―この3つの投資を惜しまないことを宣言しています。特に『人への投資』は会社としても重要視しており、ますます人の成長にコミットしていく状況にあります。

また、メルカリには『新たな価値を生みだす 世界的なマーケットプレイスを創る』というミッションと、それを実現させるため、「Go Bold(大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be Professional(プロフェッショナルであれ)」という3つのバリュー(行動指針)があります。例えば、何をやってもうまくいかない時や妥協しそうな時…。何か迷いが生じたら必ず一度バリューに立ち返る。そのぐらい、バリューは全社員の意思決定の軸になっているのです。

採用に、全社員でコミットするほど、「人にこだわる」

おかげさまで、「メルカリ=採用に強い」というイメージが定着しているようですが、それはなぜか。実はメルカリでは、採用をHR部門だけに任せていません。現場の社員が積極的に採用にコミットすることを徹底しているんですね。先ほど「人への投資」について触れましたが、メルカリにとって人材は何よりも大事です。やはり良いサービスを作っていくには、意欲ある優秀な社員たちが必要です。「こういう人材が欲しい」というコミュニケーションが自然にできるような環境づくりは徹底されていますし、採用を通じてメンバーもメルカリ自身に向き合い、よりメルカリのカルチャーやバリューへの理解を深めていくことができるのだと思っています。

しかし、今後は「採用に強いメルカリ」から、「個人の成長を加速するメルカリ」へと進化していく必要があります。なぜなら、事業やサービスが伸びているからメルカリに転職しようではなく、メルカリの環境を使って自己実現できる、メルカリで自身の成長を加速させていきたい…と思ってもらいたいから。優秀な人、やる気がある人たちにジョインしてもらうことで、より会社も事業もグロースできると考えています。

そのため、私たちは何よりもEmployee Experience(従業員体験)を向上させることに注力しています。もちろん、コンシューマーサービスを扱っている以上、Customer Experience (顧客体験)は重要です。しかし、従業員自らサービスを考え、挑戦し、それを楽しむことができないと、顧客に良いサービスを提供できないのではないか。この考え方はメルカリにとって非常に大事な基盤です。現状、良い相乗効果が生まれていると思います。

採用ブランディングを担う、「People Branding」チームとは

では、人の成長はどのように実現しているのか。メルカリには、新卒、中途、グローバル採用、人員計画、総務など7チームから構成される「People&Culture」という部署があります。その中で私が所属する「People Branding」は、『「メルカリグループではたらく人」を発信し、社内外に「メルカリらしさ」を認知してもらう』をミッションに、Web運用からイベント・コミュニティづくりなど、採用ブランディングに関わるあらゆる企画・運営を担っています。実は『mercan』の運営だけを行っているわけではないんですね。イベントの企画やミートアップ、社員向けの勉強会にも関わっています。さらに、毎月2回ほど開催される入社オリエンテーションで、新入社員に対してメルカリのバリューを伝えるなど、既存社員向けの研修にも携わっています。

メルカリのブランディング

(メルカリ社登壇資料より)

つまり、People Brandingはオンライン・オフライン/社内外に関わらず、コミュニケーションをとることを何よりも大事にしています。常にその先の相手を考え「1対1」の関係性を意識しながら、採用ブランディングに携わっているのです。

月間約30万PVを記録するメディアは、どのようにして生まれたのか

月間約30万PVを記録するメディアは、どのようにして生まれたのか

採用ブランディングの核となるオウンドメディア『mercan』

『mercan』 はメルカリグループではたらく人を発信していくために2016年5月にローンチしました。月間PV(ページビュー)は、約30万にのぼります。ポリシーは毎日更新すること。年間350本以上の記事を公開しています。mercanは記事だけにとどまらず、YouTube動画やライブ配信にも挑戦したり…。さまざまなカタチでメルカリの「はたらく人」を伝えています。なので、「オウンドメディア」ではなく「コンテンツプラットフォーム」と呼んでいるんです。

(YouTube環境でご覧いただけます)

mercanはもともと、社長である小泉(メルカリ取締役社長兼COO小泉文明氏)が中心となって立ち上げたもの。当初、設定した基本ポリシーは以下の通りです。当時から『人への投資』を第一に掲げていたこともあり、HR主導で運営していくことはある意味当然。これらは今でもmercanに脈々と受け継がれています。

 ① HRが主導すること
② 記事は毎日更新すること
③ 点在する情報を集約すること
④ PVは共有し、追わないこと
⑤ 社員へのシェアは強要しないこと

記事を毎日更新するとありますが、コンテンツによって文章のボリュームはさまざまです。文章の量よりも、採用候補者となる人たちが一体何を求めているのか。どういう情報を発信すべきなのか…など「価値あるコンテンツを発信すること」を第一に掲げています。通常、採用候補者の感情は変化するものです。「(メルカリを)知らない」状態から、「(メルカリってどんな会社?という)興味」へ移行する第一フェーズ。「(メルカリに)興味がある」状態から、「(候補者となる自分がメルカリに)マッチングするのか」知りたいと思う第二フェーズへと動いていくのが通常です。そのフェーズごとに知りたい内容も変わってくるもの。そこで、採用候補者をアトラクトする要素を細かく考え、企画に落とし込むようにしています。

インテント

(メルカリ社登壇資料より)

これら全部を1つの記事で網羅することは非常に難しいです。ですから、メルカリを知らない読者にとっても、メルカリに興味がある読者にとっても、メルカリで働きたい読者にとっても…。どの採用候補者が読んでも価値ある情報を得られるように、テーマをピンポイントに設定・発信していくことが大事だと考えています。

企画で大事なのは、「メルカリで働けるか?」というリアリティが持てるか

次に、企画を考える際に大事にしていることは何か。企画の大方針としては以下4点になります。

 ① ユニークネス(競合他社との圧倒的な差別化ポイントは?)
② 不完全性(完全ではないからこそ、組織のポテンシャルを描けているか?)
③ 自分事化(採用候補者にできそうな仕事か?)
④ 想い(プロダクトやサービスの作り手に愛はあるか?)

ここで重要だと思っているのは、“不完全性”と“自分事化”です。言うまでもなく、メルカリは完成された組織ではありません。不完全だからこそまだまだできることがたくさんあることを伝えなければなりません。先ほども述べましたが、「個人の成長を加速させる環境かどうか」は大事なポイントです。また、メルカリではたらく人を取り上げる際、「その人はいかにすごいか」「その仕事はどれだけ価値あることか」をアピールすることも重要ですが、採用候補者が記事を読んだ際に「自分には無理」と思ってしまっては、まったく意味がありません。「その仕事は自分でもできるのか?」と、リアリティを持ってイメージできるかどうかこそ、採用ブランディングでは欠かせないポイントだと思っています。

今でこそ、多くの方々に読まれるようになってきましたが、2018年の2月までは月間10万PVほどしかありませんでした。ターニングポイントになった記事を強いて挙げるとすれば、メルカリアッテというサービスの終了に関する記事ですね。一般的に、“リリースしました”や“開発秘話”といった記事は多いですが、“クローズしました”と発信する記事は世の中に少ない。普通の企業だったらそっと隠したい部分ですよね(笑)。でも、クローズした背景や失敗した理由など、泥臭いありのままを出すことで、共感者が生まれ、「じゃあ自分でもやってみよう」「こういう会社でチャレンジしてみたい」と意欲的な応募が生まれる。興味のある企業に余白があって、ジョインできる気持ちを持てるのか、その要素は採用ブランディングにおいてとても重要ではないでしょうか。

全メンバーを巻き込んだ記事づくり。経営に「NO」と言うことも

全メンバーを巻き込んだ記事づくり。経営に「NO」と言うことも

実は、People Brandingのメンバーはマネージャーを含め3人しかいません。そのため、毎日更新している「メルカリの日々」というコンテンツは、HRやPR、カスタマーサービスなど、さまざまなチームやメンバーが持ち回り制で記事を更新しています。ではどのように情報収集しているかというと、毎週、オンラインかオフラインのいずれかでミーティングを実施。どのようなことが現場で起きていて、何を発信すべきなのかディスカッションしていきます。

また、リクルーターとの連携も強くしています。「こういう人からの応募が欲しい」「こんな人を記事にできないか」など、実際に採用候補者や現場の社員とコミュニケーションを図っているリクルーターとの会話は、私たちにとって重要な情報源です。何気ない日常的な会話の中で出た課題をmercanで発信し、解決していく、というサイクルができています。メルカリは現在約100職種もの求人がありますが、私自身すべての仕事を理解できているわけではありません。分からないことはすぐに現場に聞きにいく。なので、分からないことへの好奇心を持って日々過ごしているように思います。こうやって集めた情報は、競合他社の情報発信と照らし合わせながら、いつ、誰を、どのタイミングで記事に上げるのかを戦略的に選定するようにしています。

それに加え、私たちは月に1度、経営陣とのミーティングも実施しています。この定例によって経営陣から「メルカリの今ってこういう現状だから、こういうことを伝えてほしい」「こういう人材にフォーカスしてほしい」など、会社としての考えを直接吸い上げています。ただし、実際に記事づくりを行うのは現場にいるメンバー。ただ経営陣の言う通りにするのではなく、時には「その情報は今のタイミングではありません」「もっとこのような人を登場させませんか?」など、臆さず自分たちの意見を言うこともあります。大事なのは読者です。読者のことを一番に考えて情報をアップデートしなければなりませんから、経営陣とフェアに対話できることは、採用オウンドメディアの運用において重要かもしれませんね。

このように、現場と経営陣の間に立ち、メルカリというブランディングを形成させていくことが、私たちPeople Brandingの役割です。メルカリの成長スピードは、一般企業の約3倍と言われていますが、待ちの姿勢では現場・経営それぞれのスピードが見えてきません。両サイドを行き来し、まんべんなく情報収集をするように心がけています。

オウンドメディアの効果を定性・定量ではかっていく ―メルカリのKPI―

オウンドメディアの効果を定性・定量ではかっていく ―メルカリのKPI―

mercanの効果とは?

mercanの効果として、①採用 ②認知・ブランディング ③ソース ④インナーコミュニケーション の4つが上げられます。

mercanでは、他のメディアだと取り上げにくい内部監査やコンプライアンス、リスク管理などの職種も紹介しています。そういったセンシティブな職種でも自社メディアであれば情報をコントロールして記事化することができますよね。記事によっては、仕事そのものの話はほとんどせず、幼少期や学生時代のこと、上司のこと、その人の想いを伝えることもあります。重要なのは「この人の横で働けるんだ」と働くイメージができるかどうかということ。包み隠さず、情報を発信することで、面接や面談の際は、採用候補者のwillについて時間を割くことができ、より採用にコミットできるというわけです。

次に認知・ブランディングについて。2018年5月に、育休明けのエンジニアにインタビューした記事を公開しました。すると、あるメディアから記事掲載の問い合わせをいただいたんです。社長や経営陣だけがメディアに載るのではなくて、「自分たちがメルカリの制度を使って、こういう働き方をしてるんだよ」とメンバー自らが伝えることでリアリティが生まれるのだと思います。また同時に、社内に向けても「こういう人がいるんだよ」と認知させることができますよね。

また、ソース(情報蓄積)に関してですが、これまでメルカリでは規模の大きいカンファレンスを開催しています。その情報を記事にし、メルカリの歴史・社史として残しておく。例えば採用サイトのジョブディスクリプション(職務記述書)の下に貼り付け、人物記事(チーム記事)と合わせて見てもらうことで、よりメルカリの知識を深めてもらう…という使い方も重要なのかなと思っています。

最後に、インナーコミュニケーションについてですが、社内の新人事評価制度や新インセンティブ制度の導入などをタイムリーに記事化しています。そうすることで、採用候補者はもちろん、すでに働いている社員にまでメルカリの考えを理解・浸透させるコミュニケーションにつなげられました。

mercanのKPIは、「認知」から「体験」へ

これまでのmercanは「KPIは設定していません」とうたっていましたが、振り返ってみると「認知の向上」がこれまでのKPIだったと思っています。採用における認知指標とは、「応募者の既読率100%」や「入社前後のネガティブギャップが0」になりますが、難しいのがギャップ0。そのため、入社1.5カ月アンケートを実施していまして、そこで抽出したデータをもとに企画に落とし込んだり、どういう情報を発信すればいいか検討したりとサイクルを回していました。

しかし、これからmercanでは採用候補者となりうる読者、興味を持ってくれた読者の体験にいかに寄与したか、をKPIに設定しようと思っています。例えば、採用候補者にアンケートを実施し、「どういう情報に触れ、応募したのか」などについて、データで可視化していく予定です。オウンドメディアは数字の成果を可視化しづらいというイメージがありますが、定性的にも定量的にもメディアが評価されるような仕組みを、mercanから発信していきたいと考えています。

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最近、さまざまな企業が採用ブランディングの一環としてオウンドメディアを検討されていると思います。けれど、方法はなんでもいいんです。会社のミッションを実現する中で、採用は重要であり、その採用を実現するための方法は色々あります。その手法の中でどれを選ぶかは、その会社のカラーによって決まるかと。目指したい方向性を精査していけば、自ずとどのような方法をとればいいのか見えてくるはずです。もしかすると、mercanだって明日なくなり、他の方法に切り替わる可能性だってある。数ある方法のうちの1つに過ぎないので、常に足元とその先を見つめながら、今何が最適なのかを見極めていきたいですね。

最後に、私はmercanを1つのプロジェクトだと思っています。「メルカリの人らしさ」を伝え、広げるためのプロジェクト。そのためにはメルカリではたらく全社員が、このプロジェクトに参画する必要があります。それを加速させるのが、私たちPeople brandingだと思っています。mercanだけにとどまらず、「人軸のブランディング」に今後も力を入れていきたいですね。
mercanは1つのプロジェクト

【まとめ】

人材の採用こそ、メルカリがこれからも成長していくためのカギになる。そのことを全社員が理解しているから、高いリファラル採用率や各部署兼任によるmercanの運営が実現できているのではないでしょうか。企業の核となるのは、サービスでも製品でもなく“人”である。その強い意思が、メルカリの全ての取り組みから感じることができました。

また、mercanを運営する上で重要なファクターの一つが、経営層との定期的なコミュニケーション。会社や事業の方向性を把握しているからこそ、いつ、どんな記事を配信すれば効果的なのかが考えられる。それを徹底しながら、目の前のPV数に縛られない裁量を持っていることがmercan成功の要因と言えるのではないでしょうか。

(取材・文/眞田 幸剛・齋藤 裕美子、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)