マネジメント都市伝説の真相に迫る、人事と採用のセオリー【セミナーレポート】
人材獲得競争の激化、働き方改革の推進…など、日本における労働環境は急激に変わりはじめています。同時に、人事・採用担当者の在り方、考え方にも変化が生まれはじめました。
これまで常識・当たり前だと思われていた考え方や手法、制度は、現在の環境では非合理的なものではないか―。本質を見極め、心理学や行動学、組織論から導き出された「原理・原則」に今一度立ち戻る必要があるのではないか―。多くの企業が「採用」「育成」「定着」について、独自の手法を模索し、悩まれているのではないでしょうか。
そこで、2018年に刊行された『人事と採用のセオリー 成長企業に共通する組織運営の原理と原則』が話題の、株式会社人材研究所代表の曽和利光氏が登壇。人事のセオリーをひもときながら、人事と採用についての新たな考え方や具体的な策をお話しいただきました。
人の人生に影響を与える仕事だからこそ、セオリーの理解は大事
私はかれこれ何十年と人事・採用業務をやっておりますが、その中で自分の思い込みや勘、単なる経験則に基づいて判断していたという反省があります。これまでに行動心理学や組織論など、人事業務に活用できるような原理原則、セオリーが研究・発表されています。しかし、人事という仕事は人を扱う仕事であるが故に、どうしても“原則原理”や“セオリー”を一切踏まえずに、自社や自分の経験(=持論)をベースに行っていることが多いのではないでしょうか。先日、新卒採用がスタートしたわけですが、あるメディアで企業が行う質問事例についての特集が組まれていたんですね。そこには、「こんな質問をしても学生のことは一切わからないのでは?」「これを聞いて何になるんだろう?」といったセオリーと逆行する内容が並んでいたのです。
「人事」というのは、多くの人材に影響を与える職種だと思っています。どのような仕事でもそうかもしれませんが、たとえば人の昇進・昇格だったり、配置や異動だったり、あるいはキャリア形成だったり…。人生に対してダイレクトに影響を与えるのが人事という仕事なのではないでしょうか。それだけ影響範囲が大きい仕事において、判断を下す根拠となるものが間違っていてはダメなのではないかと。間違った理論をベースにして成された決定では、たまったもんじゃありませんよね。
ただし、決して「持論がNG」というわけではありません。会社で判断を下す際、スピードや組織・事業の方向性に寄らなければならないときも発生します。持論は、思考の簡略化・効率化において非常に重要な要素です。そこで、私が今回講演するにあたって、フォーマルセオリーを基盤として押さえ、その上で持論を展開。わからない部分を持論で補っていく…というやり方を進めていきたいと思っています。自社での取り組みの参考として、頭の中に入れていただければ幸いです。それでは、一般的に「正」とされている都市伝説・誤解について、一つひとつひもといていきましょう。
よくある「考え方」の誤解。人事のセオリーは本当に正しいのか?
考え方①:面接官はベテランでないと、評価の精度が落ちる
面接に限らず、訓練を積んでいけばいくほど「ビジネスリテラシー」は上がっていきます。「組織に対する理解もあるし、面接官はベテランに任せておけば大丈夫だろう」…、これはもちろん間違いではありません。しかし、気をつけないといけないのは、「経験者は頑固」であるということ。面接経験が長くなればなるほど、優秀な人材に関するステレオタイプが形成され、それが強固になるということがわかっています。
たとえば、面接でよく耳にする「挫折経験」、皆さんも質問した経験はありませんか?私自身、面接をしていて相手のトラウマばかり探していたことがあります(笑)。「挫折経験がある人の方が強い」というステレオタイプですね。単純に挫折から「負けたくない!」「認められたい」と承認欲求をバネにして頑張るのではないか…という評価基準です。これは高度成長期、もしくは今でも成熟業界では通用することだと思います。しかし実際には、承認欲求が強い人は折れやすい、ある程度型にはまった仕事では問題ないけれども、創造性がある仕事では発揮しづらいなど、一概には言いにくい。逆に新規事業などの方が、「粘り強いタイプ、じっくり成長するタイプ、確実にタスクをこなすタイプがいいのでは?」などと、多方面から考えられますよね。
これはあくまでもステレオタイプの一例ではありますが、経験を積むが故に自分の中で軸が自然と決まってしまうと、その軸をどうしても変えづらい傾向にあります。
さまざまな業界や会社の採用基準をヒアリングしてみると、「茶髪はNG」「最初にこういう回答をしたらNG」など、謎の項目がたくさん出てくるんですね。「この項目は、どうして設定されているんですか?」と理由を聞いてみると、「いや、社長が言うから」「過去にこういう人がすぐ辞めていったので」など、自分たちでも明確に理由を理解していないわけです。社長や経営陣は“即断型”と言われており、情報が少ない中で過去の実績や自身の勘を頼りにパシッと決断することが求められます。そうでないと、このスピード社会で置いてきぼりを食らってしまいます。しかし、時代は変わっていますから、経営での判断と人事での判断は一緒にしない方がいい。どうしても「こうあるべき」「過去の経験からこっちの方がいい」という経験に頼ってしまう部分があるので、人事・採用担当者としてそこも押さえつつ、市場や会社の課題を踏まえながら、判断していく必要があると思います。
考え方②:できるだけ多くの人材に会い、評価者全員の一致で決定すべき
採用選考において「できるだけ多くの人材から、できるだけ多くの社員の目を通して選考する」というのは、一般的によく言われていますよね。これを考える上で、ご紹介したい理論があります。
1つ目が「バンドワゴン効果」。ある選択が多数に受け入れられているという情報が流れると、「その選択が正しい」と支持が強くなることを言います。たとえば、インターンシップなどで「あの学生、いいやつだね」と経営陣が良い評価をすると、「その通りだ」という雰囲気が広まってしまう。その情報を得た次の面接担当者が落とすことができるのか…ということです。つまりみんなが評価するなら間違いないだろう、と思い込んでしまう危険性があるということです。
2つ目が、「社会的手抜き」です。大人数で仕事をする場合、手を抜いてしまうことを「フリーライダー現象」と言います。たとえば、御神輿をみんなで担ぐ際、誰か1人が休んでいてもバレませんよね。つまり、大人数(多数決)で最終決定のジャッジをすれば、責任の分担になるわけです。採用する・採用しないという判断に対して、誰も責任を取らなくなる。以前リクルートでは、基本私1人で面接を担当しており、「最終決定権を持つ誰か1人でもOKとすれば、多数決でなくても採用する」という方法を取っていました。もちろん、OKと言った人に責任は伴いますが、人を採用することは本来責任が発生するのが当然です。ただし、気をつけたいのは「リスキーシフト」という理論もあって、これは大勢の中にいると少し攻撃的な奇抜な判断をしてしまう人が出てくることを指します。ハロウィーンの渋谷や成人式などで見られるようなことですね。1人がとんでもないことを言わないように、そのバランスは人事として意識していないといけません。
3つ目が、「コンコルド効果」です。せっかく投資をしたのだからと、それを捨てられない、あるいは投資をやめられない状態のことです。たとえば、インターンシップであれだけ手をかけてきた学生だから、今更落とすことはできない。何度も会食した人だから、今更やめておこうという気にはならない状態のことです。労力をかけた分だけ、その人が輝いて見えるという状態は、採用においても発生します。人事というポジションにおいては、これらのセオリーを頭に置き、客観的に一歩引く視点を忘れないことが大事でしょう。
たくさんの応募者から選ぶということについて、参考までに、「合格率についての『黄金律』」についてもご紹介しましょう。面接官に対して、「だいたい▲▲%ぐらいを合格としてください」「過去の平均がこれぐらいだったから、全体の1/3ぐらいに絞ってください」などと依頼する会社もあると思います。ところが、新卒でも中途でもアルバイトでも、採用はだいたい、「初期に来た人の合格率がまあまあ高い」と言われています。だんだん、どこかから内定をもらい、優秀な人材が出現しなくなる…。つまり、応募してくる人材の質が下がる傾向にあるというわけです。そうなると、合格率の動きはこの下記図のように遷移していきます。
人間はどうしても「絶対評価」ではなく「相対評価」をしがちです。目の前の人がどんな人かわかっても、それがマーケットにおいて上・中・下、どれくらいの位置にいる人材なのか、あるいは、会社の合格基準の枠内に入るのかどうかを考えるのは難しい。「面接の段階で、1/3に絞ってくれ」となってしまうと、初期の優秀な人材を落としてしまうリスクが発生してしまいます。逆に言えば、どんなに適応していない人材でも、1/3の中に入ってしまったら合格になってしまうのです。応募の時期・採用活動の時期と合格率の推移というのは、細かくモニタリングした方がいいですね。
考え方③:自負心の強い人は優秀、自信がない人は頼りない
能力の低い人は自分を過大評価してしまいがちになる傾向を示した、「ダニング=クルーガー効果」という研究があります。能力が足りない分、それを補うために(ばれないように)つい自分を大きく見せようとしてしまうわけですね。
また、やっぱりみんな人間ですから、自分が可愛いので、「自己奉仕バイアス」が発生してしまいます。自己奉仕バイアスとは、他人に生じた現象はその人自身(他人)に原因があると感じる。しかし、自分に生じた現象は自分以外の外的な原因があると感じることを指します。普通、自分に原因があるため自ら解決の主体者になると考えますが、自己奉仕バイアスでは、他人に原因がある場合は他人が解決すべきであろう…という他責ですね。他責より自責がよいとされていますが、その言葉の使い方をしっかりと押さえる必要があるわけです。
例として、「当事者意識がある人を採用しよう」という会社は多いと思いますが、当事者が当事者意識を持つのは当たり前のこと。当事者ではない人が当事者と同じ視点を持つことが、本来の「当事者意識」なのではないでしょうか(上記図参照)。ところが、自責・他責と言うときに、原因主体と解決主体で考えると、前者の意味合いで結構使われていることが多いと感じます。
この流れで、「意欲」についてもお話しします。採用シーンにおいて「意欲」はあまり区別されずに使われていることが多いのですが、私は意欲には「達成意欲」と「活動意欲」の2つがあると考えています。SPIでも使われているのですが、達成意欲というのは「目標が高い」「理想が高い」などのメンタル、つまり精神面での意欲です。一方、活動意欲というのはフィジカルな意欲のことで、エネルギー量やバイタリティーのようなものを指します。では、「達成意欲」の高いAさんと「活動意欲」の高いBさんのどちらを採用すべきかと言われると、BさんよりもAさんを評価してしまいがちなんですね。
しかし、Aさんの目標は高いけれど、エネルギー量がついてこないということは途中で折れてしまう可能性がある。もしくは、理想だけを掲げて行動に移さない可能性もある。Bさんは一見、熱意・やる気は低そうに見えるけれども、推進していく力が高いかもしれない。会社としてどちらを採用するか…という話ですね。では、Bさんをどういう風に見極めるかというと、面接の質問で「考え」ではなく「行動」を聞くことをお勧めします。「▲▲についてどう思いますか?」ではなく、「▲▲をどのように実現してきましたか?」など、解決に向けた行動プロセスを確認することで、活動意欲を図ることができます。
考え方④:活躍人材の傾向をつかんでいるので、採用はうまくいっている
自社に対しては、プライドもあるので良く見えてしまうのは普通です。ただ、内集団ひいき、内集団バイアスには気をつけましょうということです。だからこそ、SPIや適性検査、パーソナリティーテストなどを用いて、つかみ所がない部分をきちんと可視化することが重要です。たとえば、「ハイパフォーマーの平均点を取って、それを選考基準にしています」という会社も多いのですが、ハイパフォーマーと言ってもさまざまなタイプがいるはずです。ものすごく理性的なトップ営業マンもいれば、情熱で人の付き合いがうまいトップ営業マンもいます。そのパーソナリティーを平均化させて、「これがハイパフォーマーです」と言い切るのは非常に怖い。パーソナリティーを調べたいのであれば、まずは群れごとに仕分けてクラスター化する必要がありますね。平均化するのではなく、「このAという属性の傾向は」などと、性質や特性・性格・傾向などを細かく区切り、その中で分析していくことが重要です。
考え方⑤:大事な能力は、コミュニケーション能力
企業が社員に求める能力第1位が、ずっと「コミュニケーション能力」と発表されています。しかし、あれだけ曖昧な言葉ですから、当たり前かなと思ってしまいますよね(笑)。ここで、私の先輩である、リクルートマネジメントソリューションズの今城志保さんの発表をご紹介します。合格・不合格者ごとに、どの部分で判断したのかを分析した際、結局面接で何を見ているかと言うと、「外向性と情緒安定性」。逆に、可視化しづらい「誠実性」や「知能」はあまり見られていない…という研究です。ところが残念なことに、後者の方がパフォーマンスと相関が高い場合が多いわけですね。もちろん職種によって違いはあります。コミュニケーション能力がもし「外向性」とか「情緒安定性」を示しているのだとすれば、面接内で評価できた部分を指しているだけにすぎないのではないかと思います。
「空気が読める」「人の言うことが理解できる」というのもコミュニケーション能力だと思いますし、「筋道を立てて物事を説明することができる」という論理的思考能力もコミュニケーション能力。表現力もそうですし、話の引き出しが多いというのもそうですね。本当に、このコミュニケーション能力という言葉ひとつ取っても、いろんな定義があることがわかります。つまり、求める人物像を聞いたときに、コミュニケーション能力や地頭、意欲や主体性などを挙げている場合は、注意が必要です。人によって捉え方も変わってきますから、自社において“コミュニケーション能力とは何か”を、全員が言えるレベルで統一認識を持たなければなりません。経営者や現場から「コミュニケーション能力がある人が欲しい」などと曖昧なことを言われたら、「こういう意味ですか?」と確認する。理想は、抽象的な概念レベルではなく、具体的な人物名まで落とし込むとよいでしょう。たとえば、野球のイチロー選手とサッカーの本田選手では、タイプも考え方もまったく異なると言えますよね。ペルソナに落としていくことが重要でしょう。
考え方⑥:キャリアアップや研修制度を充実させると、退職率が上がってしまう
「キャリア意識の高い人はすぐに辞めそう」などと言われますよね。「社内転職制度などを増長させるのでは」「キャリア研修などをすると退職率が上がるのではないか」という考え方が残っているのは事実です。
ところが、「心理的リアクタンス」という理論では、他人から選択を強制されると、たとえそれがよい提案であっても反発する傾向にあるとされています。つまり大事なのは、「自分で選んだ」「自分の意見が反映された」と感じてもらうこと。さまざまな選択肢を用意して、選ばせてあげることが求められるのではないかと思います。キャリア意識を高めると会社を辞めてしまうのかどうかについても、たくさん研究されていますね。「キャリア・パースペクティブ」というキャリアに対する見立てと、組織コメットメントは相関すると言われています。また、組織が社員のキャリア自律を重視する姿勢を持っていると、社員の離職意思が下がるということも、さまざまなリサーチによって確かめられていますね。
ここで、退職・離職について少しお話ししたいと思います。人材フロー戦略という、どこから仕入れて、どういう風に昇格・異動させて、どうやって出ていくか…という人の流れの戦略があります。
この戦略を考えるときに一番大事になるのが、「退職率のマネジメント」です。どれだけ昇進率を高められるか、どれだけ内部の流動性を高められるかなど、社内のことはコントロールしやすい。③を実施するためには、②新卒採用、①退職率の順番に考えていく。むしろ、①はコントロールできないから考えないという企業もあるかもしれません。一番コントロールできないのは①の退職率ですから。だからこそ、動かせない退職率については現実数値・理想数値を考えて設定した上で、次に②を考え、その上で③に着手するのがよいと思っております。
では、退職率マネジメントはどのように行うかというと、「求心力」と「遠心力」を高めていく必要があります。「求心力施策」とは会社への定着を促すことで、具体的には組織の一体感を高めるイベントや、評価認知活動、能力開発やインセンティブなどがあるでしょう。一方「遠心力施策」とは、会社からの退出を自然に促す施策です。退職金制度や早期離職制度、定年制、社外を含めた選択肢を想起させるキャリア形成など。この2つを、理想の退職率と実際の離職率のギャップを踏まえて実施していくのです。そのため、一概に「キャリア早期は離職を促す」とは言えないわけです。
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ここまで、さまざまな「よく言われている考え方」について説明してきました。しかし残念ながら、このような理論やセオリーだけを学んでも実は効果がないとも言われています。知識やナレッジとスキルは違いますよね。採用や人材育成の場面においては、「トレーニング」が重要だと思っておりまして、実戦で活かしていかないと意味がないわけです。このような研究を念頭に置いて業務を行うと、今までのやり方に少し違和感を覚えるかもしれませんが、既存のやり方にとらわれずに少し見方の角度を変えてみるだけでも、課題解決につながるかもしれません。ご紹介した内容を参考にしながら、持論を組み合わせていくことが重要だと言えるでしょう。
【まとめ】
曽和さんのセミナーでは、他にも「真面目に仕事をするより、上司への印象操作が一番影響を与える」「そのため360度評価が普及され始めている」「『ピーク・エンドの法則』という、ピーク時・終了時の印象で決めてしまうから、ノーレーティングが浸透し始めている」など、理論・セオリーをベースにして、採用市場や企業内で起こっている変化についてお話しいただきました。
大事なのは、セオリーや原理・原則、持論だけでなく、いろいろな要素を取り入れながら試行錯誤をしていくこと。そして、凝り固まった考え方から脱却し、常に変化を捉えていくことではないでしょうか。人事は人生に大きな影響を与える重要なポジションです。参考になる研究や調査を取り入れつつ、自社と応募者の双方に向き合っていくことが大切なのかもしれません。
(取材・文・編集/齋藤 裕美子、撮影/石山 慎治)