離島のサテライトオフィスを例に考える イノベーション・ワーケーション・エンゲージメント

Island and office 株式会社

取締役COO
大森 康隆 Omori Yasutaka

プロフィール

新型コロナウイルスによる影響により外出が制限され、一気に進んだリモートワーク。オフィスに出社をする社員が10%程度にまで減少した企業もあるといわれる中、アフターコロナのニューノーマルに対応できる柔軟な働き方を模索する企業が増えてきています。

ザイマックス不動産総合研究所が実施した「働き方とワークプレイスに関する首都圏企業調査 2021年1月」のアンケートによると、ワークプレイス戦略の見直しを経営課題として「(非常に/やや)重視している」と回答した企業は60.9%にまでのぼります。

また、重視していると回答した企業の55.6%が在宅勤務などリモートワークのみならず、ワーケーションの一環としてサテライトオフィスも導入しており、コロナを機にオフィスのあり方は間違いなく変わってきています。

一方で、オンラインではなかなか難しいイノベーションやインフォーマルなコミュニケーションなど、人が集まる場でなければクリエイティビティなプロダクトが生まれないこともケースとして少なくないこともわかってきました。

そこで、これからのオフィスのあり方について、「離島のサテライトオフィス」という新たなビジネスモデルを構築しているIsland and office株式会社の大森 康隆氏(以下、大森氏)にイノベーション・ワーケーション・エンゲージメントを切り口にお話をお伺いしました。

サテライトオフィスを取り巻く環境

サテライトオフィスとは、本社など企業・団体の中心的な拠点から離れて働く場所のこと。衛星(サテライト)のように本拠地から離れているオフィスという意味で、こう呼ばれています。

働き方改革やコロナ禍による緊急事態宣言などを受けてテレワークが普及し、あらためてオフィスのあり方が問われるようになり、サテライトオフィスは、自宅・オフィスに次ぐ「第3のワークプレイス」として注目されています。

実際に、都市部の大企業が地方へサテライトオフィスを設置したり、あるいは地方・郊外にある支社や支店などに、社内サテライトオフィスを整備したりといった動きも増えており、本社そのものを移転するケースや、オフィスの分散化・オフィス面積の効率的な活用に関する取り組みも目立ってきています。

テレワーク・ワーケーションだけではイノベーションが生まれにくい理由

しかし一方で、「結局、人が集まらなければ仕事が進まない」「新しい発想やアイデアを生み出すコミュニケーションが圧倒的に不足している」など、テレワークを導入した企業からこのような声が上がることも目立つようになってきました。

テレワーク(リモートワーク)を自宅で行うストレスから解放し、自由な働き方ができるようにと生まれたワーケーション※にも、一筋縄ではいかない問題があるといいます。

そもそもワーケーションは、有休取得率の向上や長期休暇促進という狙いが先にあることが多く、働く価値観の多様性という点でとても大切な考え方のひとつなのですが、事業開発や組織のイノベーションを生み出すという文脈で語られることはほとんどありません。

アフターコロナにおけるニューノーマルな就業体系に向けて、事業や部署によっては、毎日オフィスに出社する勤務形態へ戻すことを、本格的に検討している企業も出てきているようです。

※ワーケーション(英語:Workation)
「ワーク」(労働)と「バケーション」(休暇)を組み合わせた造語。観光地やリゾート地でテレワーク(リモートワーク)を活用し、働きながら休暇をとる過ごし方と定義されている。

「人が集まれる場」がイノベーションを生み出す

ここからは、Island and officeの大森氏によるアフターコロナに必要となるワーケーションやサテライトオフィスの考え方、導入のポイントなどを伺ってみたいと思います。

大森氏:上記のような背景から、空間・時間・人間によって生まれるリアルな反応やコミュニケーションの重要性を再評価する企業が増えてきています。

そして、創造力を最大限に刺激する上で注目されているキーワードが、「転地効果」です。転地効果は、日常生活を離れ、いつもと違う環境に身を置くことで、五感が刺激され、呼吸や消化などを司る自律神経の中枢に作用し、心身が元気になったり、リラックス効果が得られたりするといわれています。

いつもと違った環境に身を置くことで、例えば、日常の喧騒や日々のルーチンの業務などから一歩離れ、普段なかなか向き合うことが難しい課題に目を向けたり、仲間や同僚が一堂に会して集中的に話し合うことで、転地効果を最大限に引き出せることができます。

アフターコロナの働き方を考える上で、リモートワークに対応して人事制度を整えるだけではなく、この転地効果を最大化できる施設や環境を会社として提供していくことが大切だと考えています。

大森氏:当社の事例を紹介して恐縮ですが、Island and officeが運営するサテライトオフィスは離島に設置されています。そこでは会員企業の経営陣による役員合宿や、投資先・取引先を交えたオフサイトミーティング、管理職・新人研修などさまざまな用途で利用されています。

テーマは様々ですが、会社の長期ビジョンやミッションの策定、直近の経営課題についてはもちろん、新規事業開発や業務提携など、本質的かつ創造的なアイデアが必要な議論を深める場となっているようです。

実際に、会社やサービスのブランディングに関わる重要案件、宇宙ビジネスに関わるプロジェクトの打ち合わせなど、これから世の中を変える可能性があるビジネスの議論が弊社のサテライトオフィスにて行われています。

我々は離島に注目していますが、サテライトオフィスを考えるポイントは、環境をがらりと変えながらも、従業員や役員など、自分たちのビジネスに関わるメンバーが100%業務に集中できる環境をつくることだと思います。企業が、本社以外の働く場所を考える際には「ちゃんと気分転換になり、しっかりビジネスに集中できる環境かどうか?」が選定基準になると考えています。

ワーケーション×エンゲージメントの新たな発想

大森氏:当社施設はサテライトオフィスとして仕事やミーティングを行う場所としてご利用いただいておりワーケーションを目的とした施設ではありませんが、ワーケーションを企画している自治体から相談を受けることもあります。

観光地やワークスペースをただ組み合わせてプランやスペースを考えているケースが多いですが、ワーケーションを行うのであれば利用者の「転地効果」をどうすれば最大化できるかを考えることが必要だと考えます。

リゾート地などでのワーケーションとなると、どうしてもバケーションの要素に気を取られがちですが、自然に触れるアクティビティが中心で選択肢も限られてくるようなエリアを選定すれば、仕事にも集中しながらも、参加メンバーで一緒に楽しい時間を共有できるという効果を期待することができます。

仕事時間に、海に沈む夕日を眺めたり、一緒に焚火を囲みながら打ち合わせを行ったりすることで、普段は話しきれない深いテーマについて話し合えたり、お互いの人となりを共有しあうことで、プロジェクトや組織の一体感=エンゲージメントが高まるメリットがあります。

塩梅が難しいですが、リゾート気分が出すぎるとただの社員旅行となってしまうので、ワーケーションを企画する場合には、都会では得られないような働く体験をどう演出できるか、利用者目線で「転地効果」について考える必要があると思います。

これからのオフィスのあり方・考え方

大森氏:コロナ禍で柔軟な働き方やワークライフバランスを重視する傾向は高まり、かつ、多様化しているといえます。実際に、移住を検討する人もいれば、都会にいながら地方の企業に勤務をする人、定住せずにその時々で住む場所を柔軟に変えたい人も出てきています。

複数社で共同利用することを前提に、利用期間や人数を柔軟に設定できるサブスク型のオフィスも都内・郊外・地方の各地で増えていくでしょう。大切なのは事業のミッション・ビジョンと、社員の志向性や望んでいる働き方を想定して柔軟性のあるオフィスのあり方を構築することです。

また、SDGsや地方創生、循環型社会の実現に向けて、サテライトオフィスをきっかけとして、地域社会の協力関係が生まれ、新しい取り組みが始まるような動きも、徳島県神山町の事例をはじめ、各地で進んで来ています。その際にポイントとなるのは、施設やプロジェクトを作ることではなく、地域社会との深いコミュニケーション、互いに信頼し協力しあえる関係性の構築だと考えています。

【取材後記】

働くことと、生活すること。

この二つの距離が近くなり、時に息苦しさを感じてしまうことが少なくありません。ワークライフバランスが大切だという時代からこの一年で一気にワークライフミックスの時代へ。そんな時だからこそ、日常から少し離れ、自然の中に身を投じる時間の大切さを感じます。

「転地効果には、人間が本来持つ創造力を刺激し、イノベーションを生み出す大きな可能性がある」という大森氏の提言は非常に興味深い。サテライトオフィスを活用したワーケーションによって、生まれるイノベーションに注目していきたい。

取材・文/d’s JOURNAL編集部 白水 衛、編集/d’s JOURNAL編集部 白水 衛