「保護施策でお茶を濁す組織は、働き方改革から逃げている」――。WLB小室淑恵が提言する、変われない人事からの脱却法

株式会社ワーク・ライフバランス

代表取締役社長 小室淑恵(こむろよしえ)

プロフィール

多種多様な価値観が受け入れられる日本社会を目指して日々邁進する、株式会社ワーク・ライフバランス(本社:東京都港区)の代表取締役社長、小室淑恵氏(以下、小室氏)。専業主婦志向から起業家へ。「働き方改革」をテーマに、多数の企業・自治体などにコンサルティングを提供し、現在では数多くの公務も歴任する働き方改革の第一人者である。

2019年4月1日より働き方改革関連法案の一部が施行され、大企業から中小企業まで、広く浸透して久しい「働き方改革」。2020年の新型コロナウイルス感染拡大の影響で、DXが浸透し、リモートワークやワーケーションなど、すべての働く人々の価値観やスタイルは変わったと言われている。ところが、いまだ働き方改革が進まない企業や組織も存在しているのが現状だろう。

変われる人事(組織)、変われない人事(組織)。その両者を隔てる要因は何か――。今回はd’s journal初登壇となる小室氏に、その実態と最新の働き方改革の提言を伺った。

人口オーナス期に入った日本。美しいパス回しが効率性を高める理由(ワケ)

──リモートワーク、パラレルワーカー、ワーケーションなど、コロナ禍により働き方やその形態について変革が起こっています。働き方に多様性を帯びてきた日本で、企業や個人はどのようなことに取り組んでいくべきなのでしょうか

小室氏:コロナ禍によってリモートワークや副業など多様な働き方が浸透・実現できたというイメージを持たれる方が多いのですが、実情は少し違うと見ています。こうした働き方の変化は、日本の人口構成上、必然だったとずっと前から言われていました。まずは「人口ボーナス期」「人口オーナス期」について前提をお話いたします。これらは、1990年代にハーバード大学のデービッド・ブルーム教授が提唱して、世界的に広く認知されている考え方です。

90年代半ば、一律の働き方で経済が上昇していった日本は「人口ボーナス期」の時代でした。若者が多く、高齢者が少ない人口構成比のことです。労働力が余っていて、お客様は均一なものを大量に求める時代でもありました。

この時は何も考えずにとにかく全社員出社しなさい、決められた時間帯に絶対にその職場にいなさい、と。いかにして長時間労働できる人たちを集められるかという点が発展のポイントでした。今日のアジア圏(中国・韓国・シンガポール・タイなど)の経済発展などは、まさにこの人口ボーナス期の恩恵を受けています。

ところが、日本ではそんな人口ボーナス期が終わりを告げ、現在はご存知の通り少子高齢化時代。少ない若者で多くの高齢者を支える、「人口オーナス期」に入っています。大量に、均一な労働力を頼りにしていても、その数が足りない時代の到来です。

市場は多様な商品やサービスを求め、少量多品種で、かつ短サイクルで商品やサービスを開発していくことが求められます。こうした中では、いかに意思決定層にも多様な人材が内包され、今までに無いようなイノベーションを起こしていくかが勝負になります。

採用側も、時間や場所に制約がある多様な働き方を実現できる職場を実現し、人的ピースをパズルのように組み合わせて最大のアウトプットを出せる組織作りに注力していかざるを得ない時代となったのです。

しかし、多様な人材で、多彩な成果を上げるという組織形態は、タレントマネジメントや評価制度の在り方など従来とはまったくやり方が違ってきています。

──組織だけでなく、働く人たちの質も変わったのですね

小室氏:これまで、「こんな細切れの時間帯でしか稼働できないなら、あなたは働いてくれなくていいよ」と言われていた人たちが、この現代においてはむしろ活躍のチャンスが生まれています。これは、仕事のベースにある情報共有さえうまくできれば、誰にでもチャンスが到来することを意味します。まさに多様な人材が多彩な成果を上げられる時代ですね。ただし、そのために一つ工夫が必要です。

ラグビーに例えるならば、かつては屈強な一人のプレイヤーが最後まで走り切ってトライしていました。しかしこれからは、短いパスをつなげてトライ数は以前より増やしていくような仕事の仕方が必要になります。その際に鍵となるのが情報共有です。「パス回しの美しさ」が、個人としても、組織としても、成長の最大のポイントとなってくるのです。ここが徹底して進んでいけば、あらゆるタイプの人材が能力を発揮できるわけです。

実はこれらのことを、新型コロナ感染症の拡大以前から実践していた企業や組織は、コロナ禍においても生産性が落ちませんでした。

こうした企業や組織は、「子供の保育園からお迎えコールが来た。でも在宅で対応できる仕事もあるし、できないことはみんなで分担して対応しよう」といった具合に、美しいパス回しを実現できています。在宅のメンバーとどのように仕事をつないでいくかといったノウハウを持っているため、コロナ禍においてもまったく問題なく組織を継続させることができたわけです。

ですから本質は、新型コロナウイルスの存在に関係なく、時代に求められていた変化に対応を万全にしていたか、という話なのだと思います。

スタンドプレーは時代遅れ?情報を囲わない、情報は共有するもの

──流動性の高い現代社会では、ビジネススタイルや組織体制など常に変革が求められています。組織改善に向けてどのように対応していくと良いでしょうか

小室氏:これは人事分野だけでなく経営判断という大きな話になってしまうのですが、ひとつキーワードとしては「心理的安全性(※)の確保」が挙げられます。d’s journal読者の方であれば、一度はどこかで見聞きした言葉ではないかと思います。

少しだけ説明しておきますと、心理的安全性は、米Google社のリサーチチームが、「Project Aristotle」として調査したところ、生産性の高いチームに共通して言えることは、「心理的安全性の高さだった」というもの。

このチームの中でなら、発言しても否定されたり罰されたりしないと安心して発言が出来るチームは、結果として生産性も高いチームであったことが証明されているのです。この心理的安全性の高さは、組織やチームの中で意図的に醸成していかないと根付かないものです。

情報共有とは、その人の持っているノウハウやスキル、営業に役立つ顧客情報などを共有することです。

自分だけが持っている情報で、組織内において優位性を保とうと考える人にとって、チームメイトはライバルですから情報共有なんてもってのほか、と考えてしまうんですね。

自分の袖机に秘伝のたれのように資料を保存し、継ぎ足し継ぎ足し使っていき、他人にはちらっとしか見せない――。こうした考えのため、広く情報共有をしようと伝えても、結局は個人がそれを阻むという構図が出来上がってしまいます。

(※)参照:Google re:Work『「効果的なチームとは何か」を知る』より

――では、何を変えなければならないでしょうか

小室氏:それは評価形態です。これまでは「Aくん成績はどうだ?BさんはAくんよりも頑張っているぞ」といった具合に、それぞれメンバーに発破をかけて競わせていました。その根底には従来の相対評価システムが横たわっていた――。

これからは、チームの生産性に最も貢献したのは誰か、をポイントとします。うまくいった提案書のひな型をメンバーへ共有するとか、プレゼンテーションのナレッジやノウハウを詳細に伝えてあげる、あるいは「こういうアプローチが効いたよ」とテクニックを共有する。そうすることで、翌週には同じようなクライアントが2、3社獲得できるかもしれない。つまり全体の生産性を考えることで、組織そのものの成長にもつながっていくわけです。

このように、チームメイトのために、自分のノウハウを共有したり、みんなが働きやすい土壌を整えたりすると評価が上がる――。そうした環境が醸成されることで、さまざまなタイプの人たちが、協力しあって成果をあげることができるわけです。

例えば、クラウドデータベースにアクセスすれば、共有されている情報が手に入ってすぐに業務に着手できる。すると「このあと私、子どものお迎えです」「今まで介護の時間でした。ここから引き受けます」など、バトンをつなぐリレーのように仕事ができるんですね。

一人の屈強なプレイヤーが最初から最後まで走りきるよりも、パス回しをしっかりしてトライを決めた方が、結果トライ数は多くなることもあり得ます。そのため、情報共有ができる環境づくりの投資心理的安全性の高さへのコミットメント。この2つを以ってして評価形態を変え、経営層やマネジメント層から落とし込んでいくと良いと思います。

もちろん、マネジメント層も真っ先に変わらなければならない。これまでは上から下への命令だけでやってきた人も少なくないでしょうが、情報共有がしやすく、コミュニケーションの敷居が低い環境を率先して整えていくことで、組織はさらに成長できるはずです。むしろ、それこそがこれからの時代における、組織マネジメントの主な仕事となるでしょう。

私たちへご依頼いただくクライアントには、上述のことを役員クラスから実践していただいていますが、もちろん人事主体でも、マネジメントクラスからでも実践できます。

働き方を変えることから逃げる組織は変われない

──――変わる人事(組織)と変わらない人事(組織)、その違いはどこにあるのでしょうか

小室氏: 意思決定層にダイバーシティが欠如したままの組織では、どんなにイノベーティブなアイディアが現場から上がってきても最後に提案を潰されてしまうことがあります。ですから意思決定層におけるダイバーシティを本気で作っていかないと、イノベーションのチャンスが無くなってしまうのです。

では、どうやって多様性ある意思決定層を作っていくか――。

真のダイバーシティを実現している組織の共通点は、働き方から先に変えているということです。大和証券の事例を見てみましょう。既に女性役員は8名在籍しています。その理由が2007年から実践してきた「19時前退社」に代表される働き方改革の徹底なのです。

過去、男の業界と言われた証券会社で、19時退社というのは先例がありませんでした。それまでは、花形の仕事ほど時間外が多く、事実上そういった時間外の労働ができるかできないかで昇進の道が決まっていた証券会社において、時間内で成果を出せば、正当に評価されるようになったということです。

月末までにいかに高くヤマを積み上げられるかを競っていたら、それは時間外にどこまでも耐えられる体力があり、家事育児の負担を妻に強いる男性しか上位役職に就けないことを意味します。

ですから時間外勝負になっている概念自体を変える、つまり働き方を変えなければ、多様な人材が勝ち抜くことは不可能であり、変革の真のポイントは、女性優遇を行ったのではなく、徹底した働き方改革から実践した点にあったのです。

ダイバーシティ(多様性)を作り上げなければイノベーションは生まれませんが、そのダイバーシティ(多様性)を作り出すためには、働き方を変えなければならないのです。働き方改革、ダイバーシティ、イノベーション、この3つを一気通貫に取り組んでいかなければ、変わらない組織や人事のまま終わってしまうんですね。ぜひ働き方改革から逃げずに取り組み、変わる組織・人事になっていってください。

【取材後記】

人口オーナス期に突入している日本において、なぜ働き方改革が必要なのか、そして変わる組織と変わらない組織について何が違うのかを言及いただいた。これまでの日本社会に根付いている組織構造、そして働き方を見直すべきことが明らかになった。特に、いちメンバーが情報の囲い込みによるスタンドプレーや、その元凶となる評価形態により一部の社員しか高評価を得られていない事象については、私たちも身近に経験したことがあるのではないだろうか。イノベーションを興すため多様性を作り出さなければならない、そして多様性は、働き方を変えなければ生まれない――。小室氏の提言「どうやって多様性ある意思決定層を作っていくか」は、アフターコロナを見据えた日本社会において、ますます重視しなければならない取り組みである。

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取材・文/鈴政武尊、編集/鈴政武尊・d’s JOURNAL編集部