3年間で社員を3倍に!元“ぼっち人事”が伝授する中小企業の「母集団形成」と「採用文化づくり」

株式会社ハートビーツ

採用・広報/チームマネージャー 磯崎怜(いそざき・さとし)

プロフィール

ベンチャーや中小企業の多くは、バックオフィス部門にリソースを割きにくいもの。人事業務全般をたった1人で対応しているケースも多く、SNSなどでは「ぼっち人事」と表現されることも。この記事をご覧になっている方の中にも、ぼっち人事として日々奮闘している人は少なくないのでは?

たった1人で人事業務全般に向き合うと言っても、こと採用においては苦労も多いでしょう。ベンチャーや中小企業はネームバリューがなく、予算も限られ、母集団形成も容易ではありません。

こうした状況を乗り越え、前職のベンチャー時代に3年間で社員数を3倍に拡大させた実績を持つのが株式会社ハートビーツの磯崎氏です。一から人事部門を立ち上げ、会社全体で前向きに採用活動を進める文化をつくり出しました。

ぼっち人事はまず、何に取り組むべきなのか。磯崎氏の成功体験に学びます。

採用文化づくりの視点①:「無意識の上から目線」を変える

——いわゆる「ぼっち人事」だったにもかかわらず、3年間で3倍の規模へと組織を成長させた実績に驚かされます。

磯崎氏:20名規模からの3倍なので、成長ベンチャーとしてはそこまで特別な実績ではないと思っています。もっとすごい急拡大を支えられた人事の方も多いので、そういう方を見ると尊敬の念しかないですね。

とは言え、単純にぼっち人事として奮闘するだけでは実現しなかったと思います。私は前職で人事として入社する際に「3年間で採用文化をつくる」ことを自身のゴールとして設定していました。結果、経営陣や社員を巻き込んで採用活動を進めることができました。

——「採用文化をつくる」とは?

 

磯崎氏:前職では、私が入社するまで社長や役員が採用活動を行っていました。忙しい中で対応しなければならないタスクとして扱われ、自社にとっての「あるべき採用」を考える文化がなかったのです。これは採用に対して決して本気じゃなかったわけではなく、ベンチャーあるあるのひとつだと思います。

そこで、まずはリアルな採用の現状を見ることにしました。普段の採用面接に同席してみると、自社の対応が「かなり上から目線だな」と感じました。悪気はないのですが、無意識のうちに応募者に対して上から目線の態度を取っていて。

——具体的には、どのような対応に違和感を覚えたのでしょうか。

磯崎氏:たとえば、面接官は面接当日の約束時間まで応募者の情報を見ていませんでした。面接が始まり、応募者と対峙して初めて「どれどれ」と資料をめくるような感じです。

時間にもルーズでした。面接時間に2〜3分遅れることもしばしば。面接では応募者を待たせるのが悪いことだと思っていないし、絶対に間に合わせなければいけないという感覚がないのです。これが取引先との商談なら、そうはならないはずなのに。

いざ面接が始まると、質問内容は「ザ・見極め」になっていました。「あなたが入社することで、当社にどんなメリットがあると思いますか?」「当社じゃなくてもいいのでは?」といった質問です。圧迫面接をしているわけではないのですが、応募者と対等ではない関係性が自然と成り立っている場になっていたんです

そのため、まずは「自分たちと応募者は対等である」という認識を社内で共有するべきだと考えました。採用関係者がそこに腹落ちできれば、自然と時間を守り、面接では自己紹介やアイスブレイクから応募者との関係性構築を進めてくれるはずだと。

採用文化づくりの視点②:経営陣からの発信と、成功体験の共有

——採用関係者の意識を変えるために、どのようなアプローチを?

磯崎氏:最初は思い切り勇気を出して、経営陣にアプローチしました。まずは経営陣と正しい採用の在り方を共有し、経営陣から全社へ発信してもらいたいと考えたのです。

ランチタイムに社員と会話していると、「なぜ採用に力を入れようとしているのかわからない」「採用といえば応募者をふるいにかけるものでしょ?」といった声もたくさん聞かれました。こうした現場のリアルな声を経営陣に共有し、無意識にやってしまっていることに改善の可能性があること、採用文化をつくるためには経営陣や社員の協力が必要であること、そのための土台づくりにぜひ協力してほしいことをストレートに伝えて、理解を得られました。

そうして経営陣からメッセージを出してもらった上で、面接参加などで採用活動に協力してもらった社員には、「あの人が入社してくれたのは○○さんのおかげです!」といった形で成果を伝え、成功体験を持ってもらうようにしました。

特に効果的だったのは、中途入社したばかりの人に協力してもらうことですね。転職ほやほやなので応募者の悩みを理解しやすく、自然にコミュニケーションを取ってくれるからです。加えて、入社初期の段階で採用活動の成功体験を得てもらうことで、その後も長く協力してもらえました。

——ぼっち人事と言っても、ずっと1人で採用活動を進めるわけではないのですね。ただ、人事ではない人にとって、面接を担当することには不安もあると思います。事前にレクチャーは行っていましたか?

磯崎氏:模範解答などは基本的につくらず、個々人の考えを自由に話してもらいました。とは言え、みんな「どこまで正直に答えていいのか」と不安を持つのも事実です。そこは「私も面接に同席してフォローするので、何でも率直に話していいですよ」と伝えていましたね。残業時間なども正直に話してもらい、その上で自社の課題や解決策を伝えるようにしました。

そういえばある時、1人の面接担当社員から「残業時間を実態の半分くらいで伝えた方がいいかな?」と質問されたこともありましたね。私は「絶対にダメ」と答えました。現状を率直に伝えて入社してもらわないとミスマッチの原因になるし、残業が多い今の状態がよくないからこそ、人を増やしたいのだと。こうしたやり取りの中で、採用の意味を一緒に考えてくれる人も増えていったように思います。

「増やすのではなく絞り込む」母集団形成。自社の課題もオープンに開示する

——限られたリソースで、効果的に母集団形成を進めるための工夫についてもお聞かせください。

磯崎氏:私は母集団の数ではなく、中身を重視していました。3年間で採用文化をつくることが目標だったので、エントリー数と面接ばかりを増やして「採用を頑張っている感」を出す必要はないと思ったのです。ディレクターやデザイナー、エンジニアといった職種を募集していたこともあり、母集団は自社が求める人材にできるだけ絞っていきました。

当時はダイレクトリクルーティングがまだまだ浸透していない時期。それまでは求人広告に掲載しているくらいで、それをスカウト型へ徐々に変えていきました。

 

——ダイレクトリクルーティングにおいて、応募者へ上から目線で対応しないための工夫は?

磯崎氏:候補者へ個別にメッセージを送る際には、私自身が文面に気を遣いましたし、他の社員にも気持ちが伝わる文面の作成をアドバイスしていました。

特に意識したのは、自社の魅力を伝えるだけで終わらせないことです。面接する側の立場で考えるとわかりやすいと思います。応募者からのエントリーシートに「御社の○○に魅力を感じて…」といった、褒め称えるような文面ばかりが並んでいても響かないですよね。

でも企業は逆に、採用候補者へ同じことをしているケースが多いのです。「PHPの実務経験3年に魅力を感じました」「バックエンドとフロンドエンド両方を経験していることに魅力を感じました」といった内容だけでは相手に響きません。

私は、採用候補者へ自社の課題を率直に伝えるべきだと考えています。「当社にはこんな課題がある。だからあなたのこんな経験が活かせる」と具体的に伝えるということです。私の場合は自社の弱点や直近の困りごとまでオープンに伝えていました。

社外交流のススメ。外でも「ぼっち」でいる必要はない

——改めて、磯崎さんは「ぼっち人事」にどんな壁や課題があると思いますか?ベンチャーや中小企業で、ぼっち人事として業務に向き合っている方へアドバイスをお願いします。

磯崎氏:私がぼっち人事になったときには、やるべきことが多すぎて頭も体力もパンクしそうになっていましたね。

新卒・中途・アルバイトの各採用に加えて、労務や総務、教育研修、広報、社内イベント企画などコーポレート業務全般をカバーしなければなりませんでした。説明会などで数時間離席し、戻ってくると、日程調整などのメールがめちゃめちゃたまっている。そんなこんなであっという間に1日が過ぎていく…。似たような状況の人は多いのかもしれません。

こうした中で、相談できる相手や愚痴を言える相手がいないのはつらいと思います。社内で協力者を増やしていくとともに、社外の仲間を増やしていくことも大切ではないでしょうか。社外でも「ぼっち」でいる必要なんてないわけですから。

大変だと思いますが、ぼっち人事だからこそ経験ができることも多いです。社外交流もしつつ、今の環境を楽しんでいただきたいですね。もし私にできることがあれば、力になりたいなと思います!

取材後記

ぼっち人事だった前職と現職を合わせて、100人以上の採用に携わってきたという磯崎さん。自分の力で採用のスピード感を高め、仲間を増やし、結果としてオフィスの増床移転につながった際には「ぼっち人事だからこその達成感があった」と話してくれました。磯崎さんが手がけてきたように、採用文化や人事の仕組みそのものをつくることから始められるのも、ぼっち人事の魅力だと言えるのでは。こうした経験から得た本質を武器に、磯崎さんはハートビーツでも採用文化づくりに邁進しているそうです。

企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介