ファーストリテイリング渡瀬氏が推進する、ダイレクト・ソーシングの革命的な運用方法

株式会社ファーストリテイリング

キャリア採用チーム
渡瀬 雄平

プロフィール

ユニクロやジーユー、セオリーなど、数々のアパレルブランドを展開する株式会社ファーストリテイリング。中でも日本のアパレル市場で6.5%のシェアを占めるユニクロ事業は成長の軸足を海外に移し、グローバル企業として名実ともに世界トップ企業を目指しています。
従来の製造小売業から情報製造小売業(DIGITAL CONSUMER RETAIL COMPANY)への改革の只中にある同社の採用現場における課題感、ダイレクト・ソーシング(ダイレクトリクルーティング)の運用にまつわる独自の施策などについて、本部系職種のキャリア採用を統括する渡瀬さんにお話を伺いました。
※後編記事もご覧ください。「東京が選ばれなくなる時代」を前にファーストリテイリング渡瀬氏が巡らせる想いとは

既存の採用手法では人材の質・量ともにコミットが難しい局面に

既存の採用手法では人材の質・量ともにコミットが難しい局面に

2017年3月に柳井社長が「有明プロジェクト」の取り組みを発表し、これまでの製造小売業から「情報製造小売業(DIGITAL CONSUMER RETAIL COMPANY)に変える」と宣言されました。人材採用の動きもこれまで以上に活発化していると思いますが、特にキャリア採用に関して大きな変化はあったのでしょうか?

渡瀬氏:大きな変化としては2つあります。1つは事業全体をデジタライズしていくために、これまで以上にITのバックグラウンドを持った方にフォーカスして採用を行うようになったこと。もう1つの変化は、事業そのものを変えていくためにチェンジエージェントたる汎用的なスキルセットが極めて高い人たちを採用するという動きです。後者に関しては、専門的な職能ではなく、物事を前に進める調整力に優れた方、例えば戦略コンサルのプロジェクトマネジャークラスといったイメージでしょうか。ここ半年間、こうした方々を採用していくという動きがより鮮明になってきました。

渡瀬さんは本部社員のキャリア採用担当チームを統括されているということですが、現状のキャリア採用において感じられている課題について教えてください。

渡瀬氏:採用に関して、現状私が感じている課題は2つあります。1つは人材紹介や転職メディアなど、既存の採用手法では質的にも量的にも人材を確保することが難しい局面に入っていることです。社内では改めてキャリア採用を拡大していこうという気運があります。現状のスピード感や既存の採用手法だけでは、経営が求める要求やスピード感に対応することができないと考えています。

もう1つの課題とはなんでしょうか?

渡瀬氏:こちらはもう少し大きな問題になります。今後、日本の労働人口が減少していくことは明白ですし、グローバル企業を標榜している当社としては、語学力の高い人材や外国人の採用も積極的に進めています。そうしたグローバルな環境で活躍できる人材にとって、もはや日本や東京という場所が魅力的な勤務地ではなくなっていると感じています。既にアジアの中だけで見ても東京の給与水準はシンガポールや香港に負けているのです。実際に私たちがアメリカやシンガポールに住んでいるトップタレントにオファーして、現地の採用競合に負けることも多いので、肌身を持って感じている部分でもあります。

ダイレクト・ソーシング活用のキーは「オペレーション化」

ダイレクト・ソーシング活用のキーは「オペレーション化」

「既存の採用手法では質的にも量的にも人材を確保することが難しい」という1つ目の課題に対して、どのような打ち手を考えているのでしょうか。

渡瀬氏:基本的には“攻めの採用”にも注力していかなければならないと考えています。例えば、ダイレクト・ソーシング(ダイレクトリクルーティング)などです。ただ、ダイレクト・ソーシングはデータベースの中から自分たちで人材を探し、その人に向けたスカウトメールを作成し、何度もアプローチをして面談に呼ぶというアクティブな要素が多く、リクルーターにとっては正直負担が大きい。しかも、採用業務は、「現場から人材のニーズが発生してから動く」というのが一般的であり、なおかつ日本の場合キャリア採用の大半はエージェントからの紹介に依存している。結果的に採用の仕事をしている人は受け身で仕事をすることに慣れているので、仕事のベクトルを変えてアクティブに動いていくダイレクト・ソーシングを運用することは想像以上に難しいのです。エージェントが候補者を推薦してくれる人材紹介の方が楽ですしね。多くの企業でダイレクト・ソーシングの活用が軌道に乗らない理由はここにあると考えています。

確かに人事担当者にとっての負担は増えますよね。それでは御社においてはどのようにダイレクト・ソーシングを運用されているのでしょうか?

渡瀬氏:私たちのチームは、リクルーターとアシスタントを合わせて約10名体制です。それ以外に、データベースからポジションにマッチする人材を探し、スカウトメールを送り、面談をセットするという、ダイレクト・ソーシングにおけるアクティブな部分を外部に委託しています。つまり、社内のリクルーターは面談やクロージングに仕事の力点を置くというスキームを作りました。この施策は約1年前からスタートしており、ダイレクト・ソーシング経由で、カジュアル面談が成立し、そこから本選考への参加に至っています。

また、当社の採用選考プロセスですと、リクルーターは本選考に入ってしまうとオファー面談の時にしか候補者に会わないことが多いです。エージェントからのご紹介の候補者であれば、状況の確認や志望度などをエージェントを通じて把握できますが、ダイレクト・ソーシングの場合はそうではない。そのため、オファー面談をスムーズに進めるために、候補者に対して事前に電話をかけるタイミングを、アシスタントがあらかじめリクルーターの予定表の中に組んでいくという取り組みも始める予定です。「場を設定する」という業務はリクルーターの性質とベクトルの異なる業務になりますが、「場が設定される」ことで大きな力を発揮します。「場を設定する」業務をアシスタントに任せることでリクルーターの業務をできる限りオペレーティブなものにしたいのです。

ダイレクト・ソーシングに対してリクルーターをモチベートするのではなく、業務をオペレーティブにすることで効率を上げるという手法を取られているということですね。

渡瀬氏:もちろん、上流のマーケット感や採用の意義、難易度の共有は頻繁に行っています。これまでの採用手法では経営が求める採用計画にコミットできないこと、より中長期的な視座に立って日本の労働人口が減少する中で海外に出て行ってしまう優秀層を自力で獲得する力を今つけないと、5年後10年後に高い能力を持った方はより採用できなくなることを繰り返し伝えています。その力をつける取り組みこそがダイレクト・ソーシングであるという話をすることでモチベートもしています。

私の感覚になりますが、当社のリクルーターはダイレクト・ソーシングに対して非常に前向きに取り組んでいます。ただ、それでも日々のオペレーションと並行して、ダイレクト・ソーシングのような自分自身で何かを生み出す仕事に取り組むことは想像以上に難しいと感じています。その時に「できなかったのはあなたのせいだ」というマネジメントをするのは間違っていると思うのです。また、人間はオペレーション作業をしているとドーパミン(意欲や快感を司る神経伝達物質)が出ているらしいので、オペレーションをこなしているときのほうが心地がよいというのは私自身も感じます。そのため、ある程度の業務をオペレーション化するということは重要であると考えています。

ダイレクト・ソーシングの重要工程を担うのは「有能なママさんたち」

ダイレクト・ソーシングの重要工程を担うのは「有能なママさんたち」

ダイレクト・ソーシングにおいて非常に重要な工程である「自分たちで探してアプローチする」という部分を外部パートナーに委託するという発想は、革命的ですらありますね。

渡瀬氏:実はこの工程を「誰に頼むのか」という部分が、取り組みにおける最大のポイントでした。データベースからポジションにマッチする人材を探し、スカウトメールを送り、面談をセットするという仕事は、「誰にでもできる」というものではありません。私たちがこの業務を委託しているのは、かつて人材紹介会社などで働かれていたママさんたちです。

それは意外ですね! どのように委託しているのでしょうか?

渡瀬氏:この取り組みを進めるにあたっては、リクルーティングに関して専門性を持った人たちを集団で抱えているベンダーを探す必要があったのですが、その中の一社に偶然、女性のキャリアを支援している会社がありました。子育てをしている女性の活用というアイデアは以前から私の中にもあったので、私の方からビジネスプロセスを説明して「一緒にやりませんか」と持ちかけたのです。データベースからポジションにマッチする人材を探し、スカウトメールを送り、面談をセットするという仕事はPCさえあれば自宅でもできますからね。

育児中の女性を活用するというアイデアはどのように生まれたのでしょうか?

渡瀬氏:ダイレクト・ソーシングのアクティブな業務を外部委託するという施策を思いついた当時から、できれば私の妻のように、採用の専門性を持ったママさんの力を有効活用できないかと考えていました。私の妻は大手人材会社で働いた後、Web系ベンチャーでも採用責任者として活躍していましたが、私と結婚して子供ができて会社を辞め、現在は2人の子供を育てながらフリーランスとして週に3.5日のペースで働いています。

また、私自身も前職は人材サービス会社で働いていたので、多くの有能な女性社員が活躍していることも知っていますし、そうした方々が結婚や出産、子育てを機に退職していく姿も見ていました。大概の場合、退職後の彼女たちは子育てと両立するために、限られた時間内でできる仕事をしているのです。私はそうした状況に対して、「彼女たちの高い能力をなんとか有効活用できないだろうか」と考えていました。妊娠や出産、子育てというものにキャリアを分断され、自分の能力を100%活かすことができない女性を取り巻く環境に忸怩たる思いを持っていたことは確かです。

ご自身の周りの方も含め、「有能な女性を何とか活用したい」という思いと、ダイレクト・ソーシングの外部委託業務が重なったということですね。

渡瀬氏:採用の領域は面接の日程調整などアウトソーシングしやすい部分もありますが、求める人材をソーシングする業務は専門性が必要で難しいもの。当社は求める事業によって募集要件もさまざまで複雑です。ある程度の経験者ではないと、英語ができてユニクロのプロダクトマーケティングを任せられる人をデータベースから探すことはできない。まず「プロダクトマーケティングって何ですか?」という話になりますからね。人材会社でのキャリアを持つ方たちにソーシング部分をお願いできるのは費用対効果の意味でも非常に重要なポイントだったと思います。

【取材後記】

「当社のリクルーターは本当に意欲的に働いている」とメンバーを評価しつつ、従来型のマネジメントだけに頼ることなく、ダイレクト・ソーシングが内包する課題を業務の切り分けやアウトソーシングによって、より効率的に、オペレーティブなものに変えていくという渡瀬さんの施策は、人事部門のマネジメント層にとってさまざまな示唆に富んだ内容だったのではないでしょうか。また、単純に業務をアウトソーシングするだけでなく、育児中の女性活用という社会貢献性の高い取り組みとしても成立させているアイデアには大いに驚かされました。

後編の記事では、ダイレクト・ソーシング以外に注力している採用手法の詳細や今後の採用プロセス変革、第2の課題として挙げられていた「日本や東京という場所が魅力的な勤務地ではなくなっている」という問題に対する構想についてもお伺いします。

(取材・文/佐藤 直己、撮影/加藤 武俊、編集/齋藤 裕美子)