ベースアップとは?定期昇給との違いや企業が実施するメリット
d’s JOURNAL編集部
全従業員の賃金水準を一律で引き上げる「ベースアップ」。近年では国全体として賃上げの動きが活発になっており、ベースアップに取り組む企業も着実に増えてきています。
この記事では、ベースアップの概要や定期昇給との違い、昇給率や昇給額の現状について解説します。また、企業にとってのメリットや実施する際の注意点もあわせて見ていきましょう。
ベースアップ(ベア)とは
ベースアップ(base up)は省略して「ベア」と呼ばれることもあり、すべての従業員の基本給を一律でアップさせることを指します。ベースアップは和製英語であるため、企業においてはベアという言葉を用いるのが一般的です。
いわゆる「賃上げ」の一種ではありますが、一部の従業員ではなく、全員を漏れなく対象に行うのが特徴です。また、ベースアップについては特に法律などの規定がないため、企業の裁量によって行われます。
昇給額や実施の有無については、労働組合との協議を適切に行えば、すべて企業が独自で判断することが可能です。
定期昇給との違い
ベースアップが全従業員を対象としているのに対して、「定期昇給」は個々の従業員を対象としているのが違いです。勤続年数や業績評価に応じて、一定の時期に増額されるものであり、こちらは従業員個人の努力や貢献度に紐づいて決められる点に特徴があります。
また、定期昇給は就業規則や労働協約などで事前に定められた制度に沿って行われるのが原則です。それに対して、ベースアップは新入社員もベテラン従業員も管理職クラスも分け隔てなく、一律で同じ割合・金額の昇給を行うものです。
そのため、定期昇給とは異なり、企業の業績や戦略に紐づいて行われる施策といえるでしょう。
ベースアップの種類は「一律」と「昇給率」
ベースアップには「月額○○円プラス」のように「一律」に具体的な昇給額を提示する場合と「何%引き上げ」のように「一定の昇給率」を提示する場合の2パターンがあります。ただし、企業の長期的な目標にベースアップを掲げる場合は、昇給率を数値目標として設定するケースが多いです。
ベースアップの計算方法
ベースアップの計算式は、「昇給額=昇給前の給与×昇給率」です。企業として3%のベースアップを決定した場合を例に、計算方法を見ていきましょう。
ベースアップの計算方法
(例)企業として3%のベースアップを決定
【基本給が20万円の場合】
「20万円×3%=6000円」で、基本給が20万6000円にアップ
【基本給が40万円の場合】
「40万円×3%=12000円」で、基本給が41万2000円にアップ
上記の例からわかるように、ベースアップには、基本給の高い従業員の給与がさらに高くなり、社員間の給与格差が広がるという側面もあります。
ベースアップを実施することで企業が得られるメリット
ベースアップは働く従業員だけでなく、企業にもさまざまなメリットをもたらします。ここでは、ベースアップによって得られる効果を2つに分けて整理してみましょう。
従業員のモチベーションが高まる
ベースアップを行うことで、従業員のモチベーションを高められるのが大きなメリットです。仕事のモチベーションに関するさまざまな要素のなかで、賃金は「衛生要因」と呼ばれる因子に分類され、主に不満の原因になると考えられています。
賃金が低ければ従業員の不満が募り、意欲や生産性を低下させてしまうばかりか、最悪の場合は離職につながる可能性もあります。特にベースアップは、個人に紐づく定期昇給と比べて、賃金に対する企業のスタンスが表れやすい側面があるといえるでしょう。
そのため、競合他社や業界水準と比べて取り組みがいま一つであれば、従業員のモチベーションを低下させるリスクも高いです。ベースアップによってしっかりと不満を解消すれば、従業員との関係性が向上し、定着率や生産性も高まっていくでしょう。
採用活動にプラスの影響を与える
ベースアップを率先して実施すれば、他社との人材獲得競争を有利に進められるようになります。先にも述べたように、ベースアップは新入社員にも一律で適用されるため、求職者にも大きな影響を与えるポイントとなるのです。
また、ベースアップの実績は、企業にとって「十分な資本的体力を持っている」「利益をきちんと従業員にも還元している」「持続可能性の高い事業を行っている」といったプラスイメージにもつながります。求職者に前向きな印象を与えられるため、採用活動へのよい影響が期待できるでしょう。
ベースアップの実施状況
後述する物価高などの影響により、労働者の賃上げは、個別の企業だけでなく国全体で取り組む主要な課題になっています。政府のさまざまな施策により、ベースアップに関する状況にも変化が表れ始めているといえるでしょう。
ここでは、近年におけるベースアップの実施状況について解説します。
2024年の賃上げ予定の企業は85.6%でベースアップ実施は約6割
東京商工リサーチが公表している「2024年度 賃上げに関するアンケート」調査によれば、2024年度に賃上げを予定した企業は全体の85.6%に上ります。定期調査がスタートした2016年以降では過去最高の水準であり、企業全体として賃上げの動きが強まっていると考えられます。
ただし、大企業と比べると中小企業での実施予定率は8%程度ほど下がり、収益力や資本的体力による差が生まれているのも確かです。また、賃上げ予定率については中央値が3%となっており、政府が要請する「前年以上の賃上げ」は難しいとされているのが現状です。
そのうえで、現実的に賃上げを実施するためには、7割近くの企業が「製品・サービス単価の値上げ」が必要であると回答しています。それとともに、賃上げを実施しない企業の半数以上が「価格転嫁できていない」ことを原因として挙げており、価格のコントロールの可否が賃上げの実現可否にもつながっていると考えられます。
一方で賃上げを実施する企業が取り組んだ内容として、「ベースアップ」と答えた企業は62.5%にのぼり、約6割の水準となっている点も押さえておきましょう。2023年8月調査から6.1ポイント上昇しており、ベースアップによって賃金の底上げを図っている企業が増えていることがわかります。
2023年のベースアップを行う・行った企業割合は43.4〜49.5%
続いて、厚生労働省が公表している「令和5年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」をもとに、ベースアップの昇給率の動きについて見ていきましょう。2023年度中に「賃金の改定を実施した」または「予定していて額も決定している企業」および「賃金の改定を実施しない企業」における賃金の改定状況は、1人あたり平均で「3.2%」の引き上げとされています。
この数値は、前年度の1.9%と比べて1.3%も向上しています。さらに、前々年度の改定率は1.6%であったため、過去1年で変化率そのものも大きく上昇したと判断できるでしょう。
また、2023年には管理職で43.4%、一般職で49.5%の割合でベースアップを行った(または今後行う)と回答している企業があり、これまでの推移と比較をしても高い伸び率となっていることがわかります。
(引用:厚生労働省『令和5年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況 』)
さらに、改定額についても見ていくと、2023年度は平均で1人1カ月あたり「9,437円」の引き上げが行われていることがわかります。2022年度の「5,534円」と比べると大幅な増額につながっているといえるでしょう。
これらの結果を踏まえると、賃上げやベースアップの動きは確実に強まっており、多くの企業で優先的な課題となっていることがわかります。さまざまな業種や職種で人手不足が課題となるなか、できるだけ有利な条件を提示することで、人材確保につなげたいという期待が反映される結果になっているといえます。
企業のベースアップの平均額と昇給率
ベースアップの具体的な取り組み方は、企業の規模によっても異なります。ここでは、大企業と中小企業のそれぞれについて、日本経済団体連合会のベースアップに関するデータをご紹介します。
大企業の大手企業のベースアップは1万9,480円で昇給率は5.58%
2024年春季労使交渉における大企業(従業員数500人以上)の昇給額は、16業種89社の平均で「1万9,480円」となっています。また、昇給率の平均は5.58%となっており、前年を着実に上回っています。
2023年における昇給率は3.88%とされているため、昇給率そのものも前年と比較して上昇しているといえるでしょう。
(参考:日本経済団体連合会「2024年春季労使交渉・大手企業業種別回答状況[了承・妥結含](加重平均) 」)
中小企業のベースアップは1万420円で昇給率は3.92%
2024年春季労使交渉における中小企業(従業員数500人未満)の昇給額は、17業種226社の平均で「1万420円」となっています。また、平均昇給率は「3.92%」です。
大企業と比較すると、金額・割合ともにやや下回りますが、前年は「平均昇給額7,864円、平均昇給率2.94%」であったため、ベースアップそのものは着実に進んでいると考えられます。
(参考:日本経済団体連合会「2024年春季労使交渉・中小企業業種別回答状況[了承・妥結含](加重平均) 」)
ベースアップが近年行われている理由
それでは、ベースアップが行われている背景には、具体的にどのような理由が存在しているのでしょうか。ここでは、ベースアップが促進される背景について、3つのポイントに分けて見ていきましょう。
物価上昇による影響
背景の一つには、円安や原材料価格の高騰などによる物価の上昇が挙げられます。生活用品や住居費などが上昇するなかで、労働者の生活が苦しくなっている状況にあることから、インフレ率を上回る賃上げが必要であると判断されている面も強いです。
賃上げ促進税制による支援
政府による「賃上げ促進税制」も、着実にベースアップの実現を後押ししているといえます。賃上げ促進税制とは、2022年4月から施行された税制支援であり、賃上げを実施する一定の企業に対して、税額控除を行うという仕組みです。
2024年度からは強化を目的とした大幅な改正が行われており、従来の「大企業向け・中小企業向け」という2つの区分から、「全企業向け・中堅企業向け・中小企業向け」の3つの区分に変更されました。
全企業向け
<必須要件>
●継続雇用者の給与を3%以上増加させた場合、増加額の10%を税額控除
●継続雇用者の給与を4%以上増加させた場合、増加額の15%を税額控除
●継続雇用者の給与を5%以上増加させた場合、増加額の20%を税額控除(新設)
●継続雇用者の給与を7%以上増加させた場合、増加額の25%を税額控除(新設)
<上乗せ要件①>
●教育訓練費を10%以上増加させた場合、+5%の税額控除
<上乗せ要件②>(新設)
「プラチナくるみん」または「プラチナえるぼし」の認定を受けた企業はさらに+5%の税額控除
中堅企業(従業員数2,000人以下)向け(新設)
<必須要件>
●継続雇用者の給与を3%以上増加させた場合、増加額の10%を税額控除
●継続雇用者の給与を4%以上増加させた場合、増加額の25%を税額控除
<上乗せ要件①>
●教育訓練費を10%以上増加させた場合、+5%の税額控除
<上乗せ要件②>
「プラチナくるみん」または「えるぼし3段階目以上」の認定を受けた企業はさらに+5%の税額控除
中小企業(資本金1億円以下、従業員数1,000人以下)向け
<必須要件>
●継続雇用者の給与を1.5%以上増加させた場合、増加額の15%を税額控除
●継続雇用者の給与を2.5%以上増加させた場合、増加額の30%を税額控除
<上乗せ要件①>
●教育訓練費を5%以上増加させた場合、+10%の税額控除
<上乗せ要件②>(新設)
「くるみん以上」または「えるぼし2段階目以上」の認定を受けた企業はさらに+5%の税額控除
改正の大きなポイントとしては、新たに中堅企業向けの枠組みが設けられた点が挙げられます。また、上乗せ要件には新たに「子育て・女性活躍支援」に関するものが加えられました。
これにより、大企業・中堅企業向けの制度では「最大35%」、中小企業向けの制度では「最大45%」もの税額控除が受けられるようになります。細かな条件については、経済産業省のホームページに詳しく記載されているので、活用を検討する場合は事前に確認しておきましょう。
(参考:経済産業省「令和6年度税制改正「賃上げ促進税制」パンフレット(2023年3月時点版) 」)
人材確保の必要性
(引用:内閣府『令和4年版高齢社会白書 』)
個別の企業がベースアップに取り組むもう一つの理由としては、労働人口の減少による「人手不足の深刻化」が挙げられます。内閣府が公表している「令和4年版高齢社会白書」によれば、2025年の生産年齢人口(15~64歳)は7,170万人ですが、2000年は8,622万人であったため、減少傾向にあることがわかります。
また、2050年には5,275万人まで減少すると予測されており、中長期的に労働人口の減少が見込まれているといえるでしょう。現代ではさまざまな業種・職種で人手不足が生じており、特に若手の人材確保は多くの企業にとって共通の課題です。
業界水準や競合他社と比べて給与水準が高ければ、それだけ採用を優位に進めやすくなるため、人材戦略の一環としてベースアップを実施するケースも増えています。
ベースアップを実施する際の注意点
これまで見てきたように、ベースアップは従業員だけでなく企業にとってもメリットのある取り組みです。しかし、実際に費用の負担が大きくなることから、実施にあたっては注意点にもしっかりと目を向ける必要があります。
ここでは、ベースアップを実行する際の注意点を見ていきましょう。
人件費の負担に無理がないかをチェックする
ベースアップを行えば、当然ながら人件費の負担が増加するため、実施するうえでは綿密な計画を立てる必要があります。例えば、ベースアップ後に企業の業績が悪化した場合には、反対にベースダウンを検討しなければならないケースもあるでしょう。
しかし、ベースダウンは労働条件の不利益変更にあたるため、労働契約法第9条の定めに基づき、「労働者全員からの個別の同意」を得なければ実行できません。一度引き上げた基本給を下げるのは容易ではないため、ベースアップは長期的な経営計画に基づいて判断することが大切です。
人事評価に関する不満を抑える
ベースアップは一律に行われるものであるため、一見すると公平性の高い施策のように思われます。しかし、従業員ごとに成果や貢献度が異なることを踏まえると、単純なベースアップでは不満が出てしまう可能性もあるので注意が必要です。
能力や実力に応じた評価が行われなければ、貢献度の高い従業員には、「この企業で努力をしても仕方がない」と感じられてしまう面もあるでしょう。また、「何も変わらなくても給料が上がる」という感覚により、かえってモチベーションを損なってしまうリスクもあります。
そのため、ベースアップを行うとしても、能力や実績に応じた人事評価制度はきちんと実施することが大切です。
ベースアップに実施義務はない
先にも述べたように、ベースアップの実施については、特に法律上の義務があるわけではありません。そのため、業績や売り上げの見通しによって、ベースアップを実施しないという判断を下すことも可能です。
ただし、就業規則にベースアップの記載がある場合には、内容に沿ったベースアップを行わなければ規則違反となります。すでに記載がある場合は、廃止・変更するために付則を加えたうえで就業規則を改定する必要があるので注意しましょう。
いずれにしても、無理のあるベースアップは事業を圧迫する原因にもなり得るため、実施の有無は慎重に検討することが大切です。
ベースアップが難しい場合は基本給以外で補う
前述のように、「一度引き上げた基本給を下げるのは容易ではない」という点が、ベースアップの大きなデメリットとなります。そこで、長期的なベースアップが難しいようであれば、福利厚生の充実を図り、従業員満足度の向上につなげていくのも一つの方法です。
ここでは、ユニークな福利厚生として実施されているものを一部ご紹介します。
ユニークな福利厚生の取り組み例
・従業員の子ども一人につき年間5万円を上限に給食費の実費を支給する
・従業員の子ども向けに入学祝い金を支給する
・外勤時のトイレ利用を想定して少額の買い物用のクオカードを配布する
・健康管理のために人間ドック費用負担制度を新設する
・応接室や会議室を昼寝スペースとして開放する
・帰省費用を一部負担する など
福利厚生の取り組みは、自社の企業理念や実際に働く従業員の価値観にマッチしているかどうかが重要なポイントとなります。制度の改正や導入にあたっては、アンケートなどで従業員の意見もヒアリングしながら、丁寧に最適な方法を検討しましょう。
まとめ
ベースアップとは、全従業員を対象に一律で基本給の引き上げを行うことです。適切に実行できれば、従業員のモチベーションアップや採用活動での優位性確立といったメリットにつながります。
一方で、一度引き上げた基本給をベースダウンするのは難しいため、長期的な経営戦略に基づいて実行の可否を判断することが大切です。効果的なベースアップを行うためにも、自社の現状や今後の見通しをしっかりと分析し、最適なタイミング・方法を検討してみましょう。
(制作協力/株式会社STSデジタル、編集/d’s JOURNAL編集部)
ベースアップが相次ぐ背景とは?計算式や税額控除など解説
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