ベースアップとは|昇給との違いや国内での実施・引き上げ率の推移を解説

d’s JOURNAL編集部

全従業員の基本給を一律で引き上げる、ベースアップ。

実施の有無や昇給率は、景気や企業の情勢によって変わります。業績がアップしたタイミングで実施されることが多いですが、「自社でも実施すべきか」「実施する場合、どのような影響があるのか」など知りたい経営者もいるのではないでしょうか。

この記事では、ベースアップの概要や昇給との違い、メリット・デメリットなどについて解説します。

ベースアップとは

ベースアップとは、全従業員の基本給を一律に引き上げる賃上げ方法のこと。略して「ベア」と呼ばれることもあります。ベースアップの昇給率は、基本的に景気や企業の情勢によって変化します。インフレ時や、物価に対して賃金の水準が低く、労働者の生活への支障が懸念される場合に行われるのが一般的です。

ベースアップの例

企業として、3%のベースアップを決定

新入社員、管理職クラスを問わず、一律で基本給を3%アップする

なお、「何%引き上げ」という形ではなく、「月額+3000円」というように一定金額をプラスする形でベースアップを行うケースもあります。

ベースアップの計算方法

ベースアップの計算式は、「昇給額=昇給前の給与×昇給率」です。企業として3%のベースアップを決定した場合を例に、計算方法を見ていきましょう。

ベースアップの計算方法

(例)企業として3%のベースアップを決定

【基本給が20万円の場合】
20万円×3%=6000円」で、基本給が20万6000円にアップ

【基本給が40万円の場合】
40万円×3%=12000円」で、基本給が41万2000円にアップ

上記の例からわかるように、ベースアップには、基本給の高い従業員の給与がさらに高くなり、社員間の給与格差が広がるという側面もあります。

ベースアップと昇給の違い

昇給とは、企業が定めた基準に沿って定期的に行われる賃上げのこと。一般的に定期昇給と言われるものです。ベースアップも昇給も、どちらも「賃上げ」ではありますが、昇給率や対象などが異なります。ベースアップは全従業員に対して一律に行われるのに対し、昇給は個人の業績や年齢、勤続年数などに応じて個々の従業員の昇給額が決まります。昇給は「個人」に紐づく賃上げ、ベースアップは「企業」に紐づく賃上げと考えるとよいでしょう。
ベースアップと昇給の違いについて表にまとめました。

ベースアップ 昇給
対象 全従業員 昇給
昇給率 一律に引き上げる 個人の業績、年齢、勤続年数に応じて引き上げ率が変わる
タイミング 決まりはない 一般的に年1~2回

昇給は終身雇用制度を採用している多くの企業で実施され、勤続年数に応じて自動的に給与が上がるのが一般的でした。しかし、終身雇用制度は崩壊したと言われる現在では、勤続年数に比例した昇給を実施しない企業も増えてきています。

国内でのベースアップの実施状況

ここからは、国内でのベースアップの実施状況について見ていきましょう。

ベースアップを実施する企業の推移

株式会社東京商工リサーチが実施した、2023年度「賃上げに関するアンケート」調査によると、2023年度の春闘を受けて賃上げを実施予定の企業は「81.6%」でした。2022年度に賃上げを実施した企業は「82.5%」で、2年連続で8割を超えています。これらの結果から、賃上げを実施する企業の割合は新型コロナウイルス感染拡大前(2019年度以前)の水準に戻っていることが伺えます。

賃上げ動向 年度推移
(参考:株式会社東京商工リサーチ『2023年度 「賃上げ実施予定」は81.6% 「5%以上」の引き上げは4.2%にとどまる ~2023年度「賃上げに関するアンケート」調査~』)

ベースアップの昇給率の推移

厚生労働省が発表した「令和4年賃金引き上げ等の実態に関する調査の概況」をもとに、ベースアップの昇給率の推移について見ていきましょう。

2022年度中に「賃金の改定を実施した」または「予定していて額も決定している企業」および「賃金の改定を実施しない企業」における賃金の改定状況は、「一人平均賃金の改定率」が「1.9%」でした。前年度の1.6%より、「0.3%」高くなっています。2011年の調査以降上昇傾向で推移していたものの、2020年に低下。2022年には、再び上昇に転じています。

一方、「一人平均賃金の改定額」は「5,534円」で、前年度の4,694円より「+840円」という結果でした。一人平均賃金の改定率と同様に、2011年の調査以降増加傾向で推移しますが、2020年から大幅に減少。2022年には、再び増加に転じています。

ベースアップの昇給率についても、コロナ禍以前(2019年以前)の水準に戻りつつあると言えるでしょう。

一人平均賃金の改定額および改定率の推移
(参考:厚生労働省「令和4年賃金引き上げ等の実態に関する調査の概況」をもとに作成)

近年ベースアップを含む賃上げが相次ぐ背景

2022年末以降、大手企業を中心に賃上げを発表する企業が増え、ベースアップという言葉を耳にする機会が多くなりました。これまでの日本企業における賃上げ事情や、近年賃上げする企業が相次いでいる背景を解説します。

日本企業がベースアップに消極的であった理由

これまで日本企業では年功序列の考え方が一般的だったこともあり、ベースアップには消極的な傾向がありました。その理由としては、基本給は一度上げると簡単には下げられないことが挙げられます。一度上げた賃金を下げるためには、労働組合などと交渉しながら労働者の同意を得る必要があります。また、労働者側との話し合いは難航することも考えられます。

そのため、「ベースアップしたことで、業績悪化時に企業財政が圧迫されるのでは」という懸念からベースアップを避け、代わりに利益を「賞与の増額」や「特別賞与」といった形で従業員に還元する企業が多くありました。

2023年に入って賃上げを発表する企業が増加

日本労働組合総連合会(連合)が、2022年12月に春闘で5%の賃上げ要求を決定したことをきっかけに、2023年に入ってから賃上げを発表する企業が増加しています。連合の賃上げ要求の背景には、円安や原材料の高騰に起因する物価上昇によって労働者の生活が苦しくなり、インフレ率を上回る賃上げが必要と判断されたことがあります。

連合の発表以降にベースアップを表明した企業の中には、「連合の要求を上回る6%の賃上げ」や「国内従業員の年収を最大40%まで引き上げ」などを目標に掲げる企業もあり、話題となりました。

政府による支援「賃上げ促進税制」とは

賃上げ促進税制とは、賃上げに取り組む企業を対象に、政府が2022年4月1日から施行している税制支援です。資本金1億円以上の大企業向けと、資本金1億円以下の中小企業向けに、それぞれ税額控除が設けられています。
(参考:経済産業省「賃上げに取り組む経営者の皆様へ」)

大企業向け

<必須要件>
●国内の従業員の給与を3%以上増加させた場合、増加額の15%を税額控除
●国内の従業員の給与を4%以上増加させた場合、増加額の25%を税額控除

<追加要件>
教育訓練費を20%以上増加させた場合、+5%の税額控除

中小企業向け

<必須要件>
●国内の従業員の給与を1.5%以上増加させた場合、増加額の15%を税額控除
●国内の従業員の給与を2.5%以上増加させた場合、増加額の30%を税額控除

<追加要件>
教育訓練費を10%以上増加させた場合、+10%の税額控除

経済産業省のホームページでは、賃上げ促進税制について詳しく紹介しています。活用を検討している場合は、事前に確認するとよいでしょう。
(参考:経済産業省「賃上げ税制について(賃上げ促進税制/所得拡大促進税制)」)

ベースアップを実施するメリット

ベースアップを実施することで、企業にとってどのようなメリットが期待できるのでしょうか。主な2つのメリットを解説します。

労働者のモチベーション向上

ベースアップにより、企業の利益を労働者に還元でき、従業員のモチベーションの向上が期待できます。企業の業績がベースアップに反映されることで、「今後も、会社に貢献しよう」という意識が従業員に芽生え、生産性の向上にもつながっていくでしょう。

採用活動への好影響

人材獲得競争で優位に立てることも、ベースアップのメリットです。いち早く賃上げを表明・実施することで企業力をアピールでき、優秀な人材に自社に興味をもってもらうことで、人材獲得につなげることができます。

また、ベースアップの実績は、「従業員への還元やインフレへの対応をしている企業」であるとの証明になります。そのため、応募者に安心・安定感を与えることができ、採用活動への好影響が期待できるでしょう。

ベースアップを実施するデメリット

ベースアップを実施することで得られるメリットもありますが、ベースアップによって想定されるデメリットもあります。注意したいデメリットを2つ紹介します。

人件費負担の増大

ベースアップの実施によって人件費の負担が重くなることが、一番のデメリットです。ベースアップ実施時には問題なく負担できる額であっても、その後に業績が悪化した場合には人件費が大きな負担となるリスクがあります。

なお、ベースアップ後に企業の業績が悪化した場合、賃金の引き下げ(ベースダウン)を検討することとなります。しかし、ベースダウンは労働条件の不利益変更にあたるため、労働契約法第9条の定めに基づき、基本的に「労働者全員から個別に同意を得ること」が必要です。一度引き上げた基本給を下げるのは容易ではないと、理解しておきましょう。

一部の労働者からの不満

ベースアップは一律で従業員の給与が上がるため、個人の能力や成果によって上げ幅が変動することはありません。そのため、成果を出し続けている従業員の不満につながるケースがあることも、デメリットの一つです。また、「何もしなくても給料が上がるなら努力しなくてもいい」と、一部の従業員のモチベーションが低下してしまう恐れもあります。

これらのリスクを回避する方法として有効なのが、従業員が納得できる人事評価制度の構築です。ベースアップの実施を考えている場合、人事評価制度の整備も併せて進めましょう。

ベースアップに実施義務はない

物価高騰に伴いベースアップが推奨されていますが、企業には昇給の実施に関する法的義務はありません。そのため、「ベースアップを実施しない」とすることも可能です。

一方で、就業規則では必ず「賃金の昇給に関する事項」を定めなくてはなりません。定期昇給の有無や時期について記載するとともに、ベースアップについては「企業の業績などやむを得ない場合は昇給しない」と定めることもできます。このように記載した場合、昇給しなくても違法ではありません。しかし、労働者の理解を得られるよう、十分な説明を行うことが大切です。

自社の現状を分析し、ベースアップを実施するか否かを慎重に検討しましょう。

賃上げ(ベースアップ)が難しい場合の対処法

経営状況などから賃上げが難しい場合には、福利厚生を充実させることも効果的です。ユニークな福利厚生として実施されているものを一部紹介します。

ユニークな福利厚生の例

●従業員の子ども一人につき年間5万円を上限に、給食費の実費を支給する
●応接室や会議室を、昼寝スペースとして開放する
●実家に帰省する費用を負担する
●月に1回社内にマッサージ師を呼び、社員が好きなタイミングで無料でマッサージを受けられる など

福利厚生を整える上で重要なのは、自社の企業理念や企業哲学にのっとった制度であることです。単に「他の会社で取り入れていると聞いたから」といった理由だけで新たな福利厚生制度を取り入れても、自社の理念にマッチしたものでなければ社員の共感を得られず、制度が浸透しない可能性が高くなります。自社の理念に沿った最適なものを検討・導入しましょう。

まとめ

全従業員の基本給を一律に引き上げるベースアップには、「労働者のモチベーション向上」「採用活動への好影響」といったメリットが期待できます。一方で、「人件費の負担が重くなる」「一部の労働者からの不満につながる」などのデメリットを考慮する必要があります。

今回の記事を参考に、自社にとって最適なベースアップの方法やタイミングについて、検討してみてはいかがでしょうか。

(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)

ベースアップが相次ぐ背景とは?計算式や税額控除など解説

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