人的資本とは?人的資源との違いや開示の必要性・事例を解説

2022.03.25

第一東京弁護士会労働法制委員会、日本CSR普及協会(雇用労働専門委員)、経営法曹会議等に所属。経営者側労働法を多く取り扱い、労働審判・労働訴訟等の係争案件、団体交渉(組合・労働委員会)、労災(行政・被災者対応)、労務DD対応を得意とする。
経営課題を抽出し、依頼者のニーズを踏まえたベストプラクティスの提案を心掛ける。
主著に『労働行政対応の法律実務』(中央経済社 共著)、『「働き方改革実行計画」を読む』(月刊人事労務実務のQ&A 2017年7月号 日本労務研究会 共著)など。

人的資本とは
なぜ今、人的資本の開示が求められているのか?
人的資本の開示を巡るグローバル、日本の動き
日本における人的資本の開示状況について
参考にしたい人的資本の情報開示事例

人的資本は企業などの組織が持つ経営資源のなかでも、特に「ヒト」の部分に注目をした概念です。企業においては人材採用や育成、職場環境の整備など多岐にわたって取り組むべき課題が生じています。

欧米社会での動きを経て、日本でも人的資本を企業がどのように活用しているのかを情報開示する流れが生まれており、今後も対応が必要になる企業が増えていくと予想されます。

この記事では、人的資本の基本的な特徴や人的資源との違い、重視されている理由や各社の事例などを解説します。

人的資本とは

人的資本を正しく理解するには基本的な定義や人的資源との違いを押さえる必要があります。人的資本経営という言葉も含めて以下の項目で解説します。

人的資本の定義

人的資本とは企業や組織が持つ経営資源の「ヒト」に関する部分を資本として捉えた経済用語です。特にヒトが持つ能力を資本として捉える考え方であり、「モノ」や「カネ」と同じように経営資源の重要な要素として定義されています。

具体的には個人が身につけているスキルや能力のことを意味し、人的資本への投資は生産力や事業活動に貢献するとされています。企業は人材採用や各種研修、労務環境の整備など「ヒト」にまつわる部分の投資により売上や利益の向上、ブランディングなどにつなげていくのが狙いです。

また、従業員エンゲージメントなども非経済的利益の向上につながると捉えられていますが、最終的には経済的利益につながるものと考えられています。

人的資源との違い

人的資本と似たような言葉に人的資源(Human Resource)という考え方があります。人的資源は人材をあくまでコストとして捉えるものであり、できる限り効率的に回していくのがよいものだとされる考え方です。

一方で、人的資本の場合はヒトに対して、積極的な投資を行う点に違いがあります。「ヒト」への投資は企業の利益や価値を生み出すものとして考えられ、発生する費用はコストではなく投資として認識されます。積極的な投資により「ヒト」を最大限に活用できるという捉え方です。

人的資本経営とは?

人的資本経営とは「ヒト」を資本として捉え中長期的な企業価値を高めていく経営手法を意味します。従業員が持つ能力や経験を資本とみなし投資対象とした後、持続的な企業価値の向上につなげていく狙いがあります。

人材をコストや資源として捉えるのではなく投資対象となる資本として考え、人材の価値を引き出していくことが人的資本経営においては欠かせません。人的資本に関するさまざまなデータは企業の将来性を判断する指標として、投資家などのステークホルダーが情報開示を求めています。

企業に対する人的資本の情報開示の必要性が求められるなかで、人的資本経営への取り組みは世界中に広がりを見せており、企業が事業活動を行ううえで認識すべき重要なテーマとなっています。

なぜ今、人的資本の開示が求められているのか?

世界的に人的資本開示の機運が高まりを見せていますが、それはなぜでしょうか。人的資本の開示が求められている背景を見ていきましょう。

ESG投資への関心の高まり

人的資本の開示が求められるようになった背景として、ESG投資への関心の高まりが挙げられます。ESG(イーエスジー)とは、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」の頭文字を取ってつくられた造語です。2006年、当時の国連事務総長コフィー・アナン氏は、「責任投資原則(PRI)」の中で、投資判断の新たな観点としてESGを紹介しました。近年は企業が長期的に継続して成長するために、「二酸化炭素の排出量の削減」「ダイバーシティの推進」「積極的な情報開示」など、ESGに取り組む必要があると考えられています。

ESG投資は、企業の財務指標だけを見るのではなく、「環境への配慮や社会と良好な関係を築けているか」「企業の統制がきちんと取れているか」といった非財務指標も加味して投資を行います。そのため、「Social(社会)」に該当する企業の人的資本について、開示が求められているのです。
(参考:『【5分でわかる】ESG・ESG投資とは?ー選ばれる企業になるために必要な経営戦略ー』『パーパス(purpose)とは?注目される理由や「パーパス経営」「パーパスドリブン」などの関連用語をわかりやすく解説』)

人的資本の重要性が増している

米国証券取引委員会は、2019年に『Recommendation of the Investor Advisory Committee Human Capital Management Disclosure March 28, 2019(投資家諮問委員会の勧告 人的資本管理の開示 2019年3月28日)』を発表しました。その中で示された、米国の代表的な株価指数「S&P500」の市場価値の構成要素をみると、1975年当時は有形資産の割合が8割を超えており、有形資産の保有状況が重視されていたことがわかります。しかし、1990年代には無形資産の割合が7割近くにまで増加しました。2000年以降は無形資産の割合が8割を超えており、リーマンショックを契機に、この流れが加速したと考えられるでしょう。増加傾向が続く無形資産の中でも、とりわけその重要性が増しているのが、人的資本だと言われています。

「S&P500」の市場価値の構成要素
(参考:米国証券取引委員会『Recommendation of the Investor Advisory Committee Human Capital Management Disclosure March 28, 2019』をもとに作成)

人的資本の開示を巡るグローバル、日本の動き

ここからは、人的資本の開示について世界と日本で起きている潮流に目を向けてみましょう。

欧州、米国におけるトレンド

特に環境保護やサステナビリティへの関心が高い欧州諸国では、米国に先駆けてESG投資が浸透しつつありました。その過程で、人的資本開示の機運も一層高まりを見せました。また、2008年のリーマンショックを機に、米国においても同様の動きが進むようになります。背景には、モノづくりからサービス提供へと産業構造が変化し、人や研究開発といった無形資産への投資が進む中で、企業価値が財務情報だけでは判断しづらくなったことがあります。このように、日本に先駆け欧州を中心として、人的資本の開示への風潮が徐々に強まりました。

人的資本の開示を巡る、この他の動きについてご紹介します。

2018年12月/「ISO30414」を策定

国際標準化機構(ISO)が2018年12月に策定したISO30414に基づき、欧州の一部企業では、ISO30414に準拠した形で人的資本情報の開示を開始。今後はISO30414が世界標準となっていくことが予想されます。

2020年8月/米国証券取引委員会(SEC)が「人的資本に関する情報開示を義務化」

ESG投資への関心の高まりなどを背景に、2020年8月に米国証券取引委員会(SEC)が米国の上場企業に対して人的資本の開示を義務化しました。人的資本の開示により、これまで財務指標だけでは見えてこなかった、企業の「人材投資の状況」「人材の流動性」「ハラスメントリスク」などの可視化にもつながっているようです。

欧米の後を追いかける日本

ESG経営の本格化に対して、日本は欧米に後れを取ってしまいました。背景にはリーマンショックの影響があります。リーマンショック以降、多くの日本企業では財務状況の悪化を受け、企業の社会的責任に関するCSR予算を削減せざるを得ませんでした。そのため、環境や社会問題そのものへの取り組みを弱めてしまうことになります。しかし、欧米での機運の高まりを受け、2020年代に入ると、日本でも官公庁が主導となり、人的資本開示への取り組みが進むことになります。代表的な2つの出来事を解説します。

2020年9月/「人材版伊藤レポート」の発行

2020年9月、経済産業省は『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書〜人材版伊藤レポート〜』を発表。一橋大学の特任教授である伊藤邦雄氏を座長として作成されたこのレポートには、人的資本の情報開示のみならず、人的資本の「高め方」に関しても記されています。これからの人材マネジメントの在り方として人的資本の重要性が訴えられていたこともあり、日本企業においても、人的資本の開示の動きが進むきっかけとなりました。

2021年6月/「コーポレート・ガバナンスコード」の改定

2021年6月に施行された「改訂版コーポレート・ガバナンスコード」において、「人的資本に関する開示・提示」と「取締役会による実効的な監督」が求められるようになりました。現時点では開示項目として明示されていないものの、持続的な成長につながるように「人的資本や知的財産へ経営資源を配分し監督すべきこと」「人的資本や知的財産への投資を適切に開示すべきこと」が示されています。
(参考:『【3分でわかる】ガバナンスとは?コンプライアンスとの違いと企業がすべきこと』『【弁護士監修】サクセッションプラン(後継者育成計画)とは?導入の目的・手順や企業事例をご紹介』)

日本における人的資本の開示状況について

経済産業省が発表した『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書〜人材版伊藤レポート〜』によると、日本企業の統合報告書において提示されているKPI(主要指数)のうち、非財務KPIが占める割合は増加傾向にあります。人的KPIが占める割合も増加傾向にあり、今後ますます増えていくことが予想されます。下の右側のグラフにある通り、人的KPIの上位3項目は、「従業員数」「女性管理職数・比率」「女性職員数・比率」です。「女性管理職数・比率」「女性職員数・比率」は上昇傾向にあり、人的資本の中でも、投資家からの関心が特に高い項目であることがうかがえます。

企業における人材関連情報の発信状況
企業における人材関連情報の発信状況
(参考:経済産業省『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~』)

参考にしたい人的資本の情報開示事例

日本企業において人的資本の情報開示とは、どのように行われているのでしょうか。金融庁が発表している「記述情報の開示の好事例集2021 『サステナビリティ情報』(2)『経営・人的資本・多様性等』の開示例(2021年12月21日)」から企業事例を3つピックアップして、具体的な開示内容をご紹介します。

三浦工業株式会社:女性の登用に向けた取り組みについて定量的な情報を含めて記載

三浦工業株式会社は、特に女性従業員のキャリア形成について支援強化を継続しています。女性管理職比率目標を3%と掲げ、役職者登用の拡大と育成強化を推進しているそうです。2021年3月期の有価証券報告書では、女性の登用に関する情報として「直前5カ年の女性役職者数および比率」を開示しました。

直前5カ年の女性役職者数および比率

2017/3/31 2018/3/31 2019/3/31 2020/3/31 2021/3/31
女性役職者(名) 211 231 240 256 279
女性役職者比率(%) 12.4 13.0 13.3 13.8 14.5
うち管理監督者(課長以上)(名) 15 15 16 16 16
女性管理監督者比率(%) 2.7 2.7 2.6 2.6 2.5

※1 女性役職者比率は、同社の全役職者に対する女性の割合を記載しています。
※2 女性管理監督者比率は、同社の全管理監督者(課長以上)に対する女性の割合を記載しています。

第一生命ホールディングス株式会社:ダイバーシティの推進に関する情報として「非財務情報ハイライト」を開示

第一生命ホールディングス株式会社は、 女性が活躍できる環境の構築がダイバーシティの推進、ひいては企業価値の向上に資するとの認識から、意識・風土の改革、能力開発の充実、ワーク・ライフ・マネジメントの推進を3本柱として取り組んでいます。2021年3月期の有価証券報告書では、「非財務情報ハイライト」を開示し、定量的な情報も含めて記載しています。

非財務情報ハイライト

連結従業員数 64,823名
女性管理職比率 ※2 27.5%
障がい者雇用率 ※6 2.22%
海外従業員比率 ※7 11.7%
男性育児休業取得率 ※8 91.4%

※2 2021年4月時点、同社および国内生命保険3社合計、営業部長・機関担当のオフィス長・オフィス長代理を含む
※6 2020年6月1日現在、持株会社および第一生命(キャリアローテーション者を含む)・第一生命情報システム・第一生命ビジネスサービス・第一生命チャレンジドの合計
※7 2021年3月末時点、海外子会社5社合計
※8 2021年3月末時点、持株会社および第一生命(キャリアローテーション者を含む)の合計

アンリツ株式会社:エリア別の幹部職に占める女性の割合の推移状況を含めて記載

アンリツ株式会社は、従業員の採用において、技術職、事務職を問わず、外国籍人財の他ジェンダー平等に配慮した人財の採用を進めています。2021年3月期の有価証券報告書では、当連結会計年度末時点におけるグローバルにみた女性の活躍状況を開示。ジェンダー平等に関する取り組みについて、エリア別の「幹部職に占める女性の割合」の推移状況を含めて記載しています。

幹部職に占める女性の割合(女性幹部職数÷全幹部職数)(単位:%)

2015年度 2016年度 2017年度 2018年度 2019年度 2020年度
日本 1.3 1.3 1.0 1.1 1.8 2.3
米州 22.7 24.7 23.0 20.2 18.3 17.9
EMEA ※ 17.0 19.7 22.1 23.5 21.6 24.2
アジア他 18.2 21.7 21.6 24.1 23.4 24.0
グローバル連結 9.6 10.2 9.9 10.5 10.4 10.8

※ EMEA(Europe, Middle East and Africa): 欧州・中近東・アフリカ地域

まとめ

ESG投資への関心の高まりやISO30414の策定などを背景に、人的資本の開示の動きが進んでいます。

人的資本の開示は、「企業活動において、人的資本に対する投資が健全に行われているかどうか」や「継続して成長が見込める企業であるか」を内外に示すために、企業として行うのが望ましいとされている対応です。

今回ご紹介した企業事例などを参考に、自社の人的資本開示に向けた取り組みを始めてみてはいかがでしょうか。

(制作協力/株式会社はたらクリエイト、監修協力/弁護士 藥師寺正典、編集/d’s JOURNAL編集部)