事業ポートフォリオ変革のためハイクラス人材中心の採用へ!新卒採用中心からキャリア採用を200名規模まで急拡大したDICが取り組んだこと

DIC株式会社

総務人事部 採用・研修グループ グループマネジャー 高柳光宏(たかやなぎ・みつひろ)

プロフィール

印刷インキや有機顔料などの分野で世界トップシェアを誇る化学メーカー・DIC株式会社。現在は世界63の国と地域に拠点を展開し、海外売上高比率が約67%に上るグローバル企業として成長を続けています。既存領域の拡大・強化に加え、新規事業も積極的に推進しており、同社にはない新たな知見を持ったハイクラス人材のキャリア採用を拡大しています。

数年前までは数十名規模だったキャリア採用。昨年(2022年度)は100名を超えるハイクラス人材の採用を実施し、2023年度は大きく上回る200名以上の採用を計画。「かつては新卒採用中心だった」という同社は、どのようにしてハイクラス人材のキャリア採用を進めているのでしょうか。その実践知を聞きました。

ハイクラス人材採用によって異質な人材を受け入れ、相乗効果を生み出す

——DICがハイクラス人材のキャリア採用を強化している背景についてお聞かせください。

高柳氏:当社は長年にわたり、印刷インキや有機顔料、樹脂などの製品分野で成長を続けてきました。現在は「DIC Vision 2030」を打ち出し、サステナブルエネルギー領域やヘルスケア領域など、新規事業への取り組みを加速させています。新しい事業に進出していく上では、従来の当社にはない知見を持つ人材の力が欠かせません。そのため、新卒採用中心だった体制を見直し、キャリア採用を強化しています。

 

——ハイクラス人材の採用を拡大するにあたり、苦労していることはありますか?

高柳氏:ハイクラス人材の獲得競争が激化している転職市場の中でDICの認知を高めていくことに苦労しています。当社の長期経営計画「DIC Vision 2030」の中で注力領域と位置付けているサステナブルエネルギー領域やヘルスケア領域へは、異業種からも多くの企業が参入しようとしています。そのため、専門的な知見を持った転職希望者からすると、DICと「エネルギー事業」「ヘルスケア事業」が結び付きづらく、当社が転職先の候補として意識してもらえないのではないかという課題感がありました。

また、人材を受け入れる配属部門へのアクションも課題だと捉えています。配属部門は無意識のうちに今組織にいる人と同じような考えを持つ人(=同質的な人)を求めてしまいがち。しかし「DIC Vision 2030」を実現するためには、これまでとは違う異質な人材を迎え入れ、既存のメンバーと相乗効果を生み出さなければなりません。特に新規事業を推進するメンバーには、社内にない知見を持った人材(=異質的な人)が必要であるため、応募者へ同質的な資質を求め過ぎないよう、配属部門の面接官もマインドチェンジする必要があります。そのため、配属部門へは、会社の変革に携わってくれそうかという視点で、応募者とフラットに接していくことの重要性を伝えています。

——「異質な人材」という点では、キャリア採用を進める高柳さんも異業種の出身ですね。

高柳氏:私はもともと大手電機メーカー出身で、まったく違う畑から入社しましたが、DICには新しく入ってきた人を快く受け入れてくれる懐の深さがあると感じています。既存のメンバーはどんな質問にも丁寧に答えてくれるし、会社には新しいチャレンジを歓迎する風土があります。実際に面接では、私自身が入社して感じたことをそのまま転職希望者に伝えていますね。

人材紹介サービス会社と配属部門を交えて「最適な要件定義」を進める

——採用難易度が高いポジションの採用を進めるにあたって、採用手法としてはどのような工夫を行っているのでしょうか。

高柳氏:ハイクラス人材の採用においては、人材紹介サービス経由が圧倒的に多いです。求人を出すだけでは当社の事業や募集内容を深く理解していただくことはできません。選考プロセスの中でも丁寧なコミュニケーションが必要だと考えています。そのため、転職希望者に当社の最新の情報を伝えるべく、私たち人事と人材紹介サービス各社、そして配属部門を巻き込んだミーティングを実施しています。

 

——ぜひミーティングの内容を知りたいです。

高柳氏:新規ポジションや獲得競争率が高いポジションの場合には、人材紹介サービスの担当者へ事前に求人情報を共有した上で、配属部門の責任者へさまざまな角度から直接質問してもらっています。採用背景や部門トップの考え方、新たな人材に期待すること、人員構成や組織風土など、私たちが採用したいと考えている人材が必要としている情報を引き出してもらっているんです。

また、ミーティングでは人材紹介サービスの担当者から事前に求める採用ターゲットのスキル・経験や出身業界、人物像などを共有してもらうこともあります。配属部門は転職市場についてあまり詳しくないことも多く、理想が高くなり過ぎてしまっていることも。そのため具体例を挙げて採用ターゲットのイメージを擦り合わせることが重要だと感じています。私たち人事の立場で「その採用は難しい」とはっきり言えない場合にも、人材紹介サービスの担当者から転職市場やデータを捉えた上で指摘してもらうことで、最適な要件定義につなげられています。

さらに、特に採用に苦労しているポジションについては、一度に複数の人材紹介サービス各社に参加していただくこともあります。配属先の事業部門責任者も加わって一斉に情報を共有し、数十人規模のミーティングで知恵を出し合っていますよ。

「奇策よりも基本」迅速・丁寧なオペレーションを徹底

——採用プロセスにおいて重視していることもお聞かせください。

高柳氏:キャリア採用は迅速・丁寧なオペレーションにかかっていると考え、奇策よりも基本を大切にしています。私自身、転職活動をする立場のときには、選考スピードや対応される内容によってその企業の採用に対する本気度や組織風土、働いている社員の姿勢や価値観が自分に合うかどうかを判断していました。応募者にとっても企業の迅速な対応が間違いなく安心材料になりますし、人材紹介サービスの担当者側も素早く結果を出し、フィードバックしてくれる企業をありがたいと感じるのではないでしょうか。

また、人材紹介サービスの担当者とは、メールだけでなく電話で話す時間も大切にしています。求める人材と合致しなかった場合でも「○○のスキル・知識がもう少しあると良かった」「前職で経験しているプロジェクトの規模が大きいのは良いけれど、もう少し規模は小さくても自分で実務を担当できる人が良い」など、選考結果のフィードバックを詳細に行っているんです。そうしたやりとりの中で人材紹介サービスの担当者側から「本当はこんな人材を求めているのでは?」「○○のスキル・経験よりも○○の知見やポテンシャルを優先してはどうか?」と示唆してもらい、新たな気づきが生まれています。

 

——迅速・丁寧なオペレーションは、人材紹介サービスの担当者との関係性強化にもつながっていると。

高柳氏:はい。新規事業やDXなどのテーマで採用競合との人材獲得競争が激しくなっている現状を考えると、人材紹介サービスの担当者にとって、「良い人がいたらDICに紹介したい」と思ってもらえるように人材紹介サービス側のプライオリティを高めていく。例えば、まだ募集していない職種だったとしても、「DICの事業や経営計画を考えると、この人材はDICに紹介すべきだ」と提案していただける関係性を大切にしています。そのため、言いにくいことがあっても対等な立場でオープンなコミュニケーションが取れるようにしていますね。

——配属部門を巻き込みながら迅速に対応していく秘訣も知りたいです。

高柳氏:一つは、私が新たに入社したように、キャリア採用の体制そのものを強化したことが大きいと思います。また採用管理システムを新たに導入し、人事だけでなく事業部門でも使いこなせるようにして、情報共有を大幅にスピードアップしました。

ハイクラス人材は、企業の弱みを理解した上で「価値の発揮」を考える

——高柳さんが入社したあとにも、一連のハイクラス人材採用の取り組みの中で人事・採用担当者が入社していますね。入社した方はどのようにしてDICと出会ったのでしょうか。

高柳氏:その方は自動車メーカーや大手飲料メーカーなどで人事を経験し、「人事の仕事を通じて製造業を支え、世の中に貢献したい」と考えていました。ただ、前職の企業では関われる業務の範囲が限られていたため、仕事の充実感を高めるために新たなチャンスを探していたようです。

そんな中、人材紹介サービスの担当者がDICの求人を紹介してくれて、私とカジュアル面談をすることになりました。DICが新たなビジョン実現に向けてキャリア採用を強化していることや人事部門の中でもさまざまなポジションに就くチャンスがあることなどを伝え、本格的な選考に進んでくれました。

 

——その方も経験のない異業種への入社だったんですね。どのように不安を払拭しましたか?

高柳氏:当社の情報をありのまま正直に伝えることを一番に心掛けました。その方にとっては前職より企業規模は小さくなりますが、自分が担当できる業務範囲が広くなり、これまでのスキルや経験を活かして価値発揮できる可能性が高いと感じてもらえるように工夫しましたね。面接での情報やIR情報など、当社の情報に触れる中で素材メーカーとしての力強さを感じ、成長の可能性もあると判断したことで、転職を決意してくれました。

その方に限らず、ハイクラス人材には直近の経営数値などを分析し、仮に弱い部分が見つかったとしても「それなら自分の力を発揮して改善していけばいい」と前向きに判断してくれる人が多いと感じます。だからこそ面談や面接では、オープンに自社の情報を発信していくことが大切だと思っています。

——ありがとうございます。ハイクラス人材の採用拡大に向けた今後の展望もお聞かせください。

高柳氏:当社はバブル期入社の世代が多く、技能伝承や後継者育成を考えると、今後10年間が勝負になるはずです。新卒採用と同時にキャリア採用の規模もより拡大していきたいと考えています。

繰り返しになりますが、採用成功に向けた奇策はないと思っています。足元のオペレーションを極めていくことが第一。私たちなりのKPIを設け、やり切っていくことが基本方針です。また、多岐にわたるポジションの人材ニーズへ対応していくには、自力で採用していく力を高めることも重要。今後はダイレクト・リクルーティングなどの手法も強化していきたいですね。

取材後記

記事内で紹介した人事・採用担当者のように、DICでは事業企画や安全衛生担当、化学法規担当、分析・解析担当など、さまざまなポジションでハイクラス人材の採用が進んでいます。その採用活動の原動力となっているのもまた、キャリア採用で入社したハイクラス人材。転職希望者にとっては、異業種や他社を知る人の率直な言葉を聞けることが大きな意味を持っているのではないでしょうか。まずは人事部門に「異質な人材」を受け入れてみる。そんな変化も必要なのだと感じました。

企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/中澤真央