人材ポートフォリオとは?作成の目的や作り方の流れをわかりやすく解説

d’s JOURNAL編集部

近年、企業の人事領域では「働き方の多様化」「慢性的な人手不足」「雇用の流動性」といったさまざまな動きが生まれています。急速に変化する社会環境にあって、企業はどのようなスタンスで人材戦略を構築していくべきなのでしょうか。

今回は社内の人材を深く見つめ直し、現状を可視化させるためのアプローチとして、「人材ポートフォリオ」について解説します。人材ポートフォリオの目的やメリット、作成の手順などを詳しく見ていきましょう。

人材ポートフォリオとは

「ポートフォリオ」はもともと「書類入れ」や「折カバン」を表す英語であり、さまざまな書類がまとめられた入れ物という意味を持っています。そこから、「組み合わせ」という意味で、作品集や金融商品といった他の分野でも用いられるようになりました。

「人材ポートフォリオ」も、端的にいえば、その名のとおり「人材の組み合わせ」を指す用語です。経営戦略や事業方針に基づく社内の人的資本の構成内容を表し、具体的には「どのような人材が、社内のどこに、どれくらい配置されているか」を意味します。

ここではまず、人材ポートフォリオの基本的な目的と、現代のビジネス環境において注目されている理由について見ていきましょう。

人材ポートフォリオを作成する目的

人材ポートフォリオの目的は、適切な人材配置の実現による企業価値の最大化にあります。優れた組織づくりを実現するには、単に高度なスキル・経験を持った人材を確保するだけでなく、人材に応じた最適な配置を行う必要があります。

そのためには、「従業員のスキル、職種、適性、性格」「従業員の所属先、ポジション」「人数、配属年数」といったさまざまな要素を踏まえて、的確に戦略を立てなければなりません。そこで重要となるのが、人材ポートフォリオの作成です。

人材ポートフォリオによって自社の人的リソースが可視化されることで、人材に関する分析が進み、人材育成や採用活動、人事評価などの質を高められるようになります。

人材ポートフォリオが注目される理由

人材ポートフォリオに対する関心が高まっているのには、企業経営を取り巻くさまざまな環境の変化が関係しているといえます。ここでは、注目される理由を3つに分けて解説します。

「人材版伊藤レポート」の人的資本経営への対応

人材版伊藤レポートでは、企業の持続的な成長に向けた主要な課題として、「人的資本経営」の重要性に触れています。
(※)人材版伊藤レポート・・・経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」による報告書の通称

企業の目指すべき方向性として、企業の人的資本を高めること、取り組みに関する情報開示を行うことなどが記載されており、多くの企業が人的資本経営に着目するきっかけとなりました。特に、「人的資本の開示」は投資を呼び込む際などに重要な条件とされ、今後も世界的な動きとなっていくことが予想されています。

人的資本経営を実現するには、企業の人的資本をきちんと把握し、必要な人材投資を行っていく必要があります。無駄のない人材投資を実施するためには人材ポートフォリオの作成が重要であり、多くの企業で注目されているのです。

人材ポートフォリオを作成することで、自社の人的資本の状況をうまく把握できるようになり、人材投資や人材育成といった人材戦略そのものをブラッシュアップすることにつながります。経営を安定させ、さらなる成長を目指すために人材ポートフォリオの活用が求められているといえます。

働き方の多様化への対応

現代社会における働き方の多様化も、人材ポートフォリオが重要視される理由の一つです。共働き世帯の増加や女性の社会進出などにより、企業における人材のあり方は大きく見直されています。

さらに、時短勤務やリモートワークの普及によって、さまざまな働き方を選択できる企業も増えてきました。慢性的な人手不足が続く日本では、多様な働き方に応えられる環境を整えることが、採用競争で優位に立つための有効策になり得ます。

こうした動きのなかで、企業には多様な人材を確保するために、組織全体の最適化が求められているといえるでしょう。人材ポートフォリオを作成し、自社の人材のタイプを可視化したうえで、最適なマネジメントを行うことが重要となっているのです。

急速な事業環境の変化への対応

人材ポートフォリオが注目されるのは、ITやAIなどのテクノロジーの進化によって引き起こされる急速な事業環境の変化に企業が対応するためでもあります。事業環境の変化は、大きなビジネスチャンスをもたらす一方で、企業が長年築いてきた価値観やスキルを急速に陳腐化させるリスクもはらんでいます。

そのため、企業を取り巻く事業環境の変化にうまく対応するためには、変化した状況でも活躍できる人材の育成や確保が欠かせません。先述した「人材版伊藤レポート」では、現代の人材戦略に求められる要素として5つのポイントが提示されており、そのうちの一つが、「動的な人材ポートフォリオ」の構築です。

動的な人材ポートフォリオを構築することで、変化にうまく対応できる柔軟性の高い組織づくりが行えます。これまでのやり方だけにとらわれず、新たなイノベーションを起こして企業が成長していくには、人材ポートフォリオの活用によって変化に強い組織を生み出していくことが重要です。

人材ポートフォリオを作成する4つのメリット


企業にとって、人材ポートフォリオはどのようなメリットをもたらすのでしょうか。以下の4つの視点から詳しく見ていきましょう。

・適切な人材配置につながる
・自社が求める人材像が明らかになる
・従業員のキャリア支援に活かせる
・人的資本経営を強化できる

適切な人材配置につながる

人材ポートフォリオを作成することで、適切な人材配置の実現につながります。なぜなら、人材ポートフォリオを作成する過程では、従業員それぞれの強みと弱み、行動特性、キャリアに対する考え方などを深く捉えていくことになるからです。

丁寧に分析を行うことで、社内の人材のポテンシャルを正確に見極め、部署や職種に合った配置の実現につながります。適切な人材配置が行われれば、たとえ同じ戦力であっても組織全体としてのパフォーマンスは高まり、業務の効率化や生産性の向上に結びついていくはずです。

自社が求める人材像が明らかになる

社内の人材を対象に分析を行うことで、自社がどのような人材を求めているのかを再確認できるのもメリットです。例えば、全従業員を対象に行動特性や能力のリサーチを行えば、スキルや価値観について、思いがけない偏りを発見することにもなるでしょう。

その結果、どのような人材が不足しているのかを客観的に見極められるため、採用活動にも活かすことができるはずです。また、現時点で自社の経営理念や事業方針に沿った従業員がどの程度いるのかを把握すれば、今後の人材育成や研修課題のブラッシュアップにもつなげられます。

従業員のキャリア支援に活かせる

人材ポートフォリオを作成することで、従業員のキャリア支援に活かすことができます。従業員一人ひとりの能力や特性を把握できるため、よりきめ細かなサポートを行えるでしょう。

人事評価のフィードバックと並行して、個人に合わせた目標設定を行い、キャリアの形成に役立てていくことができれば、より効果的な人材育成が可能になるはずです。人材ポートフォリオをもとにキャリア支援を行うことで、従業員とのコミュニケーションも活発になり、能力をより引き出すことにつながります。

人的資本経営を強化できる

人材ポートフォリオの作成は、そのまま人的資本経営の強化につながります。なぜなら、人材の状態を正確に把握することで、企業が人材への投資をどのように行えばよいかが明確になるためです。

例えば、人材ポートフォリオを作成することで、現在の状況だけでなく将来的に人材が不足しそうな部署や部門がどこであるかが把握できます。将来を見据えて、早めに採用活動を行ったり、人材育成に取りかかったりすることで、持続的な成長を維持できる組織づくりに役立てられるはずです。

どのような方向性で人材への投資を行うかを明示できれば、人的資本経営に取り組んでいる様子を対外的にアピールできるため、資本調達力などの強化にもつながるでしょう。

人材ポートフォリオの作り方の流れ

人材ポートフォリオの作成には、全社的な取り組みが必要です。すべての従業員を分析する必要があり、多くの時間や手間がかかってしまうため、実行には確かな計画が求められます。

【人材ポートフォリオを作成する4つのステップ】
1. 人材ポートフォリオを作成する目的を定める
2. 必要な人材を定義してグループ分けを行う
3. 人材の偏りや不足をチェックする
4. 改善ポイントを洗い出して施策を実施する

ここでは、上記の流れに沿って、人材ポートフォリオの基本的な作成手順をご紹介します。

人材ポートフォリオを作成する目的を定める

人材ポートフォリオを作成する際は、最初に目的を設定することが重要です。なぜなら、人材ポートフォリオそのものは、あくまで会社や組織の現状を示す分析結果にすぎないからです。

したがって、人的資本経営の強化につなげるには、何のために人材ポートフォリオを作成するのか、具体的な目的を定めることが大切です。「採用活動の強化」「人材教育の充実」など、企業ごとに目的はさまざまですが、自社の経営理念や事業方針の方向性と照らし合わせて、目的を設定してみましょう。

必要な人材を定義してグループ分けを行う

人材ポートフォリオを作成する目的を定めたら、次に必要な人材を定義し、グループ分けを行います。いくら人材が必要だといっても、人材の適性を見極めなければならないため、グループ分けは重要です。

一般的には、以下のように2軸-4象限で定義するのが有効だとされています。どのような人材がどのくらい必要で、現状とはどのくらいかけ離れているのかを客観的に分析してみましょう。

人材タイプの分類方法の例
・個人:個人でする仕事が得意
・組織:チームでする仕事が得意
・運用:既存の仕組みを運用する仕事(ルーティーン)が得意
・創造:新しいことを生み出す仕事(クリエイティブ)が得意

また、得意な働き方として「個人と組織」のどちらに当てはまるのか、得意な業務スタイルとして「運用と創造」のどちらに当てはまるのかを分析すると、シンプルに人材のタイプを分類することができます。4象限に基づいて人材のタイプを考えると、例えば次のように傾向を分けることも可能です。

個人 組織
運用 エキスパート人材 マネジメント人材
創造 クリエイティブ人材 経営人材

これらの分類方法以外にも、「ジェネラリストとスペシャリスト」「雇用形態による違い」などのさまざまなアプローチが存在します。人材ポートフォリオを作成する目的に合わせて、適した分類方法を見極めることが大切です。

人材の偏りや不足をチェックする

人材のタイプを定義し、タイプごとに人材を当てはめたら、改めて偏りや不足がないかをチェックしましょう。なぜなら、現状では必要な人数を満たしていたとしても、年齢やスキルなどに偏りがあれば定年退職などによって将来的に人材が不足する可能性があるからです。

また、社内の人的資本がクリエイティブ人材ばかりに偏っているなら、実務として事業を進めるためにエキスパート人材やマネジメント人材が不足していることがわかります。特定の人材群の高齢化が進んでいたり、管理職がうまく育っていなかったりする場合は、いずれは不足することを見越して、今後の採用活動に反映させるようにしましょう。

改善ポイントを洗い出して施策を実施する

正確な状況把握を行ったら、理想とする人材ポートフォリオに近づけるために、どのような施策が実施できるかを検討しましょう。
例えば、ある部門に特定の人材タイプが集中しているのであれば、余剰を解消するために配置換えを考える必要があります。

また、全体として特定の人材タイプが不足しているのであれば、個人の適性に合わせて人材育成を行っていくことも大切です。人材ポートフォリオの質が高ければ、「若手から適性の高い人材をピックアップして経営人材を育成する」「各部門でマネジメント層の育成を強化する」など、柔軟な戦略の切り替えが行えるでしょう。

そのうえで、不足している人材タイプを補うには、人材採用に目を向けてみるのも有効です。「即戦力となるエキスパート人材を補強する」「長期的な経営人材の育成を見据えて新卒採用の選考基準を変更する」のように、現状に合わせた戦略を立ててみるとよいでしょう。

人材ポートフォリオを上手に活用するためのポイント


人材ポートフォリオを有効に活用するためには、目的を明確化するとともに、細やかな配慮も大切となります。ここでは以下の点に沿って、人材ポートフォリオを作成するうえで意識すべき3つのポイントをご紹介します。

1. 従業員にヒアリングを行う
2. 従業員に優劣をつけない
3. 事業環境の変化に応じて迅速に対応する

従業員にヒアリングを行う

人材ポートフォリオをうまく活用するには、従業員へのヒアリングが欠かせません。働く側の志向や価値観、置かれている状況などを把握していなければ、従業員が持っている能力を最大限に活かせないからです。

例えば、定期的に1on1ミーティングを行い、従業員にヒアリングするとよいでしょう。一人ひとりの従業員が仕事に対してどのような希望や考えを持っているかを把握できます。

また、人員を適材適所に配置するためには、多角的な視点から人材ポートフォリオを作成する必要があります。従業員ごとのヒアリングに加えて、他部署や他部門の意見なども取り入れるなどして、能力を見極めていくことが大切です。

十分にコミュニケーションが行える環境を整え、従業員の本音を引き出し、ヒアリングした内容を人材ポートフォリオの作成に役立ててみましょう。

従業員に優劣をつけない

人材ポートフォリオを作成するときは、従業員同士に優劣をつけてしまってはいけません。人材やタイプごとに優劣をつけようとすれば、劣っていると判断された従業員の信用を失い、モチベーションの低下や離職の連鎖を招いてしまう恐れもあるので注意が必要です。

むやみに優劣をつければ、知らず知らずのうちに優れていると判断されたタイプの人材ばかりを集めるようになります。あくまで人材ポートフォリオを作成する目的は、個人が本来持っている適性や可能性を最大限に引き出すという点を忘れないようにしましょう。

そのため、便宜上はさまざまなタイプに人材を分類しても、従業員に優劣をつける目的で実施してはいけません。誤った用い方は中長期的に見れば、人材ポートフォリオに偏りを生み出す原因にもなるため、価値判断を誤らないように注意しましょう。

事業環境の変化に応じて迅速に対応する

事業環境の変化に応じて、人材ポートフォリオの見直しを行っていくことも大切です。人材ポートフォリオは一度作成して終わりといったものではありません。

競合他社の動向や消費者のニーズの変化などは絶えず起こっているものであるため、事業環境の変化に対応するために、状況に応じて臨機応変にブラッシュアップしていくことが必要だといえます。

また、人材ポートフォリオに基づいて配置転換や人材育成を行った場合は、時間を追ってその効果を検証し、フィードバックを重ねてみましょう。目的やゴールによって効果を検証すべき期間は異なるため、中長期的な視点が必要なものと短期的に測定できるものを分けて扱うとよいでしょう。

人材ポートフォリオにおける注意点


最後に、人材ポートフォリオを作成する際の注意点を確認しておきましょう。次の3つの点を解説します。

1. 作成には時間や労力がかかる
2. 個々の従業員の能力を適切に把握する
3. データを積極的に活用する

作成には時間や労力がかかる

人材ポートフォリオの作成には、多くの時間や労力がかかる点を認識しておく必要があります。これまで見てきたように、従業員一人ひとりの状況を細かく把握する必要があるので、質の高いものを仕上げるには多くの時間を要します。

どの程度の時間がかかるかは、従業員数やデータ収集の方法などによって異なるでしょう。従業員数が多ければ、全員の適性や能力を把握し、適切な人材配置を考えるだけでも相当な時間を必要とします。

さらに、従業員のデータを事前にあまり収集していなければ、それらのデータを集めるだけでも時間がかかるはずです。作成に多くの時間がかかる場合は、まずは一部の部署から取り組みを進めて、徐々に他の部署のものを作成するといった形を選択するほうがよいでしょう。

また、人材ポートフォリオは人事制度や人材教育に活かすことで初めて意味を持ちます。作成の経緯なども含めて従業員に説明し、あらかじめ理解を得ておくほうがデータ収集などもスムーズに進めやすくなるでしょう。

個々の従業員の能力を適切に把握する

人材ポートフォリオの作成にあたっては、評価が主観的なものになってしまわないように、客観的な根拠を用いることが重要です。能力やスキル・適性などはできるだけ定量的な指標を適用し、客観的に把握していくようにしましょう。

従業員の能力や適性の評価が主観的になってしまえば、実際に人材ポートフォリオを作成しても、想定通りに機能しないといった事態が起こる恐れがあります。実施段階で慌ててしまわないためにも、できるだけ客観的な基準で判断を行ってみましょう。

必要に応じて適性検査を実施し、結果を参考資料として用いるのも一つの方法です。ただし、従業員の志向や価値観については、本人の意見が欠かせない要素となります。

上司や管理職者の評価のみを参考にするのではなく、本人の声を丁寧にヒアリングし、主観的な感覚も軽視しないように注意しましょう。

データを積極的に活用する

作成した人材ポートフォリオは、人材戦略を組み立てる重要な土台となります。完成させることのみにとらわれるのではなく、そこから得られるデータを積極的に活用していく意識を持っておきましょう。

例えば、人材ポートフォリオで得られた分析結果をもとに、人材のタイプ別に研修内容を最適化し、育成の効率を高めるといった具合です。すべての従業員に一律で研修を行うよりも、個人のスキルや適性に合ったアプローチをするほうが、組織の強化にはつながりやすくなるでしょう。

また、作成にあたって得られた情報を従業員本人にも共有すれば、自身の課題や研修の目的も明確になるため、より自発的な学びを促せるという効果も期待できます。主体的な姿勢で研修に臨んでもらえれば、吸収率も高くなるため、人材育成の質そのものが向上していくはずです。

まとめ

企業にとって、人材ポートフォリオは人的資本のあり方を見直し、最適な人材戦略を立てるための重要な土台です。質の高い人材ポートフォリオを作成すれば、適切な人材配置の実現やキャリア支援の充実、ひいては人的資本経営の強化につながります。

世界的に見ても、人的資本に対するスタンスは、その企業のあり方や価値、将来性などを判断する重要な指標となりつつあります。自社の人材を深く理解するうえでも、じっくりと腰を据えて、人材ポートフォリオの作成に向き合ってみてはいかがでしょうか。

(制作協力/株式会社STSデジタル、編集/d’s JOURNAL編集部)

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