シニア人材がモチベーションを失わない組織作づくりのポイントとは?

パーソルキャリアコンサルティング株式会社

キャリア支援本部 事業企画部 小川治人(おがわ・はると)

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キャリア支援本部 キャリアコンサルティング部 山崎晃子(やまざき・あきこ)

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  • シニア人材の多くは、突然求められるようになった「キャリア自律」に戸惑っている
  • 役職定年などシニア人材のモチベーション低下につながる制度を見直し、ポジション異動の道をつくるとよい
  • シニア人材活性化の優先順位を上げられない場合は、若手向け施策と連動させると効果的

高年齢者雇用安定法の改正により、2025年4月から全ての企業において「65歳に定年を引き上げ」「65歳以上の継続雇用制度(希望者のみ)」「定年制の廃止」のいずれかの導入が義務付けられます。幅広い業種で人手不足が続く中、シニア人材の活躍に期待を寄せる企業も多いのではないでしょうか。

一方、パーソル総合研究所が行った調査(※1)ではシニア人材の活用について課題感を持っている企業の割合は49.9%、今後5年以内に課題になると回答した企業の割合は75.8%と、多くの組織がシニア人材のマネジメントの難しさに直面しているのも事実です。

シニア人材が高いモチベーションを保ち、生き生きと働ける環境をつくるためには何が必要なのでしょうか。シニア層のキャリア支援を手掛けるパーソルキャリアコンサルティングの小川氏と山崎氏に聞きました。

※1 パーソル総合研究所:企業のシニア人材マネジメントに関する実態調査(2020)

配属ガチャを受け入れてきた世代に「キャリア自律」を求める矛盾

——シニア人材を取り巻く現状をどのように見ていますか。

小川氏:日本社会全体における労働人口高齢化の影響は大きいと感じます。企業では組織が逆ピラミッド構造になっており、労働人口の確保は大きな問題となっています。ミドル人材やシニア人材の活躍を期待する一方で、定年制度延長や再雇用するとしても、シニア人材にどのようなポストや職務を用意すればいいのか悩んでいる企業も少なくありません。

山崎氏:働く個人の観点で見ると、キャリアの選択肢が狭まっている現状もあると思います。ずっと同じポジションでやってきた人の場合は、これまで役立っていたスキルが陳腐化して古くなってしまうこともあります。経験を積んできた職種によっては、現在の企業で求められるITリテラシーについていけないこともあるでしょう。そうなると、まだまだ活躍できるはずの年齢であっても、後進に道を譲る「引退モード」になってしまいがちです。企業側としてはリスキリングして再び価値を発揮してほしいと考えているものの、なかなかうまくいっていません。

 

——なかなかうまくいかない背景はどういう部分にあるのでしょうか。

小川氏:市場環境も大きく変わりVUCA時代と呼ばれる現代では、キャリア形成を企業に委ねるのではなく、個人がオーナシップを持つ「キャリア自律」の意識が強く求められています。しかし、従来の日本型終身雇用の考え方である、企業側がキャリアプランをつくり、それを個人のキャリアに当てはめていくという今までのやり方から抜け出せていないケースを多く感じています。

一方シニア人材は、若いころに終身雇用を前提に考えていた世代で、自分のキャリアを自律的に考える機会はほとんどありませんでした。ビジネスパーソンとして脂の乗る30〜40代のころにキャリアを考える機会がなかったのに、いきなり今になって「自律的に考えろ」と言われても難しいですよね。転職を経験していない人だと、自分のキャリアシートを書いた経験さえないかもしれません。

山崎氏:会社の人事の意向に従い真剣に仕事に取り組んできたシニア人材世代からすると、「キャリアは自分で考えるもの」だと180度反対のことを言われている状況は戸惑いを生んでいるのかもしれないですね。また、自分のキャリアについて会社に要望や相談をしても無理だろうという諦め感もあり、キャリア自律という言葉もどこか他人ごとに捉えてしまうのかもしれません。

そんなシニア人材が定年を迎えたときに「再雇用か、退職か」の選択肢しか提示できないのは問題だと感じます。シニア人材が活躍するためのオプションをもっと増やさなければいけませんが、経営アジェンダとしての優先順位はまだまだ高くないのが現状でしょう。シニア人材のポジション確保のための制度・仕組みの整備が追いついておらず、シニア人材を受け入れる部署側の意識も高まっていません。シニア人材が今できることや売りにしていること、これから挑戦したいことなどを言語化してタグ付けを促すなどサポートも必要です。

「再雇用か退職か」だけでなく、ポジション異動など選択肢をつくる

——パーソル総合研究所の調査によれば、多くの企業がシニア人材の「モチベーションの低さ」「パフォーマンスの低さ」に悩んでいます。シニア人材の活躍を妨げている要因はどこにあるのでしょうか。

山崎氏:役職定年において多くの企業で55歳以降から賃金が下がってしまうことが大きな要因となっているのではないでしょうか。これ以上のキャリア・報酬を望めないという気持ちになればモチベーションが失われ、リスキリングを求められてもやる気が出ませんよね。これまでと同じ働き方でスキルを上げていけば賃金も上がるだろうと思っていたのに、役職定年の現実に直面し、同じ労働内容なのに処遇が変わってしまうこともある。このギャップがモチベーション低下につながるんです。会社が用意したキャリアプランに乗れなくなった瞬間、「自分はここまでなんだ」と思いモチベーションが大きく下がってしまうのは無理もないことだと感じます。

小川氏:また、市場の変化に合わせて、役割や期待される部分が変化することで、現状とのギャップに悩むこともありますね。今までの環境では緩やかに成長を実感していたのに、取り巻く環境や求められるスキルが変わることで、これまで培ってきた経験や能力を存分に発揮できないケースもあります。

 

——こうした状況に陥らないために、企業として取り組むべきことを教えてください。

小川氏:役職定年が与えるインパクトを含めて、制度設計や試作の企画の在り方を抜本的に見直すことも必要だと思います。人事部門の中でも、制度設計する部署とキャリア自律を促す部署、採用部署などがそれぞれ施策を動かしている企業も多いはずです。モチベーションは研修を1回実施しただけでは効果が限定的なので、制度設計を担う部署とも連携し、施策の連動性を持たせ社内横断で全体像を描くべきだと考えます。

山崎氏:こうした体制を整えたうえで、定年後も自分の「はたらく」を自分で決められるようにするべきではないでしょうか。前述したような「再雇用か退職か」の選択肢だけではなく、人事制度改革によってポジション異動の道をつくることも必要です。他にも再就職支援のオプションをつけたり、独立開業のサポートをしたりと、早い段階から機会を提供できる状態であることが重要です。

山崎氏:加えて、キャリアを“自分ごと化”していくための支援も重要です。できれば若いうちからキャリアを考える機会を提供することが理想ですが、キャリアを自分で考え、個人と会社が選び選ばれる関係性を構築することも必要です。実際に人事部などのキャリア支援室が、従業員とのキャリアカウンセリングを実施して個人のキャリア自律を促したり、気付きを与え行動化を促したり、あるいは機会提供などサポート面での取り組みをしているケースもあります。いずれにせよ、複数ある選択肢の中で、本人が自己決定する、できる環境を整えることが重要だと考えます。

——ポジション異動など、シニア人材に選択肢を提供できる体制をつくるためには何が必要でしょうか。

小川氏:まず、シニア人材がどんなスキルを持っていて、どう活かしていきたいかなど、自己理解の機会を提供することが大事です。そのうえで、受け入れ側としては人的資本経営の指針である人材版伊藤レポートを実践されている企業の取り組みが大いに参考になるでしょう。経営戦略と人事戦略を連動させて人材要件を定めて、その要件を浸透させていくための施策を打ち出していく必要があります。

全社的な基準を示すだけでなく、部署ごとに必要な人材要件もコンピテンシーとして共有し、各部署がどんな人材を求めているのかを言語化しているのです。従業員はそのコンピテンシーを見て、将来のために何を学ぶべきかを考えることができます。このように求める人材要件を言語化して共有することが、ポジション異動を活性化させる第一歩になるのではないでしょうか。

若手の離職率にも影響する?シニア人材活性化に向けた取り組みとは

——シニア人材の活性化を課題に挙げる企業が多い一方で、取り組みの優先順位をなかなか上げられない現状もあると思います。

小川氏:新規採用や次世代リーダー育成といったテーマと比べて、シニア人材の活性化は後回しになりがちですよね。背景には経営陣のコミットメントがまだまだ不足していることもあるのでは。人事がファクトに基づき、シニア人材活性化の重要性を経営層へ訴えていくべきだと思います。

山崎氏:例えばパーソル総合研究所の調査では、「シニアが不活性だと若手の離職率が上昇する」という因果関係も示されています(※2)。シニアの社員が生き生きと働いていないような職場では、若手社員の転職意向が高まり、一方で、シニア社員が活躍している職場では転職意向が抑制されているデータがあります。こうした情報も大いに参考になるのではないでしょうか。

※2 パーソル総合研究所:シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査

小川氏:とは言え、一朝一夕に優先順位を見直すことはできないという現実もあるでしょう。もし「最優先はあくまでも次世代リーダー育成」という会社方針があるのなら、そこに注目しつつ、シニア人材活性化施策をうまく連動させていくのも一つの手です。次世代リーダー層をサポートする管理職向けの研修を行ったり、次世代リーダー層に対してシニアがスキルを伝承する職域開発をしたり。このように施策を連動させていけば、組織全体に「シニアの力は重要だ」という認識が広がっていくはずです。

——シニア人材活性化の取り組みを進めている企業の事例をお聞かせください。

小川氏:世代間のギャップに悩んでいた企業の例を紹介します。その企業の年齢構造ではミドル層が薄く、シニア層と若手層とのコミュニケーションギャップに課題がありました。エンゲージメント調査の結果、将来への不安を感じている若手が多いことがわかったのです。その状態を改善していくために若手向け研修を行うとともに、プラスアルファの施策として、部課長向けにシニア人材と部下とのコミュニケーションを改善するための研修も実施しました。

山崎氏:ベンチャー企業では、年齢で人材を線引きすることなくシニアを積極的に活用する企業も増えています。モビリティ関連のスタートアップのベンチャー企業では、自動車メーカーなどでのエンジニア経験があるシニア人材を新規採用し、車椅子の設計やエンジニアリングの分野で活躍してもらっています。

また、シニア人材の活躍ぶりを意図的に広報する取り組みも重要だと思います。あるメーカーでは、シニア社員が新しいポジションに異動して活躍している様子を社内報などで積極的に発信しています。まずは小さな一歩かもしれませんが、活躍するシニア人材に刺激を受ける人が増えていけば、やがては組織全体に大きな影響と効果をもたらすはずです。

——シニア人材活性化の取り組みを継続させるためには何が必要でしょうか。

山崎氏:企業は、従業員が若いうちから自分のキャリアを自分で考えられるように支援すべきだと思います。シニアになってからいきなりキャリア自律と言われても対処が難しい可能性もあるので、若いうちからキャリアを自分ごととして考える研修やセミナーを実施したり、社内にキャリアカウンセラーを配置したりといった手を打つべきでしょう。

小川氏:個人と組織の関係性を変えていく必要がある、ということですよね。従来の終身雇用制度のもとでは、「定年退職まで面倒を見てもらうために会社に尽くす」という個人と会社の相互依存関係がありました。しかし現在では、個人と会社が互いに選び、選ばれる関係性になることが求められています。それがシニア期の課題解決につながっていくのではないでしょうか。

【取材後記】

現在のシニア人材世代は、日本の人口が増え続けていたベビーブーム時代に生まれ、同世代との激しい競争を乗り越えてきた人たち。小川さんと山崎さんは「新たな専門分野を見つけて活躍するシニア人材は言葉に迫力があり、後進育成にも高い熱量を持っている」「再就職支援サービスを通じて転職したシニア人材は、皆さんとてもパワフルで突き抜けている」と、その底力に感銘を受けていました。変化の激しい時代だからこそ、企業はシニア人材が最大限の力を発揮できる環境を用意していくべきなのだと感じました。

企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、南野義哉(プレスラボ)、取材・文/多田慎介

【人材の活性化と最適配置の支援】パーソルキャリアコンサルティング

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