やりがちNGに注意!決裁者を説得する「社内コミュニケーション」と「稟議書作成術」
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一般論のテクニックでは社内稟議を通せない。根回しを含めた「ステークホルダーマネジメント」が重要
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稟議書の作成では「読み手に不要な役割認定をさせない」「提案の根拠を示す」「提案者の自然な感情を発露する」ことを意識すべし
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お金を稼げるのは数学的思考力よりもコミュニケーション能力。社内稟議を通す力はキャリアアップにもつながる
購買や新規契約、採用などの場面で必要となる「社内稟議」。組織内で決裁を取り付けるためには欠かせないプロセスですが、社内稟議がうまく通らずに悩む人も多いようで、SNSでは「稟議をうまく通す方法を知りたい」といった内容のポストが散見されます。
社内稟議に苦戦する人にはどんな特徴があるのでしょうか。YouTubeチャンネル『中川先生のやさしいビジネス研究』で知られる、やさしいビジネススクール学長の中川氏を迎え、稟議書に説得力を持たせるテクニックや、書面だけにとどまらない社内稟議コミュニケーションの秘訣を聞きました。
社内稟議の成否を分ける「ステークホルダーマネジメント」
——購買・契約・採用などの場面で社内稟議が必須となる組織に所属していても、稟議をうまく通せずに悩む人が少なくないようです。何が社内稟議を難しくさせているのでしょうか。
中川氏:経営者や上位役職者の立場にある人は常に、リスクを最小にしたいと考えています。この思考を理解できているかどうかが社内稟議の成否を分ける最初のポイントでしょう。
近い将来に上場することを目指している企業をイメージしてみてください。ハラスメントやインサイダー取引などの問題でつまずかないよう、経営者や上位役職者が最大限のリスク対策をしていることは想像に難くないはず。そんなときに経営陣の意思決定が必要となる稟議が回ってきたらどう感じるでしょうか。
「通ったらラッキー」「ダメ元で提案してみよう」というスタンスで大きな金額の決裁を求め、リスク対策をろくに考えていない内容の稟議書が通らないのは無理もないことだと思います。
——上位決裁者は稟議書を見る際、どこに注目しているのですか?
中川氏:一概に「ここ」と特定することはできません。上位決裁者の立場や役割によって、提案内容に期待する部分が異なるからです。「一般論としてこれが書いてあればOK」という考え方に頼っていては失敗するかもしれませんね。
プロジェクトマネジメントなどの領域では、「ステークホルダーマネジメント」と呼ばれる手法でこの問題に対応しています。稟議を通す上で乗り越えなければならない決裁者(ステークホルダー)をピックアップし、各決裁者が何を期待しているのか、どんな思惑を持っているのかなどを一覧にして管理するわけです。それぞれの期待や思惑に応えられるよう稟議書や資料を準備することで、提案が通る確率は格段に高まるでしょう。
<社内稟議を通すときのNGポイント>
①リスク対策をあまり考えていない内容の稟議書になっている
②「一般論としてこれが書いてあればOK」という考え方に頼っている
重要なコミュニケーション「根回し」、コツは社歴の長い“物知り”を頼ること
——上位決裁者の期待や思惑を知るためにやるべきことは。
中川氏:事前の「根回し」です。
根回しには古くさい日本企業の慣習のようなイメージがあり、近年は忌避されがちですが、上位決裁者の期待や思惑を知って調整するために、世界中の企業で当たり前に行われているんですよ。まさにステークホルダーマネジメントですね。
稟議で評価されるのは書面や資料の内容だけではなく、総合的なプレゼンテーション。提案者がどんな準備をし、誰にどのような承諾を取り付け、いかなる想定で稟議を上げているのかが見られています。根回しを通じて事前に上位決裁者とのコミュニケーションを図り、提案内容に関する説明責任を果たしておくことが重要です。
——関係者が多い場合は、どこまで根回しをすればいいのか見えないかもしれません。提案者が社歴の浅い若手や中途入社者だと特に苦戦しそうです。
中川氏:根回しのポイントは、反論が出そうなところにリソースを集中することです。普段からコミュニケーションが取れていて、提案内容を理解してくれそうな決裁者にまで根回しをする必要はありません。
反論が出そうな決裁者とは誰なのか。若手や中途入社者の場合は特定が難しいかもしれませんね。そんなときは自分よりも社歴が長く、社内の土地勘に明るい“物知り”を頼るのがいいでしょう。身近な上司でもいいし、総務や庶務、人事などに長く携わっている人でもいい。うまく協力を仰げれば、誰に反対される恐れがあるのかを教えてもらえるはず。隠れているステークホルダーの洗い出しにも協力してもらえるかもしれません。
<社内稟議を通すときのNGポイント>
③稟議を上げる前に、反論が出そうな上位決裁者への根回しを怠っている
稟議書で決裁者を説得するための「3つのポイント」
——稟議書を作成する際には、どんなことに気を付けるべきでしょうか。
中川氏:ポイントは3つ、「不要な役割認定をさせないこと」「提案の根拠を示すこと」「提案者の自然な感情を発露すること」です。順を追って説明しましょう。
第一に注意すべきは、稟議書を読む決裁者に不要な役割認定をさせないことです。そのためにはいたずらに専門用語や雑な言い回しを用いることなく、言葉を正しく使うことが極めて重要です。
小説などを読んでいて「ワシはまだまだ元気じゃよ」という一文があると、人物像がまったく書かれていなくても、私たちは話し手がおじいさんだと勝手に想定します。この現象は役割語や役割認定と呼ばれており、私たちは使っている言葉によって人物像をイメージする傾向があるのです。
稟議書に「この内容ではコンセンサスを得られないリスクがあるため適切なパーミッションを…」などとカタカナ語が羅列されていたら、読む人は提案者のことを「意識高い系のちょっと感じが悪い人間」だと勝手にイメージするかもしれません。このイメージが稟議の成否に悪影響を与えるとしたら実にもったいないですよね。
稟議書を書く際には正しい言葉遣いで、誰にでも伝わる一般的な表現にすることを強く意識してください。
——「提案の根拠を示すこと」については。
中川氏:提案の根拠となるファクトは、「論理」「データ」「経験的妥当性」の3つで証明できると考えられています。社内稟議に当てはめると、理屈を理解でき、社外のデータを照らし合わせても無理がなく、自社の歴史や経験から見ても妥当だと示すことが大切です。
物品購入時の稟議を例に取ってみましょう。300万円の検査機器導入を提案するとします。
まず、導入によっていかに生産性を改善できるかを理屈で語り、その理屈の確実性を押さえるためにメーカー側が持つデータを提示。自社では過去にも同じメーカーから機器を導入して活用している…といった経験的妥当性も伝えられれば理想的でしょう。
——もう1つの「提案者の自然な感情を発露すること」についてもお聞かせください。
中川氏:古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、人を説得して動かすための要素として、ロゴス(論理)・エトス(信頼)・パトス(情熱)の3つが必要だと述べています。これは現代にも通ずる真理。前述の通り、提案の根拠となるファクトを示すことは重要ですが、説得はファクトだけでなされるわけではありません。提案に込めたパトス(情熱)を伝えるには、提案者の自然な感情を発露することが必要です。
具体的な表現を例に取ると、「8割の人が賛成している」と「10人中2人が反対している」は、書かれている意味としてはどちらも同じですよね。
これを読み手の視点で捉えてみてください。前者の表現なら「提案者はポジティブな面を強調したいのだな」と感じ、後者なら「提案者はネガティブに考えているのだな」と感じませんか?読み手は稟議書の文章の行間にある意図、つまり提案者の自然な感情もイメージしているのです。
稟議書を作成する際にはニュートラルに書こうとしがちで、「8割が賛成」など、偏って見える表現は避けたいと考える人も多いのではないでしょうか。この配慮は逆効果になることもあります。ポジティブな文脈で論理・データ・経験的妥当性が書かれているのに、最後の段階で「10人中2人が反対している」と記されていたら、読み手は頭が混乱してしまうかもしれません。会社や仲間のことを思い、良かれと思って導入を提案しているという自然な感情を発露するためには、「8割が賛成」とポジティブに書き切るべきなのです。
<社内稟議を通すときのNGポイント>
④不用意にカタカナを羅列したり、読み手によって捉え方が異なる言葉を使ったり、意図する内容が伝わらないような表現を用いている
⑤筋道が通っておらず、参照データが適切でなく、自社の歴史や経験から見ても飛躍した内容になっている
⑥中立な目線を意識するがゆえに、提案するに至った気持ち・感情を投影できていない
社内稟議に本気で取り組むことはキャリアアップにもつながる
——お話を伺って、社内稟議を通すためには小手先のテクニックだけでなく、根回しも含めた日常のコミュニケーションによって信頼を得ることが重要なのだと感じました。簡単ではありませんが、こうした努力はビジネスパーソンのキャリア形成にもプラスとなるのでは。
中川氏:そう思います。近年では世界的にSTEM(※)教育が注目され、数学的思考力の重要性が強調されるようになりました。この数学的思考力とコミュニケーション能力を比較して、どちらがよりお金を稼げるようになるかご存じでしょうか。
(※)Science、Technology、Engineering、Mathematicsの頭文字
本テーマについて、アメリカでは30年分のデータベースを用いた大規模な調査が行われています。結果は衝撃的で、なんとコミュニケーション能力のほうが、数学的思考力よりもはるかに時間当たり賃金の上昇に寄与していました。
上図はその調査結果をグラフ化したものです。注目すべきは「低コミュ力、高数学力」の仕事の賃金上昇度。両方のスキル要求度が低い「低コミュ力、低数学力」よりは高いものの、「高コミュ力、低数学力」とは大きな差が開いてしまっています。数学的思考力よりもコミュニケーション能力のほうがお金を稼ぐ力につながるという厳然たる事実が、ここで示されているのです。
考えてみれば、人間社会はそもそもコミュニケーションによって成り立っていますよね。「アメリカのGDPの25%は他者の説得から生まれている」というデータもあります。企業の現場でも、職位や職級が上がれば上がるほど、他者を説得する仕事の割合が高まっていくのではないでしょうか。
社内稟議を通す力がある人は、単にコミュニケーションが上手であるとか、根回しに長けているという以上に、人間社会において極めて重要な「人々の間で調和を取り持ちながら物事を前に進める技術」を持っているのです。これはマネジメント能力の本質でもあります。社内稟議に本気で取り組むことは、キャリアアップにも大きな効果をもたらすはずです。
【おさらい】社内稟議を通すときのNGポイント
①リスク対策をあまり考えていない内容の稟議書になっている
②「一般論としてこれが書いてあればOK」という考え方に頼っている
③稟議を上げる前に、反論が出そうな上位決裁者への根回しを怠っている
④不用意にカタカナを羅列したり、読み手によって捉え方が異なる言葉を使ったり、意図する内容が伝わらないような表現を用いている
⑤筋道が通っておらず、参照データが適切でなく、自社の歴史や経験から見ても飛躍した内容になっている
⑥中立な目線を意識するがゆえに、提案するに至った気持ち・感情を投影できていない
写真提供:やさしいビジネススクール
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取材後記
「決裁者に反対されたらどうしよう…」「いちいち稟議を上げるのは面倒…」。社内稟議という業務について、そうしたネガティブな印象を持っている人も多いかもしれません。中川さんは「社内のステークホルダーを“敵”だと思うからネガティブになってしまうのでは」と指摘します。本当に大切なのは、社内稟議を通すためのコミュニケーションを通じて、自分の味方になってくれる人を増やしていくことなのだと。このマインドを持つことこそがキャリアアップにつながるのかもしれないと感じました。
企画・編集/海野奈央(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介
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