空き部屋を活用した新たな働き方を探る。リモートワークに適した「第3のオフィス」とは
新型コロナウイルス感染症の拡大によって、企業は社員に対して在宅勤務を奨励しています。在宅勤務者の多くは主に自宅で業務をこなしていますが、通信環境が十分に整えられていない、あるいは休校で自宅に子どもがいるので仕事にならないなどという問題も出ています。会議室シェアサービス『スペイシー』は、そのような在宅勤務者のために、快適に仕事ができる空間を提供。提供しているスペースは多様で、企業が使用していない貸会議室から休業中の店舗のテーブルまで、意外なスペースが仕事場として好評を得ています。新型コロナウイルスの感染拡大を契機にビジネスを急拡大させている「株式会社スペイシー」は、どんなビジョンを基に経営戦略を描き、人材を採用しようとしているのでしょうか。同社の代表取締役社長・内田圭祐氏と最高戦略責任者・平川雅一氏のお二人に伺いました。
増える在宅勤務に伴い「第3のオフィス」としてのニーズが急増
内田氏:会社の自分のデスク以外でも仕事をするビジネスパーソンが増えたことで、「仕事ができる場所」のニーズが高まっていました。今まではカフェなどで仕事をする人が多かったのですが、カフェは周囲がうるさかったり、作業しているパソコンの画面を覗かれる心配があったり、さらに席が空いていなかったり(予約できないカフェが多いため)と、課題が山積みでした。そこで、使用していない企業の貸会議室などを、1時間当たり100円からという安い価格で貸し出すサービスを始めたのです。
内田氏:「貸し会議室」というと、数十名以上で使用するセミナーや○○教室という大規模な利用がほとんどで、費用も高額なものでした。そこで私たちは、企業のオフィスで使用されていない余剰スペースを、セミナー会場や商談スペースとして安価で時間貸しするサービスを始めたのです。貸すことを目的にしているスペースではありませんから、「使われていない時間帯だけ貸し出す」ことで、安価で提供できるのです。現在はワンルームマンションなどの物件も扱うようになり、貸しスペースは4,000物件を上回り、登録している顧客数も30万人を超えました。また、社員が社外にいるときの作業スペースや商談の場として使用したいというご要望から、法人契約も増えています。
内田氏:新型コロナウイルス感染拡大に伴い在宅勤務が増えたことで、会社と自宅に続く第3のオフィスとして「自宅近くにスペースが欲しい」という新たなニーズが出てきています。また、これまで少人数のセミナーなどに利用していた貸会議室を、1人で利用する方が増えています。大人数でも1人で使っても、1時間当たりの価格は同じなので、割高になることはありません。都内のスペースなら1時間500円から1,000円くらいで使用できます。そもそも電源、Wi-Fi、エアコン、ホワイトボードといった環境が整っている個室がほとんどなので、静かで他人に邪魔されることもありません。カフェのように何か注文しなければスペースを利用できないといった縛りもありません。飲み物やランチを持ち込んで、腰を据えて仕事をする人も増えています。
内田氏:足りません。さらに先ほどの「自宅の近くに」というニーズもあることから、新しいサービスをスタートさせました。新型コロナウイルスの影響で通常の営業ができなくなり、テイクアウトのみを行っている飲食店などのテーブルを、ワーキングスペースとして貸し出すのです。たとえば中目黒にある飲食店では、今までの営業はランチタイムと夕方以降で、それ以外の時間は仕込みなどで店にスタッフがいても、お店は閉めていました。このような空き時間に「1席10分40円」で貸し出します。
店の人は仕込みで忙しいですから、対応はできません。そこで入り口にQRコードを読み取る機械を設置し、写真認証とスマホ決済で利用できるようにしました。新型コロナウイルスの影響で閉店を余儀なくされた飲食店は多いですし、自粛解除後(※取材時点では緊急事態宣言解除前)に売上がすぐ元通りになるという保証もありません。空いているスペースを少しでも有効活用できれば、日銭が入ってきますので、自粛解除後の利用も視野に入れて、導入を検討していただける飲食店を増やしています。
それと同時に一般企業には、リモートワークの一つの手段として利用してもらえるように営業をかけています。自宅でリモートワークができない社員が、使いたいときだけ自宅近くの飲食店のスペースを使用できる環境として整備できれば、社員の作業効率にも会社のコストにも、そして飲食店にとってもメリットがありますからね。
利用者は腰を据えて仕事をする人もいれば、ちょっと30分くらい、メールの確認や返信だけを行う場合でも、安く手軽に利用できます。つまりお店と利用者の双方にメリットがあるのです。「withコロナ」の時代、アフターコロナ時代の新しい働き方をサポートできると思います。
急成長する新しいビジネスモデルでは、社員が主体的に働ける環境づくりが重要
内田氏:即戦力となる中途採用を積極的に手掛けています。即戦力と言っても、新しいビジネスモデルなので、経験者という定義がありません。社会人として責任ある仕事をした経験がある25歳から50歳くらいまでの人という条件と、入社してから自立できる人を採用しています。言われたことをきちんとこなせるだけではなく、自分で考えて新しいビジネスを発案し、実際に動いてくれる行動力があればベストです。
内田氏:会社として体系だった研修はまだできないので、外部の研修を積極的に取り入れています。ポイントは、会社から指定した研修に参加してもらうのではなく、社員が受けたい研修を自分で見つけて、会社が了承すれば参加するというルールにしています。よく、「自腹で参加しないと身に付かない」という経営者や管理職がいますが、社員が自ら探してきて、自ら参加を希望している研修ですから、モチベーションが高いです。比較はできませんが、会社から押し付けられる研修よりも効果が出ていると感じています。今のところ、テーマはマーケティングやマネジメントが多いのですが、今後は事業を広げていくので、それに伴って研修の領域も広がっていくでしょう。それが社員の向上心につながり、そこから新しいビジネスのタネが生まれてくればうれしいですね。
内田氏:増えています。社員とのコミュニケーションを取るため、毎朝オンラインのミニミーティングを開いています。今日はどんな仕事をするのかなど、業務に関する話もしますが、やはり慣れない環境に戸惑う社員も多く、雑談の時間を多く取るようにしています。ジョギングを始めたとか、食事に困っているとか、身の回りのちょっとした話題を通じて、社員の声を聞きます。リモートワークを活用するにあたり、オンラインミーティングは業務確認よりも、社員のこのような声を聞く方が重要だと気付きましたね。
今は歴史的な転換点。リモートワークが今後の雇用形態を大きく変える
平川氏:世界を見ると、10年ごとに大きな変革が起きています。1987年のブラックマンデー、1997年のアジア通貨危機、2008年のリーマンショック、そして2020年、今回の新型コロナウイルス感染症です。これまでにも、こうした変化が新しいビジネスを生み出してきました。かつて欧州で蔓延したペストで農奴の3割が死亡し、労働コストが上昇したことで社会変革につながりました。国際労働機関(ILO)が発表した調査研究資料によると、今回の新型コロナウイルス感染症では、世界の労働人口の4割がレイオフなどのリスクにさらされると予測されています。リモートワークや在宅勤務が進んだことと、これから起こり得るかもしれないレイオフによって、日本の労働環境にも変革が起きるのではないでしょうか。
平川氏:アフターコロナでは、労働のインフラが大きく変わるはずです。首都圏では特に、都心中心だった会社のワークスペースだけでなく、郊外型のワークスペースへの分散が加速するでしょう。リモートワークによって自宅で仕事をする人が増えていますが、職場と同じ環境ではありませんよね。仕事をするためのデスクと椅子、高速回線、静かなスペースなど、きちんと整っている人がどれくらいいるでしょうか。「通勤は楽になったが、ダイニングやリビングでの作業は疲れる」という声も耳にするようになりました。職場で使用しているようなデスクや椅子でないと疲れてしまいます。そのような環境を会社がどこまで整えるのかといった課題が、これから出てくるはずです。突然の緊急事態宣言でしたので、リモートワークや在宅勤務の規則をしっかり作って対応できた企業は少ない。今回を契機に、アフターコロナでもリモートワークや在宅勤務を導入するのであれば、ここの整備が必要になるのではないでしょうか。
内田氏:米国などは自宅も広く、部屋数も多いですが、日本の住居では、在宅勤務に弊害が出るケースが多いです。それら全てを会社で負担するという企業は少ないでしょう。その代替案として、第3のワーキングスペースとしての法人契約の相談が増えています。この新しいニーズをしっかりと受け止めるためにも、弊社がスタートさせた飲食店でのビジネスモデルが広く動き出せば、利用者だけでなく、提供する側の飲食店もメリットを得られます。さらに飲食店だけでなく、今回の自粛でダメージを受けたカラオケ店や学習塾などのスペースも、空き時間を有効に活用できれば、ある意味では労働インフラの一つとなります。特に郊外のこうした施設が、アフターコロナでの労働インフラの一つとなってくれるのではないでしょうか。
平川氏:働き方が変わり、オフィスの在り方にも変化が起きれば、当然、雇用形態にも変化が起きます。終身雇用を前提にした採用はさらに減り、ノマドワーカー、それもグローバルなノマドワーカーが増えるでしょう。さらに働く側の会社に対するニーズも変化するのではないでしょうか。首都圏の課題でまったく解消されてこなかった「通勤」に、大きな変化が強いられましたからね。
内田氏:「緊急事態宣言解除後も、全社員が在宅勤務」という企業も出てきています。オフィスの在り方そのものが、変化する時期なのかもしれません。このような企業が社員とどのような雇用契約を結ぶのか。そしてどのような条件、福利厚生のようなものを提示するのか。参考になることは、どんどん取り入れていこうと思っています。
取材後記
新型コロナウイルス感染症の拡大で、売上が減少した企業は枚挙にいとまがありません。新型コロナウイルスまん延の早い終息を願うのはもちろんですが、これを契機に新しいビジネスを模索する動きもあります。スペイシーも「第3のオフィス」を切り口に、この状況をチャンスに変えようとしています。この新たな働き方の提案は、今後訪れるアフターコロナの時代の中で、さまざまな変化の一つとして定着していくのかもしれません。
取材・文/柴田雄大、編集/d’s JOURNAL編集部