人事パーソンは今すぐ人事をやめるべき!?事業人代表に聞く「これからの人事に求められること、今後のキャリア」

株式会社事業人

共同代表/Co-founder 宇尾野彰大(うおの・あきひろ)

プロフィール
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  • 中小企業では柔軟で幅広い実行力、大企業では高難度の調整力や企画力が必要。企業規模によって得られるスキルは異なる
  • 人事パーソンは目の前の施策に意識が向きがちだが、全体視点を持つことが重要。越境してたくさんの現場を知るべき
  • 人事職の経験には価値がある。人事部長やCHRO以外にも、人事出身者が目指せるキャリアビジョンは社内外に広がっている

人的資本経営が注目を集める中、人と組織の専門家である人事パーソンの存在感が高まっています。人事が担うべき役割は高度化しており、採用や教育、制度設計、労務といった従来の仕事内容だけでは得られないスキルも求められるようになりました。

人事パーソンとしての高度な経験をもとに複数企業のアドバイザーとして活躍する人も増えています。大企業や有名ベンチャー企業で人事を務め、営業や事業企画など人事以外のキャリアも積んできた株式会社事業人代表の宇尾野氏もその1人。「人事は、今の時代に本当につぶしがきく職種のひとつ」だと話します。

これからの人事パーソンに求められるスキル・スタンスとは?これからの人事パーソンが目指せるキャリアとは?宇尾野氏のちょっと刺激的なアドバイスに耳を傾けてみてください。

役割が高度化する今は「人事パーソンにとってチャンスのとき」

 

——宇尾野さんはこれまでのキャリアで多様な職種を経験しながら、自らの意志で人事ポジションを選択してきたそうですね。人事パーソンとしてのキャリアにどんな意義を見いだしていたのでしょうか。

宇尾野氏:リクルートに新卒入社したころから「人に関わる仕事がしたい」と思っていましたね。

想いの原点は10代のころ。私は中学から大学まで陸上競技をやっていました。陸上は基本的には個人でどれだけ結果を出せるかの世界。でも学生時代には周囲に国内トップクラスの選手が集まっていて、その中で個人として一番を目指し続けるのは胆力が求められました。

私は、個の実力の追求よりも組織全体での結果を次第に意識するようになり、チームを盛り上げる取り組みをしたり、体育会の地位を高めるための外部発信をしたりして、自分の強みを活かすようになりました。その経験から組織論や経営に興味が向き、人や集団を科学することへの関心も高まっていきました。職種としての人事を志向していたというよりも、人と向き合う役割を追いかけ続けてきたという感覚です。

——最近では人的資本経営が注目され、「人と向き合う役割」が以前にも増して高度化しているように感じます。

宇尾野氏:企業人事の重要性も高まっていますよね。

私が社会に出た2000年代には、人的資本にフォーカスを当てている人や組織がありましたが、それが社会の中心や潮流になることはなく、多くの企業はモノやカネに意識が向いていました。

昨今、人的資本経営が取り上げられるようになって、抽象度の高い「ヒトの領域」への関心がようやく高まってきたと感じます。人事部門はさまざまなステークホルダーから期待され、多岐にわたるプロジェクトを組むようになりました。高度なアウトプットが求められ、以前にも増して面白みのある仕事になってきたとも言えます。人事パーソンとしては、やりたいことに挑戦できるチャンスのときではないでしょうか。

中小企業と大企業、得られる経験の違いは?

 

——人事パーソンは一般的にどのようなキャリアステップを踏んでいくものなのでしょうか。

宇尾野氏:採用や採用戦略、教育研修、制度設計、労務などの機能を担い、その過程で意思決定の範囲が広がったり、専門性が深まったりするキャリアステップが一般的だと思います。

ゼネラリストとして期待されている人の場合は新卒採用と中途採用を兼ねたり、労務を経験した後に採用を担当しながら、人事内での対応範囲を徐々に広げていったりするケースも多いです。

——こうしたステップには、企業規模による違いもありますか?

宇尾野氏:はい。スタートアップ企業を含めた中小企業の場合は、重点を置く業務が流動的です。「この半年は採用に注力し、次の半年は育成や労務を強化する」といった方針になることもしばしば。単一機能の専門性よりも、その時々で求められる業務への適応・実行力が重視される傾向があります。その意味で中小企業は経験できる場数が多いと言えます。

一方、大企業では複雑で難解なシチュエーションに出くわすことが多々あり、人事施策においても、組織変革やルール改革など難易度の高いテーマが求められます。大企業ならではの縦割り組織によって、合意形成の難易度が非常に高い中で調整を図っていく役割も時には求められるでしょう。明確な方程式などない世界で人と組織に向き合う。そんな貴重な経験を積んで企画力を磨けるのが大企業だと思います。

人事パーソンは、今すぐ人事をやめたほうがいい

——人事パーソンのキャリアステップにおいて、つまずきやすいポイントはありますか?

 

宇尾野氏:人事の業務だけを追求しようとしたら、どこかで行き詰まりを感じるかもしれません。

人事は、企業経営に必要な数ある機能の中のひとつでしかないんです。採用も労務も全体の一部。それら一機能を良くすることだけを考えていても、組織全体を良くすることはできません。個別と全体の視点を常に併せ持ち、「この施策は全体にどう影響するのか」「自社にどんな価値をもたらすのか」などを考えなければいけないのですが、現実には目の前の施策だけに意識が向いている人事パーソンが多いと思います。

外部環境の変化に応じて、人事が対応すべき課題は増え続けています。人的資本経営を実践していくために、人事はこれまでとは異なるステークホルダーとも向き合えるようにならなければいけません。極端なことを言えば、これまでの人事・採用担当者や労務担当者は社内で人事部長とだけやり取りし、人事部長も社内の部長会議に参加するだけでよかった。社内だけにお客様がいた形です。

しかしこれからは、人事が最前線で投資家や重要顧客など外部のステークホルダーと対話していくことも増えていくでしょう。「人的資本経営の過程で置いたKPIが財務価値向上にどうつながっているのか」を説明するのも人事の仕事。人事パーソンに求められるスキルセットは明らかに変わりつつあるわけです。

——どうすれば個別と全体の視点を併せ持てるようになるのでしょうか。

宇尾野氏:今人事パーソンとして働いているのなら、すぐに人事をやめたほうがいいです。

人事以外の仕事を経験すれば会社全体を見る視点が身に付きます。今とは違う場所で、今の自分が本当に企業経営において必要とされる人材なのかを試すことにも意味があると思います。

私も営業や経営企画、事業開発、事業責任者などさまざまな立場を経験してきました。持ち場が変われば出会う相手も変わり、その時々で新しい自分になって向き合うことが求められます。この経験は大きな財産となりました。

チャレンジしてみたい職種に転身できれば理想的ですが、人事部門に在籍している立場を活かして社内留学などの機会を自分でつくってもいいと思います。あるいは副業やボランティアでもいい。越境し、たくさんの現場を経験してみてほしいです。見える世界が変わってくるはずです。

「人事の修羅場」を経験した人にしか発揮できない価値がある

 

——人事パーソンの将来的なキャリア設計についても教えてください。人事部長やCHROを目指すこと以外にも道はあるのでしょうか。

宇尾野氏:もちろんです。

企業内のキャリアとしては、人事出身者がカスタマーサクセスやマーケティングの責任者を務めるケースが増えてきています。人事は従業員の体験価値を高めていく仕事なので、顧客の体験価値を高めていくカスタマーサクセスの仕事には高い親和性があるのでしょう。マーケティングも、顧客が中から外に変わるイメージです。また、人事を経て社内広報のポジションで活躍する人も多いですね。人と向き合ってきた経験は幅広く活かせるということです。

企業外のキャリアで言えば、教育機関や行政機関などで人材育成の仕組みをつくる側や、コーチング・スポーツマネジメントの職に転身した人の例も数多くあります。「個人が成長するための環境をつくりたい」という想いを持って教育の世界へ向かう人が多いのも、人事出身ならではですよね。

多様な人と向き合って多様な状況に対応する。そんな経験を積める人事は、今の時代の「本当につぶしがきく職種」のひとつだと思っています。

——事業人ではスタートアップ企業の人事支援を手がけています。社外の人事プロフェッショナルを頼るニーズが高まっているということですか?

宇尾野氏:はい。成長途上のスタートアップ企業ではコーポレート機能の充実が必須課題となっていますが、高スキルの人事経験者の採用は非常に難しいのが現状です。そのため私たちへのご相談件数も増え続けています。

単に人事機能をサポートするだけではありません。私たち事業人は「専門医のように病気の予防をアドバイスできる存在でありたい」と考えています。組織は一定のペースで年齢を重ねるだけでなく、資金を外部調達し2倍や3倍の規模へ急成長することもありますよね。人間の体で言えば、強烈な成長痛を味わうことになる。そうした状況を見越して起き得る事態を想定し、成長痛も和らげると同時に未然に予防することこそが私たちの価値なんです。

人事に専門性を持つコンサルティングファームでも、これに近いことができるかもしれません。ただ私は、社内で経営陣や現場からやり玉に挙げられながらも乗り切ってきた、いわば「人事の修羅場」を経験した人にしか発揮できない価値があると考えています。

人事パーソンは、人の感情の負の部分と向き合わなければならないこともあります。そうした感情が集団化したときの怖さを体感することもあります。長く人事を務めれば心にたくさんの古傷が残るかもしれない。だからこそ、セオリー通りにはいかない現場のリアルを理解して経営者にも従業員にも寄り添えるんです。これは人事の大きな存在価値だと考えています。

人事が守備的でオペレーショナルな役割だというのは完全に過去の話。こんなに面白い仕事は、そうそうないですよ。

写真提供:株式会社事業人

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取材後記

事業人では現在、「人事に携わる人を増やす」活動にも注力しているそうです。営業や新規事業などの別職種で活躍した人が、「どんなに良いアイデアがあっても人や組織が不十分だと実現できない」と感じて人事へ移るケースも増えているとのこと。人事は今や、事業や経営の命運を握る存在だと言えるのではないでしょうか。個人のキャリアという観点で見れば、そんな人事ポジションに身を置くことは大きなアドバンテージになると感じました。

企画・編集/田村裕美(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介

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