人的資本レポートの作成秘話。パーソルHD人事本部長・室長に聞く「構想・制作・活用」のヒント

パーソルホールディングス株式会社

グループ人事本部 本部長 大場竜佳(おおば・たつよし)

プロフィール
パーソルホールディングス株式会社

グループ人事本部 人事企画部 人事データ戦略室 室長 山澤圭祐(やまさわ・けいすけ)

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  • 人的資本レポートでは人的資本経営で実施したことや戦略、施策だけでなく、「それらを遂行するための仕掛け」についても明言する
  • 最も苦労したのは構想段階。目的やコンセプトについて妥協なく議論することが重要
  • ステークホルダーからの問いかけに人事が応える。レポートに基づいて自社の取り組みを伝える場面も増加

人的資本経営のトレンドがある中、大企業を中心に「人的資本レポート」を発信する事例が増えています。

パーソルグループでも2024年1月に初の人的資本レポートを公表。グループビジョン「はたらいて、笑おう。」と、2030年のありたい姿「“はたらくWell-being”創造カンパニー」を実現するための人材戦略が具体的に示されています。

このレポートはどのように制作されたのか、制作過程ではどんな苦労を乗り越えてきたのか。パーソルホールディングス株式会社グループ人事本部長の大場氏と人事データ戦略室長の山澤氏に、人的資本レポート公表までの裏側を聞きました。

自社の成功体験と失敗体験を発信し、日本の人事の価値を高めたい

——今回、人的資本レポートを公表した目的は。

大場氏:大きな目的として3つあります。

1つは投資家や株主といったパーソルグループのステークホルダーの方々へ、私たちの人的資本経営への取り組みを開示すること。2つ目は私たち自身がやってきたことを世の中に開示することで、同業をはじめ人的資本経営に関心を持つ企業からフィードバックをいただき、さらに取り組みを進化させていくこと。3つ目は自ら実験的な人事に挑戦し、ショーケースとして発信して社会をリードすることです。

——外部へ発信すること自体に大きな意義があるということですか?

大場氏:はい。私たちはグループ全体で「Advanced HR Showcase」と名づけた人事ポリシーを掲げています。従来の人事はどちらかというと守りを重視し、前例のないようなチャレンジがなかなかできないという傾向があったのではないでしょうか。「はたらいて、笑おう。」をグループビジョンとして掲げる当社がこれを実現するためには、当社グループの内側に閉じた取り組みで自己満足するだけでは、変革をもたらすことはできません。実験的な人事に挑み、成功体験も失敗体験もひっくるめて発信することが、世の中の人事の価値を高めることにつながると考えています。

今回の人的資本レポート制作でも、「Advanced HR Showcase」を強く意識しています。法令で定めている項目やステークホルダーからの期待に添った情報を発信することは、いわば規定演技。私たちはそれに加えて、パーソルグループのストーリーや想いを自由演技として表現することにも注力しました。

——レポートの冒頭では、パーソルグループのグループビジョン「はたらいて、笑おう。」と、2030年のありたい姿「“はたらくWell-being”創造カンパニー」が人的資本経営の基盤として示されています。経営陣の間ではどのように議論し、合意形成を図っていったのでしょうか。

 

大場氏:前提として、私たちは人材サービスを主業とする企業なので、経営陣の間でも、経営戦略と人的資本経営の接続については元々理解が進んでいました。ありたい姿「“はたらくWell-being”創造カンパニー」も「はたらいて、笑おう。」のグループビジョンに基づくものとして、前向きな議論の中で合意できています。

戦略や施策だけでなく「遂行するための仕掛け」も伝える

——人的資本レポート制作のプロジェクトは、どのようなチーム体制で進めたのでしょうか。

大場氏:人事データ戦略室長の山澤を実質的なプロジェクトリーダーとして、人事本部の4名のメンバーに担当者として動いてもらいました。制作過程の取材などではグループ内の各事業会社の人事にも協力を求め、人的資本レポートの制作コンサルティングを展開する事業会社「パーソルワークスデザイン」からもISO30414(人的資本の情報開示のガイドライン)に精通したリードコンサルタントに参加してもらっています。準備段階として2022年春に動き出し、情報収集などを進めて2022年11月にプロジェクトが本格的に始動しました。

山澤氏:私の部署は人事データの利活用を通じて企業価値の向上に寄与することをミッションに掲げています。なので、人的資本レポートの制作に携わることは念願のひとつでした。これまでも統合報告書などを通じて情報を開示してきましたが、人的資本に特化したレポートを打ち出すことで、社会へより良い働きかけができるのではないかと考えていました。

——レポートを構成する項目はどのように置いたのですか。

 

山澤氏:パーソルグループの人的資本価値を最大化するために、私たちは3本柱の戦略を進めています。「派遣スタッフの方々も含めて、“はたらくWell-being”を高めること」「テクノロジードリブンの人材サービス企業になるため、テクノロジー人材を拡充すること」「多様な人材が活躍する基盤を構築すること」の3つです。レポートの各項目はこれらの戦略に基づく施策をまとめています。

ただ、施策ベースで表面的に取り組みを伝えていくだけでは十分ではないとも考えました。具体的な実行体制や評価の仕組みなどガバナンスの在り方なども明らかにしなければ、戦略の実現性が伝わらないからです。

大場氏:たとえばエンゲージメントスコア向上というテーマについて、「向上させようと考えています」だけでは終わらないということですね。役員の評価制度の中でエンゲージメントスコア向上に関する項目を明確に設けたり、経営陣が集まる場で各事業責任者からエンゲージメントスコア向上のアクションプランを発表する仕掛けも記載したりするなど、実行に向けた道筋を示しています。

構想段階での苦しみを乗り越えて生まれた「全体像」や「対話コンテンツ」

——「伝え方」や「見せ方」について工夫した点を教えてください。

大場氏:レポートの11ページでは、さまざまな取り組みがグループ全体の経営戦略や財務的価値にどうつながるのかを1枚絵で示しました。レポートの形式ではどうしても各論が中心になりがち。ステークホルダーや他社の方々にも全体像を理解していただけるようなパートが必要だと考えました。

特に重視したのは定量的なゴールを示すことです。「『はたらいて、笑おう。』指標」や「テクノロジー人材」、「リーダー育成人数」などの目標については、パーソルグループ中期経営計画2026(以下、中計2026)を策定するタイミングでグループ全体の合意形成を図り、2026年3月期に向けて動き出しています。人事の取り組みはあいまいな状態で走り出していることも少なくないのではと思いますが、ステークホルダーに対しては、目標を明確にし、ゴール設定を示すことが重要だと思います。

——山澤さんが特に注力した部分は。

山澤氏:「対話」のコンテンツを複数制作したことです。たとえばレポートの25ページ以降には、派遣事業に関わる事業部門のトップに集まってもらい、派遣スタッフのWell-being向上について語り合った対話コンテンツを掲載しています。どんな立場の人が、どのような想いを持って働いているのか。データだけでは伝わらない部分を生々しく伝えることを意識しました。

——レポート制作において最も苦労したのは、どんなところでしたか?

大場氏:準備段階でレポート発行の目的やコンセプト、構成を決定するところでしょうか。検討時には「あれもこれも盛り込みたい」となりがちなので、構想フェーズの議論は苦労を重ねましたね。誰に向けて、どこまで情報を載せるのか。そうした編集ポリシーに自分たち自身で納得できるよう、妥協することなく議論を重ねました。

山澤氏:人的資本レポートの制作では多岐にわたる関係者とコミュニケーションを図らなければいけません。自分たちが「何のために、どんなものをつくりたいのか」の意志を明確に持っていないと、関係者をうまく巻き込めないことにも気が付きました。最初の段階で苦しんだ議論は、後々「常に立ち返る場所」として役立ちましたね。

制作実務においては、取り組みを正しい日本語で伝えることの難しさにも直面しました。私たちは普段、厳密な意味で日本語を意識していないと思いますし、また会社や部門特有の専門用語も交えながら仕事をしています。幅広いステークホルダーの方々に見ていただくことを前提とした人的資本レポートでは、「このままではうまく伝わらないな」と感じる言葉をどう言い換えるかに苦戦。文化庁が発行している日本語のガイドラインを見ながら、グループの人的資本に関わる取り組みが正しい日本語で表現されるようにチーム内で強く意識しました。

社内で何気なく使っているビジネス用語や横文字も、見る人の解釈には幅があるかもしれません。伝えたいことを正しく伝えるための努力も、人的資本レポート制作においては重要だと感じています。

人的資本への取り組みは財務価値につながるのか?人事が「やりがいのある問い」に向き合える時代

——人的資本レポート公表後はどのような反響がありましたか?

大場氏:レポート発行後に、当社CHROと投資家の方々で対話する場が設けられました。人材サービス企業として、人的資本経営を前進させていくための前向きなフィードバックを多数いただいています。

その中には「人的資本投資の取り組みが、グループ全体の財務指標にどう好影響をもたらすのか明らかにしてほしい」といった期待の声も。たとえばエンゲージメントスコアの上昇がどのように売上や利益につながるのか、といった内容です。

正直に言って、こうした問いに応えることは、これまで私たち人事関係者の多くが苦手としてきた部分ではないでしょうか。「人的資本が企業の成長や競争優位を決定づける」ことが理解されるようになったからこそ投げかけられている問いであり、人事として本当にやりがいのある時代になったと感じています。今後は非財務の取り組みが財務的なKPIやゴール設定にどれくらい影響を与えていくのかを科学し、積極的に発信していきたいですね。

山澤氏:社内では、営業サイドから多くの反響が寄せられてうれしい驚きがありました。お客さま側の人事トップとの商談において、このレポートを事例として紹介しているケースも増えています。私たちには「お客さまの会社で人的資本レポートについて語ってほしい」という相談も寄せられるようになりました。レポートを通じて私たちの取り組みを一気通貫で説明できるようになり、新たな接点もつくれるようになって、良い循環が生まれていると感じます。

——今後のさらなるレポート活用や、次回のレポート制作に向けた展望を教えてください。

 

大場氏:私たちにとって、人的資本レポートの開示はひとつの手段に過ぎません。目的はグループビジョンを実現していくことであり、「Advanced HR Showcase」を実践していくこと。今後もこの目的意識を強く持ち、当社以外の会社の人事部門や、働く人たちの笑顔につながるレポートへ進化させていきたいと考えています。

山澤氏:はたらくWell-being”」を増やしていくことは、私たちだけではなし得ません。日本中の企業を巻き込みながら実現していくものだと思います。私たちの成功体験や失敗体験を記したレポートに目を通し、「はたらくWell-being”」を考えるきっかけにしていただければ何よりもうれしいですね。

取材後記

現状では大企業の取り組みにとどまっていることもあり、人的資本レポートには「崇高な理念や高尚なテーマばかりが書かれている」というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。しかし大場さんは、レポート制作を進めた上での率直な感想として「自分たちがやってきた以上のことは書けない」とも話していました。人的資本経営や人的資本開示という言葉は後から出てきたものであり、これまで各企業が地道にやってきたことにこそ本質的な意義があるのだと。

「手段」としての人的資本レポートに取り組むことは、自社が人と組織のために何をやってきたのかを確認する絶好の機会となるのかもしれません。

企画・編集/田村裕美(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也

パーソルグループ事例/人的資本レポートの作成フロー

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