「戦略人事になりたかったら、ラーメン屋を経営しろ」の本意

株式会社タレンティオ

代表取締役兼CEO 佐野 一機

プロフィール
インクルージョン・ジャパン株式会社

取締役 吉沢 康弘

プロフィール

バブル期までの経済成長を背景に、「終身雇用」という人事戦略が全国に広まった日本社会。しかし、市況の激変によって、企業がとるべき事業戦略も、それに紐づく人事戦略も、そして人々の働き方も日増しに多様化が進んでいます。こうした中で存在感を増しているのが、「戦略人事」というポジションです。

2回に分けてお送りする株式会社タレンティオ代表取締役・佐野氏とインクルージョン・ジャパン株式会社取締役・吉沢氏の両名をお招きした、今回の特別対談。後編では、現役の経営者でもある二人が考える、戦略人事を目指す上で積むべき経験や磨くべき感覚など、「これから戦略人事を目指すためのヒント」に迫ります。

戦略人事を志すなら、ラーメン屋をやってみるべき?

戦略人事を志すなら、ラーメン屋をやってみるべき?

佐野氏:吉沢さんはベンチャーキャピタリストとしてはもちろん、以前は組織開発コンサルタントとしても活動されていましたよね。さまざまな企業の人事部と接してきたと思うんですが、吉沢さんが少し前に、Facebookで「戦略人事をやりたい人事は、まずラーメン屋を経営すべき」といったことをつぶやいていたじゃないですか。

実はあのエントリーがきっかけで、「吉沢さんと対談したい!」って思ったんですよね。

吉沢氏:あれがきっかけなんですか?(笑)。あの言葉は、レオス・キャピタルワークスの藤野英人さんがいつもおっしゃっている話の受け売りですよ。たしかに3年ほど組織開発コンサルとして活動していましたが、その時感じたのが、「HRは自社の戦略なんかよりも、HR業界の常識に捉われがち」という課題です。例えばよくあるのが、採用や組織開発について悩んだ場合に、他部署への相談よりもまずHR領域のセミナーで情報収集を行い、「成果主義が流行っているから、これを導入しましょう」「COP(コミュニティ・オブ・プラクティス)が大事で…」と施策を決めていくケースです。

佐野氏:戦略ではなく手法論になりがちだと。

吉沢氏:手法論は、「その会社の個別性・戦略を無視した行動」とも言い換えられます。ただ僕自身、会社経営をしていると、「HR領域の常識」では通用しない状況が大半です。結果を出すために圧倒的に重要な意味を持つのが本当の意味での戦略であり、ユニークネスなんですよね。例えば数年前、セールスという文脈で言うと、時代を先取りしてスマホ広告を導入した会社は、営業の組織力がそこそこでも、爆発的な売上実績をあげていた。こうした発想はHRでも同じだと思います。

佐野氏:僕もそう思いますね。今のお話は、事業全体を見た上で、HRに限らず、どこに力を入れれば最も企業ミッションを達成しやすいのかを考え、実行するということだと思います。経営戦略を実行する上でHR的な重要な要素を見極めて、それが実現可能かどうかを判断し、さらにHR的観点からより経営戦略に貢献できる施策があるのであれば、経営戦略自体をアップデートする。ここまでできるとかなり高度だとは思いますが。事業ステージによって必要な人材は“要件”も“人数”も変わってくるのは当然だから、その都度ちゃんとした意思決定を経営陣がしているのは重要ですよね。なんとなく決定しているというのが一番ダメ。

そうしたステージごとに、「今、企業と従業員、あるいはチームにはどんな関係性が一番いいんだっけ?」ということを意識した戦略が立てられるかどうかは、事業成果に確実に紐づいてきますよね。そう考えると、戦略人事は、事業を知っている・知らないというよりも「事業そのもの」になってくるわけです。

経営者の戦略オプションは、ひとつじゃない

経営者の戦略オプションは、ひとつじゃない

佐野氏:先日、ある経営者の方が話していたのが面白かったのですが、その会社は終身雇用戦略を採用していて、それだけに理念や考え方の共有を丁寧にやる傾向にあり、週次の全体朝礼がかなり長くなっていたようなんですね。経営者としては、全体に語りかけられる数少ない機会なので、人事戦略の重要要素として捉えていたのです。ところが、従業員から「長すぎる」というクレームが出たので、管理部門は朝礼を短縮しようと動いた。しかし、経営者は逆に「朝礼の時間を倍にする」と意思決定した。この意図としては、「この朝礼はそれだけ本気」という意思表示でもあり、工夫すべき観点の明確化でもあったわけです。工夫するところは時間の短縮化ではなく「長時間でも無理なく参加できること」だということですね。
その後、参加しやすい時間にしたり、疲れにくい椅子を導入したり、コンテンツにゲーム性を取り入れたり、かなりの工夫をされたようです。その結果、クレームは無くなり、少なくとも現時点では離職率が下がったりコミュニケーションが活性化したり、意図されていた良い面が出ているようです。

つまり、この会社では「文化や理念浸透にはコストを掛けるべき」という人事戦略を用いていることになります。それを人事担当が理解していたら、朝礼の短縮ではなく別のアイデアで目的を達成しようとするのではないでしょうか。こういった活動が、経営者主導ではなく人事担当が行えているとしたら、それはとても戦略的に動いていると思ったんですよ。

吉沢氏:そう思います。だからこそ、戦略人事を目指すなら、ラーメン屋さんでも何でもいいのですが、「経営する」という経験が必要になるなと思います。例えば、人事施策についてソフト(アメ的な施策)から、ハード(ムチ的な施策)まであるとして、HR領域の常識の範囲内で物事を考えると、その施策の幅が非常に狭まってしまうんですね。判断できないし失敗したくないからどうしても平均点を取ろうとしてしまう。けれど、「うちの会社の事業戦略オプションAを実行するためには…」とか、「もし事業戦略オプションBが実行される場合には…」など、ソフト寄り、ハード寄り、さまざまな軸で考えられることができれば、戦略の幅はグッと広がるじゃないですか。

佐野氏:でも、それがなかなか人事のオペレーションだけを行っていると見えてこない。僕も経営していて、事業戦略オプションAを試していたとしても、頭のどこかには常に「オプションB」「オプションC」があって、Aが進行していたとしても、「このサインが出たら即Bに切り替え」「この状況になったらBを捨てCに切り替え」といった決断します。僕も以前はコンサルをやっていましたが、経営をやってみるまでこの感覚を理解していなかったなあと思います。この部分は、いくら頭で理解しても表面的になってしまうので、経験してみるのが一番早いんでしょうね。
経験してみるのが一番早い

吉沢氏:その通りですね。ただ素人考えでラーメン屋を立ち上げようとすると、「最高の素材を用意して、内装もこだわって…」となって原価だけで1400円とかになっちゃったりするんですよね。

佐野氏:それって、“トレードオフ”の感覚がないからですよね。経営者になると、例えば「品質を下げて価格を安くし、数量を出すのか、品質を上げて、単価を上げるのか」といったトレードオフに悩んで、眠れない夜を経験する。なにせ経営する側にすれば生死がかかっていますし、唯一の答えが無いですから。そうした判断を限られた時間の中で主観的に考え意思決定しなければならない、というのは大きい。

吉沢氏:僕が経営アドバイザーとして参画している某ベンチャー企業は、はじめBtoCビジネスをメインに考えていたんですね。けれど、早い段階でBtoCでは経済合理性が採れないと気付いて、水面下でBtoBに大きくシフトチェンジしようと動いたことがあって。
そうなると、採用候補者も“BtoCが好きな人”と“BtoBが得意な人”はまったく違います。もっと言えば、事業部長レベルも、事業の方向性によって求められるタイプが変わってくるかもしれない。そうした半歩先、一歩先の経営判断を捉えて行動するために、人事も今社長がやっていることだけを見るのではなく、経営会議などに参加できるのであれば、一緒の議論に入っていくべきです。

佐野氏:事業領域によりますが、経営戦略の変更も含めて、いまはスピード感が求められています。そのスピード感にHRがついていくためには、人材紹介や求人広告といった“待ちの採用”だけに頼っていては不十分で。ダイレクト・ソーシングが一般化してきましたが、もっと有効活用できると思っています。大きく戦略が切り替わったときには、当然ですが採用も大きく変化します。もしくは、戦略が変更する前から、戦略オプションが変わった時にスムーズに採用や配置を変更できるかシミュレーションしておくことが必要になります。例えば、人材サービス企業のデータベース内を調べてどれぐらいの層がどれぐらいいるのか、報酬はどれだけもらってるのか、を調べておく。自社でコンタクト可能な人材を、タレントプール化し把握しておく。こうすることで、戦略変更にすぐ対応することができるのではないか、と。
ベンチャー企業はひとつ外すと死活問題ですけど、今の時代、大企業も同様の取り組みは必要ですよね。

吉沢氏:戦略人事というのでインパクトがあったのは、リクルート社のAI研究所の設立でしょうか。立ち上げ理由は明確で、今後AI人材の争奪戦はほぼ確実に起こる中で、いかに採用力を高めるかと考えた時に、まず先端をゆくアメリカの有力な人間を迎えられれば、今後はリファラルなどでも勝てると。では、そうしたトップ人材と接点持つために何をすればいいのか?と検討した時に、研究所という形で打ち出し、USを起点に展開する。これも時代背景を捉えた人事戦略のひとつのケースだなと思います。

戦略的になるための、「対話」「経営体験」「テクノロジー」

戦略的になるための、「対話」「経営体験」「テクノロジー」
佐野氏:先ほども言いましたが、これから戦略人事として成長したい人は、「まずは一度自分自身で事業をやってみる」のが一番だとは思います。でも、それは難しいことだと思うので、例えば、経営者とたくさんディスカッションしてみることで疑似体験してみるとか。まず「経営者の主観に近づく」のが大事だと思いますね。経営者はやり方はそれぞれだとしても、答えの無い問いをすべて主観的に判断し、常に決断を迫られています。経営と個人の間に入って、両方の文脈を理解し腹落ちした状態で落とし込んでいないと、双方の言い分を伝えるだけの単なる門前小僧なので価値が出ませんから。

吉沢氏:そうですね。大手企業のように自社内で経営者とディスカッションするのが難しい場合には、同世代でベンチャー企業を経営している人を探し、接点を増やすというのもいいかもしれないですね。1カ月間、家庭以外で会話を交わした人を上位10人挙げたときに、その大半を、社外の経営者が占めるようにすると、だいぶいい刺激になるかと思います。HR系のセミナーにひたすら参加し、満足して終わりとか、厳禁(笑)。

佐野氏:たしかに。重要なのが、経営者が言ったままではなく、あくまでも自分の言葉で話せるようになるかということですよね。「経営者はなぜその判断をしたのか」を理解すれば少しでも主観に近づくことができるわけです。「社長がこう言っているので」は楽かもしれませんが、納得感は生まれませんよね。一方で、やはり、「百聞は一見にしかず」と言いますし、事業経験がしたいHR部門の方もいると思いますが、大げさな起業以外でも、そういった体験はどうやったらできるでしょうかね?

吉沢氏:副業NGの環境なら、「ビジネスコンテストを全社でやりませんか」という話を持ちかけてみるものありですね。ただし、あくまでも自分で経営視点を持つことが大事なので、ファシリテーションではなく、自らもプレイヤー側として参加する必要があります。そうして業務時間の20%はそうした経験を積む時間にあてられるようにする。そうしたら自社内で堂々と事業を作れるわけですから。

佐野氏:なるほど。その場合、良いメンターがいるとさらに成長しますね。吉沢さんのようなベンチャーキャピタリストとか経営経験者から事業づくりのフィードバックをもらいながら、改めてHRとはどういうものなのかを考える経験ができるととてもいいですね。もし僕が企業向けにCHRO(最高人事責任者)を育成する研修プログラムを企画するとしたら、時間をかけて座学などをするよりも1000万円の予算を渡して社内ベンチャーを立ち上げてもらうと思います。そしてアルバイトでもいいから、必ず人を雇ってもらう。“自分で決めて、自分が全体の責任者、主体者として判断し、動かしていく”のが大事で。

吉沢氏:主観で考えるようになると、答えは1つじゃないなと分かりますよね。富士山を山梨側と静岡側のどちらから登ろう? と考えたとき、普通はいずれかが正解だと思いますよね。けれど、経営感覚で言うとどっちも正解、もしくは、どっちも不正解というケースも考えられる(笑)。こういう理不尽さも感じてほしい。

佐野氏:あと、そういう主観の判断によってスピーディに人事戦略を変化するためには、新しいテクノロジーやシステムの活用も重要だと思います。手前味噌になりますが、僕は今、採用管理システムTalentio(タレンティオ)の開発・運営をしています。採用管理のシステムを提供するうえで、もちろん業務効率化は重要なので優先順位高く取り組んでいますが、単に業務を効率化すれば戦略人事が生まれる…とは思っていません。重要なのは、効率化の先にある戦略的にインパクトがある部分だと考えていて、そこも含めてつくっていきたいと考えています。例えば、社内の独自のタレントデータベース=タレントプールの構築・運営・管理を簡単にできる機能などは、今後のHRマネジメントにおいて重要でしょう。戦略人事というのは、必ずしも「人事部」の特性ということではなくて、企業全体で成し得るものだと思います。企業によって、部署としての人事はもしかしたらオペレーションの役割に特化するかもしれませんが、全体としては戦略人事が機能している、ということもあると思います。いずれにしても、HRに関する重要な意思決定をする方々全体に貢献していくサービスにしていきたいと思っています。
まとめ

【取材後記】

経営者として2人が語ったのは、「本質的な経営者目線を持った人事」がいかに重要かということでした。自社のあらゆる戦略を把握し、そのすべてに貢献できる人事戦略を検討する。そして、リアルタイムに行動できるよう、最新テクノロジーなども活用しながらHR部門に生産的な体制を構築する。そうした経営感覚に基づいた判断とアクションは、間違いなく事業成長を後押しすることでしょう。今後、ますます存在感が高まる戦略人事。そのキャリアを目指す方や、本気で会社に貢献したいとお考えの方は、ぜひ今回の対談を参考にしてみてください。

(取材・文/太田 将吾、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)