人事制度改定とともに「賃上げ」を実施。人財獲得・定着を目指す企業の取り組みとは
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「数年後に向けた危機意識」によって早い段階から賃上げを断行。高収益の事業基盤づくりとDXによる業務効率化、地道な価格交渉を継続
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自律的な人財の育成を目指してエンゲージメントサーベイを活用。制度を浸透させるためにも「対話会」など社内コミュニケーションの場を通じて意見を吸い上げている
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賃上げと合わせて人財育成の取り組みは重要。エンゲージメント向上はミス減少や事故撲滅にもつながる
昨今では、物価上昇への対応や人手不足によって賃上げに踏み切る企業が増えています。2024年の春闘では大企業を中心に満額回答が相次ぎ、平均賃上げ率は5%を超えました。国は中小企業向けの「賃上げ促進税制」を3年間延長するなどして、さらなる賃上げへの後押しを進めています。
こうしたトレンドを考えれば、中堅・中小企業においても賃上げへの対応はますます重要になっていくのかもしれません。一方で気になるのは、実際に賃上げによってもたらされた効果ではないでしょうか。
物流倉庫業や物流不動産業を手がける株式会社ダイワコーポレーション(従業員数約240人)では、2018年の人事制度改定を機に段階的な賃上げを実施。強固な事業基盤をつくるためにさまざまな取り組みを進め、賃上げを含む人事施策はエンゲージメント向上にもつながっているといいます。賃上げが企業にもたらす本当のメリットとは何なのか、その実践知を聞きました。
数年先への“危機感”を共有して賃上げを断行。業務効率化や価格交渉などの地道な努力を継続
——御社で進めている賃上げの概要をお聞かせください。
先﨑氏:いくつか取り組みを進めていますが、コロナ禍においては新型コロナ慰労金や特別賞与を支給し、2023年3月には物価高に対応して正社員へ5万〜7万円、パートスタッフへ3万〜5万円の特別手当を支給しました。
当社では定期昇給を行っていませんでしたが、2023年4月には正社員全員の給与に月額5000円を上乗せしています。さらに将来への備えとして、確定拠出年金の積み立てに月額5000円を会社が負担する制度も始まりました。また、人事制度刷新を機に、定年再雇用社員の給与アップや、新入社員の初任給引き上げも行っています。
——直近では一時金支給だけではなくベースアップも実施しているのですね。なぜここまで力を入れているのでしょうか。
新井氏:当社の場合は、ここ最近の世間的な賃上げトレンドの高まりによって対応しているわけではありません。
物流業界は、全産業の中で見ても賃金水準が低い傾向にあります。自社はもとより業界の地位向上も図っていかなければ、今はなんとか人財を確保できていても数年後には立ち行かなくなるかもしれない。そうした危機感を経営陣で共有し、早い段階から決断して取り組んできたのです。
大きな契機となったのは2018年の人事制度改定です。就業規則を時代に合った内容に変え、評価制度も大きく刷新。2022年からはエンゲージメントサーベイを導入し、エンゲージメント向上を大きな目標としています。こうした流れの中で賃上げが必須だと考えるようになり、現下の採用環境を踏まえてベースアップも決断しました。
——中堅・中小企業では、なかなか賃上げに踏み切れないところも少なくありません。御社ではなぜ継続的な賃上げができるのでしょうか。
新井氏:当社は基幹事業である物流倉庫業に加え、近年では物流不動産業も新たな柱として展開しています。現在は計25万9000坪の物件を管理しており、近い将来、これを30万坪へ拡大することが目標。この事業によって高収益な体質ができてきたと感じています。
先﨑氏:賃上げを実現するには、地道な努力を積み重ねることも必要です。DXによって機械化や省人化を進め、業務効率や利益率を高めることもその一つ。また、顧客とも地道で誠実なコミュニケーションを重ね、理解していただいた上で価格交渉を進めています。中堅・中小企業にとって価格交渉は簡単ではありませんが、昨今の物価上昇を背景に、以前よりも交渉しやすい環境になってきたのではないでしょうか。
人事制度改定の際に、社員へ浸透させるために取り組んでいること
——賃上げと並行して進めた人事制度改定では、どのようなことに注力してきたのですか?
湯澤氏:制度設計においては、現場と膝を突き合わせて議論を重ね、確実に運用される制度にすることを強く意識しています。
たとえば評価制度を刷新する際には、現場のニーズに対応して評価者と被評価者の双方へ研修を行いました。どんな組織でも、評価に対して不満を持つ人は出てきてしまうもの。そうした場面でも管理職が適切なフィードバックを行ってメンバーの理解を促せるようにし、メンバー側にも評価制度の狙いや意義を深く理解してもらえるよう努めています。
——人事制度や評価制度について、社員に自分ごととして考えてもらうのは簡単ではないように思います。
湯澤氏:「自分たちのことは自分たちで決める」という意識を社員に持ってもらうことが大切なのだと思います。当社では2022年からエンゲージメントサーベイを実施していますが、これは人事が現状を把握するためだけではなく、社員が自分たちの状態を俯瞰するためにも貴重な機会だと考えています。
新井氏:自律的な人財を育成していくことは、当社にとって本当に重要な課題です。私たちが担う物流業務では、顧客からの指示や要望を守り、タスクを完璧にこなすことが求められます。その結果、社員は指示がなければ動けなかったり、会社や他者のせいばかりにする他責思考になってしまったりすることも。そうした状況を変えていくために、制度設計以外の部分でも対話会などの議論の場を頻繁に設けています。
湯澤氏:対話会の開催にあたっては、きっかけづくりは人事が担っていますが、場の運用は現場に任せ、自律的な議論が行われるようにしています。こうした機会を通じて人事施策への意見が寄せられることも多いですね。また、年1回のペースで人事が全社員と面談を行っており、ここでもさまざまな意見を吸い上げています。
——2023年4月からは定年後の再雇用制度も見直しを図り、実質的な賃上げにつなげていますね。
先﨑氏:再雇用制度そのものは以前から設けていたのですが、定年後はそれまでの収入を維持できない設計となっていて、定年を控えたシニア社員からは「こんなに収入が下がってしまうなら続けたくない」というネガティブな反応もありました。こうした状況が続くと、バリバリ働いてほしい40〜50代人財がソフトランディングを考えるようになってしまいます。そこで再雇用制度を見直し、若い段階から定年後の収入イメージをポジティブに持てる内容に変えました。
現在は40〜50代の社員を対象としたキャリアデザイン研修も実施しているほか、定年後の再雇用でも役員を目指せるようにしています。5〜6年後には多くの社員が定年を迎えるため、これらの準備は急ピッチで進めてきました。現状ではまだ再雇用の社員は少ないものの、研修後のアンケート結果などを見ていると、定年後のキャリアを自律的に考える社員が増えてきていると感じています。
賃上げ・制度改定でエンゲージメントスコアが向上。プラスして取り組むべき人事施策とは
——これまでの制度改定や賃上げについて、現状の手応えはいかがですか。
新井氏:定点観測しているエンゲージメントサーベイのスコアでは着実に上昇が見られます。科学的には、エンゲージメントが高まれば品質が向上し、業績が伸び、離職率が減ると分析されていますよね。当社では業務上のミス減少や事故撲滅などの面で、少しずつ成果が表れてきていると感じています。
——これから本格的に賃上げに着手しようと考えている企業も多いと思います。賃上げを進めるために打っておくべき人事施策があればお聞かせください。
先﨑氏:賃上げの大前提は会社の事業が伸びていること。事業を伸ばすのは一人ひとりの社員なので、人財育成の取り組みが本当に重要だと思います。人財育成施策は今日取り組んで明日結果が出るものではありません。長い目で各現場とのコミュニケーションを図り、社員一人ひとりが自律的に成長を目指して学べるようにしていくべきではないでしょうか。他社の成功事例を見ても、うまくいっている企業では成長した人財が良いチームワークを発揮していますから。
湯澤氏:研修を1回実施しただけでは、なかなか人は変わりませんよね。私たちも継続的な取り組みによって、社員がいきいきと働ける環境を実現していきたいと考えているところです。
新井氏:最近は人的資本経営のトレンドもあって、人事に課されるタスクが増え続けています。「あれもこれもやらなければいけない」と追い込まれがちですが、そうした中でも本当に必要な施策は何かを見極め、優先順位を付けていかなければならないと感じています。当社では今後も自律型人財が事業を牽引する未来を目指し、働きがいのある組織をつくっていきたいと考えています。
取材後記
ダイワコーポレーションへの取材を通じて、賃上げをはじめとした人事施策の背景にある目的が重要なのだということを改めて考えさせられました。記事内で紹介した確定拠出年金への支援にも、「将来への備えを考える金融教育の機会とし、キャリア自律へつなげたい」という思いが込められているそうです。すぐに成果が出る魔法のつえがあるわけではないからこそ、人財への投資を加速させて従業員満足度を高め、長期的な視点で採用競争力を向上させていかなければならないのだと感じました。
企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材/村尾唯、文/多田慎介、撮影/安井信介
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