有名スタートアップ2社の立ち上げ期や創業にも参画。優秀な人事への近道は「縦軸と横軸」のキャリア形成——私のルール【河合聡一郎】

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「大手・有名企業に勝つには圧倒的な活動量しかない」。採用活動では自社の魅力が何かを考え、本気で伝え、他社と差別化するアクションをやり抜く
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事業成長に向けた視点を持つためには、縦軸で人事スキルを伸ばしながら、横軸で異なる領域を学ぶ「キャリア越境」に挑戦すること
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自社の事業や成長戦略を深く知れば人事課題が明確になるはず。きっかけは、「事業部門の会議への参加」や「営業現場への同行」など身近な場所にある
「あらゆる人事機能は事業成長につながる組織をつくるためにあると信じています」。スタートアップや上場企業、地方企業など、数多くの組織の人事組織支援を手がける河合聡一郎さんの言葉です。
河合さんのキャリアは、人事畑を歩み続けている人から見れば異色に映るかもしれません。複数の企業で営業やマーケティングなどを経験し、後に急成長を遂げるビズリーチ社の立ち上げ期やラクスル社の創業に参画。採用や人事制度構築などに携わるようになったのは「事業を伸ばすために自分が果たすべき役割だったから」と振り返ります。
自社の事業を理解し、成長戦略と将来像から逆算して組織をつくる。そんな「経営者のパートナー」たる人事パーソンを目指すためには何が必要なのでしょうか。河合さんの歩みや信念に耳を傾ければ、今日から取り組むべきアクションが見えてくるかもしれません。
家業を継ぐ前提でキャリアを積み、起業にも携わる
——河合さんのキャリアのスタートは印刷機械メーカーでの営業職だと聞きました。
河合氏:私のキャリアには家業が大きく影響しているんです。実家は岐阜市で印刷機械の商社を営んでおり、私はその3代目候補にあたります。将来的に家業を継ぐつもりで、新卒では印刷に関連する企業へ入りました。
ただ、実際にやってみると機械を扱う営業の仕事が家業を継ぐことにつながるのかあまりピンとこず、1年半で辞めてしまいました。学生時代からお世話になっている先輩にキャリアの相談をしたところ「いずれ経営をするなら、人や組織の勉強をしてみては」というアドバイスをもらい、リクルートHRマーケティング(現リクルート)に転職。私はここで求人広告の営業や代理店のサポート業務を経験しました。

——その後はビズリーチの立ち上げ期とラクスルの創業に関わっているのですね。
河合氏:ビズリーチの創業者である南壮一郎さんは社会人になってから知り合った先輩です。彼が起業準備をしていた当時、週末にごはんを食べながらいろいろとアイデアを出し合い、人材業界の新しいプラットフォームをつくることになったんです。
そこで足掛け1年弱過ごした後、家業を継ぐための修業期間を仕上げるつもりで、印刷業界について再度深く学ぶためにコニカミノルタでの営業や販売代理店のサポートも経験しました。
そんな折、ラクスルを創業してすぐの松本恭攝さんがSNSで「インターネットの力で印刷業界を変えたい」と発信しているのを見て興味を持ち、松本さんに直接アプローチして、創業メンバーとしてラクスルの立ち上げに加わることになりました。
組織が拡大していく中で採用が急務となり、人材業界を経験している私が求人票をつくったり、人材紹介サービス会社や派遣会社とやり取りしたりして、アルバイトやインターンの採用から、重要な経営幹部、ビジネス職、エンジニア職など中途採用の基盤を整えていきました。さらには会社の成長にあわせて新卒採用や採用広報、さらに人事制度を整えたり、評価制度を外部の人事コンサル会社と一緒に策定して運用したり。約7年半にわたって組織づくりを推進してきました。
「徹底的な分析と圧倒的な行動力」スタートアップでの採用活動
——ラクスル時代の採用活動では、どんなことに力を入れていましたか。
河合氏:創業間もない頃は知名度がゼロに等しく、高い報酬も出せません。マーケティングの発想で「ラクスルが転職希望者に選ばれる理由」をつくることに時間をかけると同時に、「採用を人事だけでなく全社で行う」カルチャーの醸成にも力を入れました。全社で採用を行うことは評価制度にも反映されており、今でもおそらく根付いている大切なカルチャーだと思っています。
ラクスルのビジョンにはどのような想いを込めているのか。なぜ印刷業界を変えたいのか。ビジネスモデルにはどんな強みがあるのか。採用競合はどこで、どのようなメッセージを出しているのか。その競合と差をどう生み出すのか。そうした情報を整理し、転職市場へ伝えるべきメッセージを整えていったんです。自分たちのビジネスに必要な人材の要件定義にも力を入れましたし、求める人材への伝え方にも工夫しました。求人票やスカウトメールにおいても媒体ごとにタイトルや表現のABテストを繰り返して、職種や媒体ごとのデータを分析して効果を検証していましたね。

とは言え、こうした努力は大手企業も有名スタートアップ企業もやっていることです。結局のところ、知名度のない企業は活動量でしか差を出せません。一度入社承諾前辞退された応募者に粘り強く電話して交渉の時間を再度もらったり、スカウトメールの送信時間をABテストしたり。
——送信時間のABテストについて詳しくお聞かせください。
河合氏:経営幹部候補の人材が現職で多忙なのは容易に想像がつきますし、他社からのスカウトメールも山のように届いているでしょう。そんな人がメールボックスを見るタイミングはいつなのか?朝だったり週末だったり…と仮説を立てて、送信時間と返信時間を見ながらベストなタイミングの画策をしていました。結果的にはここから良い出会いにつながりましたね。
また、ビズリーチの南さんから「採用活動は確率論」「事業づくりは仲間づくり」といった話も聞いていたため、求める人材だと判断できた転職希望者には、妥協せず、着実にスカウト活動を行っていました。
ただ、転職市場では知名度も体力もある大手企業と真正面から戦わなければならない現実があります。自社の魅力の伝え方を本気で考え、他社と差別化するアクションをやり抜かなければ絶対に勝てない。私はラクスルでそう学びました。
経営パートナーとして、事業成長に貢献する人事になるには?
——ラクスルで採用や人事制度構築、組織づくりなどに幅広く関わっていますが、それまでの河合さんのキャリアは営業やサービスの立ち上げなどが中心ですよね。当時はどのような想いで役割を果たしていたのですか。
河合氏:事業成長のためには、どんな組織であるべきか。それだけをひたすら考えていました。スタートアップの成長を考える上ではよく「事業が先か、組織が先か」と議論されますが、私は事業成長につながるための組織づくりという視点で仕事に取り組んでいましたね。
成功した企業はどんな組織をつくっているのか、どんな経歴の人材を採用しているのかを徹底的に分析しました。ラクスルと近い領域のビジネスモデルを展開する企業をベンチマークして研究していたんです。また、目の前の局所的な課題に対応するだけでなく、長期的な視点を重視し、「従業員が100人、200人になったら何が起きるのか」などを逆算して考えながら組織づくりを進めました。

——そうしたバックキャスティングの視点を持てたのはなぜですか?
河合氏:ラクスルでの組織づくりの経験が大きいですね。
代表(現・取締役会長)の松本さんからは「河合さんが競合の社長だったら、どうやってラクスルと戦うのか?それを防ぐためには、組織として何をすべきか?」「今後の成長に必要な事業ドライバーや、どういうポジションの人材が必要だと思うか?」「時間軸で組織の課題を設定し、解決したことがある人に会いに行き、その学びを還元してほしい」という視点を1on1などの機会でもらえたことも非常に大きく、たくさんの学びを得ました。
また、私自身が人事のキャリアに深く浸かっていなかったことも影響したのかもしれません。その時々で「事業を成長させるために自分は何をすべきか」を考え、必要な機能として人事に取り組んでいました。必要なものがマーケティングであれば、私はそれに没頭していたと思います。
もし最初のキャリアから人事だったら、「人事はこうあるべき」という視点のみで業務に取り組んでいたかもしれません。
——人事畑のキャリアだけを歩んできた人でも、事業成長に向けた視点を持てるようになるでしょうか?
河合氏:はい。どのような経験・スキルを積むべきかの目標を正しくセットできれば、事業成長に必要な視点を持てるようになるはずです。
最近では人事パーソンからキャリア相談を受ける機会が増えてきました。「CHROやHRBPを目指しているが、どんな経験を積むべきか」。そんな相談を受けたとき、私は「縦軸で採用・制度設計・労務・育成などの人事スキルを伸ばしながら、横軸でマーケティングやファイナンス、事業開発などを経験するべきだ」とアドバイスしています。
一方、企業の経営層からは「良い人事パーソンを採用したいけれど、なかなか見つからない」と相談されることも多くなってきています。ここでいう「良い人事」とは、経営や事業について相談できる相手であり、事業の方向性を理解して中長期の人事戦略を描いてくれる人のこと。つまり、縦軸と横軸を意識して成長した人事パーソンを求めているんですよね。
「能力の高いどんなエンジニアでも口説き落とせる」「経営幹部の採用に強い」「大企業での人事評価制度のオペレーションが得意」などの尖った強みがある人事パーソンは別として、労務や採用、制度設計といった機能だけなら、今後は外注に置き換えられていくかもしれません。これからの人事パーソンに求められるのは、領域という意味でのキャリア越境に挑戦し、経営パートナーを目指すことではないでしょうか。
スタートアップ、上場企業、地方企業。それぞれが抱える人事課題
——2017年には独立してReBoostを創業し、以降は数多くの企業へ人事・組織関連の支援を展開しています。河合さんはなぜ「人事を支える存在」になることを決意したのでしょうか。
河合氏:少し時代的には早かったと思いますが、もともとラクスル時代から、会社の許可を得て副業のような形で複数のスタートアップ企業の人事支援を手がけていたんです。
起業家はみんな事業づくりを頑張っていますが、組織をゼロからつくった経験がある人はほとんどいません。自社の事業を成長させるための、自社のビジネスモデルに合った組織をつくるのは本当に大変です。私はラクスルでそれを体感し、学んでいました。そして、いつしかその経験がスタートアップ業界全体の成長に寄与できると感じ、事業成長を目指す起業家を支援することを決めました。
創業後、成長に向かうスタートアップが人や組織の面で問題に直面するポイントはよく似ています。まずは最初の10人、30人規模の段階で、判で押したように同じ壁にぶつかるんですよ。もちろん、その先の50人、100人といった壁もありますが、そうした共通項が見えてきたこともReBoostの立ち上げにつながりました。

——10人、30人の壁とは。
河合氏:たとえば最初の10人までだと、創業者が友人などの身近な仲間を集めることが多く、阿吽の呼吸で業務を進められます。一方で、それぞれの役割において領域が重なると成果の優劣がついたり価値観がぶつかったりしてケンカになることも多いですね。創業期にはトップとは違う強みを持つ、違う役割の人を集めるほうがいいんです。また、早い段階でミッションやバリューをつくり、組織としての共通言語を用意しておく方がいいと考えます。
30人規模になってくるとまた別の問題が発生します。資金調達もして外部人材の採用にもアクセルを踏み始めるので、人件費と採用費のバランスを見ていなかったり、焦って採用をしてミスマッチが発生したり。また、この規模になると評価制度を構築して昇格や昇給のルールを明確にしたり、組織図をつくって適切に権限委譲したり、マネジメント層の採用や育成をしたりといった取り組みも必要になります。会社がどういう方向性で経営しているかなど、改めて社員に丁寧に説明することも重要になってきますね。
——河合さんは上場企業や地方企業の支援も数多く手がけていますが、こうした企業は今、どんな人事課題に直面していますか。
河合氏:上場企業では事業ポートフォリオ拡大への対応が重要な戦略となっている印象があります。新規事業を立ち上げて活躍する人材を採用したり、M&Aなどで買収した事業の組織統合を進めたりといったテーマです。また、採用ブランディングの練り直しを迫られている大手企業も多いですね。未上場時とは異なるタイプの人が集まる傾向となり、会社のメッセージングを含めた採用ブランディング構築で相談を受ける機会が増えてきました。あとは、人事評価制度やバリューの再構築、一部はサクセッションプランの策定などの相談もありますね。
地方企業では人材採用の悩みが深刻化しています。副業やリモートワークなど、多様な働き方を実現して全国から人材を迎え入れていく必要があります。出社しない人に自社のカルチャーを共有し、同じ方向を見て活躍してもらうための施策も新たな検討課題になっていますね。
課題が明確になれば、採用手法などの“How”に振り回されることはない
——こうした課題に対応していくため、人事パーソンはどのようにキャリアを展望し、どのようなスキルを身に付けていくべきでしょうか。
河合氏:大きな方向性としては、前述のように「縦軸と横軸」を意識してキャリア越境に挑戦すべきだと思います。
特に大切だと感じるのは、自社や自部門の事業について、半年後や1年後の戦略を読み解く力を身に付けること。私は人事パーソンに「自社の成長戦略を記した統合報告書や経営計画書などの資料を見ていますか?関連して、競合や業種は異なるけれど、似たビジネスモデルの企業の公開情報を見ていますか?」とよく質問するのですが、実際にこうした資料を読み込んでいる人は少ない。人事関連の勉強会には熱心に参加する一方、自社の事業への関心が薄い人が多い印象です。
自社の事業に興味を持てば、どんな組織であるべきか、本当に採用すべき人は誰か、どんな制度設計が必要かなど、取り組むべき人事課題がより明確に見えてくるはず。人事はともすれば採用手法などの“How”が気になり、トレンドに流されてしまいがちですが、大前提となる事業課題や人事課題を明確に理解できれば、Howに振り回されることもなくなるのではないでしょうか。
——もし河合さんが今、企業の若手人事パーソンだったら、どんなアクションを起こしますか?
河合氏:自社が公表しているIRや経営に関する資料を読み込んだり、事業の方針に関して直属の上司だけでなく、他部門の上司に考えをぶつけてみたり。可能な限り、営業や開発、マーケティング部門の会議など、部門会に参加させてもらうのもいいですね。営業現場に同行させてもらい、顧客の生の声を聞くことも貴重な経験になると思います。
あとは、組織の課題を設定した上で、自社と同じようなフェーズではなく、少し先のフェーズにいる企業の先輩人事パーソンに会ってディスカッションをしたいですね。これは私がラクスル時代に実際に取り組んでいたことなんです。先々でラスクルが直面しそうな人事課題を洗い出し、その課題を解決した事例を持つ人にコンタクトしていました。
たとえば、組織が成長して300人規模になれば人事制度の運用に苦労するはずだと考えていた時期には、先回りして数千人規模の企業で制度企画や運用を経験した人に早い段階で相談に行き、結果的には入社していただきました。
一方で、課題の解像度が低い場合に、先のフェーズを経験した人に話を聞いてもあまり理解できないこともあります。だとすれば、自分自身の課題設定が甘いということなんです。バックキャスティングの視点で将来と現在の差分を想定し、打ち手を見いだしていく。人事の仕事とは、そのくり返しなのかもしれませんね。

——これまでの経験を踏まえ、河合さんが「人事の仕事で大切にしていること」を改めて教えてください。
河合氏:事業成長につながるための組織をつくること。これに尽きます。
自社の事業を理解し、成長戦略を理解し、あるべき組織の構造も理解した上で人事戦略を描き、施策を実践していく。このステップが大切だと信じています。これからも企業人事の現場に関わり、“How”で凝り固まってしまったこれまでの常識をアンラーニングするお手伝いをしながら、事業成長のための組織をつくることに貢献していきたいと考えています。
取材後記
取材の結びに、河合さんは「経営者のパートナーになるような人事パーソンを増やす取り組みをしていきたい」とも語ってくれました。人事部門に身を置きながら事業成長に向けた視点を持つのは難しいようにも感じますが、河合さんがヒントを出してくれたように、身近な営業同行などにも視界を広げるチャンスがあるのではないでしょうか。まずはアクションを起こすこと。その重要性を学んだ取材でした。
企画・編集/田村裕美(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/宮本七生