佐賀県の企業で外国人採用がもたらした会社の変化とは?組織風土や採用力もプラス!「できない者は去れ」から「若手を育てる風土」へ


総務 井上浩幸(いのうえ・ひろゆき)
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「50代中心」の年齢構成を是正するための手段として外国人採用を開始。日本で学び、日本語がある程度理解できる高度外国人材が対象
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外国人材が自社と地域に定着できるよう、住環境や行政手続きなどのサポートに加え、社員同士の付き合いによる関係性構築も重視
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「できない者は去れ」の厳しい姿勢だったベテランが、外国人材の前向きで意欲的な姿を目の当たりにして変化。「若手を育てる風土」が広がった
労働人口が減少しつつある中、採用に苦戦する企業では、外国人採用に活路を求めるケースが増えています。ただ、外国人材を受け入れる体制が整っていない企業が多いのも事実。働く環境をどのように整えるべきか、多言語でのコミュニケーションにどう対応していくべきかなど、外国人採用を進める前の準備段階で壁にぶつかってしまうことも多いでしょう。
そんな悩みを抱える企業に知ってほしいのが、佐賀県に本社を置き、創業92年を迎えた株式会社植松建設の取り組みです。在留資格「技術・人文知識・国際業務」を取得した高度外国人材を採用し、安心して地元に定着できる体制を整えることで、「組織全体に若手を育成しようとする風土が広がっていった」といいます。
外国人材の活躍を後押しするために企業が取り組むべきこととは?同社の井上氏に聞きました。
若手人材確保の一環で「高度外国人材」採用がスタート
——植松建設が外国人採用を始めた経緯を教えてください。
井上氏:建設業界では2010年前後に、公共案件の急減による建設氷河期の時代がありました。仕事が一気に減ったため、施工管理ができる技術者を残し、現場を担う技能者を解雇する企業が増えたのです。当社も同様の選択をせざるを得ませんでした。
その結果、2018年時点では従業員の年齢構成で50代が最多となりました。当社はそれまで新卒採用をしていなかったこともあり、30代や40代が極端に少なくなってしまったわけです。こうした状況を是正する手段の一つとして、外国人採用にも取り組んできました。

——若手人材確保という課題が背景にあったのですね。
井上氏:はい。私は2021年に入社していますが、当社ではそれ以前の2019年から外国人材の採用活動をスタートし始めていました。
その時点では、ベトナムで面接し採用決定していた人材が2名いたのですが、コロナ禍のタイミングと重なり入国できない状況でした。それから2年経過した、私が入社して半年のタイミングで、すでに日本に住み転職先を探している高度外国人材を紹介され、外国人材を初めて採用することになりました。
それと同時に新卒採用も急ピッチで進めました。とは言え、それまでの当社では、日本人の若手も厳しい現場の仕事になかなかなじんでくれず、入社しても長続きしないという現実がありました。このままでは若手を集めても定着しません。社内のシステムや受け入れる体制を整えることが必須だったのです。
こうして外国人材採用と若手採用を両輪で進め、若手の雇用環境改善をいろいろと拡大していたところ、福岡県の専門学校から連絡をいただき、求人を出すことになりました。すると外国人の学生が当社に応募前の見学に来てくれたのです。「外国人材とはいえ新卒の彼らを受け入れることで、当社も大きく変われるのではないか」と期待し、5名の応募の中から3名を採用しました。その後2019年にベトナムで面接していた人材なども加わり、一気に外国人材が6名へ。社内の雰囲気は大きく変わりましたね。
仕事や生活を支えるサポートを続け、「この街で家を買いたい」と話す外国人材も
——外国人を受け入れる際には、どのように体制を整えていくべきなのでしょうか。
井上氏:多くの企業では外国人材を特別視しがちではないでしょうか。私は大前提として、外国人だと意識する前に、1対1の人間同士で接することが大切だと考えています。
外国人採用といってもさまざまな目的があるでしょう。足元の人手が足りない企業は労働力不足を補おうとするでしょうし、海外への事業展開に向けた準備で外国人採用を行うこともあると思います。当社の場合は「新しい仲間が欲しい」というだけ。当社に定着し、地元に根付いてほしいという一心で採用活動を行っています。だから根本的には、日本人も外国人も変わらないんです。
ただ、言語・文化の違いや住居をはじめとした生活環境の問題など、外国人採用には特有の注意点があることも事実。企業としてフォロー体制を整えなければ、採用後に活躍してもらうことは難しいでしょう。
——外国人材はどのような困りごとに直面するのでしょうか?
井上氏:住環境でいえば、外国人はそもそも入居できる物件を探すだけでも苦労します。当社では会社が間に入り、アパートやマンションなどの契約がスムーズに進むようサポートし、必要に応じて電気・ガス・水道などライフラインの手続きも手伝っています。
引っ越しをすれば行政手続きをしなければいけませんが、外国人にとっては住民票やマイナンバー、健康保険の仕組みなど、わからないことだらけ。しかも役所の手続きは一つの窓口で完結しないことがほとんどです。日本人だって迷うことが多いですよね。こうした手続きも会社としてサポートしています。
当社が経験したこととしては、外国人材の結婚の際にも手続きに苦労しました。国際二重婚を避けるため、本人が独身であることを証明する書類を役所から取得する必要があるのです。地方自治体ではこうした対応自体に慣れていないケースも多く、当社も市と一緒に協議しながら体制を整えてきました。

こうしたサポートのほか、休日は外国人材を交えた社員同士で一緒に野菜を育てたり、遊びに出かけたりといった付き合いも多いですね。また社内では、外国人材が生活の中で必要とするものを集めるために、社員の不用品を募ったこともあります。中には「ちょうど乗り換えのタイミングだから」と、自動車を提供してくれた社員もいましたね。
こうした取り組みを進めた結果、入社3年目になるネパール人社員は「この街で家を買いたい」とまで言ってくれるようになりました。彼らが頑張っていることによって当社が注目され、メディアから取材されるようになり、高校新卒の応募が増えるなど採用活動全般にプラスの効果が生まれています。
外国人材の本気に触れ、若手を育てようとする風土が広がった
——外国人採用が大きなメリットにつながっているのですね。
井上氏:はい。中でも、現場に起きた変化が一番のメリットだったと感じています。
かつての当社は「できない者は去れ」の世界でした。ベテランは「俺の背中を見て仕事を覚えろ」というスタンスで若手に厳しく接し、若手の中には先輩から厳しく叱られて会社を休んでしまう人もいたんです。

とは言え、現場も「このままだとウチには人材がいなくなる」という危機感を持っていました。そんな中で外国人採用を始めることになり、社長から人材育成の重要性を伝えるとともに、佐賀県の協力を得て、教育体制を整えるための研修も行いました。
それでも現場では「どう教えればいいの?」というおっかなびっくりの空気があったと思います。でも、外国人材が実際に入社し、その前向きで意欲的な姿を目の当たりにしたことで、ベテランのマインドセットは一気に変わっていきました。「技術を丁寧に教えて成長してもらおう」という風土が広がり、外国人材と年齢が近い日本人の若手メンバーも、メンターを積極的に引き受けてくれるようになりました。
——人事として、外国人材を支えるために取り組んでいることはありますか?
井上氏:外国人材との個別面談を定期的に行い、本音を聞くようにしています。
外国人材は、自分たちが不利な立場にあることを経験則から知っています。顔は笑っていても、本心はなかなか打ち明けない傾向もあると感じています。そこで面談を行う際には面談シートに「先輩たちについて思うこと」を必ず書いてもらっているんです。もし問題のある接し方をしている社員がいれば、本人へのフィードバックを行って見直してもらうようにしています。こうした取り組みから、発言を聞いてもらえる、発言したからと言って立場が悪くなったりしない、そして改善に活かしてもらえるという経験を積み上げていますね。
当社でもこれまで、せっかく採用した外国人材が早期に離職してしまったこともありました。日本人と同じで、より良い条件の仕事があればすぐに移ってしまう人もいます。
そうならないように、私たちは常日ごろから「外国人材が何をやりたいのか、どうしていきたいのか」を深く理解しなければいけないと感じています。私たち日本人の考え方も積極的に発信し、相互理解を深め、隠しごとなく、本音で会話をする。そんなコミュニケーションを大切にすることで、外国人材に限らず、誰もが長く活躍できる組織へと変わっていけるのだと思います。
取材後記
取材の合間、社員からの電話での相談に対応していた井上さん。専門用語も交えた日本語での会話の相手は、インタビューでも紹介してくれた入社3年目のネパール人社員でした。今では現場での対応を一任できるほどに成長し、同社の貴重な戦力になっているのだそうです。親身になって相談に応じる様子から、「当社に定着し、地元に根付いてほしいという一心で採用活動を行っている」という井上さんの本気度も伝わってきました。
企画・編集/髙橋享(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/内藤正美
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