日本IBMが推進するダイレクト・ソーシング最適化を目指した採用組織の変革とは?

日本アイ・ビー・エム株式会社

人事 タレント・アクイジション 部長
杉本 隆一郎

プロフィール

新卒時から一貫して人事畑を歩み続けて来た杉本さん。前編記事『楽天、リンクトイン、IBM——杉本氏が「採用」を軸に歩んで来たキャリアとは』では、楽天やLinkedIn Japan、アクセンチュアなどで過ごした、ご自身のこれまでのキャリアを振り返っていただくと共に、日系企業と外資系企業における採用の捉え方の違い、これからの採用担当者に求められる素養・スキルについてお聞かせいただきました。後編では、日本におけるダイレクト・ソーシング(ダイレクト・リクルーティング)の第一人者である杉本さんに、ダイレクト・ソーシングを成功させるために必要なノウハウ、現在所属されている日本アイ・ビー・エムで展開しているさまざまな取り組みについてご紹介いただくほか、ご自身の今後のキャリアで成し遂げたいことについてもお伺いしました。

ダイレクト・ソーシング成功の鍵はマーケットリサーチと採用ブランディング

ダイレクト・ソーシング成功の鍵はマーケットリサーチと採用ブランディング

LinkedIn Japanの代表代行時代にダイレクト・ソーシングの啓蒙活動を行い、楽天やアクセンチュア、現職の日本アイ・ビー・エムでもダイレクト・ソーシングによる採用を行われていますが、ダレクト・ソーシングを成功させるために必要なものについてお聞かせください。

杉本氏:ダイレクト・ソーシングを成功させるためには、マーケットリサーチが欠かせません。「どの会社にどんな職種の人が何人ぐらい在籍しているのか」という情報をいかに精緻に持っているかが重要です。例えば新卒採用のマネージャーを採用することが決まったとしますね。その時に「A社とB社とC社には、当社が求める採用マネージャーがいるな」と具体的にイメージでき、尚且つSNSなどでアプローチできる状態であれば、その日に話ができます。闇雲にマーケットに探しにいって母集団を形成するとなると一次面接までに数週間かかってしまうでしょう。自分が担当する領域のマーケット情報、競合の採用活動の情報はしっかり把握しておくべきでしょうね。

マーケット情報を把握し、採用すべき人をターゲティングできた際にはどのようなポイントが重要になりますか?

杉本氏:会社や仕事に対して満足している部分、不満に思っている部分は人によって異なります。各自の異なるミートポイントに対して、いかに的確なトピックを提供できるかが重要です。現在、「働き方改革」が注目を集めていますが、30代のころの私にワークライフバランスの話をされてもまったく響かなかったでしょう。もちろん、逆にその話で安心する人もいるわけです。個々の状況に応じたトークレパートリーを使い分け、高いレベルでのコミュニケーションスキルを駆使して個を口説いていく必要があると思います。

国内でダイレクト・ソーシングを行っているのは大手企業、外資系企業が中心です。中小企業ではまだまだ難しいという話も聞きますが、そうした企業でダイレクト・ソーシングを始めるためのアドバイスなどはありますか?

杉本氏:世の中、大手企業で働きたいという人ばかりではありませんし、ベンチャー志向も高まってきています。ただ、誰がどう考えているかはまではわかりません。だからこそ、中小企業でダイレクト・ソーシングを成功させるためには採用ブランディングが重要になります。自社の魅力についてしっかりと整理・抽出し、恐れることなくさまざまな方法で情報を発信することが大切です。今ではSNSをはじめ、資金をかけずにさまざまな手段で情報を発信できます。もちろん情報を発信するだけでなく、自ら人材を刈り取りに行かなければなりませんし、先ほどお伝えしたようなマーケットの理解も必要です。もちろん一定の工数はかかりますが、成果が出ないからといって1カ月で辞めてしまっては意味がありません。まったく経験のない会社がダイレクト・ソーシングで成果を出すためには半年はかかると思います。地味な作業ですが継続して続ける必要があるでしょう。

日本アイ・ビー・エムでは採用業務の分業化とKPIの明確化を推進

日本アイ・ビー・エムでは採用業務の分業化とKPIの明確化を推進

2017年9月、杉本さんが日本アイ・ビー・エムに入社してからの取り組みについて教えていただけますか?

杉本氏:ダイレクト・ソーシングでの採用比率を上げるための組織づくりと、ダイレクト・ソーシングを展開する上で重要になる採用ブランディングの向上という2軸が私のミッションです。

現在、当社では採用組織の役割分担を変えていく施策をグローバルで進めています。一般的な採用組織では、採用担当者と採用アシスタントあるいはコーディネーターのペアで業務を回していくことが多いのですが、当社では採用業務を3つの領域に分けました。最も前工程でサーチやスカウトを行い、タレントプールをつくるチームを「タレント・アクイジション・サーチ・パートナー(TAS)」、現場から上がってきたジョブ・ディスクリプションに最適な人材をタレントプールから探すチームを「タレント・アクイジション・パートナー(TAP)」、採用プロセスに乗った後のプロセスや採用マネージャーとのコミュニケーションを担当するチームを「タレント・アクイジション・コーディネーター(TAC)」と呼んでいます。それぞれの役割と責任範囲を明確にすることでメンバーが業務に集中できる環境を整えました。

工数がかかると言われるダイレクト・ソーシングの難しさを分業化によって解決するということですね。

杉本氏:私たちは各媒体別のスカウトメール返信率、チャネルごとの決定率などのデータを持っています。それを参照することで、目標採用数をクリアするために必要なタレントプール内の人数、その人数を集めるためのスカウトメール配信数などを割り出すことができ、TASはタレントプールに流し込むための人数、TAPはプールから引き上げてクロージングしていく人数…といった形で各チームが追うべき数値を共有し、それに向けてメンバーがコミットしていく体制ができています。

資料

役割・チームごとにKPIを明確にしてコミットしていくと。

杉本氏:そうですね。また、タレントプールの重要性に関してはLinkedIn Japan在籍時からさまざまな場所で説明してきました。良い人材を見つけたものの、ポジションがクローズしていた場合、これまではその人材を手放すしかありませんでした。しかし、中長期的なタレントプールに入れて定期的に情報を提供するなど、絶えず関係性を維持することができれば、いざポジションがオープンになった時、すぐにその人に声をかけることができますからね。

TAS、TAP、TACのメンバーは、いわゆる普通のリクルーティングの仕事をしていた方々ですよね。ダイレクト・ソーシングに最適な組織に切り替えることに抵抗を感じていた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

杉本氏:最初はありましたね。「それ、私たちがやるんですか?」等、メンバーの視線が痛い時期はありました(笑)。ただ、私としてはダイレクト・ソーシングの成功体験もあったので迷いはなかった。メンバーが感じている課題や不安を一つずつクリアにして、とにかくみんなが前に進む状況をつくることに注力し、目標達成のためのアドバイスもしました。そんな感じで歩み出して約1カ月で一定の成果が得られたので、各メンバーも「やればできる。何とかなる」という感覚は掴めたと思います。後はサイクルを回していくだけですし、継続が大切なので、リーダーとしてしっかりモニターし、指導していくことが私の役目であると考えています。

2軸のミッションのもう一方である採用ブランディングに関してはどうでしょうか?

杉本氏:採用ブランディングに関しては2018年以降に本格化させていく予定です。私が日本アイ・ビー・エムに入社して思うのは、社員食堂もある、保育所もある、ジムもあると、とにかく至れり尽くせりなんですね。 他社がそのうちの一つの施策を取り上げて「当社はこんなこと始めました」とバズったりするのですが、当社にはすでに全部あるんです。日本アイ・ビー・エムで働く人にとっての当たり前は、世の中に人たちにとっては当たり前ではないことが多いのではないかと。トリッキーな施策を展開する必要はなく、これらをありのままに伝えるだけでも採用候補者に十分にプラスになるはずです。採用ブランディングの担当者と連携を取りながら、こうしたトピックをさまざまなチャネルを駆使して発信し、マーケットでの認知を構築していきたいと考えています。

これは前編でもお話しましたが、私個人としては日本アイ・ビー・エムでの取り組みを通じて、日本で「採用」という仕事の価値を向上させていきたいですし、今一緒に働いているメンバーのみんなにも一流のリクルーターとして名を上げてほしいと考えています。

【取材後記】

LinkedIn Japanの代表代行として日本におけるダイレクト・ソーシングの認知拡大に務め、アクセンチュア、日本アイ・ビー・エムといった大手外資系企業でダイレクト・ソーシングを活用した大量採用を自らリードしてきた杉本さんのお話には、すでにダイレクト・ソーシングを活用している企業の担当者はもちろん、これから導入を検討している企業の担当者にとっても、数多くの参考にできるポイントがあったのではないでしょうか。また、日本における採用の認識を変え、採用に携わる人々のステイタスを向上させていきたいと語っていた杉本さんの言葉は非常に印象的であり、「採用」に関わる多くの人々が自分自身の仕事の価値を改めて考え直すきっかけにもなりそうです。
(取材・文/佐藤 直己、撮影/石原 洋平、編集/岩田 巧・齋藤 裕美子)