転職者の受け入れ準備は大丈夫?採用活動を台無しにする現場丸投げOJTの落とし穴
キャリアライフサポーター
伊藤 敬三
キャリアライフサポーター
上原 智香子
一般的に採用業務においては、自社のPRや応募者の母集団形成、人材の見極めなど「入社させるまで」のテクニックやノウハウばかりがクローズアップされがちです。企業の中には、人事などの採用担当者は内定出しまでを担当し、「入社後の受け入れや教育」は配属先の現場に全てお任せというケースも少なくありません。しかし、実は入社後1カ月間は転職者が最も不安を感じているデリケートな時期(doda調べ)。この期間をいかに過ごしてもらうかで、その後の定着や戦力化に大きな影響を与えていきます。せっかく採用した人材が戦力化しない、すぐ辞めてしまった…。そうならないためのポイントをご紹介します。
不安でいっぱいの転職者。入社後、特に失望させてしまう二大要因とは
転職後に不安を感じる人は77.4%、不安が解消するのは半年後でも約6割
2018年4月、dodaが20~40代のビジネスパーソン550人を対象に実施した調査結果によれば、「転職後に不安を感じたことがある」と回答した人は77.4%におよびました。そのうち最も不安を感じていた時期については、1位が「転職初日」(33.7%)、次いで「内定後~入社前」(27.6%)、「転職1週間以内」(17.3%)、「転職1カ月以内」(8.2%)と続き、約9割(86.8%)の人が内定から転職1カ月までの間に不安を感じていることがわかりました。また一方で、「不安が解消した時期」の回答には、「半年以内」で60.1%と、不安解消までにそれなりの時間がかかっていることがうかがえます。
悩み相談のほとんどが「求人内容の違い」と「人間関係」
誰しも新しい環境に対しては不安や戸惑いを感じるもの。だからといって、「あたりまえのこと」として軽視してしまうのはNGです。そのまま何も対策をせず、転職者の不安や戸惑いが、やがて会社に対する失望や不信感に変わってしまえば、本人のパフォーマンス低下を招くばかりか、最悪の場合、早期に辞めてしまう事態になりかねません。せっかく相応のコストを使い、手間ひまかけて採用に至ったにもかかわらず、その努力がすべて水の泡になってしまいます。逆に、事前に問題の芽を摘むことで、転職者のパフォーマンス向上や定着につなげることもできるはずです。それでは、入社後の悩み相談とは、どのような内容が多いのでしょうか。その大部分が「求人内容の違い」と「人間関係」の問題に集約されるようです。
「話が違う!」入社初日に労働意欲を削いでしまう条件面のすれ違い
まず「求人内容の違い」ですが、昨今の売り手市場でライバル企業がひしめく中、少しでも自社の求人を良く魅せたいという努力が裏目になっているケースと言えるかもしれません。例えば、『日勤・夜勤の二交代制。週2~3日のシフトだから安心』と記載された求人を見て、それなら対応できるだろうと応募した転職者が、入社してみたら実際は「前日まで日勤と夜勤のどちらになるのかわからないシフト制だった」なんて相談例も。「これでは休日の予定も立てられない。会社は自分の人生を何だと思っているのか」と転職者の憤りは収まらない。また、「OJTとあっても誰も仕事を教えてくれる人はいなかった」「面接段階では、長髪OKと言われていたのに配属先の上司からは怒られた」「経験は前職給与を考慮と書いていたが、最低給与額からのスタートだった」等といったさまざまなトラブルが発生しているようです。確かに「給与はどのくらいか」「休みはどのくらいか」といった話は、転職者にとって面接では聞きにくい項目です。とはいえ、事実と反していたり、「聞かれなかったから言わなかった」と逃げても、転職者と企業との信頼関係に傷をつけるだけです。就業条件などは繊細な事柄だからこそ、慎重かつオープンな情報提供が最悪の事態を防ぎます。
採用担当者は、転職者と現場の「橋渡し役」に
仕事の悩みも、モチベーションの問題も、結局は「人間関係」
次に「人間関係」の相談例も見てみましょう。「上司と折が合わない」「職場に溶け込めない」「配属先で放置されている」という明らかな人間関係に関する悩みのほか、「仕事が上手くいかない」「やる気が出ない」といった一見仕事やメンタルについての悩みであっても、丁寧に深くヒアリングしていけば人間関係の問題にたどり着きます。仕事が上手くいかない原因は、引継ぎやフォローがきちんとなされていなかったり、慣れ親しんだ前職のやり方が新しい職場から反発されてしまったりということもあって、周囲とのコミュニケーションの失敗に由来すると捉えて良いでしょう。このような人間関係の問題は、一般的に転職者サイドの「本人の資質や努力」と見なされる風潮があります。しかし、片方だけに全ての原因を押し付けるのはナンセンスです。
優秀だったハズの即戦力の人材を変えてしまう理由
「面接のときは、あんなに素晴らしい人材だと思っていたのに、配属先の現場からの評判はイマイチ…。なぜ?」。もしそのような場合は、配属先である現場をチェックしてみてください。転職者が実力を発揮できなくなってしまう最大の要因は、「配属先の受け入れ準備が整っていない」からです。
よくありがちなのは、即戦力採用の場合。「経験者だから大丈夫だろう」「教えなくてもすぐに戦力になってくれるだろう」と過度な期待を行ない、上司も周囲も入社後の充分なフォローを怠ってしまうと、その転職者は右も左も分からない状態で、何をしていいのかわかりません。これは「即戦力」という言葉が独り歩きしてしまっているために起こっているのです。どのような仕事も円滑に遂行するには、その会社独自の用語やルールを覚えたり、前職との違いを見極めたり、上司や仲間のキャラクターを把握したり、時には暗黙の空気を読んだりしていく必要があり、転職者の地固めが整うまでに半年程度はかかるでしょう。
また、即戦力の人材に対してあえて手を差し伸べないチームメイトも中にはいますが、その理由の大半は「転職者をどのように扱っていいか/接していいかわからない」から。即戦力に手取足取りも失礼だろうと遠慮があったり、初対面だけにお互いに「何が分からないのかも分からない」といった状況があったりして、悪気はなくても結果的に転職者を放置してしまっていることが多く見受けられます。これは、転職者に人間関係づくりやコミュニケーションに関する全責任を押し付けているのと変わりません。新しい環境で孤独に戸惑っている転職者に対して、「受け身で当事者意識が低い」と一刀両断に判断を下す前に、受け入れる側も相応の準備を進めておきましょう。準備なき現場への配属は、当たるも八卦のギャンブルと同じです。
新人の配属において、転職者も現場も、双方がどうしていいか分からず困っています。事態突破の鍵は、人事・採用担当者に他なりません。転職者の経歴や人柄や立場を社内で一番理解しており、転職者の受け入れに必要な意識付けや仕組みづくりを含め、現場サイドに対して効果的な働きかけができるポジションなのです。
今日から実践!転職者の受け入れ準備5つのやるべきこと
ここからは具体的な方法についても述べていきます。上手な受け入れができれば、転職者の早期戦力化・定着化を実現し、ひいては現場のパフォーマンス向上にもつながるなど良いことづくめ。ぜひ参考にして取り入れてみてください。
【1】(選考~入社前)転職者側の期待値調整を心がける
魅力的な求人情報や会社ホームページを見て応募してきた転職者は、期待と希望で胸がふくらんでいます。前向きな気持ちに押され、場合によっては、自分の都合の良いように求人内容を解釈してしまっていることもありえます。面接から内定までの選考プロセスの中で、「誤解や勘違いが生じていそうだな」とシグナルを感じた時には、あいまいのまま流さずにきちんと確認とコンセンサスを取るようにしましょう。たとえ「試用期間中は契約社員」という情報でも、真摯に事情や背景を伝えることで余計な不信感を招かずに理解してもらえるケースも多いです。
【2】(選考~入社前)現場サイドの期待値調整も忘れずに
現場の要望をすべて取り入れたら、何でもできるスーパーマンのような人材像になっていたなんてことも。昨今の採用市況の厳しさを踏まえると、自社の採用力(給与水準や知名度等)では「即戦力採用」は現実的ではなく、採用のハードルを下げて「ポテンシャル採用」に踏み切る企業が増えています。しかし「ポテンシャル」について、現場と充分に話し合い、コンセンサスが得ていないと、後々のトラブルの要因となります。どんな人に来てもらいたいのか、実際に任せる仕事内容や将来のキャリアパスについてもズレがないのかなど、現場サイドと何度も確認しておくことも大切です。
【3】メンター制度やブラザー・シスター制度を導入する
入社後の気軽な相談相手として、メンター制度やブラザー・シスター制度を導入している企業は少なくありません。年齢が近かったり、利害関係が少なかったりするほど、うまく機能するようです。社内に対しても、誰が面倒を見るべきか役割が明確になる分、転職者をフォローしやすくなる利点もあります。
転職時点では最大の理解者である採用担当者(面接担当者)も、その転職者の上司の立場になってしまうと、転職者からは「自分を評価する者」となってしまい、本音が言いにくくなってしまうのが実情です。そのため、育成をミッションにおいたメンターを設けることで、「何でも相談できる環境」を作るようにしましょう。
【4】人事・採用担当者自ら、転職者/現場と定期的に1on1ミーティングを実施
近年注目されている1on1ミーティングも効果的です。コミュニケーションの密度が上がり、相互理解の促進や、充分なサポート&ケアも期待できます。人事・採用担当者は、転職者/現場それぞれと1on1を行い、「何か困っていないか」「考えていたことと違っていたことはないか」、お互い相違がないかを確認し、フォローすると良いでしょう。
重要なのは「傾聴」する姿勢です。一方的な命令や見当違いな助言など、相手の言い分に耳を貸さない形式的な取り組みでは逆効果となってしまいます。ちなみに期間は、転職者の職場への溶け込み具合にも応じますが、おおよそ3カ月~半年位がよいでしょう。
【5】現場と転職者が一緒に “受け入れプラン”をつくれるように、支援する
内定段階~入社後初期の段階で、入社後に何を行うのか、転職者と一緒にプラン(マイルストーン)を作成していく。そんな取り組みを行って成果を挙げている企業もあります。入社までに何をするのか。入社初日には何をするのか。その後1週間毎に何をするのか。あらかじめ人事が簡単な叩き台を作成し、それをもとに現場が転職者と話し合って決めていくのです。お互いの期待値やスキル調整も同時に行え、やるべきことが明確になるため、不安をぬぐうことができ入社後すぐなじめることにつながります。また、その会社では、入社初日に、転職者にあえて手書きで社内の座席表を作成するというユニークな試みも実施。一緒に働く仲間の顔と名前を覚え、どの人がキーマンなのかを把握するのに一役買っているとのこと。
【まとめ】
現在日本では、政府主導で「労働力の流動化」が進められています。労働人口減少、少子高齢化、人生100年時代、働き方改革などの時代のキーワードを見ても、今後この流れは止まることはないでしょう。しかしながら、「労働力の流動化が進む社会」とは、すなわち「簡単に人が辞めてしまう社会」とも言い換えることもできます。これまで採用活動は、「優秀な人材の獲得」の意味合いが濃かったように思います。ですがこれからは「人材の戦力化・定着」に対する注目度もますます高まっていくに違いありません。「採用して終わり」ではない、一歩踏み込んだ採用活動を、この機に始めてみてはいかがでしょうか。
(監修/パーソルキャリア株式会社 伊藤 敬三・上原 智香子、取材・文/菊地 瑞広、編集/齋藤 裕美子)