企業目線でアルムナイは動かない―。共創を重視したデロイト トーマツ流 成功の舞台裏

デロイト トーマツ合同会社

執行役|人事・Talent担当|パートナー 浜田 健二

プロフィール
デロイト トーマツ コーポレート ソリューション合同会社

マネジャー|HR企画 鎌田 慶子

プロフィール

企業の卒業生・同窓生・OG/OBを意味する「アルムナイ(alumni、アラムナイ)」。(アルムナイについては過去記事参照)。早くから雇用の流動化が進む欧米では、アルムナイとのつながりを作る取り組みが盛んです。近年では、労働を取り巻く環境が変わりつつある日本においても注目度が高まってきました。とはいえ、未だ国内における事例は少なく、「アルムナイの取り組みを始めたいけど、何をしたらいいかわからない」といった人事担当者も多いのではないでしょうか。今回は、アルムナイの取り組みで高い成果を挙げている、デロイト トーマツ グループ 浜田氏、鎌田氏にインタビューさせていただき、同社の具体的な活動内容や成功のポイントについてお伺いしました。

※デロイト トーマツグループでは、“アラムナイ”表記を使用されていますが、弊メディアでは一部を除き“アルムナイ”という表記で統一いたします。

会員数4500人。イベントには最大700人が集まる強い絆のアルムナイネットワーク

会員数4500人。イベントには最大700人が集まる強い絆のアルムナイネットワーク

2年前より『デロイト トーマツ アラムナイ』という活動をスタートしたと聞きました。具体的にどんな活動をされているのでしょうか。

鎌田:デロイト トーマツ グループ(以下「デロイト トーマツ」)のアルムナイ(卒業生・退職者・OG/OB)の方々向けに、卒業後の継続的なキャリア形成を支援したり、親睦・交流を深めたりしていただくことを目的として、現在は大きく5つの活動を行っています。まず一つが月1回ペースで開催している『イベント』。それから、OG/OB名簿のような『会員専用Webサイト』と定期的な情報提供としての『メルマガ発行』。4つ目にCPA協会のCPE単位が取得できる『e-ラーニング』。あとは、求人情報の掲示板みたいな『社内外のポジション情報提供』です。

なかでも活発に動いているのが『イベント』と『e-ラーニング』で、少しずつ実績が出始めているのが『社内外のポジション情報提供』。一方、『会員専用Webサイト』と『メルマガ発行』は、個人情報保護や運営側のマンパワーの関係で、まだまだこれからというのが正直なところですね。

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1番盛り上がっているイベントについて、もう少し詳しくお聞かせいただけませんか。

鎌田:年2回、「デロイト トーマツ未来塾」と銘打った大きなイベントを開催しています。内容は、将棋棋士の羽生善治氏といった異業界の方から企業経営者まで、各界のリーダー的な存在ともいえる著名な方をお招きする講演会と交流会で、他の月の通常イベントには大体150名前後のアルムナイの方々が参加されるのですが、未来塾では最大700名もの方々にお越しいただいております。

また、未来塾と同じくらい皆さんに好評を博しているのが、「ナナメのつながり交流会」というイベントです。「ナナメのつながり」とはどういうことかと言うと、在職時の先輩/後輩や上司/部下といった「タテ」でもなく、同期/同僚といった「ヨコ」でもない、世代・業種・専門性などの垣根を越えた関係を「ナナメのつながり」と私たちは呼んでいて、そういう多様性に富んだネットワークをつくっていこうと始めたイベントプログラムとなります。

1回のイベントに700人も集まるとはすごいですね!ただ、毎回コンスタントに150人の参加者というのも驚きです。それほど多くの参加者を集められる秘訣はどこにあるのでしょうか。

浜田:大前提として、OG/OB、つまりアルムナイの人数が多いということはあると思います。デロイト トーマツは日本最大級の総合プロフェッショナルファームとして現在では1万2000人を擁する組織です。加えて、半世紀の歴史も持っているわけですからね。アルムナイの方々も相当数におよびます。また、私たちは職業柄、「コラボレーション」や「ネットワーキング」についての意識が高いというのも理由の一つでしょう。深く専門性を追求するプロフェッショナル人材は、いろいろな分野の専門家と力を合わせることで、独力では成しえない成果を挙げられることを知っています。
深く専門性を追求するプロフェッショナル人材

デロイト トーマツには、創業者の言葉である「個我を脱却し、大乗に附く」をはじめ、社会のためにといった理想の目標に向かって、切磋琢磨し・協力し合う、といった企業カルチャーがDNAの根底に流れている。加えて、デロイト トーマツの人たちは在職中であっても、アルムナイであっても、各業界の第一線のプロとして活躍している人ばかりと言えます。ですから、アルムナイの方々にとっては、多種多様なプロフェッショナル人材との研鑽やネットワーキングができることに強いインセンティブを感じられているのだと思います。アルムナイの方々にとっては、デロイト トーマツの現役社員とも交流できる滅多にないチャンスでもありますので。

現役社員の方も参加されているんですね。現役社員側にもアルムナイの方々と繋がることは、メリットが大きそうです。

鎌田:現役社員にとっては、アルムナイの方々とつながることで、単純なネットワーキングだけではなく、違った好影響も生まれてきています。実は、私たちの業界特有なこととして、定年前に卒業されてしまうケースは決して少なくありません。ご自身で独立起業したり、企業の経営幹部として迎えられたり。現役社員もアタマの片隅には、そういったキャリアも将来的な視野に入れていて、だからこそ卒業されていった先輩たちの話を参考に聞きたがっています。卒業するまでに、デロイト トーマツで何を得ておくべきか、どんなキャリアステップを踏むべきか、どう心構えを準備しておくべきなのか。外に出てみなければわからないデロイト トーマツの良さや、卒業後の苦労話・体験談をアルムナイの方々から直接聞くことで、今の自分や今後のキャリアを見直す貴重な機会となっているようですね。

アルムナイたちと二人三脚で、手探りでつくり上げていった活動内容

アルムナイたちと二人三脚で、手探りでつくり上げていった活動内容

立ち上がって2年という短期間にもかかわらず、『デロイト トーマツ アラムナイ』の活動はとても盛り上がっている印象を受けました。これほどの成果を挙げるには、一体どのくらいの準備が必要だったのかも気になります。活動を始められた背景も含めて教えてください。

浜田:2015年4月1日に私たちデロイト トーマツは大きなグループの再編を行っています。5年前ぐらいからでしょうか、社会・経済・産業のグローバル化やテクノロジーの発展によって、クライアントの経営課題も多様化・複雑化していくなか、デロイト トーマツも結束を強めて「総合力を高めていこう」「One firmになろう」という機運が生まれてきておりまして。先ほど私たちは「コラボレーション」に対する意識が高いとお話し致しましたが、それでも以前はグループの法人ごとに今よりも独立して動いているところがあり、近年では「One firm」の旗印のもと、グループ全体のガバナンス・経営執行を担う会社を設立したり、ロゴを刷新したり、東京・丸の内にグループの主要法人が入居する旗艦オフィスを開設したり、まったく新しい体制に生まれ変わろうとしているところなんですよね。

こうした潮流の中で、それまで法人ごとに個別に存在していたOG/OB会もひとつになろう、となったのは自然な流れだったように思います。そんな折、2年前に鎌田さんが「私がやります!」と手を挙げてくれて、各OG/OB会を統合することをきっかけに『デロイト トーマツ アラムナイ』のプロジェクトが正式スタートしました。

なるほど、OG/OB会を母体に始まったのですね。

鎌田:それぞれに長い歴史と伝統を持つOG/OB会をひとつにまとめていく…。正直、口で言うほど簡単ではありませんでした。最も苦労したのは、『会社側に強制力はない』ということです。当然のことながら、OG/OBの方々は、”赤の他人”とまではいかなくても、外部の人であって、社員ではありません。こちらの要求ばかり、会社の都合ばかり伝えても物事は進まない。時には「どうしてあなた方に指示されなければいけないんだ!」とお叱りを受けたこともありました。なかには70歳代・80歳代の大先輩の方もいて、役員でさえも対応に不手際があったら窘められます。そんな叱咤激励をいただきながらも、丁寧に対話を重ね、一つひとつにコンセンサスを取り、徐々にカタチにしていきました。そして昨年、遂にバラバラだったOG/OB会がひとつになったんです。
OG/OB会がひとつに

浜田:感慨深いのは、それまでOG/OB会は、OG/OBの方々だけのものでした。でも今は、OG/OBと会社、従業員…デロイト トーマツに関わる全員のものになったという事実ですね。

「会社の都合は後回し」が、アルムナイとの良好な関係性を育む

「会社の都合は後回し」が、アルムナイとの良好な関係性を育む

OG/OB会の統合も終わり、現在はアルムナイ活動として一定の成果もあがってきている。今後は、どのように発展させていきたいとお考えですか。

鎌田:非常に嬉しいことに、アルムナイの方々からは「あれもやって欲しい」「これもやって欲しい」といったリクエストを沢山いただいております。この活動の主役は、何と言ってもアルムナイの方々なので、出来る限り応えていくつもりです。特にネットワーキングに関する要望は多くて、今後はもっと業務につながるような仕掛けづくりに力を入れていけたらと考えています。例えば、現状ではリーチできていないビジネス領域への進出をお互いにサポートし合うとか、あるいは、近頃はM&A案件や事業承継のニーズが増えているので、アルムナイの方々にそちらを手伝っていただくとか。他には、クラウドソーシングのような関わり方はできないか、とか。やってみたいことは沢山あるので、アルムナイの方々と密に連携しながら、着実に進めていきたいと思っています。

浜田:私たちがアルムナイの方々との連携を深めたい背景には、「デロイト トーマツとして、社会への貢献度を高めたい」という想いもあるんですね。その目標実現に向け、既にグループ内に有する卓越した専門性・多様性・協調性をはじめとする『総合力』に加えて、グループ外のアルムナイの方々のチカラもお借りできれば、まさに鬼に金棒と言えるでしょう。これからは共に切磋琢磨できる存在として、アルムナイの方々との関係が築ければと願っています。

お話を伺って、貴社には伝統的なOG/OB会があり、アルムナイ活動を開始するにあたって、その存在は大きかったのではないかと感じました。ただ、歴史の浅い企業などではOG/OB会を持っていないケースも少なくありません。そのような企業の人事の方に対しても、何かアドバイスをお願いできませんでしょうか。

鎌田:たしかに既に組織化されているコミュニティを基盤にスタートできたのは恵まれていたかもしれません。ですが、アルムナイ活動は、コミュニティづくりでもありますので、遅かれ早かれ私たちが直面した壁と似たような状況が訪れる日が来ると思います。その時、私たちの経験が少しでもお役に立てば幸いです。

実際にやってみてわかったことは、「会社目線でやってもダメ」という一言に尽きます。最初はそれこそ、Give&Takeではなく、Give&Give&Give&…の精神で取り組まなければ上手くいかないでしょう。あくまで会社とアルムナイの方々との関係性は対等でなければいけません。利用してやろうとか、コントロールしようとか、企業側の思惑や下心はナンセンスこの上ない。まずは「そういうものだ」という目線に立つことが大切だと学びました。

もしこれからアルムナイの活動を始めようといった人事の方がいらっしゃるなら、そもそも「やってみたい」「トライしてみたい」と一念発起されたこと自体が素敵だと、私は思うんですよね。具体的に何をしていけばいいかは、やりながら考えれば大丈夫です。最初の第一歩は、とにかくアルムナイの方々と集まってみる。要望に耳を傾けてみる。もしくはブレストしてみる。そこから始められてはいかがでしょうか。何をやるにしても幹事役は必要ですので、それはやはり会社側から持ち掛けてあげると良いでしょう。アルムナイの方々も「待っていました!」と喜んでくれるかもしれません。
アルムナイとの対等な関係

【取材後記】

近年のアルムナイ活動の盛り上がりの背景には、「優秀な人材を採用したい」「採用コストを抑えたい」などといった企業側の思惑とニーズばかりが先行しがちです。しかし、デロイト トーマツ様の取材を通じて示唆されたのは、「企業の都合ばかりを優先してもアルムナイ活動は上手く機能しないのではないか」という問題提起です。アルムナイ活動の主役はアルムナイ。彼女/彼らたちの共感・協力・支持を得ることが何より大切。もし、この視点を見過ごしてしまったら、いつまで経ってもアルムナイ活動は立ち上がっていかない、なんてことにもなりかねません。また、アルムナイ活動をスタートした後もずっと、企業の運営側は忘れてはいけないポイントだと言えるでしょう。

(取材・文/菊地 瑞広、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)