調査と事例から見る、人材定着(リテンション)マネジメントとは【セミナーレポート】

青山学院大学 経営学部 兼 大学院経営学研究科

教授 | 博士(経営学)
山本 寛

プロフィール

「売り手市場」と言われて久しいですが、新卒や中途、パート・アルバイトに至るまで、「求人をかけても応募がこない」「人が採用できなくなった」という声は少なくありません。人手不足により事業や売上に大きく影響を及ぼすこともあるでしょう。こうした中、注目が高まっているのが定着=リテンションです。採用ができないのだから、今いる社員の定着を高めようとするのはある意味で当然の動きです。一方で、リテンションを正しく理解し、実践できている企業はまだ少ないのではないでしょうか。今回、『なぜ、御社は若手が辞めるのか』(日経プレミアシリーズ:新書)などの著書を持つ、青山学院大学の山本寛教授を招き、リテンション・マネジメントの考え方や具体的な実践方法をお話いただきました。

(本記事はdodaが主催したセミナーの内容を要約した上で構成しています)

全国的な人手不足。正規・非正規社員ともに採用難に

全国的な人手不足。正規・非正規社員ともに採用難に
現在、「人手不足ではない」と回答される企業はほとんどいないのではないでしょうか。実際、帝国データバンク社が発表した2018年4月のデータを見ると、『正社員が不足している企業』は全体の49.2%でした。また、『具体的にどのくらいとは言えないが「人手不足感」がある』と答えた企業は71.0%と、いずれも過去最高の数値を記録しています。そして、『正規・非正規、両方で人手不足だ』という割合が41.9%と約半数近い数字になっており、多くの企業が何かしら「人手不足」を課題に感じているとわかります。

では、なぜ人手不足が起こるのか。その要因は大きく3点あると考えられます。

①採用が進まない(採用難・うまくいかない) ②事業拡大 ③退職者増加

-の3つです。このうち、注目すべき“採用”について見ていきましょう。2018年10月の有効求人倍率(季節調整値)は1.62倍、正社員に限ると1.13倍と史上最高レベルです。求人倍率は全国的に1倍を超えており、大都市圏においては正規だけではなく非正規の採用も困難になるという実態となっています。

入社してくれる人がなかなかいない、ならば、今いる人に長く在籍してもらおう、という考えが重要視されるようになるのは至極当然なこと。これが、定着、リテンションです。

今、注目されている「リテンション・マネジメント」とは

今、注目されている「リテンション・マネジメント」とは

リテンション・マネジメントの変化

リテンションとは、一般的な意味では、「保持・保留・継続・引き留め」という意味ですが、経営学の観点から言うと「従業員を組織内に確保」することを意味します。ドラッカーが

組織は、人々を惹きつけ引き留める。さらに人々を認め、報い、動機づける。そして、彼らに仕え、満足させる(1993)

と残していますが、つまり、勤続期間を長期化させること――。働き方改革の重要なKPIとして位置づけるケースも多いですね。

かつてリテンションは、高業績人材、いわゆるエース人材を主な対象としていました。高業績人材が組織から抜けると、業績低下を招くのはもちろんですが、その人材だけが持つノウハウや知識、人脈の喪失、残されたスタッフのモチベーションの低下などが起こってしまうからです。当然、企業としてはそんな社員を逃したくはありませんから、レーザービームのようにピンポイントに対処していました。しかし採用難の現在、リテンションの対象は広がっており、高業績社員に限らず、できる限り多くの社員に定着してほしいと考えるようになりました。シャンパンタワーのように施策が行き渡る姿を思い浮かべるといいでしょう。

シャンパンタワーとレーザービーム

(山本氏の登壇資料を、編集部が補足して掲載)

従来、リテンションを直接の目的とした施策はみられませんでした。「福利厚生」を充実させれば、もしくは、従業員の「能力開発」を行えば、自然にリテンションが高まる…という間接的な効果を期待されていたわけですね。しかし最近では、リテンションのための施策を実施する企業が増加しています。短時間勤務やメンター制度など、定着につながる直接的な施策が重要視されており、同時に “働き方改革”もリテンションと密接な関係があると考えられています。

リテンションは人事の重要な課題の一つに

次に、人事はリテンションのことをどのように考えているのか。人事課題におけるリテンションの位置づけを見てみましょう。日本生産性本部の2012年のアンケート調査によれば、第2位が「優秀な人材の確保・定着」となっています。1位は「次世代幹部候補の育成」ですが、これも自社の社員から次世代リーダーを育成するのであれば、リテンションとは切っても切り離せません。ここからもリテンションが高く位置づけされていることがうかがい知れます。

人事課題におけるリテンションの位置づけ

(山本氏提供資料)

また、若年者(30歳未満)に対するリテンション・マネジメントに関しては、何かしらの対策を行っている企業は71.4%に上ります。これは正社員に対する数値ですが、非正規に対しても54.7%と高い数値を示しています。具体的な対策としては、職場での意思疎通(コミュニケーションの強化)、本人の能力・適性に合った配置、採用前の詳細な説明・情報共有などが、主要なものとなっているようです。

若年者(30歳未満)に対するリテンション・マネジメント

(山本氏提供資料)

効果の高いリテンション施策、従業員と会社とでは大きなギャップが

効果の高いリテンション施策、従業員と会社とでは大きなギャップが
ここで面白いデータをご紹介しましょう。実は、従業員が望んでいる施策と、企業が効果的だと考えているリテンション・マネジメントに、大きなギャップがあることがわかりました。具体的には、従業員は、賃金の引き上げ、休日の取得、希望を活かした配置、仕事と家庭の両立を挙げています。これらは、転職理由の上位を占めている項目でもありますね。一方、企業側は、企業内訓練(研修)、希望を活かした配置、若者が話しやすい雰囲気、若年者に対する目標管理、自己啓発の支援となっているのです。

リテンション・マネジメントのギャップ

(労働政策研究・研修機構(2007)『若年者の離職理由と職場定着に関する調査』 ※山本氏提供資料をもとに、編集部により作成)

両者で一致しているのは、「本人の希望を考慮した適切な配置」だけ。ここに企業のリテンション・マネジメントがうまくいっていない原因があるのではないでしょうか。もちろん、研修は充実していることに越したことはありません。しかし、それが会社に定着する理由になるか…と言われるとそうではない。辞めるか、辞めないかの判断軸に関係がないということなのです。

では、どのような施策を行えばいいのか。先ほどリテンション・マネジメントは働き方改革に関連しているとお話ししましたが、リテンション・マネジメントは「従業員が望む働き方は何か?」を考えることが重要だと言えます。ただし、一般的に賃金をすぐに上げることはそう簡単にできないことです。リテンション・マネジメントを考える場合、施策だけで一定の効果を得ようとしても限界が出てきますし、意味がありません。組織文化・風土、上司のリーダーシップなど、複合してはじめて効果があらわれます。

ここでリテンションとの関係を実証分析した調査を紹介いたします。
リテンションとの関係

(山本氏の講演資料をもとに、編集部により作成)

注目していただきたいポイントが、①非正規社員の重視 ②ワークライフバランスの重視 ③きめ細やかな退職管理・退職制度です。非正規社員を重視するということは何か。企業は、最初に正社員のことを第一に考えがちです。しかし、これだけ多様性に富んだ働き方が推奨されている中で、正規・非正規に関係なく、働く人誰しもが満足する働き方(ワーク・ライフ・バランス)を企業自らが推進していくことが大事になります。また、退職理由を収集するものの、その傾向を分析することを疎かにしてしまいがちですが、「その企業にとって問題点は何か」を考える重要な要素がつまっています。目の前の退職率の改善だけに考えがおよびがちですが、会社運営の先を見据えた、将来のリテンション・マネジメントを考えることも求められるでしょう。

リテンション・マネジメントの事例紹介

当たり前ではありますが、リテンションに関する企業の課題はそれぞれ異なります。問題点をあぶり出し、適切な施策を実施する必要があります。ここで他社事例をご紹介します。

■給食センター運営会社V社:「新入社員の早期離職」

新入社員は各地のセンターに配属になり、その後集まる機会もない状態でした。そこで同社が実施したのが「新入社員向けの定期的な集合研修」の実施です。先ほど私は、研修は効果が薄いとお伝えしましたが、真の目的は「新入社員同士の横のつながり」を作ることです。ネットワークが構築されると同時に、互いの情報共有によって、各センターバラバラだった質も確保されるようになった。結果、直近3年で入社1年以内の離職が1人まで下がったとのことです。

■菓子製造小売W社:「不規則な労働時間」

問題は30代の中堅社員の離職でした。店舗ごとにシフトが管理されていたのですが、非正規社員の急なシフト変更依頼や中途半端な空き時間を埋めるために、正社員が残業をすることになり長時間労働が問題視されていたのです。そこで施策として、あえて「シフトの固定(固定化により、不測の事態の回避)」を行いました。現場からは「責任者もある程度休めるようになってきた」との声が上がっているようです。

■人材サービスY社:「入社後のミスマッチ」

問題はエンジニア社員の離職でした。選考時に正しい情報が伝えられておらず、「こんなはずじゃなかった」というミスマッチが発生していた。そこで行ったのが、①現場社員による詳細な説明、情報提供(RJP)②体験入社。その上で、現場・転職者双方同意の上で入社するという制度を確立しました。マイナスとなり得る点まで意識的に伝え、さらに体験入社を徹底することで、ミスマッチが減少しました。

■小売A社:「なぜ離職が発生するのか不明」

問題は結婚・妊活・出産、家庭との両立などで女性の離職、介護理由で男女の離職が多いことにありました。経営陣も問題意識が高かったものの、それがなぜなのか分からなかった。そこで、経営陣に本気になって課題解決に向け動いてもらいました。具体的には、離職を集計・分析する部署の新設。原因を可視化することにより、経営陣の理解が進み意識の変化を期待しました。結果、経営陣の一声で新制度の導入も活発に行われるようになりました。

■飲食C社:「現場の声が伝わらない」

早期退職の原因が従業員の長時間労働だったC社。業務効率化を目的にした制度を作っても浸透しない。そこで行ったのが、「課題に対する調整役」の設置です。つまり、制度がうまく回らない本当の理由は何か、現場目線で理解する取り組みを始めたのです。調整役が現場を見て回り、残業が増えていたら改善を促すなど徹底したとのこと。数値だけの管理では限界がありますので、現場を知ると同時に、時には人の目を光らせることも必要になります。

事例紹介

これらは一例であり、企業ごとに必ず全部当てはまるというわけではありません。他業界の成功例も参照しつつ、自社にとって「なぜ離職が増えているのか」をまず見極めることが重要ではないでしょうか。それはすなわち働き方改革の施策と連動してきます。

リテンション・マネジメントはすぐに効果が出るとは言えません。少なくとも1年目は実施期間。2年目以降の変化を見ていくことが重要になります。ときには失敗することもあるでしょう。しかし、統計データでは効果が見られなかった施策でも、対象を絞って再度実施すれば見えてくることもありますし、数値だけではなく「現場で何が起こっているのか」を人事・経営者自らが体感することが大切だと思います。

【まとめ】

多くの業界で採用難となっており、今後もこの傾向が続くと予想されます。こうした中、リテンションの重要性は高まる一方となっています。リテンションについて注目すべき点として、働き方改革と密接な関係があることが挙げられるでしょう。リテンション・マネジメントと働き方改革を連動させて進めるのは、非常に有効だと考えられます。他社のリテンション・マネジメント成功事例も参考にしながら、御社でも取り組んでみてはいかがでしょうか。

(文/中谷 藤士、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)