50年変わっていない面接をアップデート。候補者を“口説く”サービスに込めた思想
昨今では多くの企業がHR Tech(HRテック)の導入に積極的です。とくに採用管理システム(ATS)やタレントマネジメントシステムなど、採用や配置・評価を効率化する領域では多様なサービスが登場し、現場への導入も進んでいるようです。しかし「目の前の応募者を口説く」という、採用業務の核心部分については、依然として各面接官やリクルーターの個人能力に頼らざるを得ないというのが現状ではないでしょうか。
そんな多くの企業が抱えている課題を解決すべく登場したのが、応募者を“口説く”ことを目的とした新機軸のサービス『HRアナリスト』です。今回は『HRアナリスト』を企画・開発したシングラー株式会社の熊谷代表をお迎えし、ベンチャー企業の人事・採用担当や採用コンサルタントとして活躍されてきたキャリアを振り返っていただきながら、面接で“口説ける”サービスを着想するに至った経緯、導入によって得られる効果やメリット、『HRアナリスト』で実現したい面接や採用の未来などについて詳しくお聞きしました。
候補者の「満足度」を考えて採用面接をしている企業はほとんどなかった
熊谷氏:大学在学中からベンチャーのモバイル広告会社で働いていました。当時は営業を志望していたのですが、とにかく人がいなかったので、入社早々から採用業務を任されたことが人事キャリアのスタート。結局、その会社には5年ほど籍を置いていたのですが、少々営業を兼任することがあった程度で、採用業務から離れることはありませんでした。入社当初は会社説明会に学生が一人しか来ないということもあったのですが、私が辞めるころには年間4万人ものエントリーを集める会社にまでに成長して。私自身、この5年間で採用に関する豊富なノウハウを得ることができたと感じていました。そこで、自分が持っている採用ノウハウをより多くの企業に提供したいと考えるようになり、2011年にHRdirectionという会社を立ち上げたのです。
熊谷氏:私が入社した当初は社員数20名程度の会社、かつ、人事・採用業務の経験がある先輩もいなかったので、基本は独学でした。ただ、周囲にいた優秀なビジネスパーソンの話を聞いて、それらを採用に活かすことを心がけていたんです。優秀なマーケッターからマーケティングの話を聞き、優秀な営業から営業の話を聞き、それらのノウハウを採用に転換していったというイメージですね。同時に、社内のエンジニアに協力してもらいながら、自社でオリジナルの採用管理システムを開発して使っていました。採用管理システム自体が珍しい時代でしたが、システムの設計について学ぶことができましたし、適性検査のシステムなども自分たちで作っていました。
熊谷氏:『HRアナリスト』の開発背景に直結する話にもなりますが、企業から相談をいただく際、多くの経営者や人事・採用担当者に必ずと言っていいほど聞かれたのが、「採用できる会社と採用できない会社の違いはどこにあるのか」ということです。その問いに答えること自体がコンサルティングの答えになっていたのですが。
熊谷氏:私の仮説ですが、採用が強い会社の条件は2つあると思っています。一つは採用の勘所がわかっていること。簡単に言うと「どんな話をすると候補者のモチベーションが上がるのか」ということを知っている会社です。もう一つはインファイト(近距離戦・接近戦)ができること。目の前の人をゴリっと口説けるかどうかですね。その2つの条件を満たした上でマーケティングをしたり、オウンドメディアを運営したりというプラスアルファが重なっていくことで採用力が跳ねるのです。当時の採用コンサルティングでは、企業にこの2つの力をつけてもらうところから始めていました。
熊谷氏:最初に手を付けたところは面接です。人事や現場の人たちの面接に同席させてもらい、どんな面接をしているのかを確認しました。私が面接官の隣に座り、2人でノートPCを開きながら「こんな風に聞いてください」「こんな風に答えてください」という指示をチャットで出し、面接が終わった後に振り返りを行うということを繰り返していましたね。
熊谷氏:定型の質問シートを見ながら上から順番に質問していくという面接をしていました。「志望動機は?」「前職での経験は?」という紋切り型の質問が続き、最後に「何か質問はありますか?」と聞いて終了…という典型的な企業面接ですね。当時、業界や企業規模に関係なく、どこの会社も同じような面接をしていた。大企業であれば面接官の態度が大きくなったり、中小企業であれば面接のやり方自体を知らないのでさらに機械的になったりすることがあるぐらいで、ほとんど変わりませんでした。昔ながらの「会社は上、候補者は下」という関係性で納得できる人はいいのですが、多くの候補者にとっては少しも気持ちの良いものではありませんよね。
熊谷氏:UX(ユーザーエクスペリエンス、user experience/顧客体験)ではないですけど、まずは「面接で候補者の満足度をいかにして上げるか」という意識を持ってもらった上でテクニカルな部分をアドバイスしていくというコンサルティングをしていました。
熊谷氏:たとえば、面接ではなく面談・商談をしてくださいという話はよくしていました。面談であれば相手を質問責めにして終わることはないし、商談であれば相手のニーズをしっかり聞くことから始まって「ウチはこんなことができますよ」という提案もしなければいけないはずです。また、違和感を大事にしてくださいという話もしていました。もっとも違和感そのものを大事にするというより「相手の話の違和感に気づけるくらい候補者に興味・関心を持ってください」というメッセージでもあったのですが。相手に興味・関心を持っていなければ違和感ある話でもスルーしてしまうし、自分の中のシャッターを閉じてしまうんです。候補者の意思決定プロセスの中にある違和感に気づき、そこを面接の中で探っていくことが大切ですし、違和感をスルーしないためにも候補者に興味・関心を持ってもらうことが重要だと考えていました。
『HRアナリスト』に込められた、既存の採用管理システムとは大きく異なる思想
熊谷氏:先ほど企業の採用面接の話をしましたが、私は採用活動の成否、決定率を上げる要因のほとんどすべては面接にあると考えています。だからこそ採用コンサルティングを行う際も面接の改善からスタートし、その後に採用戦略を立てるという流れを大切にしていました。ただ、さまざまな企業の面接に同席し、チャットで指示を出すということを繰り返す中、面接の状況や候補者のタイプ、受け答えに関する指示の内容に一定のパターンや相関性があることがわかってきました。パターンを解析し、システムやツールに落とし込むことができれば、「わざわざ自分が面接に同席しなくてもいいのではないか」と考えるようになったことが『HRアナリスト』を構想するきっかけです。
熊谷氏:多くのHR Tech関連のサービスは人事や採用担当者の業務を効率化するために作られています。もちろん『HRアナリスト』も面接における候補者の動機付けやクロージングに寄与するという意味では人事系のシステムと言えますが、業務効率を上げるためのものではありません。また、どちらかといえば人事というよりも、現場で働いている採用面接官のために作っているという側面もあるので、既存の採用管理システムの思想とは大きく異なると思っています。
熊谷氏:とくに大手企業の選考フローではそうした方々が面接官となる機会が増えるのですが、彼らは普段から採用の仕事をしているわけではありません。人事から声がかかったから「とりあえず面接に顔を出す」というスタンスなんです。直属の部下の採用でもない限りはモチベーションも低いですし、人事からの研修もほとんど行われないという状況ですからね。そのような現場の方々であっても『HRアナリスト』が導き出す分析結果や面接における適切なアクションを参照することで、面接に臨む姿勢や候補者に対する態度が変わりますし、候補者の方々が受ける印象も大きく変わると思います。
熊谷氏:「人と人とのコミュニケーションをより良いものにする」という思想をシステムに落とし込むことに苦労しました。見抜き、足切りなどセレクション的な要素をシステム化するのであれば、既存のサービスを参考にすることもできましたが、候補者の動機付けやクロージングといったアトラクトに特化したサービスは前例がなかったのです。そのため、私が約10年かけて蓄積してきた「採用における口説き方」を元にしながら、「どのように表現すれば“口説く”ことが理解いただけるか?」「足切りではないコミュニケーションツールとして活用してもらうために、どういう情報を出せばいいのか」など、単に分析ツールではなくサポートツールとして徹底的にこだわり、作成していきましたね。
「誰も幸せにならない採用面接」を変えていきたい
熊谷氏:『HRアナリスト』は採用候補者・応募者や面接官(社内スタッフ、社員)へのアンケートを元にした採用指示書をアウトプットします。この採用指示書には当該候補者・応募者の志望度を高めるトーク例や面接で押さえるべきポイントが記載されているのですが、履歴書と職務経歴書に『HRアナリスト』の採用指示書をセットにして渡すだけで、面接官に行動変容が起こるようです。具体的には面接官の面接における時間の使い方が大きく変わったという声をいただいています。用意された質問を順番に聞くだけでなく、面接官が候補者に興味・関心を持ち、自然な会話ができるようになったという話は、業界や企業規模に関係なく、導入したあらゆる企業の方々から言われていますね。
熊谷氏:『HRアナリスト』では「この候補者は一緒に働く人の魅力を大事にしています。面接では自社の魅力ある人たちについて紹介してください」といったアウトプットは出せますが、自社の魅力的な人物が「誰なのか」というところまでは指示できません。同様に「会社の理念やビジョンに共感しやすい方のようです」というアウトプットは出せますが、その会社の理念やビジョンそのものを一言一句指示することはできません。企業ごとにカスタマイズした際のアウトプットについては私たちの今後の課題でもあるのですが、現状では利用いただく方に自社の魅力や強みについて詳しく知っておいていただく必要はあると思います。
熊谷氏:それができる会社・組織は本当に採用に強くなると思います。実は『HRアナリスト』自体は人事のノウハウ以上に営業のノウハウをベースに作っている部分が多い。事前に顧客のニーズや好み、意思決定のプロセスなどをヒアリングしてから営業すれば成約角度が高くなるのと同じように、採用も候補者を分析した上で会社や職場の魅力を提案すれば、決定率や内定承諾率は確実に上がると思っています。そして、候補者へのヒアリングや分析、提案をサポートできるのが『HRアナリスト』です。意思決定を代替するものではなく、あくまでも意思決定をサポートするシステムでなければならないと思っていますし、その部分についてはかなり気を使って開発しています。
熊谷氏:企業と個人のコミュニケーション、人と人とのコミュニケーションがもっと気持ちよく、素晴らしいものになればいいと考えています。候補者の価値観も多様化していますし、今までのような採用面接のやり方では誰も幸せにならないと感じています。さらには少子化による人材不足もあり、昔のように「会社が上で候補者が下」という考え方も通用しなくなっています。私は今の会社を作ったときに、採用や面接をアップデートするようなサービスを作りたいと考えていました。ITやWeb、AIといったテクノロジーが登場することで、採用管理については大きく進化したと感じていますが、面接自体は50年近くアップデートされていません。私たちは『HRアナリスト』で面接や対面コミュニケーションをアップデートしたいという想いを持っています。また、現在の『HRアナリスト』は採用面接に特化したサービスですが、今後は1on1など上司と部下の関係構築、企業における組織・チームの最適化支援にも応用できると考えています。
熊谷氏:ネット広告の世界ではマーケティング重視から顧客体験・顧客満足度重視へとトレンドが移り変わっていますが、私は採用の世界でも同じようなことが起こると思っています。多くの母集団を集め、その中から優秀な候補者だけを選抜するという時代が終わり、一人ひとりの候補者との接触点の中で「どれだけ候補者の満足度を上げられるか」という考え方を重視しなければ採用ができないという時代が到来してるのではないでしょうか。企業経営者や人事採用担当の方々は、今のうちからそうした未来を見据えて自社の採用力を上げておくべきだと思いますし、『HRアナリスト』はそうした考えに基づいて採用を行う人たちのサポートができるサービスでなければならないと考えています。
【取材後記】
熊谷さんから『HRアナリスト』を開発するに至った経緯、サービス・システムに込めた理念や思想などをお聞きしたことで、改めて企業と人(候補者)の関係性が変わり始めていることを実感させられました。少子高齢化に伴う労働人口の減少、働き方改革の進展などによって、「企業が上、候補者が下」という従来の関係性は完全に過去のものとなりつつあります。
熊谷さんも仰っていたように企業と候補者が完全に対等になっていく未来の採用活動においては、企業や人事採用担当者はこれまで以上に一人ひとりの候補者を知る必要があり、それぞれの候補者に響く自社の魅力を正確に伝えていく必要があるでしょう。『HRアナリスト』は採用決定率や内定承諾率といった喫緊の採用課題を改善したい方々はもちろん、候補者を知り、社員を知り、会社を知ることによって自社の採用力そのものを向上させたいと考えている企業や人事採用担当者の皆さんにとっても、導入を検討する価値のあるサービスであると言えそうです。
(取材・文/佐藤 直己、撮影/西村 法正、編集/齋藤 裕美子)