楠木建教授が語る”戦略人事”。「人材探しを怠るのは、二流経営者である証明」

一橋ビジネススクール

国際企業戦略専攻 教授 楠木 建

専攻分野は競争戦略論とイノベーション。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992年)。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、同大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。『すべては「好き嫌い」から始まる 仕事を自由にする思考法』(文藝春秋社、2019年)、『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社、2010年)など著作、翻訳多数。

人材探しを怠っているとしたら、それは二流経営者である証明
「センスの判断」を人事担当者に丸投げしていないか
気持ちよくてやめられないから「手段が目的化」する

働き方の常識が塗り替わりつつある現在、「人」や「人事」が最大の経営課題となっている企業は少なくないでしょう。そんな中で注目されているのが、「戦略人事」という言葉。従来型の管理的な体制ではなく、経営戦略に深くコミットした人事体制を指す言葉です。

競争戦略の専門家として知られ、『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)山口 周氏との共著である最新刊『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社)をはじめとする数々の名著を送り出してきた楠木建教授は、「本来なら経営人材の獲得は経営者がやるべきこと。それを人事担当者に丸投げしていないか」と指摘します。

今回は楠木教授に、他社との差別化によって採用競争を勝ち抜くためのヒントを伺いました。お話の中で見えてきたのは、組織が陥りがちな「矛盾」です。

人材探しを怠っているとしたら、それは二流経営者である証明

楠木教授はご著書の中で「戦略とは、一言で言えば、競合他社との違いをつくるということ」(『すべては「好き嫌い」から始まる 仕事を自由にする思考法』P.6より)と書かれています。戦略人事を考えるときに、どのような観点で他社との違いをつくっていくべきなのか、今日はそのヒントをいただければと考えています。

人材探しを怠っているとしたら、それは二流経営者である証明

楠木氏:まずは「戦略人事」という言葉について考えてみましょうか。

最近は確かにいろいろな場面でこの言葉を耳にしますよね。でも、そもそも戦略的ではない人事って何なのでしょう?なんとなく「戦略」と付ければ高級感が漂うから、そう言っているだけのような気もします。

とは言え、それぞれの会社に「これがうちの戦略人事だ」という考え方があるでしょう。僕自身の考えをあえて戦略人事という言葉に当てはめるなら、「商売を回せる力を持つ人」をどれだけ抱えられるか、育てられるかということだと思っています。

商売を回せる力を持つ人とは、つまり経営者です。僕は前々から「経営者は担当者ではない」ということをさまざまな場面で申し上げてきました。人事にしても財務にしても、担当者は会社がやるべきことを分業した後の各機能を担っています。経営者とは、そうした機能を丸ごと見て、どうやって稼ぐのかを考えられる人、商売全体を動かせる人を指します。そんな人が戦略のストーリーをつくり、他社との違いを明確化させていくんです。

経営人材となり得る人を見つけて、その力を伸ばすことが人事担当者に求められているということでしょうか。

企業の人事部に集まりがちなのは、担当者としての機能を突き詰めて、とにかくスキルを追求してきた人

楠木氏:そう言い切れるとシンプルですが、これは簡単ではありません。なぜなら労働市場を動かしている基本文法は、「担当者としての機能」で構成されているからです。人事を何年やってきたか、どんな領域の採用業務に知見を持っているか、労務管理にはどの程度の経験があるのか…。そうした個人が持つスキルを明示して、会社が求めるスキルと合致させていかないと、今の労働市場は成立しませんよね。その中で「商売全体を回せる力を持つ」人を見つけるのは極めて難しい。そこで求められるのはセンスです。

これはちょっと角が立つ言い方になってしまいますが、僕の印象では、企業の人事部に集まりがちなのは、担当者としての機能を突き詰めて、とにかくスキルを追求してきた人。そういう人は、ここで言うセンスを持っていない可能性が高い。これでは「ファッションセンスのない人」が「ファッションセンスのある人を見つけて評価する」ような話になってしまい、かなり無理があると思うんです。センスのある経営者がセンスのある人を見つけにいかなければ、商売全体を回せる力を持つ人を採用するのは難しいでしょうね。

「忙しくてそんなことまでやっていられないよ」と言う人がいたら、それは二流経営者であることを証明しているようなものです。夜の会食に行くくらいなら、その会社や経営者が求めるセンスに基づく人材を探したり、見極めたりすることを優先した方がいい。

「センスの判断」を人事担当者に丸投げしていないか

楠木氏:スキルは教科書を参考にして訓練できるもの。たとえば「TOEICで900点を取るぞ」といった目標とプランを立てて、実際に努力していくことが大切です。

それに対して、センスというものは千差万別で、捉え方は人それぞれです。音楽にたとえればクラシックとロックが違うように、企業によってもセンスの好き嫌いがあるはず。「このセンスを身に付けるために、こんなことに取り組もう」と目標を立てることは難しく、かえってトンチンカンなことになってしまう場合もあります。「ファッションセンスを身に付けるために、週に10件はショップを回ろう」とかね。それは本当に意味があるの?という目標が出てきてしまう。

「センスの判断」を人事担当者に丸投げしていないか

スキルは人に示せるし、判断基準もある。デモンストレーションもしやすいので、個人としては給料が上がる可能性も高まって報われやすいでしょう。しかし、センスは磨かれるまでに時間がかかるので、磨くプロセスそのものを楽しめることが大事になってきます。言わば、「好きこそものの上手なれ」の世界。好きなことであれば、自分がなかなか報われないとき、認められないときでも続けられるはずです。

スキルは人に見せやすいけれど、センスは見せにくい。裏を返せば、これは人材を評価したり選択したりする際の難しさでもありますね。

楠木氏:そうですね。スキルだけで判断するなら、TOEIC799点の人より800点の人を選べばいいんです。その1点の差の意味は別として、選ぶ基準にはなる。それに対して、センスになると基準が好き嫌い、合う合わないになってしまうので、判断するのが非常に難しい。たとえば僕は「AC/DC」というロックバンドが大好きなんですが、モーツァルトとどちらが優れているかなんて語れません。

スキルは人に見せやすいけれど、センスは見せにくい

スキルには、会社や業種を超えて汎用的に通ずるというわかりやすさもあります。TOEIC800点の人が、「自分はこの会社では英語が話せない」となってしまうことはほぼないでしょう。財務分析をできる人が「自分はこの会社では分析できない」となってしまうこともないはずです。

でも、そのようなスキルを有している人が必ずしも仕事ができるかというと、別問題だと思いませんか?経営者が求める力、つまり「商売全体を回せる力」を持つ人がなかなか見つからないなら、それは経営者が人事担当者に丸投げしているからかもしれません。経営者が自分のセンスで、スキルでは測れない「本当に仕事ができる人」を見つけなければいけないんです。経営者が心の中に「戦略人事部」を持つべきであって、これは人事の仕事ではありません。

気持ちよくてやめられないから「手段が目的化」する

しかし実際には、多くの企業で人事担当者が経営人材の獲得や育成を担い、その難しさに直面しています。

楠木氏:僕はそうした状態を「プロキシー」と表現しています。プロキシー(proxy)とは代理という意味を持つ言葉ですが、会社組織の中では往々にして手段が目的化してしまい、プロキシーによる矛盾が発生しています。

気持ちよくてやめられないから「手段が目的化」する

経営人材の獲得について言うなら、本来はセンスが合致する人を見極めなければならないのに、できないことを丸投げされた人事は部署の仕事として対応するために、センスを無理やりスキルに置き換えようとしてしまう。本当は商売を回せる人が欲しいのに、それが難しいから手段を目的化させて、代わりのスキル指標を置いてしまう。ここから組織はおかしくなっていくんです。

人事でいうと、社内全体からサーベイを回収してとりあえず満足してしまうとか。最近では、AIを活用して人の適性を把握しようとする動きもありますね。こうしたものも、場合によってはプロキシーになってしまうと思います。

プロキシーによる矛盾はなぜ発生するのでしょうか?

楠木氏:その状態が気持ちいいから、でしょう。気持ちいいからやめられない。そんなことが人間にはたくさんあります。

採用にしても、経営人材のセンスを求める曖昧模糊とした打ち出しをするよりは、スキル指標を明確化した方がエントリー件数は増えるかもしれません。エントリー件数が増えれば、人事担当者は気持ちいいかもしれない。でも、そこで「気持ちよくなっていてどうするんだ」と指摘するのが経営者です。「エントリー件数が増えたことで儲かるのか?」と指摘することが大事なんです。

とは言え、これは本当に難しい。「アイスクリームがおいしい」とうれしそうに食べている人に向かって、「そんなものを食べてどうするんだ」と言うのに等しい。

人事だけではありませんよ。たとえば企業の経営企画部に、朝から晩までSWOT分析やセグメント分析を繰り返している人がいます。「分析ばかりやっていても戦略なんてできませんよ」と言うと、みんな頭の良い人たちだからハッと気付くのですが、それでも気持ちよくて続けてしまうんです。分析すればパワーポイント資料が出来上がるし、それらしいアウトプットもできる。頭ではわかっていても、担当者としてのスキルにはまり込んでいる状態が気持ちよくて続けちゃうんですね。「スキルは気持ちいい」んです。

言われてみれば当たり前なんだけど、言われるまでわからない。そうやって手段が目的化し、本来の目的を見失ってしまいがちなのが組織だということです。

経営者が自社の中に生まれてしまっているプロキシーを見つけるには、何が必要でしょうか?

経営者が自社の中に生まれてしまっているプロキシーを見つけるために

楠木氏:「終わりから考える」ことが必要だと思います。経営とは常に終わりから考えるべきものです。

経営が最終的に目指しているのは、会社の業績を上げて儲けることでしょう。儲けられるからこそ、雇用を維持して多くの人たちの人生を豊かにできるし、儲けられるからこそ事業を拡大して社会に貢献できる。だから経営が目指すべきいったんのゴール地点は、業績を上げて儲けることでいいと思います。

儲けるという観点では、やるべきことは「売上を上げるか費用を下げるか」しかありません。経営者は、社内の状態がそこへつながっているかどうかを見ていくだけです。電話やメールのやりとりといった細かいことも含めて、社内で起きていることのすべてが、売上アップもしくは費用削減につながっているか-?

その視点で見れば、きっとプロキシーがあると思いますよ。気持ちよくてやめられなくなっている何かが。

きっとプロキシーがある

【取材後記】

センスは「好きこそものの上手なれ」の世界。“センスを磨くプロセスそのものを楽しめることが大事”と指摘した楠木教授。取材の中では「『優れた人材を探す』という楽しいプロセスを人事担当者に渡してしまうのは、経営者にとってもったいないこと」という言葉も聞かれました。名経営者も、あるいは歴史に名を残した戦国武将も、多くの先人に共通するのは人材発掘のプロセスを楽しみながらセンスを発揮してきたことではないでしょうか。

もし社内に「プロキシー」がはびこっていると感じるなら、それは経営者として楽しむべきプロセスを誰かに譲り渡してしまっている結果なのかもしれません。

(取材・文/多田 慎介、撮影/黒羽 政士、編集/斎藤 充博(プレスラボ)、齋藤 裕美子)