「飲食店」を言い訳にしない。スープストックトーキョーが考える、人が集まる会社創り

株式会社スープストックトーキョー

取締役副社長 兼 店舗営業部部長
江澤 身和

プロフィール

社員一人ひとりが、会社の理念を理解し、ブランドの体現者として働く――。言葉にすると簡単ですが、実行するのは難しいもの。
Soup Stock Tokyo」を展開する、株式会社スープストックトーキョー。2016年2月に株式会社スマイルズから分社した同社は、「世の中の体温をあげる」を理念に掲げています。そして、一人ひとりがその理念を体現できるよう、人事制度や採用手法など抜本的な改革に取り組んできました。その取り組みを牽引してきたのが、取締役副社長 兼 店舗営業部部長の江澤 身和さんです。

アルバイトスタッフからスタートし、店長、エリアマネージャーと現場のキャリアを築いた江澤さんは、分社のタイミングで人材開発部部長に就任。店舗で働いている時から抱いていた危機感から、さまざまな取り組みを進めています。店舗と本社という物理的に距離が離れている中で、どのように制度の改革を進め、ブランドを体現する人を採用・育成してきたのか、具体的な施策のみならず、根底に流れる想いもお伺いしました。

社員が「人の魅力」を誇れない。そんな危機感から、すべては始まった

社員が「人の魅力」を誇れない。そんな危機感から、すべては始まった

2016年、スープストックトーキョー(以下SST)の分社に伴い、江澤さんは人材開発部長として抜本的な制度改革に取かかったと伺っています。そこには、どのような背景があったのでしょうか。

江澤氏:SSTで働いている人に「うちの会社の魅力はどこ?」と聞くと、ほぼ100%「働いている人、仲間」という答えが返ってきます。私もその一人で、店舗時代からずっと“一緒に働く人たちの妥協なく仕事に取り組む姿勢”や“多様な個性がありながらも同じ価値観を持って働くこと”に大きな魅力を感じていました。しかしその一方で、「社員たちが仕事や会社を、胸を張って誇れていないのではないか」という疑問があったんですね。

それはどういうことでしょう。

江澤氏:ある時、研修で「自分の友人にSSTをお勧めしてみてください」というワークを行ったところ、「スープが美味しい」「駅から近く、居心地の良い空間がある」など、多くの社員が「商品」「立地」「店舗空間」を一番の魅力として挙げたのです。社内では誰しもがSSTの魅力は「人」だと言っているのに、対外的には「人」以外の要素をお勧めしてしまう。「働いている人たちがこんなに素敵だから、一度お店に食べに来てよ」と言いづらい状態というか。社歴が長く愛社精神が強い社員でさえ、そう答えていたことにショックを受け、このままではいけないと思いました。

なぜ、外に向けて「人」が魅力だと言いきることができなかったのでしょうか。

江澤氏:自分たちの接客や行動に、自信を持ちきれていなかったからです。具体的に言うと、「社外の人に誇れるほどの接客ができているのか不安。これぐらいできて当然ではないか」「自分がいるお店に来てもらえればいい接客ができる自信があるけど、他店舗の接客はどうかわからない」などと心の奥底では感じてしまっていた。他の人たちから見て、自分たちの接客がどれぐらいのレベルなのかわからなかったんですね。

その背景には、2つの理由がありました。1つ目は、「自分たちの価値に気付いていない」こと。SSTには、いい仕事をする人を賞賛したり、仲間を大事にしたりする文化があります。しかし、それは自分たちにとっては当たり前すぎて、外から見てどれだけ価値あることなのか、認識できていなかったのです。2つ目は、「ブランドの体現に、バラつきがあったこと」。当社は「世の中の体温をあげる」を理念としていますが、それを一人ひとりがどのように体現するのかは、店舗任せになっている面がありました。「世の中の体温をあげる」という理念を提示された時に、自分たちで解釈して自走できる店舗もあれば、自由であるが故、「どういうことだろう?」と立ち止まってしまう店舗もあったのです。そのため、全社員たちに当たり前の価値に気付いてもらい、そして理念を体現する経験を積んでもらう。そして同時に、他の店舗の取り組みを知ってもらうことで「こうすればいいんだ」と、感じでもらうことも大切だと思ったのです。

さまざまな取り組みを行ってこられたかと思いますが、スタッフに自信を持たせるために最も効果的だった施策について教えてください。

江澤氏:「SSTグランプリ」という、成果発表会ですね。各店舗で体温をあげた取り組みについて発表・賞賛するという、店舗で働くスタッフ全員を巻き込んだ全社的なイベントです。約60店舗のうち、登壇するのは予選を勝ち抜いた9店舗。プレゼンテーションは社員ではなく、アルバイトであるパートナー自身が行います。そして当日は各店舗の社員やパートナー、そしてお取引先やメディアの方など社外の方も来場します。評価の指標は、売上や客数といった定量的なものではなく、「誰の体温を、どのようにあげたか」ということ。オープンな場で賞賛されることにより、「当たり前にやっていたことが、外からこんなに評価されるんだ」と、客観的な視点で自分たちの価値に気付くことにつながっています。

アルバイトという雇用形態に関係なく評価をされるため、パートナー自身の温度も上がったのですね。

江澤氏:そうですね。これまでは、“パートナー”として一緒に働くスタッフであるはずなのに、どこか「アルバイト」という概念が抜けてないのでは?と感じる部分がありました。私は、「誰しもがお客様の体温をあげることに全力を注ぐことができる人たち」に魅力を感じて社員になりました。だから自分が店長になったときにも、パートナー全員でいろいろなことに挑戦したのですが、それを会社規模でできたらいいなと思って。

SSTグランプリは、ほかにどのような効用があったのでしょう。

江澤氏:「ブランドの体現」においても、SSTグランプリは効果的です。SSTグランプリで各店舗の具体的な良い取り組みを共有することで、立ち止まっていた店舗は「こうすればいいのか!」と学ぶことができます。まずは他の店舗の取り組みを真似るところから始めて、徐々に自走ができるようになる。そして、その取り組みをまた大会でシェアをする…という良い循環が生まれるわけです。互いに良いところを取り入れる切磋琢磨の意識が全店で広がっていますね。

互いに良いところを取り入れる切磋琢磨の意識が全店で広がっている

なるほど。そういった働く人の「自信」を高める取り組みと同時に、働く環境の整備にも取り組んでいらっしゃいますね。

江澤氏:人材開発部に配属になった際、社員にアンケートを取ったことがあって。「SSTの商品を友達に勧めたい」という人は100%ですが、実はSSTを「働く場所として友達に勧めたい」という人の割合は多くありませんでした。「労働時間が長い」「休みが取れない」といった、制度や環境面の壁が立ちはだかっていたんですね。飲食業界で働くうえでは常識というか、みんな諦めていた部分ですね。
たとえ「人」の面に自信を持てるようになっても、「働く環境」がそのままだったら他人に勧めることなんてできません。大切に思っている友人・知人であればなおさらです。そこで、現在では年間休日休暇120日や複業OKといった、飲食店の当たり前を覆すような施策を行っています。

確かに「飲食店だから、長時間労働や休日が少ないのは仕方ない」と考えがちです。その常識を覆すには、相当なパワーが必要だったと思いますが、なぜそこまで突き進むことができたのでしょうか?

江澤氏:「世の中の体温をあげる」理念を体現するには、避けては通れない道だったからです。「人がいないから仕方ない」「飲食店だから我慢しろ」と、“当たり前”に無理を押し付けていては、世の中の体温どころか、自分たちの体温が削がれてしまいますよね。働く人がいないという現実があるなら、その現実に一度疑問を投げかけてみる。それはなぜダメなのか、変えることができないのかー。当たり前と向き合い、変えればいいと考えています。

ブランドに共感し、体現できる人を採用・定着させるための工夫とは?

ブランドに共感し、体現できる人を採用・定着させるための工夫とは?

ブランドの体現ができる人材を集めるための「表現力採用」といった採用施策も、貴社の大きな特徴ですね。

江澤氏:先ほどもお話しましたが、私たちの理念である「世の中の体温をあげる」を実現するために重要なのは、店舗でありそこで働く人です。分社化をして、制度や仕組みを変えていく時に、「どんな人と働きたいのか」を、改めて社内で考えました。大事なのは、私たちのブランドの思いを体現してお客様にお伝えすることができる人なんだと。そこで、商品のこだわりをジブンゴトとして伝えていく力・共感を生む力がある人=表現力がある人を採用する方法として、「表現力採用」をスタートさせました。

採用難の現状では、間口を広げて母集団を集める方法もありますが、貴社ではあえて「表現力」という言葉を使い、エントリーの段階からその言葉にピンとくる人にターゲットを絞っているんですね。

江澤氏:求める人物像が広ければ、その方法でもいいかもしれません。しかし、私たちの理想は、30名採用の枠に30名の一緒に働きたい人が応募、そして30名入社に至ることです。むやみに母集団を大きくしてはミスマッチの可能性も高まり、余計な負荷がお互いにかかってしまいます。そうならないよう、あらかじめ「こんな人を採用したい」というメッセージを最初から提示しておくことで、応募の段階からミスマッチが起きないようにしています。

負荷をかけないという点では、面接の前に候補者の方に見てもらいたい取材記事や知っておいてほしい情報を、事前に渡すようにしています。「志望度が高ければ、自分で調べるはずだ」「調べるのも意欲のうちだ」という意見もあるでしょうが、私はそういうところで志望度を測るような駆け引きをしたくありません。特に中途の場合は候補者の方も現職の合間を縫って転職活動をしていらっしゃいますから、突き放すよりも歩み寄ることがお互いのためだと思っています。

入社の段階で、求める人物像にマッチした人材を採用することはもちろんですが、入社後の定着も大きな課題です。特に飲食店は忙しく、理念と現実とのギャップが生じやすいのではないかと思います。そうならないための工夫は、何かされていますか。

江澤氏:まず面接の段階で、ありのままを伝えることですね。今は働く環境整備の過渡期にあり、残業もあります。入社してほしいがために良いことばかり言うのは不誠実ですから、包み隠さず伝えています。そして入社後は、社員を孤立させないような工夫をしています。たとえば中途入社の場合はすぐに店舗に配属となり、交流範囲が店舗内とエリアマネージャーの「タテ」の関係だけになりがちです。そこで、入社が近い数名のグループを作って定期的に懇親会を行ったり、人材開発部のメンバーが上司に言えない悩みを聞いたりしています。こうしたタテ・ヨコ・ナナメの関係を意図的に作ることで、悩みや不安のサインを早い段階で気付くことができるようにしています。

さらに大変になってくるのが店長に昇進した後です。店舗は社員2名とパートナー30名といった体制で運営しており、ブランドの体現には、パートナーの協力が不可欠です。しかし従来は彼らパートナーのモチベーションアップも、店長に任せてしまっていました。しかし、巻き込みやモチベートが上手な店長もいれば、一人で抱え込んでしまう店長もいます。そこで、SSTグランプリのように会社全体のイベントを作り、巻き込みやモチベートが上手な店長でもパートナーを巻き込みやすい環境をつくっています。

お話を伺っていると、江澤さんご自身の店舗でのご経験を活かした工夫が随所になされていると感じます。しかし、実際に「本社」と「店舗」となると、対立してしまうこともあるのではないでしょうか。

サポートセンター

江澤氏:私たちは本社を「サポートセンター」と呼んでいます。SSTの事業は、店舗が主役です。そしてサポートセンターのミッションは、店舗を輝かせるためのサポートをする人たち。それを忘れて裏方が強くなると、関係性がおかしくなってしまうと思います。とは言え、物理的に距離が離れていると体温の差も生じやすいですから、店舗の社員と対話する時間を意識的に作っています。言いたいことを言えるような空気作りができるように気を付けています。

上の立場になったからといって現場と距離をおくのではなく、むしろ店舗と個別で対話する時間を作っていらっしゃるのですね。

江澤氏:実は、私自身のためでもあるんです。人材開発部を立ち上げて間もなく、店舗との接点が極端に少なくなった時がありました。その時、私自身のモチベーションが著しく下がってしまいました。やはり、店舗に足を運んで、現場でイキイキと働くスタッフやお客さまと会うことが、私のモチベーションの根源。主役である店舗を輝かせるための裏方として感覚を鈍らせないためにも、店舗との接点は持ち続けていきたいです。

「その制度は、誰のため?」社員の顔を思い浮かべながら、企画する

「その制度は、誰のため?」社員の顔を思い浮かべながら、企画する

江澤さんは店舗営業経験から、人材開発部のトップに就任されたのですよね。人事や採用のご経験がなかったことで、苦労はなかったですか?

江澤氏:人材開発部には人事や採用のプロフェッショナルがいますから、わからないことはすぐに彼らに聞いて、知恵を借りました。自分がトップだからといって一人で全部抱え込むのではなく、それぞれの専門性を持ち寄って良い組織をつくっていくことが大切だと思います。

制度をつくられたときも、一気に12もの制度を立ち上げた(現在は14)伺いました。スモールスタートで試用期間を設け、検証する…という動きが一般的だと思いました。

制度

江澤氏:人材開発部に配属して最初に行ったのが、3カ年計画を立てることでした。その計画書を社長の松尾に見せたところ、「ゴールはOK。ただし、進め方を再考するように」と言われたのです。「『まずはこれをやって』『それが終わったら、次にまずはこれをやって』…と、まずはまずはとなると一個もできなくなるよ」と。それで、ゴールに向かうために、最初に一番インパクトがあることをやろうと決意したんです。どうしても「現状はこうだから…」「こういう都合があるから…」といろいろ踏まえないといけないことも多いですが、私は人事経験がなかったので、常識にとらわれず進められたのかもしれませんね。たくさんのプロフェッショナルに囲まれているわけだし、「とにかくやってみよう!ダメだったら謝ろう!」って(笑)。でも、一気に取り組んだことで、現場からは相当インパクトがあったみたいですね。「あ、何か変わりそうな気がする」と声があがりました。会社としての覚悟が少しでも伝わったのではないかと思います。

SSTの人事制度や採用手法を、そのまま他社が真似ることは難しいと思います。しかし、その根底にある想いや、向き合い方というのは大きなヒントになるはずです。ぜひ、江澤さんが人事や採用について企画する時に考えていらっしゃること、気を付けていらっしゃることを教えてください。

江澤氏:店舗で働いている時、「たくさんの制度があったとしても、使えなければ意味がない」と感じていました。世の中で流行している制度も、自社に当てはまらなければ宝の持ち腐れです。そこで、自分が制度を作る立場になって意識しているのは、「この制度は誰が使うのか」、一人ひとりの顔を思い浮かべるということです。たとえば、複業解禁のきっかけとなったのは、翌年入社する新入社員でした。彼らは学生時代にECサイトの運営やモデルなど、多彩な活動をしていました。それを、会社員になるからといって諦めさせるのではなく、複業として続けられるような仕組みを作ろうと思ったのです。また、新入社員だけではなくベテラン社員のキャリアの幅や視野を広げられるように、同業他社でもOKにしました。このように、さまざまな社員をイメージして、当社に合った制度づくりに取り組んでいます。

複業解禁は、人材の流出にもつながるのではないか?という懸念もありますが…。

江澤氏:複業をしたことが原因で退職につながるのではなく、退職する人は複業をしてもしなくても“会社に魅力がないから”退職につながるのだと思います。魅力的な場所には人が集まりますから、複業をさせないで社員を縛り付けることよりも、会社の魅力を高めていくことに力を入れた方がいいですよね。

経営層のコミットメントも、制度の浸透において重要です。しかし、多くの人事・採用担当者から、「なかなか経営陣が動いてくれない」という悩みも聞こえてきます。江澤さんはご自身が現在経営層ですが、制度を企画するにあたって、アドバイスがあればぜひお願いします。

江澤氏:なるべく早い段階で経営や現場に共有・相談して、巻き込むことだと思います。人事がガチガチに制度を設計して、経営陣は承認をするだけ、現場は上からおろされることを実行するだけ…となると、他人ごとになってしまいがちです。そこで、アイデアの段階でも意見を聞き、ブラッシュアップしていく。そうすれば、各々が自分事として捉えられるようになるのではないでしょうか。すると、制度に対する思い入れも強くなり、「自分たちの制度」として利用促進にもつながっていくと思います。

対「経営」においても、対「現場」においても、人事・採用担当者が自分だけで抱え込まず、周囲を巻き込むことが大切ですね。ありがとうございました。

経営に共有・相談して、巻き込むこと

【取材後記】

SSTの採用手法や制度は、オリジナリティが高く突飛に見えがちです。しかし江澤さんのお話を伺っていると、その根底に流れる想いはとてもシンプルだと感じました。
まず、「本部はあくまで店舗(現場)をサポートする裏方」であるという思い。取締役だから、人材開発部だから、と管理しようとするのではなく、サポートする姿勢を貫いています。そして、「周囲を巻き込む」姿勢。立場やプライドにとらわれて一人で抱え込むことなく、常に「何が働く人にとって、会社にとって最良の選択なのか」を考え、現場や経営をうまく巻き込んでいる印象を受けました。理念の浸透やブランドの体現は、難しいテーマですが、こうしたシンプルな姿勢が出発点なのかもしれません。

(取材・文/佐藤 瑞恵、撮影/西山 法正、編集/齋藤 裕美子)