時代の変化を見据え、最適な形で職務型人事制度を取り入れるには【セミナーレポート】

コーン・フェリー・ジャパン株式会社

シニア プリンシパル 加藤 守和

プロフィール

人事・採用担当者にとって、採用や評価手法のトレンドは大きな関心事の一つです。「日本型」とも言われる職能型人事制度を見直し、海外ではポピュラーな職務型人事制度を導入する企業も増えた一方、課題を抱えている企業も少なくありません。

2019年8月28日、組織構造設計やポジショニング、人材採用の支援といった事業をグローバルに展開するコーン・フェリー・ジャパン株式会社 シニア プリンシパルの加藤守和さんによるセミナー『真に日本企業に適した“日本式”職務型人事制度とは』が行われました。時代に即し、日本企業に適した人事制度の考え方とはどのようなものなのでしょうか。お話の内容をレポートします。

(本記事はコーン・フェリー・ジャパン株式会社主催のセミナー内容を編集・要約した上で構成しています)

これまでにも検討されてきた「職務型人事制度」

これまでにも検討されてきた「職務型人事制度」

まず、職務型人事制度の歴史についてご紹介します。いわゆる「年功序列」や「終身雇用」を前提とした日本の人事制度である「職能型人事制度(※1)」からの転換を図るものとして「職務型人事制度(※2)」が注目されました。職能型は人に値段が付き、職務型は椅子に値段が付く、と言われています。2000年ごろには「成果主義」という言葉で日本企業にも職務型が取り入れられましたが、このときは評価の軸というよりも成果に応じた報酬という形で、人件費の削減を狙った企業で多く導入されていました。

(※1) 企業が期待する能力をどの程度有しているかによって、社員の序列付けを行い、給与もその序列付けに基づいて決めていく方法。社員の能力が上がるごとに序列が上がり、給与も上がる。
(※2) 職務を詳細に分析・評価する職務評価結果に基づいて序列や給与を決める方法。

 

2010~2015年にかけては、第二次職務型ブームが到来します。グローバル人事ブームと呼んでいますが、企業経営のグローバル化に合わせて人事制度も共通化させよう、という取り組みが多く見られました。海外拠点と日本拠点とで基準をそろえ、拠点による格差をなくすのが狙いです。

そして現在も、多くの企業で職務型人事制度が検討されています。その一因にあるのが、少子高齢化による労働人口の減少と、それに伴う定年の延長です。高齢化した社員の処遇を考えるために、その社員が行う「職務」を再評価する必要があり、下の世代にもその見直しを図るべきではないか、という動きが見られます。

職務主義はどのような企業に適しているのか

職務型人事制度とは、その人の能力ではなく職務(仕事)を評価する人事制度です。企業の戦略に沿った組織設計と、それぞれのポストに合った人材を登用し、市場価値に見合った報酬を支払う。これが正しい職務型人事制度の在り方です。

職務型人事制度のメガ二ズム

(コーン・フェリー・ジャパン株式会社 登壇資料より ※以下同様)

職務型人事制度は当社グループの創始者であるエドワード・ヘイが考案したものです。強い黒人差別があった1950年代のアメリカで、同じ労働には同じ対価を支払い、公平に扱うべきだとして、労働者の評価材料を「職務」にしたのが始まりです。

職能制度と職務制度を比較してみると、人事異動をさせやすいのが職能制度です。また、複数部署での仕事を通して専門性を育てるという点で、新卒採用を行う日本企業では職能制度の方が運用しやすいという傾向があります。役職に就かなくても報酬は上がっていきますので、役職のない社員のモチベーションを維持するのも比較的容易です。

一方で、職務制度ではその逆になり、高い職責を果たしている人への動機付けをしやすいのが最大のメリットと言えます。その人が就いている職務について価値が付くため、評価の透明性も高くなる。その代わりに、組織の人員が固定化しやすいことや縦割り化が強まってしまうのがデメリットとして挙げられます。

対立概念

職能制度がフィットしやすいのは、個人の力で価値創造していくような企業です。一方で、職務制度は組織やプロセスの力で価値創造していくような企業に適していると言えます。たとえば、我々のようなコンサルティングファームは職能主義です。なぜなら、いわゆるプロジェクトマネージャーが増えれば、扱えるプロジェクトの数も増える。つまり人が増えていくとその人の価値に応じて、仕事を増やせるわけです。投資銀行や広告代理店のプロデューサー、ディレクターなど、クリエイティブ職もどちらかといえば職能主義に近い形をとっているところが多いですね。一方で、メーカーや銀行、いわゆる大手で階層やプロセスがきちんと決まっている企業では職務主義の方がフィットしやすいでしょう。

ここで留意していただきたいのが、今回のテーマである職務型人事制度が必ずしも職能型人事制度より優れた制度ではないということ。企業によって向き不向きがあり、どちらが適しているかは企業によって異なります。

日本での職務型人事制度導入時に起こりがちな失敗例

職務型人事制度を導入した日本の企業からご相談を受ける中で、多く見られる悩みには次のようなものがあります。

職務型人事制度に踏み切った悩み

柔軟な異動の阻害

職能制度の下では社員自身を評価するため、異動でローテ―ションを行ってもそれほど抵抗はありませんでしたが、職務型では等級や報酬が変動する可能性があり、異動によって職務等級が変化するのを拒む社員もいます。等級を上げるということも、つまりは職責を上げるということ。一度上がったものは下げにくくなります。空いたポストに誰が就くのかと言った場合でも、従来であれば別の課から課長を…というようなスライド人事ができていたとしても、職務型制度の下では難しくなります。

職務記述書の作成・更新の困難さ

職務型の運用においては、どのような職務内容なのかが職務記述書にまとまっていることと、それに合わせて誰が適任か検討することの2つが必要になってきます。ところが、職能制度を長く運用してきた日本企業では、職務内容が属人化しているために職務記述書の作成が困難なのです。また、作成したことで満足感は得られるのですが、更新を怠ってしまい、過去の内容をなぞり続けるだけになってしまうケースも多く見られます。

組織変更・新設時の位置づけの難しさ

新たな組織や部署を設置する際に、その部署がどのようなポジションに就くのかを決めにくくなるケースが多々あります。これは日本の多くの企業が行う新卒一括採用にも深く関わっているのですが、自社にある部署が社外と比べてどれくらいの価値を持っているのかを検討する必要性を感じにくく、ポジションの判断材料が少ないことが一因です。また新卒採用の場合は、ローテーションによるジェネラリスト育成を前提としたキャリアの考え方が一般的です。そのために専門職キャリアとの併存が難しいのも、日本企業で職務型人事制度がうまく運用できない原因だと考えられます。

構造的な理由

日本を取り巻く人事課題が職務主義導入のきっかけに

これまで職能型人事制度を長く運用してきた日本では、独自の文化が強く根付いています。それでも職務型人事制度を導入する理由には、次のような背景があります。

報酬の公平性…「職責が高い人材が高い報酬を得る」ことが最も公平であると考える
グローバルな評価基盤…グローバル展開した際に海外の人材を評価する仕組みとして、日本固有の「本人の能力」ではなく「職務」で評価する以外の選択肢がない
人件費配分の最適化…経営資源は限られているので、価値の高い人材へ集中的に投資したい

職務型の制度を日本で取り入れようとした場合、さまざまな努力の方向があります。「いきなり切り替えるのではなく、職能型とハイブリッドにする」「ポストではなく職位による等級を設定する」「自社流にカスタマイズする」などが挙げられますが、ほとんどの場合はうまくいきません。どうしてもこれまでの職能型人事制度に引っ張られる形で形骸化してしまったり、公平性を欠いた評価に着地したりと、本来の職務型人事制度のメリットを発揮できないケースがほとんどです。

会場の様子

近年、日本では職能型人事制度による問題も顕在化しています。たとえば優秀な若手社員がいても、高い処遇を与えることができずに流出させてしまう。また、反対に社歴が長いというだけで処遇が高くなる社員がいる。そして成長性の低い事業にも平等にコストをかけなければならず、成長事業とのバランスを取らなければなりません。これらは全て、人材のパフォーマンスに対して人件費の効率が悪いということです。こうした問題を乗り越える施策として、職務型人事制度を取り入れる企業が増えているのです。

A社の事例から見る、職務型人事制度の導入と運用

職務型人事制度を導入する際には、必ず以下の3点について検討する必要があります。

3つの検討

新卒採用=ジェネラリスト育成を続けるのか、経験者の中途採用を重視するのか。社員のキャリアや処遇について、どこまで純粋な「職務型人事制度」へ近づけられるのか。極端な意見を持つ人もいるでしょうし、正反対の意見を持つ複数の人もいるでしょう。その合意を形成することが何よりも重要です。

私たちがコンサルティングを請け負ったA社の事例では、新卒採用を継続する一方で、ジェネラリスト育成も継続しました。そして、部長任せであった昇進・登用を本社主導に切り替えるという判断をされました。

検討結果

新卒採用をやめるべきだという声もありましたが、やはり人材獲得のボリュームゾーンである新卒採用をやめることはできず、その代わりとして、ジェネラリストとスペシャリストの選択ができるキャリアコースを設置しました。

検討結果2

経営にとって大きな影響力を持つ事業の昇進・登用に関しては、これまでの部長・課長級による役割主義をやめ、本社から個々のポジションを見てアサインする形に。低成長事業と判断された部署に所属する人材が抱えるであろう不満やキャリアの閉塞感は懸念として挙がりましたが、本人のキャリアへの意思と組織とのマッチングを優先して動機付けを行いました。また、優秀な人材を適した部署へ配置することで、分配すべき所へ経営資源を分配することに決定しました。

具体的には、次のスライドのようなポイントを取り入れました。

職務型制度

職能型人事制度に慣れている企業では、「同じ役職なら同じ等級に」という判断をしてしまいがちですが、A社では事業ごとに同じ役職でも等級が異なります。これは事業の成長性に応じて、等級の価値を判断した例です。

また、A社ではこれらをうまく運用していくために、経営者を中心とした人事委員会を設置しました。組織改編や人事決定の際にはこの委員会で審議を行い、不当な人事が起こらないような体制を組んでいます。

体制・プロセスの整備

人事のグレーディングを開示するかどうかもポイントです。非開示にした場合は、ポジションと現職者のミスマッチがあってもわかりにくく、社員間での不満や衝突が起きることはありません。一方で、「職責に報いる」という本来の職務型人事制度の目的から考えると、グレーディングはもちろん開示すべきだと言えるでしょう。組織内でのポジションごとの価値を開示することで、社外からも人材獲得がしやすく、また社員のキャリア形成も促進されます。

A社の場合は、現段階では職務と現職者のミスマッチもあるために非開示ですが、必ず期限を決めて開示することを決定していただきました。

決定いただきました

これまで何度かブームが起き、注目を浴びてきた職務型人事制度ですが、私どもでその後の調査・研究・ディスカッションをすると、小手先のなじませ方はあまりうまくいかないという印象です。皆さんは日本のビジネス環境の中で仕事をしていますので、新卒一括採用あるいはジェネラリスト育成、年次管理といった日本的な人事制度を継続するのか、あるいは決別するのか、また違うやり方をしていくのか…を、まずは考える必要があります。

その上で職務等級、職務評価という手法を使いながら、皆さんの企業でうまく回るよう組み立てていただきたいのです。制度が形骸化しないためにも、運用のしやすさ、何のためにやっているのかも振り返りながら、本当に適した制度を構築していくヒントになればと思っています。

【まとめ】

日本の人事・採用を支えてきた年功序列や新卒採用、ジェネラリスト育成を基盤とする職能型人事制度。そして、新たな考え方として検討されている職務型人事制度。導入時には多くの苦労があり、また苦労して導入してもうまく運用できない、形骸化してしまうといった悩みを抱えている企業もあります。加藤氏の唱える「日本式職務制度」は、今がまさに浸透への過渡期。人事・採用を担う人が組織の中で運用し、それぞれの企業に合った形をつくり上げていくものだと言えそうです。

(取材・文/藤堂 真衣、撮影/安井 信介、編集/檜垣 優香(プレスラボ)担当/齋藤 裕美子)