「就社<就職」へ。自分のキャリアは自分で築くソニーの人事戦略【セミナーレポート】
近年、就職(転職)先の選択に際し、「会社名」「会社の規模」より「自分の成長」を重視する傾向が強まるなど、人材のニーズや労働を取り巻く環境は大きく変化しています。こうした中、ソニー株式会社は長年にわたり社内募集(公募)を行い、さらには個人のキャリアをより柔軟に構築する仕組みとして、社内兼業を認める「キャリアプラス制度」や実績を上げた社員へのアプローチを促進する「FA制度」などを導入してきました。
今回は、同社の人事戦略の仕掛人、人事センター人事1部 統括部長 北島久嗣氏をお招きし、具体的な施策や制度導入の背景などをお話しいただきました。
ソニーと社員は「互いに緊張感を持ち、高め合う関係」を築いていく
まずソニーグループについて簡単にご紹介させていただきます。ソニーは、エレクトロニクス、エンタテインメント、金融事業などをグループで手掛け、グローバルに展開しています。事業の原点はエレクトロニクス、いわゆる家電の会社です。しかし現在、売上比率の過半を占めているのは、映画、音楽、ゲームに代表されるコンテンツ・サービス事業となっており、近年ではソニーと言うと、若い人を中心にエンタテインメントを想像される方が増えています。
このような状況下で、私たちは改めて「ソニー」とは何か、今後どのようなミッションを担っていけばいいのかを徹底的に議論しています。現在、「テクノロジーをもって人に近づく」という考えを経営の方向性として共有しています。経営や人事の方向性としても、「人に近づく」を土台に様々な検討を進めています。
さらにその上で、ソニーと社員は「互いに緊張感を持ち、高め合う関係」を築いていこうとしています。すなわち、ソニーは「個」の力を最大限に発揮できる「場」であり、多様で個性溢れる強い「個」の集まりなのです。人事の役割としては、「個」と「場」を「言葉」でつなぐものと捉えています。奇をてらっているつもりもダジャレを言っているつもりもないのですが(笑)、人事の最大の武器は「言葉」であると私自身も考えています。
「自分のキャリアは自分で築く」を体現するための人事制度
元来ソニーには、「自分のキャリアは自分で築く」という考えが根底にあります。
毎年4月の新卒入社式において、「試用期間は会社が社員を見極める期間ではない。社員がソニーを見て、一生を託せる会社かどうかを確認する期間」と伝えることが、経営トップからのメッセージの一つにもなっています。つまり、「会社と個人は対等の関係である。そのため個人は会社からキャリアを与えられるのを待つのではなく、自分でつくるものである」という捉えることもできるでしょう。そうしたソニーの人材に関する考えを体現しているのが、「社内募集(求人)制度」であると考えています。
社内募集では毎月緊急性の高い人材の募集が行われます。さらに年間2回2月と8月に、求人ニーズのある多くの職場が募集をかける大きなイベントが「大募集」という名のもとで展開されています。社員は直属の上司の了解は不問の形で自由に応募が可能です。応募者の書類選考、面接を経てマッチングが成立した後に、所属上司に異動が通知されるプロセス設計になっています。まさに組織よりも本人を尊重した制度となっており、年間通じて200名を超える規模の人員が新たな職場を得て活躍する仕組みです。実はソニーは、このようなシステムを50年にわたり継続してきました。名実ともにソニーを代表する人事施策の1つとなっています。
キャリア形成を促進していくための、3つの人事制度
しかしながら社内募集単独では、自力で自分のキャリアを築くのに不十分な面もあります。自分のキャリアを築くとはいえ、それを実現するための環境を絶えず整備していくことが人事の役割です。
そこで、2016年から、この社内募集に新しいバリエーションを追加した異動システムを導入しました。それが「FA制度」「キャリア登録制度 ~Sony CAREER LINK~」「キャリアプラス制度(兼務/プロジェクトメンバー募集)」になります。
●FA制度
これはプロ野球のFA制度とほぼ同様です。数年にわたり社内で高評価を取り続けている社員にFA権が付与されます。付与された社員がFA権を行使すると判断したら、その社員のプロフィールが他部署のマネジメント層に共有され、オファーを検討する仕組みです。FA権の行使は本人に一任されており、行使しない場合も少なくありません。ただ、その場合でも「自分のキャリア、現業のアサインメントを改めて見つめ直す」よい機会になっています。FA権を行使すると決めた人材には、場合によって複数の部署から面談依頼が入り、最終的に自分自身でその進路を決める仕組みです。導入の背景には、高評価を受け続けることで、部内で塩漬けにされるのではないか、という懸念があったからです。導入以降、毎回200名以上の社員にFA権が付与され、約10%の人が異動を実現しています。
●キャリア登録制度 ~Sony CAREER LINK~
「キャリア登録制度」は求人先にありきの「社内募集」とは対極にあります。これは、異動を希望する社員が自らレジュメを登録し、それを求人募集しているマネジメントラインに共有。登録者に興味を持ってもらったら面接を実施する…という流れです。まさに転職サービスを社内で行っていると考えていただくとわかりやすいかもしれません。幅広い人材層にチャレンジの機会を提供するという意味合いを持っています。
●キャリアプラス制度(兼務/プロジェクトメンバー募集)
「キャリアプラス制度」は、完全異動ではなく、“兼務・プロジェクトメンバーを募る”という制度です。現在、副業が当たり前になりつつあります。自社内で副業があってもよいという考えの下に、制度を組み立ててスタートを切りました。社内における兼業・副業(複業)を活性させることで、以下を見据えております。
・社員にとって:他部署での経験を自身のキャリア開発に活かす
・受け入れ部署にとって:異なるバックグラウンドを持つ人材を広く募り、知見活用が可能
・その他:組織の垣根を越えた人的ネットワークの広がり(活性化)につながる
募集内容も非常にバラエティあふれるものになっており、これまでにも「アニメ好きを募集」「新規事業立ち上げ時のメンター募集」「グループ内横断プロジェクトのスタッフ募集」などがありました。兼務は、そもそも会社がイニシアティブをもって任命していました。この制度では、流れとしてそれと逆に、社員側から「兼務」を意思表明する仕組みとなります。
さきほどから述べているように、社内募集は長年運用されており社員に定着しているソニーの人事制度の柱の1つです。それに加えて「FA制度」「キャリア登録制度」は、さらに“個”にフォーカスし、その強みを尊重し、伸ばす期待が込められています。
このほか、リソースマネジメントの1つとして、社員が自発的にセカンドキャリアを考えるためのプログラム「Career Canvas Program」と銘打った仕組みがあります。このプログラムでは人生100年時代に向け、学び直し支援のための補助金支給、再雇用、転職支援退職加算金、ジョブサーチサポート、キャリア相談などをまとめて「キャンバス」に展開して「見える化」するものです。
また、これからの変化に合わせて、PORT(ポート)というラーニング空間をつくりました。これは、多様な事業、多様な人材、多様な風土を形成するために、ソニーの人材育成の考えを体現する場としてコミュニケーションできるスペースとなっています。ラーニングスペースはガラスの壁で仕切られ、個別の研修や検討会が展開されていますが、その場にいるだけで、「学ぶ社員」の姿が見え、私も多くの刺激を受けています。
これは、社内ソーシャルネットワーク/コミュニケーションが行えるバーチャルな場と、本社に設置したリアルなコミュニケーションスペースによって、社内外を問わず高い専門性を融合させ、新たなイノベーションを起こすことを目的にしています。今後はPORTによって、新たな事業や人材、地域の多様性を生み出していきたいと考えています。
「人材ニーズの変化」と「場の変化」をとらえた採用
次に、採用についても触れたいと思います。私たちは採用を考えるに当たり、2つのポイント、すなわち「人材ニーズの変化」と「場の変化」を常に念頭に置いています。これは、新卒採用、中途採用、海外採用、いずれの場合でも変わりません。私たち人事・採用担当者は候補者や市場、業界の変化をいち早く察知し、その変化に順応していかなければなりません。ソニーでも日々変化を捉えながら動いております。
新卒採用を例に挙げてみましょう。「就社から就職へ」の人材ニーズの変化に合わせ、ソニーでは「職種(コース)別採用」に切り替えています。事務系・技術系にかかわらず、約80ある具体的な職種を提示し、その中から自分の希望する職種を選びエントリーすることを可能にした採用です。つまり、採用=配属となるため、「入社まで自分がどの配属になるのかわからない…」などということがない。ソニーに入社するのではなく、ソニーでどういう仕事をするのかを考えてもらい、その意思を貫いてもらうことを大事にしていきたいと考えたやり方です。もちろん、永久的にそのコースに縛られるわけではありません。先ほどもお伝えした通り、社内募集などを通じて“自分で自分のキャリアを選択できる”ようになっています。
一方、どういう職種で社会人のスタートを切ればいいかわからない学生も少なからずいます。そこで、ソニーや仕事への想いをぶつけてもらえれば、人事から採用先を提案する「will採用コース」を設けています。「職種を問わず挑戦したい」「複数の職種に興味がある、迷っている」というポテンシャルと意欲の高い学生に対して、じっくり話を伺って最適な場所をご提案する仕組みです。私たち人事は「個」の力を最大限に発揮できる「場」を用意するというミッションを持っていますので当然のことです。面接は、個と向き合うのが人事の原点ですので、1対1、または会社側2の個人面談を貫いています。面接の調整は非常に大変ですが、ここは人事・採用担当者の腕の見せ所とも言えるでしょう。合わせて、横並びの採用を撤廃し、能力に応じて処遇を変える体制も整えています。
また、「場の変化」についてですが、私たちの採用競合は大手メーカーだけにとどまりません。最近では、スタートアップ(ベンチャー)企業は強力な競合相手と捉えています。スタートアップには、早い段階で責任ある仕事を任され、新たな事業を創造できる魅力があります。ソニーも若い企業のつもりではあるのですが(笑)、設立から半世紀以上も経ち、そうも言っていられなくなりました。魅力あるスタートアップに対抗するため、起業家意識をもった取組み、具体的な新規事業の取り組みなどを積極的にアピールしています。また、最近では日本だけにとどまらず、世界中のソニーの拠点と協同しながら、グロ-バル採用を展開。欧米、アジアなどそれぞれの拠点で、それぞれの採用活動をしていますが、一体感を持ってやっていく必要があると考えました。そこで、employer value positionを統一させるために、スローガンを掲げました。それが、「TOGETHER, LET’S MAKE THE WORLD SAY WOW」。協力してみんなでやっていこうとエキサイティングな雰囲気が生まれています。
(YouTubeより)
最後に中途採用に関しても少し触れます。経験者(中途)採用の成否は、非常にベーシックなことですが、「募集要項」が鍵を握ると思っています。現場から上がってくる募集要項というのは、専門的な表現も多く、社外の方が見るとわかりにくいということが、ままあります。採用候補者の求めているニーズも日々変化していく中で、私たち人事・採用担当者は誰が見てもわかる募集要項をわかりやすく翻訳する。それを、採用ホームページや求人広告に掲載したり、人材紹介会社に共有することが実は重要だと認識しています。
もちろん、これだけですべてが解決することはないと思いますが、時代や市場、候補者、現場の変化を捉える。それを踏まえて基本的なことでも見直す。些細なことですがとても大事なことだと実感しています。
【まとめ】
ソニーは北島氏が2015年に現所属に着任して以来、人事改革を進めてきました。もともと、同社には「自分のキャリアは自分で築く」という考えがあり、それは社内募集の形で体現されていました。それをさらに推し進め、FA制度、キャリア登録、キャリアプラスなどの制度を導入しました。採用の面でも、「人材ニーズの変化」と「場の変化」に柔軟に対応し、コース別採用を実施するなどしています。今後、会社と社員の関係は大きく変わっていくと予想されます。同社の個を尊重し、個人と向き合う姿勢は参考になるところも多いのではないでしょうか。
(文/中谷 藤士、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)