「こういう人をとるべき」をやめる-ヌーラボ社が体現する、採用活動の本質

株式会社ヌーラボ

人事 安立 沙耶佳

プロフィール

エンジニア採用において内定承諾率94パーセント、「一次面接で3人と会えば良い人が見つかる」と話す驚異の会社があります。プロジェクト管理ツール「Backlog(バックログ) 」をはじめとした自社サービスを開発する、株式会社ヌーラボです。

同社の採用活動は、いろいろな意味で規格外。一次面接には人事・採用担当者だけでなく現場のエンジニアも複数名がかかわり、面接前後の打ち合わせを含めて1回あたり3時間を費やすといいます。背景にあるのは「欲しい人材の基準を決めない」という姿勢。そのため、1人を採用するための議論を毎回、現場と人事・採用担当者が重ねていくのです。

採用難の時代にあって効率化が注目されがちな潮流の中、その正反対を行くようなヌーラボの採用はどのようにして生まれたのでしょうか。大手人材サービス会社出身であり、同社の採用を切り盛りする安立さんの言葉には、あらゆる企業に共通するであろう採用活動の本質が見え隠れしていました。

「べき論」を避けたいから、採用基準を設けない

まずは組織の現状を教えてください。御社はグローバルサービスを手がけ、海外にも開発拠点を置いていますね。

「べき論」を避けたいから、採用基準を設けない

安立氏:国内は福岡・東京・京都、海外はニューヨーク・シンガポール・アムステルダムに拠点があります。現在の社員数は130人で、全社的には3割くらいが日本人以外のメンバーとなっています。この体制でプロジェクト管理ツールの「Backlog」やビジュアルコラボレーションツールの「Cacoo(カクー) 」、ビジネスディスカッションツールの「Typetalk(タイプトーク) 」などを開発しています。

なぜ多国籍のメンバーが集まるようになったのでしょうか?

安立氏:ヌーラボの場合は、先にユーザーが多国籍化していったんです。サービスの英語版を早い段階で出したため、いきなりフランスのユーザーが増えたこともありました。Cacooでは、日本よりコロンビアのほうがユーザー数が多いという現状もあります。これに対応して、私たちの組織も自然な流れで多様化していきました。

コラボレーションの重要性は万国共通です。コラボレーションツールをつくっている会社としては、国籍の違いを気にしている場合でもありませんでした。私たち自身が多様性のある組織の中で頑張ってコラボレーションした経験が、開発するツールにも反映されています。とは言え社内で「多様性が重要だね」という会話をしているわけでもありません。「こうしなきゃ」よりも、「こういうことは避けたい」という会話のほうが多いですね。

「避けたいこと」とは?

安立氏:たとえば「トップダウン」です。社長の橋本正徳はもともとOSS(※)のコミュニティを運営していました。コミュニティでは、誰かの指示がなくてもみんなが自発的に動いてものづくりをしますよね。あの状態を会社組織に取り入れたいと考えていたそうです。

(※)オープンソースソフトウェア……作成者がソースコードを公開し、自由な改変や再配布が認められている無償のソフトウェア

また、「“べき論”を避けたい」ということもよく社内で話しています。

「~であるべき」を避けるということですか?

安立氏:そうです。新しく人を採用するときにも「この基準を満たしているべき」ということではなく、必要な能力を持っているか、持っていなければ別の部分でカバーできるかといったシンプルな軸で判断しています。

一次面接だけで3時間、現場メンバーを中心とした採用活動

採用時の基準を設けることで、「べき論」につながってしまうおそれがあるということですね。ただ多くの企業では、採用活動の属人化を防ぐために統一した基準を設けている面もあると思います。御社ではその心配はないのでしょうか?

安立氏:ヌーラボでは主にエンジニアを採用していますが、一次面接では私だけでなく開発部長にも関わってもらっています。さらに、所属予定先で一緒に仕事をするであろうエンジニア2人にも入ってもらって、現場を知る3人のメンバーで候補者に向き合ってもらいます。

一次面接だけで3時間、現場メンバーを中心とした採用活動

社内で利用している「Typetalk」の中で面接用のチャンネルをつくり、候補者に関する議論をするほか、実際の面接前にも30分の時間をもらって、面接関係者全員で「どんなことを深堀りしようか」「この要素を具体的に聞いていこうか」といった作戦会議をしています。現場のメンバーに加えて開発部長もいるので、目線がずれることはありません。さらに2時間の面接後に30分間の振り返りを行っているので、一次面接だけでも3時間を費やしていますね。

統一された基準を常に当てはめるのではなく、その時々で社内の目線合わせをしているのですね。人事・採用担当者としてはどのような関わり方を?

安立氏:私は、あまり口を出さないようにしています。みんなが迷っているときにはレジュメの見方などの一般論を話しますが、レジュメだけではあまり判断しません。最低限のスペック確認程度です。一次面接後の振り返りでは社歴の浅い人や面接経験が少ない人から自由に声を発してもらい、「ここがよかったね」「ここが気になったね」と話してもらう。そこで交わした内容は全部ログを取って社内に共有します。

もちろん人事・採用担当としての面談は行いますし、そこから一次面接へ来てもらう人を最低限絞ってはいます。でも、選考が始まってからは「1分の1採用」を目指していく。

ことエンジニア採用においては、人事・採用担当者が絞った候補者を、現場の開発の方々も良いと感じるかは限らないと思うのですが…。

安立氏:私は求人を出す前の、「こんなポジションが必要」というエンジニアの会議から参加させてもらっています。そこで「この範囲の人ならOK」というラインを一緒に言語化し、求人票も出す前に共有するようにして、必要であれば手直しをしてもらう。そのように事前にすり合わせをしています。

すりあわせ

求人票作成では現場との目線合わせを丁寧に行い、面接では現場の意見を大切にする。まさに現場本位の採用活動だと感じます。

安立氏:考えてみれば、社長の橋本が大切にしている「コミュニティに新しい人を迎え入れるときの風土」を保っているのかもしれませんね。

そもそも、「エンジニア採用」とひとくくりに考えることは難しいんです。どのチームに入ってもらうかによって求めることはまったく違いますから。すり合わせのコミュニケーションを重ねて、どうにか対応しているといったほうが正確なのかもしれません。

どのチームに入ってもらうかによって求めることはまったく違います

ネガティブなことも発信するのは「採用に対して臆病」だから

こうした採用活動の前提として、採用広報において工夫していることはありますか?

安立氏:私は前職の人材サービス会社時代から、「求人票で仕事内容が明確に伝われば、人材の必須要件はいらないのでは?」と思っていました。エンジニア採用でいうと「Java3年」といった数値化された必須要件をよく見かけます。でも、Javaを使って3年開発していた人が、みんな同じスキルを持っているわけではないですよね。むしろ仕事内容が明確になっていれば、応募者はセルフスクリーニングができると思うんです。「この仕事なら自分はこんなふうに貢献できそうだぞ」と。

その考え方から、募集を出すときには仕事内容や向き合ってほしいミッションに加え、「現在のボトルネック」「今のチームでできていないこと」なども書くようにしています。会社の課題も事前にわかっていたほうがセルフスクリーニングをしやすいはずなので。だから採用広報としては、ただただ自社の現状を伝えていくという感じですね。

「現在のボトルネック」や「今のチームでできていないこと」というのは、ある意味ではネガティブな情報でもありますよね。そうしたことも書くために、社内ではどうやって合意を得ているのでしょうか? 他社では制限されることが多いと思うのですが…。

安立氏:もともとOSSをつくっていた人たちの集まりなので、情報発信についてはオープンですね。確かに課題についてもいろいろと発信していますが、売上に直結するような情報は出さないので、これでもスクリーニングはしているつもりなんです(笑)。他に発信する内容として決め事があるとしたら、「人を傷つけない」ということ。他社や他人を下げて自分を上げることはしません。それは採用広報だけでなく、広告展開でも同じです。

「人を傷つけない」ということ

あと、ヌーラボには良くも悪くも「採用に対して臆病」なところがあると感じています。私が入社した創業13年目の段階で、ようやく採用を拡大しようとしていました。それだけ仲間を増やすことは慎重にやってきたし、「合わない人が入ってきたらどうしよう」という不安感を抱えているからこそ、自分たちから何でも発信していくという方向性になったのだと思います。

候補者にヌーラボの文化や考え方が伝わっているか、共感してもらえているかを測るために取り組んでいることはありますか?

安立氏:「ヌーラボのブログを読みましたか?」といったことは、特に聞いていません。ヌーラボについて本格的に理解するのは入社後でもいいと思っています。

自然と助けられているのは、応募者の方々がヌーラボのサービスを利用したことがある人ばかりだということです。ツールをつくる会社は、ツールの中に自分たちのフィロソフィー(哲学)が入っていくもの。サービスを利用するなかで、自然とヌーラボのことを知ることにもつながっているのでしょう。選考課題の中ではヌーラボのサービスを利用しなければならない場面も用意していて、そうした場面でも触れてもらえるようにしています。

社内にいるエンジニアとどんどん絡んだほうがいい

安立さんご自身のこともぜひお聞かせください。先ほどは前職時代のお話もありましたが、現在の考え方に至ったのにはどんなきっかけがあったのでしょうか?

安立氏:私は大手人材サービス会社に新卒で入り、ITスタートアップばかりを担当するリクル―ティングアドバイザーを3年間務めていました。ご承知の通り昔からエンジニア採用は難しくて、知名度がないスタートアップは異業種から採用しないと間に合いません。そこで、スタートアップの人気を高めるためのイベント企画やサイト運営も手がけていました。

社内にいるエンジニアとどんどん絡んだほうがいい

そんな経験を通して思ったのは、転職希望者やその転職希望者をサポートするアドバイザーから自分の担当している会社を「人気がない」「知名度がない」と言われても、人材サービス会社の企業担当としてはどうしようもないな、ということでした。そもそも採用活動だけをどんなに頑張っても、会社そのものの魅力の問題は改善しようがない。何もできることがないんです。めちゃくちゃブラックな条件の会社が、急に人気企業になるなんてことはありえない。だから、会社そのものを良くすることにかかわりたいと考えていました。

確かに、どんなに外向きの発信の体裁を整えても、中で働く人たちの満足度が低い企業は採用力が高まらないですよね。

安立氏:はい。そんなときにヌーラボと出会いました。ヌーラボは、本質的な会社の魅力そのものを高めようとしている会社でした。

もともとヌーラボにはエンジニアしかおらず、つくったサービスを売りに行く人がいなかったので、みんながリリースブログを書いていたんです。いまだにお客さま先に訪問して売りに行く営業はいません。自分たちのサービスを利用してくれているお客さまの口コミが何よりも重要なので、SNSなど、長期的な施策に労力を割くことを厭わない文化でした。

私が直感的に「絶対やったほうがいい」と思うこと、一般的な会社では短期的には成果が出ないからと避けられがちなことを、みんなでやっている。だからいい会社だと思いましたね。「この会社で人事・採用担当をやっても、理不尽なことはなさそうだぞ」と。

おっしゃるように、多くの企業では長期的な施策への理解がなかなか得られず、人事・採用担当者が社内で孤独を感じることも多いように思います。そうした背景から外の人事コミュニティへ参加する人も多いですよね。

安立氏:私も人事コミュニティは貴重な場だと思うのですが、求めているものが少し違うのかもしれません。人事・採用担当として足りない知識を身につけるためにコミュニティを頼りますが、エンジニア採用について足りない知識がある場合は、「社内のエンジニアに聞けばいいじゃん」と思うんです。

エンジニアには人材紹介などのサービスに頼らず、縁や知人とのつながりで転職する人も多いですよね。であれば、社内にいるエンジニアとどんどん絡んでいったほうが、よりリアルで、本音に近い情報が得られるのではないでしょうか。

よりリアルで、本音に近い情報

【取材後記】

「ほしい人材の必須要件ではなく、仕事内容や課題を明確にしたほうがいい」「エンジニア採用については社内のエンジニアに聞けばいい」──。ストレートな言葉が突き刺さる取材でした。人材サービス会社時代に不人気企業と向き合ってきた経験があるからこそ、採用活動の本質をとらえるようになったという安立さん。その姿勢が原動力となり、チームで対応する現場主義の採用を実現できているのだと感じました。ヌーラボが発信する採用情報からもその一端が垣間見えます。採用にまつわるさまざまな悩みを解決するヒントになるかもしれません。

(取材・文/多田 慎介、撮影/飯本 貴子、編集/檜垣 優香(プレスラボ)・齋藤 裕美子)