バズは目的ではなく、手段。ファイターズ ご家族円満転職サポートテンプレートの裏側

株式会社北海道ボールパーク

パブリック リレーション部 兼 ボールパーク マーケティング部
シニアディレクター 倉田 亮

株式会社電通にて現所属であるスポーツ局の他、営業局ではプロジェクトプロデュース業務、人事局では新卒・中途採用業務などを経験。黎明期から携わっている北海道ボールパークプロジェクトの準備会社:株式会社北海道ボールパークへ出向中。現在は同プロジェクトのパブリックリレーション、マーケティング、クリエイティブプロデュースに加え、ファイターズの採用関連業務も兼任。今年8月にリリースされた北海道日本ハムファイターズの採用広報ツール「ご家族円満転職サポートテンプレート」の企画・プロデュース全般を担当。

株式会社北海道日本ハムファイターズ

事業統括本部 コンシューマビジネス部 チケットグループ
チーフ トラン ティ 美蘭

大学卒業後、米国マイナーリーグで1年間のインターンを経験。日本では株式会社北海道日本ハムファイターズに入社し、ファーム関連の業務に従事。現在は同社の幅広いビジネスに携っており、倉田氏とともに北海道ボールパーク立ち上げに伴う採用プロジェクトに参加。今年8月にリリースされた北海道日本ハムファイターズの採用広報ツール「ご家族円満転職サポートテンプレート」の制作や採用関連業務全般を担当。

野球やファイターズに興味を持っていない潜在層へのアプローチを狙った
あえてツッコミどころを作り、コミュニケーションの広がりを持たせる
一方的な情報発信にならないように、相手のことを「慮る」ことが大切

家族を持つ者にとって転職の大きなハードルとなるのが、「嫁ブロック」「親ブロック」とも言われる家族からの反対意見です。とくに転居や移住を伴う転職の場合、家族の同意を得られずに転職を諦めてしまう人も少なくありません。
そうした中、北海道日本ハムファイターズ(以下ファイターズ)が無料公開した採用広報ツール「ご家族円満転職サポートテンプレート」が話題となりました。転職希望者が家族の同意を得るために作られた50ページ以上におよぶパワーポイント資料は、仕事と北海道に関する情報をユーモアたっぷりにPRする内容が共感を呼び、SNSを中心に情報拡散された効果もあって、多くの転職希望者からのエントリーにつながったようです。

ご家族円満転職サポートテンプレート

(ご家族円満転職サポートテンプレートより)

今回は、「ご家族円満転職サポートテンプレート」の企画・制作を担当した倉田氏とトラン氏の元へ伺い、このような採用広報ツールを作ることになったきっかけや制作にあたって工夫されたこと、現状の採用活動における効果などについて詳しくお聞きしました。

野球やファイターズに興味を持っていない潜在層へのアプローチを狙った

北海道ボールパークの立ち上げに伴う人材採用のために「ご家族円満転職サポートテンプレート」という採用広報ツールを作ることになったきっかけについて教えていただけますか?

野球やファイターズに興味を持っていない潜在層へのアプローチを狙った

倉田氏:2023年に開業予定の新球場を含む複合施設「北海道ボールパーク(仮称)」は、「ひとつの街を創る仕事」と言っても過言ではないプロジェクトです。そのため、感度の高いビジネスパーソンの間ではそれなりに認知度のあるプロジェクトにはなってきているのですが、全国的な知名度はまだまだ高くないですし、転職先として検討される土壌にも上がりにくい状態だったと思います。有名球団の新球場とは言っても、ファイターズという会社の組織規模は130名程度。「一地方の企業が推進しているプロジェクト」というイメージをいい意味で裏切るような形で全国の人々に認知・理解していただいた上で、プロジェクトに関わる仕事で得られる経験や価値、北海道そのものの魅力を合わせて理解していただく必要があると考えていました。

「ご家族円満転職サポートテンプレート」のようなツールを作成してほしいというファイターズ側からのリクエストがあったのでしょうか。

倉田氏:今年7月、一番初めに声を掛けられた際は中途採用に関するデジタル広告を作ってほしいという依頼でした。いわゆる人材募集用のバナー広告です。ただ、私としてはWebバナーで訴求するだけでは、もともとファイターズに強い関心を持っている人々しか集まらないのではないかと考えていました。先ほど申し上げたように、まだ北海道ボールパークのことを知らない人、ファイターズそのものにはそこまで関心がないような人、そうした潜在層に対してもアピールして母集団を広げるためにはもっと効果的なやり方があると思ったので、私から採用全体の設計とともに採用広報に関するプレゼンをさせていただいたのです。

確かにファイターズのようなプロ野球の人気球団であればバナー広告だけでも人は集まりそうですよね。でも、それだけではダメだと。

倉田氏:もともとファイターズに興味があり、すでに北海道ボールパークを認知している層にしかリーチできないような展開では、今回の中途採用は意味をなさないと思っていました。この北海道ボールパークプロジェクトの事業領域は野球興行だけに留まりません。ライブエンターテイメント空間として大きくグロースさせていくためには新たな視点と専門性を既存の組織に持ち込み、化学反応を起こす人材が不可欠。ですから、プロジェクト自体を多くの人に認知していただき、これまで興味を持っていなかった人たちに対してもアプローチしていくことが必要だと考えました。

興味を持っていない人たちにもアプローチ

トラン氏:もちろん野球が好きな方、スポーツが好きな方も必要ですし、そうした方々からの応募も歓迎しています。ただ、これまでまったくファイターズに興味がなかったという方、北海道ボールパークを知らなかったという方にも今回のプロジェクトを知っていただき、力を貸していただきたいという思いが強かったですね。

倉田氏:お恥ずかしい話ですが、私自身も野球にそれほど詳しいわけではありません。しかし、数年前にこのプロジェクトの話を聞いたときは、構想の規模感や将来の可能性にワクワクしたんです。私のような人に対しても、「どうしたら興味を持ってもらえるだろうか」ということは考えていましたね。今回のツールは、そうした方達のインサイトも踏まえて制作・展開したつもりです。

あえてツッコミどころを作り、コミュニケーションの広がりを持たせる

「ご家族円満転職サポートテンプレート」を作る際に工夫した点、苦労した点について教えていただけますか?

倉田氏:資料自体は4部構成になっています。いわゆるバズらせる、話題にして拡散してもらうという役割を第3部に持たせているためそこばかりがフューチャーされていますが、それだけでは全く意味がありません。先ほども申し上げたとおり、まずは「転職先の候補として検討してもらい、自分事化してもらう」。そして、転職先の候補となった後に「転職検討者が家族の同意を得る」というプロセスの中でしっかりと機能することが最優先だと考えていました。

これは、転職を考えている層に“使ってもらう”ことを目的にしている。だからPDFだけではなくパワーポイント形式でもダウンロードできるようにしたんですね。

倉田氏:おっしゃる通りです。面白さだけではなく実用性のあるツールとして機能させなければなりませんので、「こんな仕事があるんだ。こんな魅力的なプロジェクトがあるんだ」という「仕事内容」および「将来性」について第1部、第2部でしっかり伝えることを意識して作成しました。

トラン氏:近年、スポーツ業界内にビジネス性があることがクローズアップされつつありますが、認知度としてはまだ低いと感じています。ですので、スポーツビジネスとしての将来性や安定性もしっかり説明する必要があると考えました。

あえてツッコミどころを作り、コミュニケーションの広がりを持たせる

そうした前段があっての第3部なのですね。ここでは「どのような生活メリットがあるのか?」ということで、北海道に住む魅力をユーモアたっぷりに伝えられています。

倉田氏:多くの方に注目いただいた第3部に関しては、一言一句までこだわってつくっています。その中で、ファイターズ社内の人間からもさまざまな意見をもらいました。

トラン氏:ファイターズのブランドイメージもあるので「これはちょっとくだけ過ぎじゃないの?」「これは何のための資料だっけ?成り立たないんじゃないの?」といった意見も出ましたよね。

倉田氏:そうした社内の意見とのバランス調整に関しては多少苦労したかもしれません。ただ、「会社が言いたいことだけを伝える」という自己満足のメッセージ発信だけでは、コミュニケーションとして成り立ちません。先ほど申し上げたように、あくまでもこのツールの目的は認知拡大と理解促進ですし、もう一歩進んだ先には「移住を伴う転職」ということで、ご家族とのご相談・説得という課題が出てきます。そうした部分をクリアするためには、当然ながら移住に関する有益な情報を盛り込む必要もありますし、メッセージに広がりを持たせるような表現も必要になると考えました。

メッセージに広がりを持たせるような表現も必

(ご家族円満転職サポートテンプレートより)
「スギ花粉が少ない!」「G(ゴキブリ)と遭遇しない!」「アスパラガスが太い!」という事実は、北海道外の人間からすると意外でした。

パワーポイント一例

(ご家族円満転職サポートテンプレートより)

倉田氏:北海道外の方はもちろん、北海道内の方が読んでもツッコミどころがあるようなコンテンツの余白を設けることで、コミュニケーションとしての広がりを持たせたいと考えていました。こうしたノウハウは電通のクリエイティブチームが経験値として持っていたので、ファイターズ社内の人間に対してもしっかりと説明し、同意を得られるように努力しました。

トラン氏:
第3部に関しては北海道内の方が見ても、「そうだったんだ!」という反応をする方が多いです。アスパラの太さに関しても北海道の方々にとっては、日々スーパーで当たり前に目にしている太さですからね。それが特別だということになかなか気がつかないのだと思います。倉田が申し上げたように北海道内の方と北海道外の方、それぞれが興味を持って反応できる。まさに、コンテンツの余白があることがポイントになっているのかもしれません。たとえ、転職につながらなかったとしても、ひとつの会話が生まれるきっかけになったと思います。

一方的な情報発信にならないように、相手のことを「慮る」ことが大切

一方的な情報発信にならないように、相手のことを「慮る」ことが大切

募集を開始してから1カ月弱ですが、応募状況などはいかがですか?

倉田氏:現在のところ(9月前半時点)自社の採用Webサイト、求人広告を合わせて4000件以上の応募が集まっています。北海道外と北海道内の応募者の割合は、おおよそ5:5(自社サイト経由 ※取材当時)となっており、北海道外の応募者の割合が少しずつ増えています。当初の計画では1000応募も集まれば御の字だと考えていたので、書類選考を行うだけでも大変な状況です(笑)。

トラン氏:もちろん、母集団が多ければいいというわけではないのですが、プロジェクトのブランディングも兼ねて行っていることを考えれば、当社の想像を超える成果が得られていると実感しています。ファイターズ社内でも、できるだけ多くの方にお会いして決めていきたいという意向ですので、調整を行っております。

確かに、TwitterなどSNSでの拡散具合もすごいですよね。

倉田氏:ある程度、SNSでの広がりを意識・計算して作ったツールではあるのですが、ここまでの広がりについては予想していなかったので、素直に嬉しいですね。

Twitterの拡散

トラン氏:これまでファイターズやスポーツ業界に興味がなかったような方々も反応してくださっている。そこは本当に良かったと思っています。

今後は選考作業が本格化していくと思いますが、選考・採用に関してはどのようなことを意識して進めていかれるのでしょうか。

倉田氏:一番大切なことは、今回の採用を経て入社される方に、きちんと組織に馴染んで活躍していただくことです。採用広報をして人を大量に集めるだけで終わってしまっては意味がない。その方が入社し、その後の活躍・定着まで見据えてしっかりプロデュースしていくつもりです。

トラン氏:異業界・異業種出身の方が入社された場合でも、しっかり受け入れられるような組織づくりをしておかなければならないと感じています。当社自体は130名程度の組織ですが、これからどんどん大きくなっていくと思いますし、多様性ある組織を作るためにも必要なことだと考えています。

最後になりますが、採用広報にチャレンジしようと考えている経営者や人事・採用担当者の方々へのメッセージ、アドバイスをいただけたらと思います。

トラン氏:自分たちの情報を一方的に発信するのではなく、相手のことを深く知った上で、情報を選んで発信することが大事なのではないかと考えています。倉田も申していましたが、「うちってすごいでしょ」だけでは、候補者の課題解決にも不安払拭も行うコトはできませんから。

不安払拭

倉田氏:私も同意見です。相手のことを「慮る」ということが一番重要ではないでしょうか。何を伝えれば相手に響くのか、相手が何をポイントにして判断しようとしているのかー。そういったことを一つひとつ丁寧に想像し、有効かつ適切なコンテンツを提供することが、採用広報を成功させるためのポイントになると思います。

【取材後記】

採用広報というと、「自社の優位性や仕事の特徴をいかに魅力的に伝えるか」ということばかりに頭が行きがちですが、倉田さんやトランさんが仰っていたように、まずは相手のことを深く知り、相手が望む情報を提供することが重要であると言えそうです。

ファイターズの「ご家族円満転職サポートテンプレート」は、まさに転職希望者の気持ちに寄り添った内容で構成されていますし、転職希望者の先にいる家族のインサイトに訴えかける情報も存分に盛り込まれています。さらには話題性やSNSでの拡散を狙った、議論になり得る広がりのあるトピックスも効果的に機能しているようです。

採用広報を始めるにあたっては、「どんなメディアやチャネルを使うか」ということよりも、まずは自社が求める人材のイメージを明確にし、その相手に何を伝えるべきかを考えることからスタートしてみてはいかがでしょうか。

(取材・文/佐藤 直己、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)