リスクなしで失敗体験ができる – ゲーミフィケーションとHR領域の意外な親和性

株式会社バンソウ

取締役 宮﨑 雄

ボードゲームデザイナー。1992年生まれ。2015年早稲田大学文化構想学部卒業。ボードゲームデザインの手法を用いて、企業向けに研修やコミュニケーションを促進するゲームの開発・コンサルティングを行う。つくったゲームは「トポロメモリー」「コトバグラム」など。

ゲーム設計によって、コミュニケーションを生む
ゲームはリスクなしで成功・失敗経験を得ることができる
「チームメンバーはどんなゲームをプレイしているのか?」を考えてみよう

ゲームのデザインや原則、ルールなどの要素をゲーム以外の物事に応用する、「ゲーミフィケーション」の概念が提唱されて久しいです。今では幅広い分野で実践されており、回転寿司の皿の枚数でくじが引ける「ビッくらポン!」(くら寿司株式会社)や、すごろくを進めながらコスメ商品の特性を理解できる「肌ポリーEX」(株式会社ドクターシーラボ)などの事例があります。

株式会社バンソウ 取締役の宮﨑雄さんは、ボードゲームの仕組みや本体を設計するゲームデザイナー。数学のトポロジーをテーマにした「トポロメモリー」や、人気マンガ「DEATH NOTE」のキャラクターを使ったゲーム「DEATH NOTE人狼」(株式会社チョコレイトと共同制作)などを制作しています。

宮﨑さんが手掛けているのは、一般向けのボードゲームだけではありません。企業で発生する課題を解決するために、研修や社内行事などに使用するオリジナルのボードゲームも制作しています。今回は、ゲーミフィケーションがビジネス、そしてHR領域にどのように役立つのか、伺いました。

ゲーム設計によって、コミュニケーションを生む

宮﨑さんは企業内研修や、社員交流を目的としたボードゲームを制作されていますね。企業向けボードゲームの制作はどのような流れで行うのでしょうか?

ゲーム設計によって、コミュニケーションを生む

宮﨑氏:最初に、企業から「こういう課題があるのだけど、ボードゲームで解決できないか」という相談が来るんです。解決すべき課題が明確になっていないことも多いので、担当者に詳しくヒアリングして課題を具体的にしつつ、ボードゲームによって「参加者にどんな体験を得てほしいか」を決めていきます。

次に、明らかにした課題や体験の構造が似ているゲームを、既存のゲームの中で探します。複数のゲームのアイディアや構造を組み合わせながら、クライアント企業に合わせてカスタマイズしていく。ゲームの概要が決まったら、プロトタイプを手づくりして、テストプレイをしながら細かい調整をしていきます。

話し合いながらボードゲームの内容を決めていくのですね。最終的に、どのような形で納品となるのでしょうか?

宮﨑氏:企業によってそれぞれです。ルールブックだけをお渡しして終了することもありますし、ゲームで使う物を全て印刷して、市販されているボードゲームのようにパッケージングしてお渡しすることもあります。

企業によってそれぞれ

具体的に、企業向けに手がけた事例を教えていただけますか?

宮﨑氏:ゲーム制作会社から「社員同士のコミュニケーションが活発になるようなゲームをつくってほしい」という依頼をいただいたことがあります。200人くらいの企業だったんですが、担当するタイトルごとにチームが分かれていて、チームを超えて話す機会が生まれにくいという課題がありました。そこで、全社行事のタイミングに合わせて、社員全員で遊べるようなゲームをつくったのです。

200人の交流を促すのはなかなか想像しにくいですが、どのようなゲームだったのでしょうか?

宮﨑氏:まず普段仕事で関わっているチームとは、まったく関係のないチームをつくります。そして、その会社が制作しているタイトルに関連したクイズとパズルを組み合わせたようなゲームを遊んでもらう。そうすることで、チーム内で「このクイズだったらこの人がやった方がいいよね?」「▲▲さん、このパズルの解き方わかる?」というコミュニケーションが起こり、誰にでも活躍のチャンスが生まれる。

また、他チームともコミュニケーションが生まれるように、クイズはチームごとに分割しました。たとえば全部で50問だったら、1チームに5問しか渡さない。すると、より多く正解するために他のチームとクイズを交換する必要が出てくるんです。「僕、このクイズわかります」「あの人はあれが得意なはずだから、このクイズは渡しちゃダメだ」のように、その人の特徴をとらえた会話も、自然に生まれます。携わっているゲームタイトルや職種がきっかけになって、他部署の人の得意不得意やバックグラウンドが理解できるようになるわけですね。

ゲームの設計次第で、コミュニケーションを発生させることもできるんですね。企業向けのゲームをつくるときに気をつけていることはありますか?

宮﨑氏:一般向けゲームなら面白さを優先するのですが、企業向けのゲームでは解決すべき課題を優先しなくてはいけません。もちろんゲームを楽しんでもらうためにはある程度の面白さは重要です。しかし、「こっちの方が面白そうだな」と思っても、課題を解決できるものでなかったらボツにします。それが一般向けと企業向けの大きな違いですね。

ゲームはリスクなしで成功・失敗経験を得ることができる

そもそも宮﨑さんはどのような経緯でゲームデザイナーになられたのでしょうか?

宮﨑氏:もともとボードゲームが好きで、趣味的に一般向けのボードゲームをつくっていたんです。企業向けにつくるようになったきっかけはnoteで書いた「ボードゲームの説明書に学ぶ、「伝わる」引き継ぎ資料の作りかた 実践編」という記事ですね。

それまでもゲームづくりの中で気づいたことをnoteに書いていたのですが、このときは「業務の引継書を書く際は、ボードゲームのルールブックが参考になるよ」という切り口でまとめたところ、特に多くの人に読んでいただきました。ボードゲームは、道具だけを手渡されても、何をすればいいのかまったくわかりません。初見でまったく知識がない人でも、ルールブックを見れば遊べる、という状態にしなければならない。これは前任者が退職した後に、後任者が資料だけを見て仕事をしなくてはいけないのと、同じだと思ったんです。

ゲームはリスクなしで成功・失敗経験を得ることができる

残念な引継書を受け取って困惑した経験のある人は多そうです。ボードゲームのルールブックを参考にするというのは、普段からボードゲームに触れていた宮﨑さんならではの発想ですね。

宮﨑氏:この記事が評判になったことで、「ビジネスにおけるゲームの活用には需要があるんだ」と気づきました。研修だけではなく普段の業務理解など、いろいろなバリエーションがつくれるのではないかと。それから企業向けに「課題解決のためのボードゲームをつくりますよ」という発信をするようになっていったんです。

ゲームを業務に用いると、どんな効果があるのでしょうか?

宮﨑氏:「7・2・1の法則」というものがあります。これは、「仕事で学びを得るときに、人は7割を経験から、2割を他者からのアドバイスから、1割を座学から学んでいる」というもの。自ら参加してゲームをプレイすることは、座学よりも経験に近いと思っています。ゲームなら座学よりも学習効果が高いということになりますね。

「経験から学びを得る」というと、従来のOJTもそれにあたると思うのですが。

宮﨑氏:実際の仕事の現場では、複数の業務が同時進行で進むのが普通だと思います。でもOJTを受ける人からすれば、どの業務から何を学んでいいのかがわかりにくくなってしまいますよね。これでは非効率的ではないでしょうか。その点ゲームなら、特定の業務だけを疑似体験してもらうようなルールをつくることもできる。つまり、学んでほしい内容にフォーカスした体験が用意できるんです。

確かにある程度慣れて業務全体の流れが見えるようになるまで、1つ1つの業務の意義はなかなか掴みづらいですよね。

宮﨑氏:また、OJTは建前上訓練という位置付けですが、実質は仕事そのものではないでしょうか。そこで失敗すると企業に損失が出てしまいますし、その人の評価が下がることもあります。それだと失敗を恐れてしまい、学びの機会として健全ではないですよね。しかし、ゲームの中で失敗しても企業に損失は出ませんし、周りの人からの評価が下がるということはないと思います。むしろ楽しんで取り組めるから吸収も早くなるのです。

また「リソースが足りなかった」「事前に上司と擦り合わせられなかった」などと言い訳ができてしまう実務と違って、ゲームはみんな条件が同じですから、失敗したときに言い訳ができません。自分の思考や選択がダイレクトに結果に反映されますから、本気にならざるを得ない。ゲームはゼロリスクで、本気の成功・失敗経験を得ることができるんです。

ゲームはゼロリスクで、本気の成功・失敗経験を得ることができる

ボードゲームが特に良い理由はあるのでしょうか?

宮﨑氏:たとえばコンピューターゲーム(TV・スマートフォン)だと、どうしても画面に人の注意が集中してしまいます。一方、ボードゲームはゲームを媒介に人と人とのコミュニケーションが生じるもの。多くの仕事は他者とのコミュニケーションによって進行しますよね。そういった点でも、実際の仕事の現場に近いのではないかと思います。

また、運用面では導入ハードルが低いことがメリットです。電子機器を使うと、どうしても接続や設定が手間になり、管理が煩雑になってしまいます。ボードゲームであれば、配布しやすいように紙だけで制作することもできますし、極端な話PDFデータを共有するだけで事足りるケースもあります。

コミュニケーションを促進する意味ではスポーツという発想もあるかとは思いますが、スポーツだと年齢や体力などの要素によって、参加する人を選んでしまいます。 その点ボードゲームなら、ルールさえわかれば、年齢や体力、さらには言語にかかわらず、全員で遊べますよね。

「チームメンバーはどんなゲームをプレイしているのか?」を考えてみよう

実際のゲームをプレイする以外に、普段の業務からゲーミフィケーションを導入することはできるのでしょうか?

宮﨑氏:そうですね。たとえばチームで仕事をするときに、仲間が「どういうゲームをプレイしているのか」と考えてみるのはいかがでしょうか?

「チームメンバーはどんなゲームをプレイしているのか?」を考えてみよう

「チーム一丸となって仕事に取り組みましょう」という建前があっても、実際には「売上を伸ばすこと」が目的の人もいれば、「上司に気に入られること」が目的になっている人もいるでしょう。いわば、それぞれが違うゲームをプレイして、違うゴールを目指している状態になってしまっているんです。

どこの職場でもよくある状況だと思います。

宮﨑氏:人間のモチベーションの根本は人それぞれ違うので、完全に一致させることはとても難しい。それでも部分的に重ね合わせたり、間をとったりすることができるはずです。

さっきの例で言うと、2つを組み合わせて「上司に気に入られながら売上を伸ばす」ということは、決して成り立たない話ではないですよね。お互いをすり合わせることで、両立し得るはず。もちろんこのときに「お前上司に気に入られようとしているだろう」なんて言うと、相手はカチンと来てしまいますから、「ちょっとゲーム的な発想で目的を整理してみよう」など、伝え方は工夫する必要があります。

マネジメントやモチベートにも応用できそうな発想ですね。

宮﨑氏:実際、HR領域にゲーミフィケーションを取り入れている会社もあるんですよ。社内通貨を発行して、社員同士でプレゼントしあうとか。ただ、そこまで大々的なシステムは、そう簡単には導入できませんよね。それなら、「今期のモンスターは何だろうね?」「どういう武器があったらいいかな?」のように、ゲーム的に言い換えるだけでも、ちょっと仕事は面白くなるかもしれません。

ちょっと仕事は面白くなるかも

「ゲーミフィケーション」という言葉も、以前に比べ受け入れられているような気がします。

宮﨑氏:ボードゲームに限らず、「ゲームが現実に影響を及ぼす」という認識が広まってきたのではないでしょうか。『信長の野望』でビジネス戦略を学んだとか、『Fit Boxing』でダイエットが成功したとか。

「ゲームだから」といって遊びにしか使えないように考えてしまうのは、少々もったいないですよね。

宮﨑氏:そうですね。ゲームに近い分野だと、「漫画がビジネスに役立つ」という話も最近よく見かけます。エンターテインメントでしかないと思われていたものが、意外と他の分野にも活用できるという風潮は感じますよね。ボードゲームの価値が再認識されているのも、その一つなのかもしれません。

「ゲーミフィケーション」という言葉

【取材後記】

「全ての仕事ってゲームだと思うんですよ」。取材中に宮﨑さんがふと口に出した言葉です。お話を聞きながら、宮﨑さんの考えるゲームは、普段我々が考える「ゲーム」よりもはるかに大きな概念であることがうかがい知れました。思えば、仕事は課題の認識と解決の繰り返しと言えるでしょう。その中で人はそれぞれの工夫をしていくことになります。その流れは、確かにゲームをしているときの感覚に似ているかもしれません。

採用・研修にゲームを取り入れる。また、チームでの活動をゲームと捉え直してみる。組織の中で困難な課題に直面したときに、宮﨑さんの持っている視点はきっと役に立つはずです。

(取材・文/斎藤 充博、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香(プレスラボ)・齋藤 裕美子)