「自分の気持ち」を大事に。マンガで考える仕事論『いつかティファニーで朝食を』(1)

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日本では日々、さまざまな趣味や好みを持つ人に向けてマンガが出版されています。娯楽のための作品でありながら、作品に登場するキャラクターは現実社会を生きる人たちの考え方や思いが反映されていることも。そこには組織やチーム作りを考えるときに重要な「多様性」「個人が何を思って生きているか」を感じ取ることができます。今回はマキヒロチさんの『いつかティファニーで朝食を』(新潮社)から、個が生きる組織づくりに大切な考え方をご紹介します。

【作品紹介】『いつかティファニーで朝食を』(マキヒロチ/新潮社)

都内のアパレル企業に勤める佐藤麻里子を中心に、恋愛や結婚、仕事に悩む人々を描く作品。選択肢が増え、先が見えにくくなった今を生き抜こうとする人々の考えや姿勢を、思わず食べたくなるおいしそうな朝食と共に描き出す。タイトルは名作映画『ティファニーで朝食を』にちなむ。

組織づくりは「大切なもの」の共有から。自分の大切にしているものを相手と共有できるか?

物語は、主人公の佐藤麻里子が長く付き合っていた恋人と別れるところから始まります。その理由は「一緒にいたくて暮らし始めたのに、ちっとも一緒にいられない」というもの。一見わがままのように見えますが、そもそも同居を始めるときに「毎朝一緒にごはん食べる」と約束していた2人。それは麻里子にとって大切なことだったのに、恋人の創太郎には軽く扱われてしまいます。仕事の事情がありつつも、麻里子が大切にする「朝ご飯を一緒に食べる」という価値観を創太郎は共有できませんでした。第1話のやりとりからは、2人の間のズレ、会話のかみ合わなさが浮き彫りになります。麻里子は自分勝手と思いながらも自分の気持ちに逆らわず、「自分が大事にしているものを大事にする生活」のため、創太郎に別れを切り出します。

自分の大切にしているものを相手と共有

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第1巻より)

「自分の気持ちに逆らわない」「自分が大切にしているものを少しでも共有してくれる人と一緒にいる」――この考えは、組織やコミュニティー内のコミュニケーションを考える上でも参考になります。組織やコミュニティーも人間で構成されている以上、その関係は最終的に人間関係と切っても切り離せないからです。

そこに所属している人々が、「組織やコミュニティーは自分が大切にしているものを同じように受け止めてくれる」と思えなければ、その組織や集団は人を引き付け続けることはできません。特に人材の流動性が高まりつつある今は、属している集団との大切にしたいもののズレが大きくなり違和感を抱くようになると、麻里子と創太郎のように「相手に合わせるのに疲れる」という事態になり、集団から立ち去ろうと思わせることになるからです。これは価値観だけでなく、評価、報酬などあらゆることに共通します。

もちろん集団の価値観が浸透し、個人の価値観が変わることはあります。麻里子と創太郎のような同居の場合でも、価値観のズレを少しずつ擦り合わせていくことはできるでしょう。

ただ、最新の行動遺伝学の研究によると、人間のさまざまな能力については遺伝の影響が大きいとされており、これは外向的・内向的といった性格にも及ぶそうです。とすると、無理やり個人を変えようとするよりも、それぞれの個性がきちんと受け止められる組織づくりに動くことが、集団を維持する側の役割だと言えます。もちろん集団の中での個人の成長は重要ですが、そもそも組織やコミュニティーは歴史的に見ても、個人では達成できないことを成し遂げるために人々が集まってつくったもの。「集団の目的のために個人を変える」という発想だけを貫くのは本末転倒と言えるでしょう。

組織への愛着を生む成功体験を、一人ひとりにもたらしているか

さまざまな人を組織にひきつけるためにはどうすればいいのか。価値観の共有はそのためのひとつの方法ですが、もうひとつは達成感や成功体験を通じて組織への愛着を生むことです。

実は物語の中で、麻里子も「転職=今の会社を去ること」を考えます。20代後半、懸命に働いてきたけれどもこのままでいいのか-。一緒に頑張ってきた人が退職したり、周りの人が転職を考えたりしている中で、麻里子は「今のままでいいのか」と悩み始めます。社会や会社をよく知ることなく20代で働く組織や分野を決めざるをえない日本では、このような悩みを抱える人は少なくありません。

このとき麻里子に退職しないと決意させたのは、勤務先での成功体験です。

周りが「次」に進んでいく中で、自分だけが置いていかれるという思いから迷いが生じた麻里子は、長い付き合いの友人を家に呼び、朝食をつくりながら「仕事を辞めたいと思うことがあるか」と問い掛けます。この問いに対し、友人が投げ返したのは「じゃあ、辞めちゃいなよ!」という変化球の言葉。麻里子の脳裏には、自分が任せてもらった仕事を仲間と一緒にやり遂げて結果を出したときの喜びが浮かびます。

反射的にこのシーンが出てくるのは、細かな仕事に押しつぶされ、嫌になったり体力的につらくなったりしても、麻里子にとって今の仕事は楽しいというプラスのイメージだということ。物語の中で、麻里子は企画や事務作業などさまざまな仕事を進めていますが、とにかく店舗のスタッフらとやりとりしながら売上という目標を達成することを心から楽しんでいます。

仕事が好き

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第2巻より)

もちろんこの達成感や成功体験の共有は、組織側が無理に押し付けられるものではありません。あくまで組織を構成するひとりひとりに日々の仕事や活動の中で見出してもらうしかありません。組織としてできるのは、全体の目的をまい進する中で、その機会をなるべくつぶさず個人が成功や達成を感じられる環境をつくることが求められます。

組織をより良く機能させるための「鳥の目俯瞰」視点

組織としての目的達成を目指しながら、構成員に成功体験を通じて達成感を覚えさせる――このバランスを取るために必要なのが、組織を客観的に見つめることです。外部のアドバイザーやコンサルタントを雇うなどの方法もありますが、第一歩は鳥の目で俯瞰的に組織を見てみることでしょう。

『いつかティファニーで朝食を』の中では、麻里子が恋愛で同じようなことをするように勧められます。

麻里子は創太郎と別れた後、ある男性と付き合い始めます。相手は旅先で偶然出会い、仕事の関係で再会した人。運命的で、寂しかったこともあり恋人関係に。しかし、相手を大切にしたいとは思いつつも、コミュニケーションがうまく取れなかったり相手の気分に振り回されたり。洋服の雰囲気を含め、周りからも「変わった」と言われるようになります。疲れがたまり、不調を感じるようになり、別れるかどうかを悩む麻里子に対し、長いつき合いの友人は天井ぐらい上から俯瞰で自分を見ることを勧めます。自分を見下ろして「この自分は好きか」を考えてみて、と。

今の自分が好きか

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第7巻より)

もちろん麻里子はこのとき、「好きじゃない」と結論を出します。相手と一緒にいるときの自分を改めて俯瞰してみると疲れ切った状態で、別れを選択することになります。

こうした俯瞰は、会社などの組織に対しても有効です。同化した状態から一度完全に外に出て、組織を見てみる-。たとえば、仮に会社を去って、完全な第三者になったときに自分の組織のことを他の人にどう説明できるでしょうか。「どんな人にも勧められる」というのであれば、その組織は多くの人が活躍できる場所になっていそうです。一方で批判的な意見が先に出てくるようであれば、組織全体として改善するべきところがありそうです。

【まとめ】

マンガの面白さは、現実から空想、そして理想まであらゆるものを描き出すことができるところにあります。マンガを読むとき、ただエンターテインメントとして楽しむだけでなく、少し視点をずらして現実社会に応用できないかを考えれば、現状をより良くする意外なアイデアが得られるかもしれません。

(文/bookish、企画・監修/山内康裕)