「個人を奮い立たせるもの」をつぶさない-『いつかティファニーで朝食を』(3)

マンガを介したコミュニケーションが生まれる状況をつくることを目的に活動しているユニット。小さな複合書店『マンガナイトBOOKS』の展開に加え、レビューや論評などの執筆活動、ワークショップの開催を行っている。本連載は、「『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方」(集英社)を共著した代表の山内康裕(監修)と、いわもとたかこ=bookish(執筆)が担当する。

「スイッチが切り替わる」きっかけは人それぞれ、タイミングを見逃すな
十人十色の「個人を奮い立たせるもの」をつぶさない
チームの生産性向上にも。「好きなもの」が生むつながりは強い!

マキヒロチさんのマンガ『いつかティファニーで朝食を』(新潮社)を題材に、組織づくりを考えていく本連載。第1回第2回では大切なものを組織内で共有することの重要性や、新しい環境への挑戦について触れました。第3回では、個人がやる気を出すタイミングをコントロールすることの難しさと、その意欲を維持する環境をつくることの重要性を取り上げます。

【作品紹介】『いつかティファニーで朝食を』(マキヒロチ/新潮社)

都内のアパレル企業に勤める佐藤麻里子を中心に、恋愛や結婚、仕事に悩む人々を描く作品。選択肢が増え、先が見えにくくなった今を生き抜こうとする人々の考えや姿勢を、思わず食べたくなるおいしそうな朝食と共に描き出す。タイトルは名作映画『ティファニーで朝食を』にちなむ。

「スイッチが切り替わる」きっかけは人それぞれ、タイミングを見逃すな

組織としては、所属するメンバーに常に全力で仕事に取り組んでほしいと考えるもの。それぞれのやる気を後押しするために、講演や勉強会を開催する所もあります。

しかし、そういった場に参加した人が皆同じように動くわけではありません。メンバーに対して「いつやる気を出すのか」と、やきもきすることもあるでしょう。この「やる気を出す=何かに全力で真剣に取り組む」タイミングは、個人によって違うもの。それは『いつかティファニーで朝食を』の登場人物、米谷謙次の行動を見るとよくわかります。

佐藤麻里子の友人・新井里沙の恋人である米谷は、彼女らとは高校まで同じで、東京で働いた後、大阪に転勤しました。この転勤は米谷にとって、仕事上のミスによるもやもやを抱えたままの、後味の悪いものでした。その上、5年の大阪勤務後に得られた東京に戻る機会も、何の説明もないまま取りやめに。遠距離恋愛中の里沙とも微妙な雰囲気になり、米谷は「何のために働いているんだろう」と思い悩み始めます。

その彼が仕事に意欲を燃やすようになるきっかけは、偶然目にした高校野球の中継です。中継をきっかけに甲子園球場に足を運び、自分の高校時代には弱小高だったチームが出場していることに感動します。

彼が試合を見て感じたように、どんな仕事が与えられても、自分がどこに向かっているのかわからないまま走るのはしんどいもの。モチベーションを保つには「己の強い意志」や「誰かの導き」が必要です。米谷の場合は、前者の「強い意志」でした。今の自分を振り返り、「自分がいるべき場所はここ(=大阪)じゃない」という意識から、仕事に気が入っていなかったことを自覚した彼は、自分が野球を頑張っていた頃を振り返り、地に足を付けることの大切さを思い出します。

「スイッチが切り替わる」きっかけは人それぞれ、タイミングを見逃すな

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第6巻より)

ここ=大阪でやっていくと決意を固めた米谷は、取引先に認められる実績を出します。米谷の同僚が作中で言う、「仕事の憂さは仕事でしか晴らせない」を実践したのです。

「やる気を出す」「意識を高く維持する」――さまざまな機会を通して、組織のメンバーにこう求めたいところですが、個々人の考えや意思はなかなかコントロールできるものではありません。むしろ、そのメッセージを受け止めて動くためには、個人の側できちんとそれを受け止められる状態である必要があります。そのためにも、組織は内部のセミナーや勉強会だけでなく、業界横断的な勉強会を含む組織外のコミュニティーに、メンバーが積極的に参加しやすい環境を整えることも求められるかもしれません。

むやみに精神論を押し付けるのではなく、組織としては、米谷が決意を固めたときのようにメンバーが「スイッチを切り替える」タイミングを見逃さないようにし、ここぞというときに一段の成長のきっかけを提供できるようにすることが求められます。

十人十色の「個人を奮い立たせるもの」をつぶさない

米谷は、偶然目にした高校野球で自分を奮い立たせました。このように自分の背中を押し、意欲を維持させてくれるものを、常に自分で用意できる人もいます。その一人が主人公の麻里子であり、彼女にとってのそれは「朝食を食べること」です。これは麻里子の子どもの頃の思い出と結び付いた「譲れないところ」であると同時に、気分を入れ替えるカギにもなります(だからこそ、タイトルが『いつかティファニーで朝食を』であり、作品全体がおいしい朝食が食べられるカフェなどのガイド本にもなっています)。

たとえば、気の合う、淡い恋心も抱いていたアパレル企業の同僚・菅谷浩介の退職。先輩として快く送り出した後、喪失感を抱えながら有給休暇を取って、おいしいと評判の朝食を食べに行きます。そして卵かけご飯の朝食が生み出す「まるい味」に包み込まれつつ、「さて 今日はどんな一日にしようかな」と気分を切り替えるのです。恋人になれず、先輩・後輩としてのつながりもなくなり、喪失感に沈んだ麻里子を引き上げてくれたのも朝食でした。

十人十色の「個人を奮い立たせるもの」をつぶさない

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第9巻より)

大人になると、赤ん坊だったときのように、誰かが自分の機嫌を取ってはくれません。時には自分自身で精神状態を維持し、コントロールすることを求められます。そのためのツールが、麻里子にとっては朝食なのです。

もちろん、この「個人の状態を良好に維持してくれるもの=好きなもの」は人それぞれ異なります。組織としてできるのは、第1回でも指摘したように、メンバーそれぞれが大切にしていることを否定したり、つぶしたりしない環境をつくることに尽きます。

チームの生産性向上にも。「好きなもの」が生むつながりは強い!

個人の「好き」を大切にすることは、メンバー同士のつながりをつくることにもなり、それは組織全体にもメリットをもたらします。『いつかティファニーで朝食を』の中で、麻里子の「朝食好き」は古い友人とのつながりを維持するだけでなく、職場の中で共有されることで、会話を生み出します。時には、社内の友人と朝食を食べに行くことも。良い場所を見つければ誘い合って行ったり、朝までかかった仕事が終わった後に行ったり。こっそり相談事を持ち掛けるときも朝食の場です。

たとえば、アパレル企業にとって重要な商戦期であるクリスマス。同僚の伊達公子がミスをしたことで、伊達と菅谷、そして麻里子は明け方まで修正業務に追われました。明け方に仕事を終えた3人が向かったのは、会社近くのアサイーボウルを出すカフェ。ミスをした後だけに、カフェで目にした丁寧な仕事が身に沁みて、自分たちも見習う気にさせられます。仕事から離れた場所での会話に加え、ほかの業界の丁寧な仕事に触れることが、自分たちの仕事を見直すきっかけにもなっています。

チームの生産性向上にも。「好きなもの」が生むつながりは強い!

Ⓒマキヒロチ/新潮社(『いつかティファニーで朝食を』第4巻より)

麻里子と一緒に朝食を食べに行くメンバーは、1人でもふらりと朝食を食べに行くシーンがあり、それぞれ「朝食」にはこだわりがある人たち。こうした「好きなもの」の力は強く、組織のメンバーたちに、お互いに「この人たちと一緒にいたい」と思わせるようなつながりをつくり出します。

米国シリコンバレーの著名なIT企業のコーチとして活躍した人物の考えをまとめた書籍『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』(ダイヤモンド社)の中で、著者らは仕事外の興味や関心を共有することが、チームのメンバーのお互いを知ることにつながり、ひいては生産性を高めることを指摘しています。
もちろん「好きなもの」は組織が強制できるものではありません。前述のように、個人の趣味嗜好は多様であり、かつそれは尊重されるべきことです。組織の側が「連帯感をつくろう」と、特定の趣味を押し付けないようにすることは、忘れてはなりません。

【まとめ】

マンガの良い所は、作者の力で多様な考えや背景を持つ人物を生み出すことができること。性別や年齢にかかわらず、さまざまな悩みを持ち生きていこうとする人の姿が描かれています。「組織のメンバーが何を考えているのかを知りたい」と思うとき、彼らと直接やりとりすることはもちろん大切ですが、マンガのような創作物の中の人物の考えをたどることもまた、現実を理解するための補助線になるのではないでしょうか。

(文/bookish、企画・監修/山内康裕)