あえて「顔採用」を打ち出したワケ。社内から意識を変える化粧品メーカー、採用の裏側

株式会社伊勢半

総務本部人事労務部部長 隅田 靖

プロフィール

2020年度の新卒の就活解禁日にあたる、2019年3月1日。SNSを中心に、大きな反響を呼んだ採用があります。創業195年目を迎えた化粧品メーカー・株式会社伊勢半が打ち出した、その名も「顔採用」です。

これまで就活のスタンダードとされてきた、決まりきった服装・髪型・メイクなどではなく「メイクや服装で自分を表現すること」が本選考の条件。SNSでのエントリーも受け付けるといった革新的な採用方法で、一般採用を含めて前年比2倍と同社最大のエントリー数を記録しました。

一見“顔のみで採用”とも聞こえるこの採用方法には、炎上リスクもはらんでいるはず。ところが、結果はむしろ好意的な反応がほとんどだった模様。

伊勢半が「顔採用」に踏み切った理由。そして、社内外共に、誤解を招かないコミュニケーションを行うコツなどを伺いました。

ブランドの広報戦略から生まれた「顔採用」

化粧品メーカーがあえて「顔採用」を打ち出す。初めて見たとき、とても衝撃を受けました。Webの特設ページ公開後、SNSでの反響も大きかったですよね。

ブランドの広報戦略から生まれた「顔採用」

隅田氏:ありがたいことに、とても多くの反響をいただきました。

顔採用は「自分らしさ」を取り入れることで、等身大の自分自身で採用に臨んでいただくことを目的として始めたものです。自由な発想を求められる商品企画・宣伝企画職のみの募集に対して、実験的に行いました。

顔採用

(Instagramからのエントリーイメージ ※顔採用リリース資料より引用)

エントリーページからのみならず、Instagramで指定のハッシュタグを付けて写真を投稿するエントリーも実施しました。結果、打ち出し方やエントリー手順などで興味を持ってくださった方も多かったです。

SNS経由のエントリーとは、新しいですよね。そもそも、顔採用を実施するに至った背景を教えていただけますか?

隅田氏:もともとは、弊社のコーポレートブランド「KISSME(キスミー)」の広報プロジェクトの一環として行ったものを、採用活動にも転用したのが始まりです。

「KISSME」はブランドコンセプトに“私らしさを、愛せるひとへ。”を掲げています。飾りすぎない自分自身を愛してほしいと思って付けました。

その「KISSME」のプロジェクトを企画している際に、広報部門と採用部門の間で生まれたのが顔採用のアイデアです。

採用に課題感を抱いていたわけではなく、広報施策の中から生まれたアイデアだったのですね。

広報施策の中から生まれたアイデア

隅田氏:そうですね。もちろん、採用自体にも「従来のあり方を変えていきたい」とは思っていました。ただ、それをどのように解決するべきなのかはわからなかったんです。そこで立ち返ったのが、弊社の基盤をつくるブランドの掲げる“声”です。

伊勢半の採用では「私らしさを表現して採用試験に臨んでほしい」というメッセージを込めた、と。

隅田氏:画一的なドレスコードや就活メイクは鉄板の就活スタイルですが、本当にそうでしょうか。採用に「あるべき」なんてないのでは…?そう考え、顔採用を打ち出しました。

顔採用は「私らしさ」を表現するための手段だった

顔採用の解禁後、エントリー数の増加や応募者の属性変化などはありましたか?

顔採用は「私らしさ」を表現するための手段だった

隅田氏:まず、わかりやすいところで言うと、エントリー数が一般採用を含め、前年比2倍に上昇しました。伊勢半の採用には興味のなかった方にも、顔採用が広く知られたことの証だと思います。

もう一つ、驚いたのが他業界志望の方からのエントリーが増えたことです。従来、化粧品メーカーの採用は、競合企業との人材の取り合いになるケースが非常に多いのです。なぜなら、化粧品という商材に魅力を感じてエントリーくださる方が多いから。

ところが、顔採用を実施したことで「他業界を志望しながら、伊勢半にもエントリーしている」と答えた方が多かったんです。これは、過去の採用事例と比較しても珍しい結果でした。採用の裾野が広がったと考えて良いでしょう。

たしかに、業種に絞って採用活動を行うケースは多いように思います。実際の採用の様子はいかがでしたか?

隅田氏:一言で述べるなら、これまでよりも「のびのびした採用だった」と思っています。たとえば、面接の際の問答が前年までとはまったく異なります。今までは「志望動機を教えてください」から始まっていた面接が「今日の格好のこだわりはなんですか?」に変わるのですから。答える学生さんの緊張もだいぶほぐれますよね。

いわゆる“アイスブレイク”に似た時間を、面接の最中につくることができるのですね。

これまでよりも「のびのびした採用

隅田氏:そうですね。話していると、本当に多種多様なこだわりを持ってみなさんが面接に来てくださるんです。「これは思い出のスーツで…」とか「ネクタイのカラーが勝負色で…」とか「お気に入りのワンピースで…」とか。一人ひとりに強い興味を持ちながら話すことができるので、人事・採用担当者としても有意義な時間でした。

候補者のみなさんが魅力的で「選考が難しい」と唸ってしまいそうです(笑)。顔採用の際には、候補者のどのような点を見て選考を行っていたのでしょう。

隅田氏:企画職の採用なので、やはり発想力を中心に判断させていただきました。顔採用とは銘打っていますが、顔を見て判断しているわけではもちろんなく「本来の自分自身の姿だからこそ言える、率直な意見や発想」を重視していましたね。

顔採用は、本音を話してもらうための手段なのですね。実際、顔採用を行ったことで、候補者の自由な発想は見られましたか?

隅田氏:選考フローの一貫に組み込まれているグループディスカッションで、顕著にその様子が見られました。グループで企画を作ってもらうプログラムだったのですが、選考試験とは思えない盛り上がりでしたから。そして、実際に得られるアウトプットも僕たちが想像つかないようなものばかりで。とても新鮮でした。

言葉の一人歩きは許さない。「顔採用」が世に出るまで

顔採用というキャッチーなフレーズは、候補者とのポジティブな出会いをもたらしたように思います。SNSの活用によって、インタラクティブなコミュニケーションも実現されていました。しかし同時に思い浮かぶのは「炎上」の可能性です。どのようにリスクを考えていましたか?

言葉の一人歩きは許さない。「顔採用」が世に出るまで

隅田氏:強く意識していたのは、自分たちの意思を明言すること。社内外問わず、理解される採用を行おうと考えていました。「顔採用」のフレーズは、言葉のみが一人歩きしてしまうと、確実に誤ったイメージを植え付けてしまいますよね。ですから、絶対に理解を得られる届け方をしようと。そう考えて作ったのが、特設ページです。

自分たちの意思を明言

(KISSMEホームページ『顔採用はじめます。』より引用)
顔採用が持つ意味はもちろんですが、誤解を招かないよう、具体的な例を挙げたり注釈を付けたりなど、細かな配慮をされているのですね。

隅田氏:どんな方が見ても誤解を生まない見せ方をと思い、社内でもステークホルダーを巻き込みながら何度も細部までチェックしていましたね。一昨年の夏ごろに「顔採用を行おう」と決めてから、半年間かけて念入りに準備を行ってきました。

ただ顔採用を実施するだけではなく、応募してくださった方への合否メールにも工夫を施しました。具体的な文面はお伝えできないですが、よくある“お祈りメール”ではなく、自分宛てであることがわかるメールをお一人ずつにお送りしています。

顔採用の解禁からクローズまで、一連の流れにこだわり抜いたのですね。そのように、採用に工夫を施すことが企業にもたらすメリットはあるのでしょうか?

伊勢半の企業認知度が2倍に向上している

隅田氏:たとえば、伊勢半の企業認知度が2倍に向上しているといった、社内外問わず数値として得られる結果もあります。もちろんこれは、結果を残すことを目的に行ったわけではなく副産物です。

またもう一つ、思わぬ効果もありました。「顔採用」は就職活動の際のドレスコードを撤廃することも含んでいます。メイクと同じように、自分らしい服装で来てほしいとの思いを込めていた。しかし、ここで気づいたんです。応募者の方に自由な服装をお願いしているのに、それを迎える我々が「面接のドレスコード」に縛られているのはおかしいのではないか、と。

実は弊社は歴史のある企業で、社内には細かいドレスコードが決められていました。「重要な会議のときはジャケットを着用する」のように。それがこの顔採用の開始をきっかけに、応募者と面接官のそれぞれが自由な服装で面談することができるようにと、社内のドレスコードが撤廃されたのです。

「顔採用」が、社内も変えた。御社が「自分らしさ」を真剣に考えるがゆえの改革ですね。

隅田氏:今の時代、うわべの言葉だけで伝わるメッセージはほとんどありません。しっかりと時代の流れを見ながら、心から抱く意思のみを伝えること。それが、採用において、ひいては企業活動においても大切なのではないでしょうか。

【取材後記】

リスクテイクしてまで、伊勢半が顔採用を打ち出した理由。それは、数あるフレーズの中から「顔採用」が企業の想いを伝えるのにふさわしいものだったからに他なりません。

そして、その顔採用を大成功まで導いたのは、真摯に意思を持ち続け社内外とのコミュニケーションを取り続けた彼らの強いプロフェッショナル精神でした。

企業の採用手法は多岐に渡ります。正解も不正解もないのかもしれません。でも、人の心を動かす採用はきっとあるのだろうし、それは外面を整えるだけでは実現できないはず。伊勢半の覚悟を見た今、そう思わずにはいられません。

(取材・文/鈴木しの、撮影/黒羽 政士、編集/斎藤 充博(プレスラボ)、担当/齋藤 裕美子)