必要なのは「新たなつながりつくり」。短期間で優秀な人材とプールを確保していくために 対談後編

リンクトイン・ジャパン株式会社

日本代表 村上 臣

プロフィール
クックパッド株式会社

買物事業部 HRグロースマネージャー 則俊 慶太

プロフィール

アプリ上で朝8時までに注文すれば、生産者へ直接オーダーした新鮮な野菜や肉、魚などをその日のうちに指定したステーション(冷蔵庫)で受け取れる「クックパッドマート」。この事業部でHRグロースマネージャーを務める則俊慶太さんは、事業と組織の急成長に向け、2020年内にエンジニアやデザイナー、営業、配送管理といった複数ポジションで約50人を採用する計画を立てています。

事業開発に求められるスピードがどんどん速くなる一方で、人材の流動性が高まり続けている昨今。こうした市場環境で優秀な人材をタイムリーに確保し、さらに外部人材とのネットワークを強化して人材プールをつくっていくためには何が必要なのでしょうか。

則俊さんの相談相手としてクックパッドを訪れたのは、ヤフー時代に役員として組織再編や大量採用をリードし、現在は世界最大級のビジネスSNSのリンクトイン日本法人代表を務める村上臣さん。リファラル採用や外国人採用などの手法論から、新たな企業メッセージを世の中に浸透させる方法まで、幅広い視点で語っていただきました。

「爆速」というキーワードで変化へのスタンスを明確に

「爆速」というキーワードで変化へのスタンスを明確に

村上氏:率直に言って、いまのクックパッドは「以前より落ち着いた会社になったな」という印象はあります。

則俊氏:そう思う人は多いのではと思っています。だからこそ「レシピの会社から料理の会社へ」「食材の生産者を支援する」という新たな方向性を打ち出しているものの、世の中ではやはりレシピの会社というイメージが強い。かつ既存事業での成長性はあまり期待されていないために、新たにチャレンジする職場先として選ばれにくいんじゃないかと。だからこそ今回は、村上さんに、かつてヤフーで進めていた組織再編時における新規事業や子会社での人の集め方をお聞きしたいと思っています。

村上氏:ヤフーは頑張っていましたよ。僕が一度ヤフーを辞めて独立した後、再び執行役員として呼び戻されたのは2012年でしたが、組織が硬直化していた状態でバトンタッチされたんです。採用のやり方を変えて、「出戻り禁止の解禁」といった対策もそのときに進めました。キーワードは「爆速」でした。

則俊氏:爆速、印象的な言葉でした。

村上氏:当時の社長だった宮坂学さんは「自分が舞台を整えるから役員はどんどん踊ってくれ」というスタンスで、経営と人事が一体化して、制度がどんどん変わっていきました。新しい人材をどんどん連れてきたし、管理するやり方から1on1などコーチング重視へとスタイルを変えていきましたね。僕は、出戻り第1号でした(笑)。

則俊氏:そのころのヤフーという会社の認知にはどのような課題があったんですか?

「ヤフーはお父さんお母さんしか使わない」

村上氏:コンシューマー領域ではとても認知度が高いものの、詳しく見ていくと「ヤフーはお父さんお母さんしか使わない」といった学生の声も多くて(笑)。企業としてはある程度安定していて、固定のバイアスがかかったイメージを持たれていたのは、今のクックパッドさんと似ているかもしれません。

そんなときは、変化しているということを伝えなければいけない。だから「爆速」というキーワードを大切にしていたんです。「なんか、ヤフーが変わるらしいよ」というイメージを持ってもらった上で、いろいろなアプリをリリースしていく。

ヤフーが初めてTVCMを出したのも当時でした。それまでは十分な認知があるので自社広告でよかったけど、それだけでは非既存ユーザーにリーチできない。ヤフートピックスを見ない世代にも、強みだった乗換案内や天気予報などの課題解決系アプリで何かしらのタッチポイントを持てるようにしました。

則俊氏:確かに、いまのクックパッドにとっても示唆に富んでいますね。2012年当時のヤフーは「古い」なんて言われていましたが、僕が出会う爆速経営に関わっていたヤフーの人は面白い人ばかりでした。

村上氏:その人たちは、当時は眠っていたのかもしれませんね。大企業病だったのかもしれない。チャレンジするより、黙って既存の仕事をしていたほうがお得度が高い状況だったのかな…とも思います。チャレンジしたことが評価されず、結果だけを評価されるのであれば、難易度が高まる新しいことなんてやらないほうがいいですから。

則俊氏:2012年以降は採用もどんどん進めていったんですよね?

外から来た人は1日目から同じ方向を向いて盛り上げられる

村上氏:ガンガンやりました。変わったヤフーを一緒に盛り立てる仲間が不足していましたから。外から来た人は1日目から同じ方向を向いて盛り上げられるんです。そうした意味では、新規事業というのはわかりやすいポイントでした。

則俊氏:子会社をつくったり新規事業を生み出したりして30人、40人、50人と大量採用していくときには、どうやって爆速と両立させていったのですか?

村上氏:新規事業をやるときは本体と切り離して、子会社の意思決定で、爆速を超えた「超速」で進められるようにしました。自動運転バスとか、いろいろな子会社があったんですよ。

則俊氏:逆に、30人~50人の壁で失敗した会社や事業はありましたか?

村上氏:事業が駄目になってクローズの判断を下すことは多かったですね。3年ないしは4年でKPIを見て、やめる判断をしていました。その中で成功したケースでは、経営陣が「戦略を明確にできていたもの」が多かったと思います。今、何をやるか、何をやらないのか、を徹底的に絞り言語化する。最初は一つのことしかできないわけですよ。その上で、それができる人材に絞ってジョインしてもらい、ワンチームでやっていく。

則俊氏:戦略がイケていること、そして戦略を実行できる人材を確保できていること事業グロースの観点で重要なんですね。

村上氏:ただ、戦略を実行するための人材をタイムリーに採用するのは難易度が高いんですよ。そんなときにありがちなのが「お前、兼務でいけるだろう」みたいな(笑)。役員やマネジメントレイヤーの人材は、とかく兼務させられがちですが、どうしてもロスが出るんですよね。

インターナルコミュニケーションを強化して「全員採用担当」に

インターナルコミュニケーションを強化して「全員採用担当」に

則俊氏:必要な人材を絞ってタイムリーに採用するというのは本当に肝だと思います。ただおっしゃる通り、相当難しいですよね。

村上氏:間違いなく重要だと言えるのは、リファラル採用だと思います。それも人事・採用担当者だけが頑張るのではなく、社員全員が採用担当者にならなければいけない。クックパッドマートだけではなく、全クックパッドで向き合う必要があるでしょう。それをいま本気でやっている会社が、強いと言われているのではないでしょうか。

則俊氏:これは僕の主観なんですが、リファラル採用で一つだけ「怖いな」と感じている点がありまして。

村上氏:何でしょう?

則俊氏:社内でものすごく高いパフォーマンスを発揮しているメンバーが紹介してくれる人と、まだそこまでパフォーマンスを出し切れていないメンバーが紹介してくれる人では、どうしても会社にマッチする人材の質という観点で、差があるのではないかと思うんです。

村上氏:それは、どんな入り口であれ同じなんですよね。リファラル採用以外の手法でも、さまざまな人材が応募してくれるわけですから。リファラル採用であっても選考は行うので、人材の質は入り口の時点では考えなくてもいいと思います。

むしろ多くの企業で課題になりがちなのはインターナルコミュニケーションです。クックパッドという会社にとってこの事業がどれだけ大事なのかを社内で徹底的に共有しなければ、リファラル採用のアクションを全社で活性化させることは難しいでしょう。外から採用するのが難しければ、社内で採用していく必要が出てくるかもしれません。

インターナルコミュニケーション

則俊氏:あぁ、確かにそうですね。この間、エンジニアのメンバーに「社内の他チームにいる一緒に働きたいエンジニア」を10人挙げてもらって、勝手に直接スカウトしに行ったら怒られてしまいました(笑)。

村上氏:でも本質的には、まさにそうしたアクションが必要なんだと思います。ヤフーでもインターナルコミュニケーションはかなり力を入れていました。

既存メンバーが英語に対応して外国人材の受け入れを図る

則俊氏:もう一つ、ヤフー時代の知見も含め伺いたいのですが、最近はエンジニア採用で外国人材を迎え入れるべきかどうか、チームで議論しています。

既存メンバーが英語に対応して外国人材の受け入れを図る

村上氏:ヤフーでは、コアなディープラーニングができる人材が取り合いになった2014年ころから外国人採用にも注力していました。結果的にはかなり採用が進みましたよ。「東京で働きたい」と考えている外国人材は一定数います。こうした状況で最も強いのは、楽天のように英語を公用化して社内に英語が通じる環境をつくっている企業かもしれません。その環境があるだけで外国人材は安心できますから。

則俊氏:既存メンバーが英語に対応していく必要もあると。

村上氏:そうですね。少なくとも資料は英語でつくるべきでしょう。あとは片言でもいいから英語でコミュニケーションを取っていくべき。日本の企業はもうちょっと英語に対するアレルギーをなくす努力をしたほうがいいと思います。それだけで採用の世界はかなり変わりますよ。

則俊氏:マネジメント面での苦労はありませんでしたか?

村上氏:入社手続きや入社後の書類のやり取りなどは日本語のままだったので、混乱はありました。そこで英語が堪能な人材をコミュニケーター役として置き、事務的なことも含めて通訳してもらいながら進めていました。

「今の会社でいい」と思っている人にも情報を発信し、つながりをつくる

「今の会社でいい」と思っている人にも情報を発信し、つながりをつくる

則俊氏:僕は前職の会社で一から組織をつくる経験をしましたが、15人の規模で止まってしまいました。今回は1年で50人を採用して、70人規模の組織を短期間でつくろうとしています。その際にはカルチャーフィットが大事だと思っているんです。入社後にいかに組織にフィットして活躍してもらえるか。ダイレクト・ソーシングで実績やスキルを見ていても、フィットするかどうかの確証は得られないので、ここも一つの課題だと感じています。

村上氏:これまでの職務経歴などである程度のマッチ度は測れるかもしれませんが、面談を通じて、それもかなり最終段階に近いところで見極めていくしかないですよね。

則俊氏:リンクトイン日本法人では昨年28人を採用したそうですね。

村上氏:はい。うちとしてはかなり規模の大きな採用でしたが、カルチャーフィットにこだわり抜きました。専門のチームがチャットなどでやりとりを重ねて、面談に来てもらうときには、ある程度フィットした状態をつくっています。面接後にも、関係者でカルチャーフィットの度合いについて意見交換し、誰か一人でも「今回はちょっと違う」と思えば採用しません。

則俊氏:そうなんですか。

カルチャーフィットにこだわり抜いた

村上氏:誰かが「ちょっと違うな」と言うと、他の人からは「あぁ…」とため息が漏れちゃうんですが(笑)。それでも妥協はしないですね。

則俊氏:まさにそこが、事業成長と採用の究極の葛藤ですよね。事業を伸ばしたい。そのためには優秀な人材が欲しい。直近では人が足りていない。でも妥協はしたくない…。ついつい妥協してしまいそうになる僕も含めた全ての人へ、何かアドバイスをいただけることはありますか(笑)?

村上氏:大切なのは形態を柔軟に考えることだと思います。リンクトインでは正社員に限らず、フリーランスや副業の人を含めてチームをつくっています。エンジニアはもちろん、最近ではマーケティングなどの分野でも、フリーランスの方々や副業をしている人たちが増えています。本当に一緒に働きたいと思える人と出会えたら、「現在の会社は副業ができますか?」「どうすればうちは一緒に仕事ができますか?」など、あらゆる可能性を探って聞いていきますね。

則俊氏:確かに正社員だけにこだわる必要はないですよね。ちなみに村上さんがリンクトインへ移った際、当初はヤフーを辞めるつもりはなかったと聞きました。つまり転職顕在層ではなく「潜在層」だったということですよね。

村上氏:はい。リンクトインの登録者でも、8割くらいは「今の会社でいい」と思っている人が占めていると思います。

則俊氏:そうした状況の方に熱心に声を掛けた場合、どれくらいの人が反応してくれるんでしょうか?

村上氏:潜在層であっても、大多数は話を聞いてくれると思いますよ。より良い環境を求めて日常的に情報収集したいと考えている方が多いです。そのためにも、人事・採用担当者としては人材プールつくりを意識すべきですね。リンクトインもそうだし、他のSNSなどでも「うちの会社は、うちの事業はこんなことをやります」と旗を立てておく。それが第一歩だと思います。

則俊氏:まずは僕個人が発信しながら、新しいつながりをつくっていくべきだということですね。

村上氏:はい。結果を出せる人事・採用担当者の方には、TwitterやリンクトインなどのSNSで多数のフォロワーを抱えている方が多い。そうやって新たなつながりをつくっていく努力が、これからの採用活動には欠かせないのではないでしょうか。

発信しながら、新しいつながりをつくっていくべき

【取材後記】

事業を伸ばしたい。そのためには優秀な人材がほしい。足元では人が足りない。でも妥協はしたくない――。変化を求められる採用の現場では、則俊さんが吐露したような悩みに共感する人事・採用担当者も少なくないのでは。

一方では村上さんが指摘した「Twitterやリンクトインで多数のフォロワーを抱える人事・採用担当者」のように、発信力とつながりを生む力が求められていることも事実でしょう。もし採用活動でベンチマークしている企業があるのなら、そこの人事・採用担当者が何を発信し、どのようなつながりを生み出しているのかを分析してみる必要があるのかもしれません。

(取材・文/多田 慎介、撮影/黒羽 政士、編集/斎藤 充博(プレスラボ)、齋藤 裕美子)