HRが新規事業をグロースさせる。リンクトイン村上氏×クックパッド則俊氏 対談前編

リンクトイン・ジャパン株式会社

日本代表 村上 臣

プロフィール
クックパッド株式会社

買物事業部 HRグロースマネージャー 則俊 慶太

プロフィール

アプリ上で朝8時までに注文すれば、生産者へ直接オーダーした新鮮な野菜や肉、魚などをその日のうちに指定したステーション(冷蔵庫)で受け取れる――。クックパッド株式会社が2018年に立ち上げた新規事業「クックパッドマート」は、消費者と生産者を直接つなぐCtoCプラットフォームとしての拡大を見据えてきました。

クックパッドマート

同社は、クックパッドマートのステーション数を大幅に増やす計画を立てています。現状は東京都内を中心に約70か所のステーションがありますが、2020年中に約700か所、数年内には1万か所を目指しています。

そこで必要になるのがサービスを拡大するための人材です。クックパッドマートでは、エンジニアやデザイナーはもちろん、営業やグロースハッカー、仕組みづくりを行える人材などビジネスサイドの職種も含めて、2020年内に約50人を採用する目標を掲げています。

このタイミングで「事業部所属のHRグロースマネージャー」としてジョインしたのが則俊慶太さん。今回は、リンクトイン日本法人代表村上臣さんを迎え、限られた期間内に事業を成長させるために必要な新しい仲間の集め方や、HRグロースマネージャーの役割について語っていただきました。

食品流通という巨大市場で「オフラインの醍醐味」を感じられる

食品流通という巨大市場で「オフラインの醍醐味」を感じられる

則俊氏:僕と村上さんが出会ったのは、二人が前職の時。僕はスタートアップの経営をしていて、村上さんはヤフーの執行役員兼CMOから、リンクドイン日本法人代表にちょうど移られたころでしたよね。

村上氏:そうでしたね。確かヤフーの新規事業として、私が手掛けた「Y!mobile」立ち上げの話で盛り上がったと記憶しています。

則俊氏:その時の僕は、ヤフーという大企業の投資のスケール感に驚いていたんです。ところが今度は僕がクックパッドというメガベンチャーの新規事業にジョインすることになりました。“HRグロースマネージャー”という、人材の観点から事業グロースにコミットする役割です。

村上氏:そうなんですね。

則俊氏:HRグロースマネージャーは、クックパッドで初めての役割です。さらに事業自体も組織拡大も、かなりチャレンジングな目標を立てているんです。そこで相談相手として、「新規事業グロース×HR×プロ」という観点を持っている村上さんが浮かび上がりました。是非ともアドバイスいただけないかなと思っています。

村上氏:それは光栄です(笑)。個人的には、現在クックパッドが新規事業で攻めまくっていることが非常に興味深いなぁと思っています。

則俊氏:ここ数年、いろいろな新規事業を立ち上げてきた中で、0→1を着実にやりとげたのがクックパッドマートでした。クックパッドは今、「レシピの会社から料理の会社へ」変わろうとしています。レシピを提供するだけではなく、毎日の料理を楽しみにしてもらうためにあらゆることをやっていく。そのために立ち上げたサービスの1つが「クックパッドマート」です。

村上氏:今のクックパッドさんからすると短期間で新規事業のハイパーグロースはリスクも高いと思うのですが、なぜこの戦略をとられているのですか?

則俊氏:ビジョンドリブンとのんびりやってられない側面が強いですね。僕たちがクックパッドマートを通して本当にやりたいことは「つくり手である生産者を支援する」ことです。美味しい料理って、美味しい食材で成り立っている部分がかなり大きいと思っていて。ユーザーに料理を楽しんでもらうために「そもそも美味しい食材をつくる人たちが、つくり手としてより一層輝ける仕組みをつくりたい」という思いで、新しいプラットフォームつくりに取り組んでいます。

村上氏:確かに日本の農業は、生産者が弱い立場となってしまう構図がずっと続いていますよね。収穫しすぎても困ってしまうという状況で、最近ではフードロスへの関心が高まっているにもかかわらず、おいしそうな野菜をトラックがつぶすようなこともあると聞きます。クックパッドマートが広がれば、生産者としてはどれくらい売れるかという予測も立てられるし、無駄をなくして収益化できるようになりますね。

クックパッドは今、「レシピの会社から料理の会社へ」変わろう

則俊氏:そうなんです。生産者としては収入はもちろん、消費者と直接つながることで得られるフィードバックも大きなやりがいにつながっていきます。僕たちもいま事業を創りながら、これまで踏み込んでこなかったオフラインの醍醐味を感じています。

村上氏:オフラインの醍醐味はどんな部分ですか?

則俊氏:たとえば食品のピックアップに使う、ステーションの設置場所の意思決定一つを取っても、とても奥深いんです。僕らは最初、地図を見ながらユーザーから物理的に距離が近い所へステーションを置くことを重視していました。しかし、いざ蓋を開けてみると、物理的な距離が近くても、幹線道路や川を一本挟むとユーザーが利用しなくなることに気づきました。歩道橋や橋を渡ることは、ユーザーにとってはとても心理障壁が高いということです。そうしたオフライン特有のリアルな課題には日々ぶつかっています。

村上氏:なるほど。それは確かに、これまでのクックパッドとは違う仕事になりそうですね。

則俊氏:そういった新規事業で起こりうるハプニングを楽しみながら、食の生産者がより輝く未来を一緒に創ってくれる新たな仲間も必要としています。スーパーマーケット業界の年間売上は約20兆円という規模で、生鮮食品だけでも約3.5兆円。ものすごく大きなマーケットへ事業を仕掛けていくやりがいを感じられると思います。

人事部ではなく事業部内の「HRグロースマネージャー」

人事部ではなく事業部内の「HRグロースマネージャー」

則俊氏:クックパッドマート事業は「買物事業部」という新規事業部のチームが運営しています。今は20人のチームですが、今年中に70人規模にしたい。そのために50人超を採用する必要があるんです。1年は52週なので週1人採用と考えると、かなりの人数なのですが、事業グロースのための50人をどのようにして集めるのがいいのか、日々試行錯誤です。

というのも、前職では組織開発やコーチングの事業を通じてさまざまな企業経営者の方と接していたんですが、戦略人事がうまくできている組織はほぼありませんでした。経営と人事をひも付けられている企業は少ないんじゃないかと。

村上氏:確かに日本の大企業ではほとんどないと思います。

則俊氏:一方でリンクトインをはじめ、海外、特に西海岸の企業は戦略人事をかなり意識的に創り上げ、機能させているように見えるんです。

戦略人事をかなり意識

村上氏:「経営と人事をひも付けられている」という意味では機能していると思います。一般的に海外の企業では人事担当役員の権限が大きく、最上位レイヤーの経営会議にも参加しています。権限や発言力のレベルが違うんですよね。日本企業では人事担当役員というと事業サイドから一歩引いた印象もありますが、海外では人事担当役員が事業にもどんどん口を出します。

則俊氏:僕は今回、HRグロースマネージャーという立場で人事部ではなく買物事業部の部付きでジョインしました。だからこそ、事業運営にどんどんコミットしていく責任があるし、事業成長と採用を紐付けた組織成長を一緒に追いかけています。HRの観点で事業はみつつ、常に事業責任者と同じ視座と視野で事業と社会を見続けることが期待されている役割です。

村上氏:それが本来の人事・採用担当の姿なのかもしれませんね。

メガベンチャーはなおさら、各部にHRグロースマネージャーがいてもいい

メガベンチャーはなおさら、各部にHRグロースマネージャーがいてもいい

則俊氏:クックパッドマートの事業では、従来クックパッドが求めていた人材以外にも多様なポジションが必要となっています。たとえば、ユーザーがピックアップする冷蔵庫を創っていくハードウェアエンジニア。事業の発展を考えたときにどういうい人材が必要なのかを言語化し、最終的には「あの会社にいるあの人に来てほしい!」といったイメージを明確にするところまで、今トライしています。

村上氏:それはまさに、戦略人事が機能している証拠ですし、ジョブディスクリプションが明確に描けているということですよね。世間一般では、ジョブディスクリプションがうまく書けない人事・採用担当の方も多いと思います。自社に来てほしい相手がはっきりしていると、「この人は何に興味があるんだろう?」と具体的に考えられるようになりませんか?

則俊氏:そのとおりですね。結果、「その人たちが集まりそうなイベントへ行ってみよう」といった具体的なアクションもイメージできるようになるのかな、と。いま、一番悩ましいのが、「事業スピードと採用スピードをどう合わせていくか」なんです。

村上氏:短期的に人事・採用担当からアクションをして採用していくことも大事ですが、事業の成長スピードに対応できるように人材プール(将来の採用候補になりえる人材のデータベース)をつくっておくことも重要ですからね。

則俊氏:人材プールをつくっていくことの難しさを今、感じています。人材プールづくりは長期的な視点で対応していかないといけない。一方、事業グロースを考えると、どうしてもリソースの観点で「第1四半期までにこんな人がほしい」といった要望が出てきます。しかし、合わない人を採ってしまうと長期的には事業にとって打撃です。効率的に両立させていかなければ成り立ちません。人事・採用担当となると、オペレーティブな仕事に時間を取られてしまうケースも多い。

部署と人材を分けるべき

村上氏:仕事の種類がそもそも違うので、部署と人材を分けるべきなのでしょう。採用チームとエンゲージメントを高めるチームと労務チームではまったく役割が違います。だからこそ、則俊さんがHRグロースマネージャーという名称のポジションに就いたことは大正解だと思いますよ。

則俊氏:役割が違うからこそ分けるというのは、まさにその通りですね。事業目標に基づいてどんな人を、何人くらい、いつまでに必要なのかを常に念頭に置きながらアクションできる状況にあることは幸いだと思っています。

村上氏:これが「採用目標ありき」になってしまうと、事業側からはなかなか理解されにくいアクションになってしまいますから。

則俊氏:そうした意味では、メガベンチャーや大企業と呼ばれる会社の中には各部にHRグロースマネージャーがいてもいいのかもしれませんね。

各部にHRグロースマネージャーがいてもいい

【取材後記】

「経営と人事をひも付けられている企業は少ない」。ご自身の経験をもとに、則俊さんからはHRグロースマネージャーというポジションの意義が語られました。インタビューの間、則俊さんはクックパッドマートという新規事業にかける思いやビジョンを何度も口にしていましたが、そうした事業を起点に考える人事戦略こそが「HRを通じて事業をグロースさせる」というポジションの意味を体現しているのではないでしょうか。

とは言え、クックパッドマートが挑む「2020年内に50人の採用」は決して簡単な目標ではありません。後編の記事では、「爆速」をテーマに組織再編を進めたヤフー時代の知見を村上さんにうかがいながら、短期間での採用や最適な人材プール獲得を進めていく方法を考えます。

(取材・文/多田 慎介、撮影/黒羽 政士、編集/斎藤 充博(プレスラボ)、齋藤 裕美子)