移住して働くことは何も特別なことではない!「勤務地:長野」でも選ばれる、セイコーエプソンの採用戦略

セイコーエプソン株式会社

人事部 エキスパート 広瀬豪人(ひろせ・まさひと)

プロフィール
セイコーエプソン株式会社

人事部 採用担当 成田一貴(なりた・かずき)

プロフィール

人材の東京一極集中が進む中で、地方企業は立地そのものが採用活動の壁となることもあります。しかしセイコーエプソン(以下、エプソン)は例外と言えるでしょう。「勤務地:長野」という条件を乗り越え、DX推進や環境分野、事業企画、各種マネジメントポジションなどの人材が続々と入社。2021年度は数十名規模であったキャリア採用が、2022年度の採用実績では200名を超え、2023年度はそれを上回る採用目標を掲げているのです。

エプソンはどういった採用チャネルを活用し、どのようにして採用ブランディングを進め、転職希望者を引きつけているのでしょうか。人事と事業部門が連携する最新の採用体制について聞きました。

「希望勤務地:長野」の登録者はわずか2%。そして「移住して転職する」という高いハードル

——貴社がキャリア採用を強化している背景をお聞かせください。

 

広瀬氏: 現在、長期ビジョン「Epson 25 Renewed」で掲げているように、社会課題を起点として事業拡大や新規事業展開を進めており、キャリア採用を通じて当社にない知見を持った人材の採用が重要になっています。

当社は2000年代半ば以降、商業・産業用プリンターやプロジェクター、ロボティクス技術を応用した製品などを積極的に展開してきました。現在も新規事業展開に注力しており、DX推進や環境分野、事業企画、各種マネジメントポジションなどの専門スキルを持った人材の採用が急務となっています。

成田氏:直近では、約200ポジションで募集を行っています。2023年度は前年度を上回る規模の採用を目標とし、今後もキャリア採用は増加していく見込みです。

——大規模なキャリア採用を進める上で苦労していることはありますか?

広瀬氏:最も大変なのは本社所在地を含めた主要開発拠点の大半が長野県内に集中しているため、私たちが採用したいスキル・経験を持つ対象者が近くにいないことです。大手人材紹介サービスの登録者のデータベースでも、希望勤務地を長野県に設定している方は全体のわずか2%程度。そもそも長野県での勤務を検討している対象者が少ない状況です。採用候補者の多くは首都圏や関西圏の在住者が多く、通勤できる範囲内で求人を見つけることができてしまいます。こうした状況の中で母集団形成を進めていかなければならないのです。

 

成田氏:以前は最終面接合格後の辞退率が約30%に上る状況もありました。採用候補者は県外在住者が多いため、フォロー面談などを通じて長野県に住むことの理解を深められるよう努めていますが、「転居を伴う転職」のハードルはとても高いのが実情。採用候補者本人が入社意向を固めていても、ご家族から反対されて辞退に至るというケースが少なくありませんでした。

「信州から、世界に彩りを。」エプソンが掲げる採用候補者へのメッセージ

——こうした前提条件がある中で、母集団形成はどのように進めているのですか?

広瀬氏:勤務地希望が合致する採用候補者だけを探していたら、母集団は非常に小さくなってしまいます。まずはエプソンが「グローバルに事業展開している企業であること」そして、当社なら「世界を相手に新たなキャリアを築ける」ことを伝えられるよう注力していますね。

エプソンの売上高の海外比率は8割以上(2022年度実績)に上り、世界各地に拠点を設けています。欧米やアジアはもちろん、南米の主要国にも販売会社があり、2022年はアフリカ大陸での拠点開設も積極的に行いました。メーカーとして世界的にブランド力の高い商材を持ちながら、ここまで盛んにグローバル展開を進めている日本企業は少ないでしょう。

まずは企業としての魅力を感じていただき、当社で築くことのできるキャリアを理解していただく。その後に勤務地を考慮して、どういう働き方をしたいかということを判断いただいていますね。

——エプソンの現在地や将来性を知ってもらうことで、採用候補者に新たな入社動機がもたらされるのですね。

広瀬氏:はい。私は1989年のバブル期真っただ中に入社しました。当時は日本のメーカーが次々に海外進出していましたが、この30年間で、独自ブランドを持ち世界で勝負できる日本企業はとても少なくなった印象を持っています。「日本の技術を海外へ示したい」「世界で活躍できるブランドメーカーで働きたい」と考える採用候補者は、そのための貴重な舞台としてエプソンを選んでくれます。もはや「勤務地:長野」をハードルとして認識しなくなるのです。

人材紹介サービスを巻き込み、人事と事業部門の連携を強化

——採用の強化に当たり、工夫している点があればお聞かせください。

広瀬氏:まずは、採用チャネルを複合的に活用しながら採用を進めています。主な採用手法は人材紹介サービスを利用しているため、各社の担当者には当社を理解いただくための情報提供や説明会を行っています。例えば、当社のショールームなどを見てもらい、家庭用プリンターだけでなく商業・産業用プリンターの市場にも展開していることや、当社の目指しているビジョンを理解していただいています。加えて、キャリアアドバイザー向けにも、企業情報やポジションごとの説明会も頻繁に開いていますね。こうした取り組みを通して、当社の魅力を理解いただき、採用候補者へお伝えいただいています。

また、求人広告も積極的に活用しており、「信州から、世界に彩りを。」というメッセージを軸に、ポジションごとのキャリアの可能性や、当社が目指している事業の方向性などを掲載しています。求人広告では転職顕在層だけでなく、転職潜在層へもアプローチができるので、母集団形成を広げることに加えて、採用ブランディングの一環としても、当社の魅力を広く知っていただく観点でも活用しています。

成田氏:転職潜在層へメッセージを伝える上で、人材紹介サービス経由や求人広告掲載だけでなく、ダイレクト・リクルーティングにも力を入れています。私たちキャリア採用チームの体制は4名で構成されていて、スカウトメール送信の工数をなかなか割けない現状もあるんです。そのためのキーパーソンとなるのが事業部門で活躍する現場の社員。現場の社員の方がどんな人材を求めているかという解像度が高く、現場ならではの魅力を伝えることができます。そこで、スカウト送信やカジュアル面談に協力してもらい、採用候補者へリアルな現場の声が伝わるようにしています。

 

——スカウトメールの送信まで協力を得ているのですね。他社では採用活動に現場を巻き込むことが課題になっているところも多い印象があります。

広瀬氏:当社も、人事だけでダイレクト・リクルーティングを進めていたのですが、実働工数的に思うように採用が進みませんでした。また、知見的にも専門性の高い人材をスカウトするのが難しく、「人事だけでは大きな成果を出せないので現場も一緒に動いてください」とアプローチしました。

これによって現場も採用活動の難しさを知り、自分たちが関わることで採用につながることを体感してくれたのです。当初は「なぜ人事の仕事を現場に押しつけるんだ」というネガティブな反応もありましたが、実際に動いてみて、専門性の高い人材を採用できたことで、連携体制が強化されていきました。

——選考プロセスの関係者が増えることで、選考期間が長期化してしまう懸念はありませんでしたか?

成田氏:選考プロセスそのものを見直すことで、以前よりも採用決定までのリードタイムを短縮できています。以前のキャリア採用では、採用決定まで平均55日かかっていました。対面面接で採用候補者に長野県まで来てもらっていたことも長期化に影響していたと思います。コロナ禍以降は一次面接をオンラインで対応し、二次・三次面接は1回にまとめ、面接回数を最小限に。かつ現場(募集部門)へ権限移譲し、部長面接で採用を決定できる機会も増やしています。結果、現在ではリードタイムを30日前後に短縮できました。

住む環境が変わることを大げさに考えなくてもいい。「家族にも安心してもらえる」採用ブランディングを

——「転居を伴う転職」という高いハードルについて、現在はどのように対応しているのでしょうか。内定前後のフォローについてもお聞かせください。

成田氏:まずは、ご家族としっかり相談のうえご決断いただくようお伝えしています。そして、安心してもらうという観点では長野県で暮らすことへの理解を深める情報発信に注力しています。県外の方にとって、長野県はスキーや観光で訪れる場所とイメージされることも珍しくありません。中には一般的な「地方移住」のイメージが先行してしまい、人里離れた場所に住むことになると考えるご家族の方もいらっしゃいます。採用候補者のご家族は「不便のない暮らしができるのか?」「子どもの教育環境は確保されているのか?」といろいろ不安に感じるものです。

そこで当社のホームページでは、長野県のライフラインや教育環境の充実度などを訴求しています。信州で暮らす「リアル」を知っていただくため、実際に暮らしている社員へのインタビューや、住環境に関する写真やデータを公開しています。

——確かに、自分が住んだことのない地方都市については知らないことばかりかもしれません。

 

広瀬氏:「地方移住」と結びつけてしまい、必要以上に大げさに感じてしまう面もあると思うんですよね。Webサイトで検索しても観光地情報がヒットしやすく、暮らすという視点で見ると現代的な暮らしのイメージが湧きづらいのかもしれません。

しかし、生活インフラや教育環境は整っていますし、実際には首都圏と変わりない感覚で生活でき、そのうえで、地域や自然と関わりながら生活し働くことができるのです。また、地方で創るローカルキャリアの実現に向けて、首都圏で勤務されている方が当社を選んでくださるケースも増えています。長野県に移住して働くことは何も特別なことではない。そんなメッセージを伝えることで、現在では首都圏や関西、東海をはじめ全国各地から人材が集まるようになりました。今後もさまざまなポジションで当社にて活躍いただける人材を迎え入れていきたいと考えています。

取材後記

かつては最終面接合格後の辞退の8割が「家族の反対」だったというエプソン。取材中に「採用候補者だけでなく、ご家族にも安心してもらうことが真の採用ブランディング」だと語っていた広瀬さんと成田さんの言葉が印象的でした。この観点は地方企業に限らず必要なのではないでしょうか。採用プロセスでは採用候補者の心を動かすことにばかり注力しがちですが、本人の周辺で意思決定に影響を与える方々に思いを馳せることもまた重要なのだと感じました。

企画・編集/森田大樹(d’s JOURNAL編集部)、野村英之(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/中澤真央