たった1回の面談で50代の社員に行動変容が起きる理由【セミナーレポート】
70歳までの継続雇用が努力義務になる流れや近年の人手不足などを背景に、ベテラン社員やシニア社員が活躍できる環境を整えることは多くの企業で重要課題となっています。しかし、ベテラン社員たちのモチベーションを上げ、力を発揮してもらうためにはどう働き掛ければよいのか、頭を悩ませている会社も少なくないでしょう。
そこで注目したいのが、「ベテラン社員の長期育成実感」の高さに定評があるNTTコミュニケーションズの取り組み。ベテラン社員との面談を通じて、モチベーション向上・ポジティブな成長促進を実現されています。今回は、5年間で1,500人以上のベテラン社員と面談をしてきたヒューマンリソース部の浅井公一氏が登壇。ベテラン社員の心を動かし、行動変容をもたらす秘訣をお話しいただきました。
ベテラン社員のモチベーション向上こそ、組織全体の活性化につながる
私たちNTTコミュニケーションズは、ICTの活用によりお客さまの経営課題の解決やスマートな社会の実現に取り組んでいる会社です。社員数は約6,000人。年齢構成で言えば、40歳以上が全体の約70%、50歳以上が約40%を占めており、年次の高いベテラン社員が多い会社です。毎年50歳を迎える人は200人から300人ほどおり、単純計算で2023年には50歳以上の社員が会社全体の50%を超える見通しとなっています。そのため、当社において、“ベテラン社員の活用”は必須課題。70歳の定年延長の影響もありますし、必然的に向き合う必要があるわけです。
そこで、ベテラン社員の長期育成を目指して、2014年度より「キャリア面談」や「キャリアデザイン研修」を始めました。流れは以下の通り。キャリア面談を行って、それを上長に共有するという至ってシンプルなもの。対象者は当該年度に50歳になる一般社員。この条件に当てはまる人は全員必ず受けなくてはいけません。
なぜ、全社員を強制にしているのかー。それは公平性でも一律施策とするためでもありません。理由は2つで、「リカバリー」と「弱者救済」です。頑張った人はきちんと報われるべきですがなかなか表に出てこないこともあります。また、本当に悩んでいる人はわざわざ相談しにこないのです。つまり、挙手型(希望性)にすると、本当に活躍している人材や本当に悩んでいる人材を発見することができなくなってしまう。それを回避するために全員必須にしています。50歳と設定したのはキリがいいから、という理由もありますが(笑)、60代以降の幸せは50代でどれだけ準備したかで決まると考えているからです。
気になる面談による成果ですが、「75.5%の社員にポジティブな行動変容があった」ことを対象社員の上司が認めています。
実際どのように変わったかは以下の通りです。
行動変容例
・業務に役立つ新たなスキル(知識・技術)の習得
・既存スキルのブラッシュアップ
・最新情報(業界・技術)や会社の動向の積極的収集
・将来を見据えた能力開発行動(資格取得、研修受講)
・日常業務の取り組み姿勢(例:報連相の義務化)
・組織内コミュニケーションの活性化
・社会貢献、地域とのつながり
・健康管理 など
「スキルアップに励むようになった」「挨拶するようになった」「英語に目覚めて勉強を始めた」など、大きなものから小さなものまでさまざまです。面談だけの成果とは言えませんが、取り組み以降、「課長や主査への昇格」が増加したり、一般社員の中でも下位層の評価が向上したり。ただでさえ経験のあるベテラン社員が向上し続けることは、企業成長へ期待できると言ってもよいでしょう。
それでは、5年間続けてきたからこそわかった、ベテラン社員を動かすためのヒントをご紹介していきます。
たった一人で全員を面談するからこそ意味がある
面談は私一人で全員分対応しています。つまり、この5年間で1,500人以上の社員と面談したことになりますね。
なぜ私がたった一人で対応しているのでしょうか。大きな理由として挙げられるのは、複数人で対応するとどうしても秤(はかり)がずれてしまうことがあるためです。今後データベースが蓄積されパターン化できてくるようになれば、チームで効率良く回すことも可能かもしれません。しかしまだ開始して5年程度。情報量も微々たるものです。まずは何よりも個人ごとの悩みを把握し、ベテラン層の傾向をつかまなくてはなりません。一人で面談経験を続けているとデータが集中して蓄積されるので、「このパターンの人は、こうすればモチベーションがあがる」といった規則性が見えてくる。もちろん置かれている状況は人それぞれですし、すべての社員に当てはまるわけではありませんが、さまざまなケースを把握できているため、適切にアドバイスをすることも可能です。長期間続けてきたからこそ、わかったことですね。
今でこそ、こうしてセミナーに登壇し、皆さんにノウハウのようなものをお話しできているわけですが、面談を始めたばかりの私は人事のド素人。それはもう波乱の連続でした。面談を受けるベテラン社員側も、「面談って何をやるのか」「評価に影響するのか」「1回の面談で何がわかるのか」など不安になるのも当然です。そのため、「お前なんかにそんなことを言われる筋合いはない!」と面談中に怒鳴られたり、「信用できない」と文書でクレームが届いたり。面談を受ける社員だけでなく、その上司や組織の人事担当など各部門からも「そんなことをして意味があるのか」「そんな暇はないから勝手にやって」など、協力が得られないことも多かった。それでも諦めず、試行錯誤を繰り返しながら、ひたすら社員との面談を続けてきました。
1回の面談で、行動変容をもたらすステップとは
未経験ながらも多くの社員と面談を重ねることで、ベテラン社員の心を動かして行動変容をもたらす、私なりの面談スタイルを築き上げてきました。では、「たった1回の面談だけでベテラン社員を動かすことができるのか」を、フェーズに沿って具体的に説明していきましょう。
【1】妥協を許さない。面談前に必ず行う「研修」
当社では、社員との面談を行う前に丸一日かけてキャリアデザイン研修を受けてもらっています。しかし、「研修に参加してもらって社員の面談に対するモチベーションを上げてもらおう」という考えではありません。本人にとっても、より充実した面談にするための導入研修といった位置付けです。そのため、研修内容には当社なりの工夫を加えています。
まず、人事部長が自ら毎回登場し、受講者と対話することを徹底しております。海外出張のときでもオンラインLIVEで参加してもらうのです。今まで計60回研修を実施してきましたが、欠席したことは一度もありません。
普段なかなか接する機会がない人事部長が、自分たちのために、「これからのキャリアについて考える重要性」「会社が期待すること」「折り返し地点で何を行えばいいのか」など具体的に説明をしてくれる。会社が自分たちに向き合おうとしてくれるのだと、モチベーションが刺激されるようです。
研修に使うコンテンツにも力をいれています。ドラマ映像を用いたり、講師はキャラクターの違う2名体制で進めたり。いずれにしろ重要なのは、「受講者が研修を自分事として捉えられるようなコンテンツ」にすること。ベテラン社員がよくぶつかる悩みを取り上げ、「あなたならどうしますか?」と問い掛けたり、内容を腹落ちさせながら研修を進められるように順番にもこだわったりしています。そして、反応をチェックして研修内容のブラッシュアップも欠かしません。今まで60回研修を実施してきましたが、テキストはもうVer.31です。結構な更新頻度ですよね(笑)。しかし、常に新しい発見があり、まだまだ完成形ではないと思っています。
【2】まず動くことをコミットするまで終われない「面談」
研修が終わったら、いよいよ面談スタートです。面談はフラットな場。何でも話せるという安心感を持ってもらえるよう、「面談ではこんなことを話せます」といったことを事前に映像で確認した上で臨んでもらいます。
面談はただ受けて終わりにするのではなく、社員が具体的に行動するきっかけをつかんでもらうことが目標です。面談の平均時間は45分ぐらいですが、人によって必要な時間はさまざま。「よしっ!これなら変わってくれそうだ!」と私が確信するまで終わらせません。最長10時間かけた社員もいました。面談はただお話をする場ではありません。「いつまでに何をするのか」「何をゴールにするのか」をきちんと設定することが何よりも大事です。そのためのポイントは以下の通り。
ポイント①:目標の達成基準を明確にする→「行動を起こしたか」の判断が確実にできる
面談後すぐに動けるように、基準は曖昧にせず、詳細まで落とし込むことが大事です。
・NG例:経理担当の後輩を一人前に育て、頼られる存在になる
・OK例:入社5年目までの若手社員を水曜日に集め、「決算処理漏れを防ぐコツ」と題した経理業務勉強会を開催する
ポイント②:行動の開始時期を握る→「いつまでに」ではなく「いつから」をコミットする
50歳を過ぎたら、「いつか」「そのうち」という時間軸はありません。開始時を決めることで動かざるを得なくなります。
NG例:3年以内にTOEIC600点に到達する。
OK例:来週の月曜日からTOEIC頻出単語を1日5個覚える。
もちろん中には、何をすればよいのかわからない社員もいます。そんな人には「朝挨拶をする」「1日30分歩く」など、小さいことでもよいのでとにかく行動するようにアドバイスしています。大切なのは、最初の目標設定に時間をかけすぎないこと。そもそも経験がないことに的確な目標を設定するなど、誰にとっても難しいものです。後で必ず修正することを前提に進めちゃえばいいだけの話。本人が悩んでいたり納得しなかったりすれば、おかわり面談(再面談)を実施することもあります。何度か目標修正を重ねるうちに、だんだんと自分にとって本当に必要な目標を立てるための感覚が磨かれていきます。
【3】面談後、本格的に動いてもらうための「フォロー」
面談後には、実際に行動したかを確認するために、直接電話やメールをすることも珍しくありません。ちなみにこの時点では、8割ぐらいの人は行動を起こしていない状態です。だからこそフォローを入れることで、本格的な行動を促すことができるのです。「ちゃんと見ていますよ」「決めたことをやらないとダメですよ」という圧力かもしれませんね(笑)。
そして忘れてはならないのは、面談を受けた社員の上司へフィードバックすること。これは上司に共有するだけではなく、動機づけをするもの。伝え方一つで、上司の面談を受けてきた部下に対する印象やその後の対応が大きく変わります。私が所感を書く際に押さえているポイントは次の通りです。
・あなたの部下は、今、こんな状態です
・実は、こんな価値観を持っています。ですから、今とは違うこういう動機付けがいいと思います
・あなたはこの部下に、このような接し方を試してもらえませんか。私は別の側面から、このようなフォローをしてみます
・あなたの部下は、このような態度に変わることが期待できます。そうなったら、上長であるあなたのすべきことはこういうことです
私も最初の頃は一つ所感を書くのにかなりの時間を要しましたが、数をこなすことで徐々にコツをつかんでいきました。
仕組みでなく思考法で勝負!人事として働き掛けるポイント
ベテラン社員との面談の際に大切にしているのは、人事としての本音を包み隠さず、正直に、正面を切って伝えること。たとえば、昇進を目指すベテラン社員に、「現実的に考えると、これからの昇進は難しい」と本音を伝えることができるかといったことがあります。面談で「この人は本音でぶつかってくれる」「信頼できる」と思ってもらえないと、本心からの話をしてくれませんし、まったく無意味なものになってしまうからです。そのため、私自身面談を行う際は、会社や人事としての公的立場だけでなく、これまでの経験をもとにした私的立場、この2つを場面によって使い分けるようにしています。会社側だけでは冷たいアドバイスしかできない、逆に経験側に寄ってしまうと感情的になってしまう。このバランスを保ちながらその人にとって何が最適なのか、いろいろな引き出しを開けながら使い分けているのです。
面談では、ベテラン社員がきちんと目の前にある現実を受け止め、その中でどう働いていくかを考えてもらう必要があるでしょう。将来の選択肢を増やし、自分が幸せになれる確率を上げるための話をするに当たり、次のような思考を重要視しています。
受け入れる = 自力で変えられないことは「前提条件」
己を知る = 自分の市場価値と年齢の相場観を客観視する
準備する = 100歳まで幸せに生きるために50代ですべきこと
場合によっては、ベテラン社員自らの市場価値を知るために、転職サイトに登録してみることを勧めることもあります。紹介される求人や企業から提示される給与条件を見ると、50代である自分を客観視できるのです。現状が恵まれていることを改めて実感する人もいれば、足りないスキルを習得するために励む人もいます。社員本人にとっても、会社にとってもこれは良いことではないかなと思っています。誰かに「態度や行動を変えてほしい」と思うとき、多くの会社は仕組みで勝負していると思いますが、NTTコミュニケーションズは思考法で勝負しているのです。
最後にまとめとして、3つの質問に答えましょう。
→万人に共通する方法はありません。
→スゴ技があるわけではありません。上達とは失敗の数が減ること。失敗(後悔)の数が少ないことを「上手」と言います。
→面談数を増やすことが、上達につながります。できる限り1人でも多くの社員と面談しましょう。たくさんの人の悩みや不安、さまざまなケースに触れることで、対応できる幅も広がっていくはずです。
社員一人ひとりが違う人間であるように、心を動かし、行動変容をもたらす面談やコミュニケーションの仕方も人それぞれ異なります。場数を踏み、試行錯誤を繰り返すことで、独自の面談スタイルを築き上げていくことができると思います。
【まとめ】
多くの企業にとって、ベテラン社員やシニア社員の活性化が急務となっている昨今、着実に成果を上げ続けているNTTコミュニケーションズ。たった一人で、人事経験がない状態からスタートし、地道に試行錯誤を重ねながら培ってきた浅井氏の知見は説得力があり、業種や規模を問わず、さまざまな組織で参考になると感じました。
外側から押し付けられる変化には、抵抗を感じる人が多いもの。その人の「変わりたい」を刺激する浅井氏のスタイルは、社員と会社の双方に、ポジティブな結果をもたらすのではないでしょうか。
(文/泉山 馨、撮影/石山 慎治、編集/齋藤 裕美子)