クリエイターを活かすマネジメントとは。『映像研には手を出すな!』(1)

マンガナイト
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組織が新しいアイデアを生み出し、それを実行していく上で求められるのは、さまざまなクリエイティブ能力を持つ人たち=「クリエイター」を「集団」としてまとめていくこと。そのためには、マネージャーとクリエイターの相互理解や、風通しの良い環境の整備、適切な人材配置が必要になります。好きなことを思うようにやりたいクリエイターとうまくやっていくにはどうすればいいのか。大きなヒントを教えてくれるのが、大童澄瞳先生の『映像研には手を出すな!』(小学館)です。アニメーション制作の経験もあるという作者の作品には、「自分の世界をつくること」を目指すクリエイターの思考が詳細に描かれています。今後あらゆる業種で増えていくであろう、社内外でのクリエイターとのつき合い方について、有用な示唆が得られるでしょう。

『映像研には手を出すな!』(大童澄瞳/小学館)

「アニメは設定が命」の浅草みどり。アニメーター志望で読モの水崎ツバメ。浅草の旧友でお金の話が大好きな金森さやか。3人は芝浜高校に集まり、同好会を立ち上げてアニメーションづくりに乗り出す。制作環境、資金、人手…と数々の制限に悩みながらも、自分たちの思い描く世界を目指して前に進む青春冒険譚。

質の高い仕事をしてもらうために、クリエイターの「スイッチ」を把握する

 「設定が命」で、自分の考えた「最強の世界」で冒険することを夢見る浅草氏。人物を描くのが好きで、アニメーターを目指す水崎氏。利益を出す活動が好きな金森氏。彼女ら3人は、アニメーションをつくるための同好会、「映像研究同好会」(略して「映像研」)を立ち上げます。

とにかく自分の描きたい設定を考え続ける浅草氏と、細部の動きを描くことにこだわる水崎氏。こだわりのある2人のクリエイターと共に、プロデューサーとしてアニメーション制作に関わるのが金森氏です。現実のアニメーション制作での「プロデューサー」の役割はさまざまですが、3人しかいないこの同好会で、金森氏は制作の進行を取りまとめるマネージャーとして動きます。

金森氏がマネージャーとして最も適している点は、2人のクリエイターに対して厳しく、ときに制作を急かしながらも、「描きたい」という気持ちを損なわないよう調整ができるところです。金森氏は彼女らの創作意欲が高まる「スイッチ」を探します。

浅草氏のスイッチは「自由」です。描くときは、前触れなく「一気に」タイプ。しかも探検するたびに創作のアイデアを得て、どんどん筆を進めます。ロボット研究部からの依頼で、ロボットをアピールするアニメーションを制作するエピソードがあります。浅草氏に自分の許容できるロボットの描写とクライアント(=ロボット研究部)の要望の間でうまくバランスを取り、水崎氏や金森氏をうならせる設定をつくり出したのは、「自由」な学内探検でした。

一方で、水崎氏の創作を刺激するのは、浅草氏の「設定画」。浅草氏が描き上げた設定を手にした彼女は、その魅力的な世界に没頭し、自分の仕事に集中して取り掛かります。クリエイターの「つくりたい」が何に刺激されるのかは、人によって違うのです。

この「スイッチ」を見つけるには、金森氏のように、常にクリエイターの行動を見ていることが求められます。クリエイターのやる気をそいでいないか、その仕事は彼らが技術や経験を積むことにつながっているか―。金森氏がやっているように、クリエイターの熱のこもった話を聞きながらも、頭の中では冷静に状況分析することが求められます。

質の高い仕事をしてもらうために、クリエイターの「スイッチ」を把握する

浅草氏が「自由」をスイッチに描いた設定画に水崎氏(1コマ目左)と金森氏(同右)は見入り、魅せられる。Ⓒ2016 大童澄瞳/小学館(『映像研には手を出すな!』第2巻より)

 

マネージャーは「監督」「管理」という仕事を担うあまり、クリエイターの作業スタイルややる気までコントロールできると考えがち。しかし、あくまで実際にモノやサービスを生み出すのはクリエイター自身です。組織の内外にいる彼らとのやりとりでは、自分の理想を押し付けるのではなく、「どうすれば彼らは気持ちよく仕事ができるのか」と考え抜くことが必要です。

こだわりVS納期、「決定事項」と「目標」の違い

とは言え、クリエイターに任せるだけでは仕事は進みません。作中でも浅草氏と水崎氏が細部の描写や表現にこだわるあまり、完成が締め切りに間に合わなくなりそうなことがあります。そうした状況では、外部の視点で目標(締め切り)を意識させることもマネージャーの役割です。

新たに映像研を立ち上げた3人は、活動をアピールするアニメーション制作に取り掛かります。生徒会による予算審議の会議に出し、活動費を得るためです。アイデアや大枠は決まったものの、好きに描きたい水崎氏の動画づくりがなかなか進みません。

それに対し金森氏は、「1日48時間、15日間の労働が必要」と、具体的な日数と時間で、水崎氏がこだわりを貫くのは物理的に不可能であることを突き付けます。最終的に少ない時間の解決策として、どうしても描きたいところは維持しつつも、ストーリーを捨てることでインパクトのある作品を完成させ、予算獲得という結果につなげます。

また、クリエイターが目指すべきところを正確に提示するのも、マネージャーとして振舞う金森氏の役目です。

なんとか無事に同好会として立ち上がった映像研。前述のようにロボット研究部からアニメーション制作の依頼がきます。ロボ研(ロボット研究部)の狙いは、文化祭でロボットをPRすることで、テーマも「ロボットVS怪獣」と提案されます。この作品の制作中、ラーメン屋さんでの会議(?)で浅草氏は「今回の目標はアニメの完成!」と宣言します。そこで金森氏は間髪入れず「完成は目標ではなく決定事項です!」と叫びます。

クリエイターは往々にして、目の前のものをつくり上げることに熱中してしまい、その背後にいるクライアントのことにまで考えが及ばなくなることがあります。もちろん制作に集中することは大切ですが、仕事として取り組んでいる以上、彼らの周りで動くプロデューサーやマネージャーまでが彼らに同調してしまっては、全体が迷走します。

この場合、金森氏が指摘するように、映像研にとって「作品を完成させる」ことは「目標」ではなく「すでに決まったこと=決定事項」であり、「目標」は顧客であるロボット研究部が満足するように「文化祭で多くの人たちを動員する」こと、と言うべきなのでしょう。

もちろん金森氏は、この「目標」を達成するため、文化祭当日も宣伝を含めたさまざまな仕掛けをすることになります。金森氏の動きは、柔軟な発想に基づくアイデアから生まれるものではありますが、いわゆるクリエイター以外の立場でもまねできるもの。一般企業でクリエイターと共に働く人にとってのヒントになり得ます。

地道な仕事でクリエイターが力を発揮できる環境を整える

金森氏のようにマネージャー的な役割を担う人に求められるのは、クリエイティブに対する「見る目」を養いつつも、クリエイターらが全力を出せる環境を整えることです。その点で、金森氏は少し言葉遣いが荒っぽいものの、理想的な働きをしていると言えます。

金森氏は生徒会や先生、アニメーションに音を提供する音響部、依頼人らとの交渉から、工程や予算の管理まで、絵を描いたり設定を考えたりする以外のアニメーション制作に関するほとんどの業務を担います。細かいですが、学校での制作が長引き、泊まり込みが必要になったときに宿泊を申請したのも金森氏。時には“はったり”を、時には“ロジック”を使いながら、クリエイターが仕事にまい進できる状態をつくり上げていきます。

設備投資もその一つ。映像研が立ち上がったとき、部室と机は手に入ったもののパソコンがなく、最終的な編集などは学校のPC室にある設備を使っていました。それでは「なかなか制作が進まない」という水崎氏の訴えを聞き、パソコンを格安で調達してきます。生徒会への申請、モノが有りそうなところへの調査と、なかなかに地味な作業ですが、環境を整えることで2人のクリエイターの創作を強力にサポートします。

地道な仕事でクリエイターが力を発揮できる環境を整える

突然手に入った設備の出どころを心配する浅草氏(2コマ目)に事情を説明する金森氏。Ⓒ2016 大童澄瞳/小学館(『映像研には手を出すな!』第2巻より)

 

予算管理を含め、お金へのこだわりも重要です。金森氏は子どものころに手伝っていた酒屋が、維持費用を確保できず閉店することになった経験から、お金を管理し、クリエイターをなるべくただ働きさせないことにこだわります。「高校の部活動で?」と思ってしまうかもしれませんが、どんな場合も円滑に物事を進めるための資金は重要です。お金があれば、銭湯に行ったり食事に行ったりする余裕ができる。言わば「福利厚生」を充実させることで、一段とクリエイターの制作を後押しすることができるからです。

【まとめ】

クリエイターのマネジメントには、工場の生産現場や営業職のマネジメントとは異なる考え方が求められます。総じてクリエイター第一に考えることが、結果としてモノやサービスなど、受け手が求めるものを生み出すことにつながるでしょう。

あらゆる組織でイノベーションが求められる今、一般企業でも今後ますますデザイナーやエンジニアなどを含めた「クリエイティブな発想を持つ人」とのやりとりが増えると言えます。アニメーターという「極めてクリエイティブな人」をマネジメントするプロデューサーの姿勢から、学ぶところは多いのではないでしょうか。

(文/bookish、企画・監修/山内康裕)