新しいツール、どうやって「現場」に導入する?『映像研には手を出すな!』(2)

マンガを介したコミュニケーションが生まれる状況をつくることを目的に活動しているユニット。小さな複合書店『マンガナイトBOOKS』の展開に加え、レビューや論評などの執筆活動、ワークショップの開催を行っている。本連載は「『ONE PIECE』に学ぶ最強ビジネスチームの作り方(集英社)」を共著した、代表山内康裕(監修)と、いわもとたかこ=bookish(執筆)が担当する。

生産性を上げる設備投資としてのテクノロジー
現場と決定権者の双方が納得するプロセスが重要
マネージャーが知るべき「現場」とは 知るチャンスを無駄にしない

アニメーションづくりを目標に「映像研究同好会」を立ち上げた浅草、金森、水崎の3人は、アニメーション制作に必要な作業環境を整えていきます。部室、作業机、コンピューター、制作ソフトなど、必要なものは少なくありません。限られた資金源でアニメーターのためにこれらを準備していく姿勢は、会社などの組織で、新しい技術や仕組みを導入するときの参考になるでしょう。コロナ禍で既存の働き方から大幅にデジタルシフトを迫られている現在の状況に、重なるところが多いかもしれません。

『映像研には手を出すな!』(大童澄瞳/小学館)

「アニメは設定が命」の浅草みどり。アニメーター志望で読モの水崎ツバメ。浅草の旧友でお金の話が大好きな金森さやか。3人は芝浜高校に集まり、同好会を立ち上げてアニメーションづくりに乗り出す。制作環境、資金、人手…といった数々の制限に悩みながらも、自分たちの理想とする世界を描くために前に進む青春冒険譚。

生産性を上げる設備投資としてのテクノロジー

顧問が決まり、部室を確保した3人は制作に必要なものをそろえていきます。作業用の動画机をはじめ、水崎氏の要望に応じてパソコンやペンタブレット、制作用のソフトウエアを導入していきます。もともと手描きで設定画を制作していた浅草氏をはじめ、活動当初の映像研では、手描きのイメージをパソコンに取り込んで加工していました。しかし、それでは時間がかかる上に、手描き用の費用も膨らみます。コスト管理をする金森氏には「紙に慣れる前にパソコンに移行させる」という狙いもあったようです。

第1回で、「設備を含めた環境整備がマネージャーの役目」だと指摘しました。これはテクノロジーについても同様です。アニメーション制作の現場に限らず、今の時代、物事を進めていくにはテクノロジーの力を借りないわけにはいきません。

たとえば、在宅勤務においては個人が自宅で使うパソコンやタブレットといった情報機器端末。それをつなぐネットワーク、オンライン上で業務を進めるためのシステム、情報漏えいに備えたセキュリティーシステム、長時間使っても疲れない机と椅子など、多岐にわたります。料金やサービス内容の点でさまざまな製品が出回っているため、どれを導入するか迷うことも多いでしょう。

ここで考えるべきは、コスト面を考慮しつつも「実際に使う人の生産性を上げられるか」です。映像研でパソコンやソフトウエアを導入するきっかけになったのは、ロボット研究部から依頼を受けたアニメーション制作で、大量の動画を描くよう求められたこと。金森氏の効率改善案に対して、パソコンを導入することで作業を効率化する案が水崎氏から出てきました。タブレットに比べて、アニメーション制作に必要なソフトウエアが充実しているという事情もあるようです。もちろん、手描きの動画に必要な紙の量も少なくなり、コストを減らせます。彼らにとっては決して「先端的」というあいまいな理由ではなく、効率とコストを考えた上での設備投資だったと言えるでしょう。

逆に考えれば、どんなに最先端のツールやシステムでも、組織の生産性を上げるなどのメリットがないまま導入すれば、メンバーに使いこなす負担を課すだけになるかもしれません。

現場と決定権者の双方が納得するプロセスが重要

こうしたツールやシステムの導入で重要なのは、現場で実際に使う人の意見です。前述のように、映像研でパソコンなどの導入が決まったのは、水崎氏が大量の動画制作を終わらせるために出した効率化の案がきっかけでした。適切なものを選んだり選択肢を用意したりするのは決定権を持つマネージャーの仕事ですが、実際に検討するきっかけや、最終的に導入するものを決めるときには、導入後に使う人の意見を無視できません。

水崎氏の場合は、導入前からタブレットで動画の一部を描くなど、デジタル機器を使った制作に一定程度慣れていました。アニメーション制作にも詳しいことから、パソコンの導入という案が出てきたと見られますが、多くの現実の組織では、新しいツールやシステムの導入には反発が起こることも少なくありません。この導入のハードルを少しでも下げるためにカギとなるのは、現場の考え方なのです。

現場と決定権者の双方が納得するプロセスが重要

(第2巻 P65)©︎2016 大童澄瞳/小学館

提案する現場も、テクノロジーの導入による利点を的確に訴える必要があります。映像研で水崎氏は、編集以外でも作業の手間が削減できて時間短縮になることや、描いた絵をすぐに確認できる利点を訴えます。

組織にとって新しいシステムやツールを取り入れるときは、現場と決定権者の双方が納得するプロセスが重要です。

マネージャーが知るべき「現場」とは 知るチャンスを無駄にしない

では、マネージャーが知るべき現場とは何なのでしょうか。それは、マネージャーが管理・運営していこうとする組織そのものです。映像研ではもちろん、実際のアニメーション制作の場所ということになります。直接のシステムやツール導入とは外れますが、作中でも金森氏が制作の現場を知ろうとするシーンが出てきます。

ロボット研究会のためのアニメーション制作で、ロボットによるチェーンソーの動きについて、表現に悩む水崎氏。浅草氏に相談するも結論が出ません。そこで浅草氏は金森氏に声を掛けます。金森氏はわからないと断りますが、浅草氏は「見る目を養うのもプロデューサーの仕事じゃないのけ」と論破。金森氏は制作中の絵コンテに目を通し、意見を出します。

マネージャーが知るべき「現場」とは 知るチャンスを無駄にしない

(第2巻P125)©︎2016 大童澄瞳/小学館

また、映像研のアニメーション版第4話では、手描きにこだわり動画制作が進まない水崎氏に対し、金森氏は自動中割りソフトを使うことを提案します。自動中割りソフトとは、自動で原画と原画の間の絵を生成することで、自然なアニメーションが作成できるソフトウエアです。当初は手描きにこだわった水崎氏ですが、制作期限を考えるとどれだけ頑張っても終わらないことを突き付けられ、こだわるところは残しつつも、部分的にソフトを取り入れることに同意します。

すると金森氏はすでにパソコンにソフトを導入済みで、使い方も習熟していることを明らかにします。新しいものを導入するなら、それがチーム内できちんと機能するようにあらかじめ使い方などを抑えておくこともマネージャーには求められます。

なお、ツールの導入などのために現場を理解することは、過剰な性能を持つものの導入を防ぐという効果もあります。現場を知りつつ、現場の人々が必要としている性能と将来の計画を考慮した上で、「もしかしたら必要になるかもしれない性能」のバランスを取ることができるからです。「必要ない機能」「高性能すぎる機能」を取り入れるリスクを減らすことができます。

マネージャーの仕事は管理・運営であり、必ずしも現場の仕事に対して専門家である必要はありません。むしろ求められる能力は別のところにあります。しかしその能力も、現場を知らずにいては、有効に発揮できないもの。それは、新しいツールやシステムの導入でも同様です。かといって、むやみに現場に顔を出すのも難しい。マネージャーや決定権者には、適切な機会を利用して現場を知りつつ、意思決定に反映させることが求められます。

【まとめ】

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、急きょリモートワークの体制をつくり上げる必要が生じた職場や組織は少なくありません。離れた場所にいる顧客や同僚とコミュニケーションを取ったりデータをやりとりしたりするため、デジタルツールを導入したところも多いでしょう。ただ、それが組織のメンバーに適しているかどうかを、常に確認する必要があります。特に初めて現場に導入する場合は、メンバーがツールを無理なく使いこなせているかを見ていくことが求められるでしょう。

国内で緊急事態宣言が発令されてから約1カ月。「どのようなツールが業務に必要・不要なのか」「気持ちよく仕事をするために、どの程度のシステム構築が求められているのか」を、改めて話し合ってみてはいかがでしょうか。

※第1回「クリエイターを活かすマネジメントとは。『映像研には手を出すな!』(1)」はこちら

文/bookish、企画・監修/山内康裕