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心理的安全性とは、「一人ひとりが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態」のことを指します。アメリカGoogle社のリサーチチームが、“チームのパフォーマンス向上のためには、心理的安全性を高める必要がある”と発見・発表して以来(参照:Google re:Work『「効果的なチームとは何か」を知る』より)、多くの企業が関心を示しています。今回は、そもそも心理的安全性とは何か、どのような効果が期待できるのか。そして、心理的安全性の測り方や担保する方法などを紹介します。
心理的安全性とは、「psychological safety(サイコロジカル・セーフティ)」という英語を和訳した心理学用語で、チームのメンバー一人ひとりが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態のことを指します。より身近な表現として、「チームの中で自分が自分らしく働いている状態」や「安心して何でも言い合えるチームだと感じる状態」と言い換えることもできます。アメリカGoogle社のリサーチチームが「効果的なチームを可能とする条件は何か」を見つける目的で行った「Project Aristotle」というプロジェクトの研究結果として、心理的安全性が生産性の高いチームづくりに最も重要であることを発表して以来、国内外で心理的安全性が注目されるようになりました。
新しいプロジェクトを始めるときや終了したプロジェクトの振り返りをするときなど、チーム内での心理的安全性が高ければ高いほど、建設的な議論が可能になると考えられています。
心理的安全性が不足していると、4つの不安が引き起こされ、個人やチームのパフォーマンスに悪影響が出ると言われています。
心理的安全性が不足していると、誰かに質問や相談をしなければならないときでも、「こんなこともわからないのか」と相手に思われてしまうのではないか、と不安になる可能性があります。自分が無知だと思われることへの不安から行動に移すことができない。その結果、業務内容などの不明点について詳しい説明を聞きたくても十分なコミュニケーションを取ることができず、ミスにつながるかもしれません。
自分の欠点をさらけ出すことに恐れ、何か行動を起こしたときに「こんなこともできないのか」と相手に思われてしまうのではないか、と不安になる可能性があります。自分が無能だと思われることへの不安から、自分のミスを素直に認めない、あるいはミスがあっても周囲に報告しないことで問題が可視化されず、後々になって大きなトラブルにつながることもあるでしょう。
心理的安全性が不足していると、チームのメンバーに嫌われるのではないか、あるいはチーム内で議論をするときに「あの人のせいで議論が進まない」と相手に思われてしまうのではないか、などといった不安が生まれやすくなります。自分が邪魔をしていると思われることへの不安から、自分の発言のせいで議論が脱線したり長引いたりすることを避けるため、自発的な発言を控えるようになり、新たなアイデアを提案できなくなります。それにより、チームにとって有意義な意見が表に出てこなくなることもあるでしょう。
心理的安全性が不足していると、チームの和を乱すことに敏感になるあまり、本来なら大切な指摘をしなければならないときでも「あの人は消極的でいつも否定ばかりする」と思われるのではないかと不安になる可能性もあるでしょう。自分が和を乱していると思われることを恐れるあまりに積極的な発言が生まれにくくなる可能性があります。改善などを目的とした前向きな指摘内容であっても、否定的な要素が少しでも含まれていると発言を躊躇し、チームが抱える課題を解決しづらくなることもあるでしょう。
心理的安全性が担保されていると、さまざまなポジティブな効果がもたらされます。「企業にとっての効果」と「企業で働くメンバーにとっての効果」の2つに分けてご紹介します。
心理的安全性が担保されると、メンバーは不安を感じることなく主体的に行動し、メンバー同士で自然と協力し合えるようになります。自分らしく働けるようになるので、一人ひとりの思考やビジョンが明確化します。また、コミュニケーションが増えることで新しいアイデアが出てきたり、建設的な議論ができたりするようになるでしょう。結果として、メンバー自ら強みを発揮しやすくなり、生産性の向上につながります。また、仕事にやりがいを感じられるようになり、優秀なメンバーの退職リスクを減らす効果も期待できます。
「報・連・相(ホウ・レン・ソウ)」も当たり前のように行われるようになるため、経営陣は個人や企業が抱える課題を的確に認識し、早めに対策を講じられるようになるでしょう。
心理的安全性が担保されると、メンバー一人ひとりに余計なストレスがかからず、仕事にやりがいを感じられるようになります。結果、仕事のやりがいが重要な要素の一つとされる「QOL(quality of life)」の向上や、メンバーの「メンタルヘルスケア」の一環としても効果が期待できます。また、心に余裕が生まれることでチームのメンバーと協力しながら働くことができ、個人やチームのパフォーマンス向上につながります。結果的に、「ずっとこの会社のために働きたい」という愛社精神や一緒に働く仲間への愛着、「将来はこの会社でこういう仕事を担当したい」といった、将来に向けた前向きなビジョンが描けるようになります。
企業や働くメンバーにとって、さまざまな効果があると言われる心理的安全性ですが、これを高めようとする際には、次の2点に注意する必要があります。
心理的安全性が高まることで、メンバーはリラックスした状態で仕事に臨むことができ、メンバー同士で積極的にコミュニケーションを図るようになります。そのこと自体は企業やチームにとって望ましいのですが、逆に悪影響となって生産性が低下する場合があります。仕事への意欲や責任感が欠如しているメンバーの中には、ストレスの少ない環境を「自分の能力を最大限に発揮できる場」と考えるのではなく、「楽ができる場」と捉える人もいるかもしれません。「馴れ合うだけの関係」にならないように注意することが必要です。そこで一人ひとりに責任や目標を与えたり、上司が部下を適切なタイミングで面談・フォローしたりすることで、リラックスしながらも目標達成のために邁進できるチームを構築していきましょう。
上司の中には、心理的安全性を高めるために「プレッシャーをかけないようにしよう」と考え、部下に対して一切の注意や指示を行わないほうがいいと考える人もいるかもしれません。しかし実際には、部下に注意や指導などを行わないと、一人一人の能力が発揮できないばかりか、正しい方向に進めることができず、たとえ心理的安全性が高まっても生産性は低下してしまうでしょう。これでは、上司としての役割を果たすことにはなりません。部下の能力を最大限に引き出すためにも、上司としての適切なサポートを行いつつも、部下を尊重し意見を言いやすい環境づくりを意識することをオススメします。
心理的安全性を測るには、メンバー一人ひとりがチームの現状をどのように捉えているか、確認する必要があります。「自分自身はチームのことをどのように感じているか」と「チームのメンバーはどのような状況か」という2つの視点に立った調査を実施し、心理的安全性が担保されているかどうかを確認しましょう。こういった調査を一度だけでなく、定期的に何度か行うことで、チームの心理的安全性の高さ(状態)を把握することができます。
心理的安全性を測る手法として有名なのが、組織行動学者エイミー・エドモンソン氏が提唱した以下の7つの質問です。
・質問①:「チームの中でミスをすると、たいてい非難される」
・質問②:「チームのメンバーの間で、課題や難しい問題を指摘し合える」
・質問③:「チームのメンバーは、自分と異なることを理由に、他者を拒絶することがある」
・質問④:「チームに対してリスクのある行動を取っても安全である」
・質問⑤:「チームの他のメンバーに助けを求めることは難しい」
・質問⑥:「チームメンバーは誰も、他人の仕事を意図的におとしめるような行動をしない」
・質問⑦:「チームメンバーと一緒に仕事をするとき、自分のスキルと才能が尊重され、活かされていると感じる」
これらの質問に対して、ポジティブな回答が多ければ「心理的安全性の高いチーム」、逆にネガティブな回答が多ければ「心理的安全性の低いチーム」だと判断することができます。この他、企業のビジョンに対する理解や、人間関係の課題などを測る組織調査の一環として、「ストレスがなく意見交換ができているか」「メンバー同士が連携し合っているか」といった、心理的安全性に関わる項目についてアンケート・ヒアリングを行う方法もあります。
心理的安全性を担保する方法はさまざまですが、共通している考え方があります。それは、前述した心理的安全性が不足していると生じる「4つの不安(無知だと思われる・無能だと思われる・邪魔をしていると思われる・ネガティブだと思われる)」を取り除くものでなければいけないということです。これらの4つの不安を取り除き、心理的安全性を担保するための手法をご紹介します。
メンバーは自分の意見を自由に言えてこそ、心理的安全性が高いチームだと感じることができます。しかし実際には、チームの中で特別優秀なメンバーや目立つメンバーの意見の方が優先され、他のメンバーの意見が軽視されるというケースがあります。心理的安全性を高めるためには、上司が誰か特定の人の意見ばかり優遇するのをやめ、全てのメンバーが発言できる機会を均等につくりましょう。
会議で対等に意見を出しやすくする手法の一つに、「ラウンドロビン方式」があります。これは、付箋紙に参加者全員が意見を書いた後、一人1枚ずつ順番に内容を読み上げながら付箋紙を貼り出していき、同様の意見を持っている参加者の近くに貼る、という流れを繰り返す方式です。一方で、会議の場に慣れていないと意見を出すこと自体が難しい場合もあるため、会議前に参加者へ個別に話しかけ、あらかじめ意見を考えてもらったり、開始前にアイスブレイクの場を設けたりするなど、事前の準備も行うとよいでしょう。
常にメンバー同士の間で競争が求められていると、リラックスして仕事をすることは難しいかもしれませんが、逆に「困ったときは誰かに助けてもらえる」と感じられれば、安心して仕事ができます。そのため、上司は心理的安全性を高めるために、メンバー間の競争よりも協力を促す必要があります。一人ひとりにわからないことやできないことがあるのは当然のこととして考え、相互に協力し合えるチームを構築しましょう。また、各自が仕事の目標や成果を公表し、互いの業務の「見える化」を行うことで、信頼関係をより強固にすることも、メンバー間の協力を促す上では重要です。
見つかった課題や起こった問題への反応がネガティブなものばかりでは、必要以上に周囲を気にするようになるため、前向きに仕事に臨むことが難しくなります。しかし、言い方や考え方を少し変えるだけで、物事をポジティブに捉えることができるようになる効果が期待できます。心理的安全性を高めるためには、上司を含めたチーム全員がポジティブな受け答えや振り返りをするように意識しましょう。そのためには、一人ひとりの意識改革も重要です。
上司と部下の信頼関係も、心理的安全性を高める上では重要な要素の一つで、そのためには上司がメンバー一人ひとりの存在や意見を尊重する必要があります。たとえば、目の前にいるメンバーを一人の人間として承認する、相手の目を見て会話をする、価値観の多様性を認める、否定・批判ばかりせずにサポート役に徹するといったことが挙げられます。これらを行うことにより、「自分はチームにとって必要な人間だ」「自分のことを上司はわかってくれている」とメンバーが認識し、心理的安全性が維持しやすくなるでしょう。
メンバー一人ひとりの目標や成果を確認するため、1on1で上司と部下との対話を実施している企業もあります。上司に自分の意見を話せる場である1on1をうまく活用することで、心理的安全性を高める効果が期待できます。部署や期間を限定せず全社的に頻繁に行うことで、1on1がチームに根づくでしょう。業務内容についての話だけにとどまらず、質の高い雑談をしてメンバーの価値観を知ることが心理的安全性を高める上では重要です。上司から、相手が質問したくなるような雑談をしてみたり、「Yes」「No」では答えられない「オープンクエスチョン」を投げかけたりすることで、1on1の時間がより価値のあるものとなり、心理的安全性を高めることにつながります。
仕事をする上で、適度な緊張感を持つことはある程度必要ですが、あまりに職場の雰囲気が張り詰めていると萎縮してしまい、本音を言えないメンバーも出てきてしまうでしょう。心理的安全性を高めるためには、時折メンバーの緊張を解き、腹を割って話せるきっかけをつくる必要があります。日常的に実施しやすい方法の例として、会議などを始める前に、自分の内面が伝わるような「自己紹介」やメンバー同士を紹介し合う「他己紹介」、簡単なゲームをするといったアイスブレイクの時間を設ける方法が挙げられます。また、メンバーにとって精神的負担がかからないようであれば、飲食をしながらミーティングをしたり、仕事終わりに飲み会を開いたりするのもよいでしょう。
新入社員や中途採用の社員、異動したばかりの社員など、チームにとっての「新人」は、新しい環境や業務に馴染むまで何かと不安を抱えがちです。不安を抱えていることで、自分の能力を十分に発揮できないケースもあります。新人にとっての心理的安全性を高めるためには、チーム全体で新人をサポートすることが重要です。たとえば、OJTを中心とした新人教育、ブラザー・シスター制度やメンター制度によるメンタルケア、1on1での定期的なフィードバックなどが挙げられます。
(参照:『OJTとは?メリットデメリット、やり方、手順を徹底解説【受け入れシート付】』『ブラザー・シスター制度は早期離職防止に効果アリ?OJT・メンター制度との違いとは』『メンター制度導入のメリット・デメリットとは。 押さえておきたい制度運用のコツも解説』)
個人の成果に基づいてメンバーをランク付けする従来の評価方法では、「ミスができない」「周囲の人の成功が気になる」といったことから、安心して仕事ができないケースも考えられます。そのため、心理的安全性を高めるためには、思い切って評価方法を見直してみるのも効果的です。個人評価の代わりにチーム・プロジェクト単位で評価する、あるいはメンバーのランク付けをしない代わりに定期的な1on1の場で評価や振り返りを行う「ノーレイティング」を実施する、といった方法が挙げられます。
(参照:『ノーレイティングとは「ランク付けしない」新たな評価制度。事例や導入方法を解説』)
日本の企業の多くは、管理力や統率力を重視したトップダウン型の組織形態です。そのような組織では、現場で働く社員が自分の本音を上層部伝えることは難しいでしょう。心理的安全性を担保するには、風通しの良い組織をつくることが重要です。組織形態自体を変えるのは容易ではありませんが、役職や年齢、雇用形態に関係なく全てのメンバーが対等な立場で意見交換ができるようにすることは、そう難しくないかもしれません。このように活発にコミュニケーションの取れる組織では、心理的安全性が高まります。
さまざまな方法を試してみても、チームの心理的安全性が担保できない場合は、メンバー同士の相性に問題がある可能性があります。チーム内の人間関係が良くなければ、いくら上司が心理的安全性の高いチームを構築したいと思っていても難しいでしょう。もし、なかなか心理的安全性が向上しなければ、チーム編成の見直しを行ってみましょう。チーム編成を変えることで、メンバー間のコミュニケーションの円滑化が期待でき、心理的安全性を担保しやすくなります。
恐怖や不安を感じることなく、誰もが自由に発言・行動できる状態を指す「心理的安全性」。心理的安全性が担保されていると、メンバーは余計なストレスを感じずに仕事ができるため、自分の能力を最大限に発揮することができ、結果的に企業の生産性向上につながります。そのためにはまず、心理的安全性についての問いを行い、チームの現状を把握することが重要です。心理的安全性を担保するさまざまな方法の中から自分のチームに合ったものを選び、心理的安全性の高いチームを構築しましょう。
■参考文献・サイト
『世界最高のチーム グーグル流「最少の人数」で「最大の成果」を生み出す方法』朝日新聞出版 ピョートル・フェリクス・グジバチ (著)
『最短最速で目標を達成するOKRマネジメント入門』かんき出版 天野 勝 (著)
『「効果的なチームとは何か」を知る』Google re:Work
(制作協力/株式会社はたらクリエイト、編集/d’s JOURNAL編集部)
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d's JOURNAL編集部
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】
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社会保険労務士法人クラシコ 代表 柴垣 和也(しばがき かずや)【監修】