『おおきく振りかぶって』に学ぶ、問題解決力が高いチームのつくり方

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チームづくりに重要なポイントが学べる高校野球マンガ『おおきく振りかぶって』(講談社、ひぐちアサ先生、以下『おお振り』)。第1回第2回では、成功体験を得られる環境づくりや目標統一についてまとめました。第3回では、チーム全体で問題解決力を高める方法を紹介していきます。

【作品紹介】『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ/講談社)

女性監督、選手は全員1年生――埼玉県立西浦高校の新設野球部に集まった10人の選手が甲子園優勝を目指す野球マンガ。体づくりから野球技術にメンタルトレーニングまで、取材や参考資料に基づく話をベースに、試合ごとの戦略や心理戦を綿密に描くのが特徴。

メンバー全員が「考える姿勢」を持てるチームに

世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスの発生は、私たちに生活様式や行動の変化を迫りました。こうした外部要因は、これまでの常識に対して強制的に変革を促します。しかし、たとえ外からの力がなくても、新しい技術の広がりや人々の考え方の変化を受けて、仕事のやり方、組織の在り方を更新していくことが求められる時代です。ビジョンや目標を達成するためには、チームが社会全体の変化に合わせていくことが必要になります。問題が起こったとしても「解決できるチーム」をつくるために求められるのは、メンバー一人一人が常に考え続ける姿勢を持つことです。

『おお振り』の作中でも西浦高校の監督は、試合で得点された場合や失敗したときなどに「その場で何ができたか」を考えるように促します。これはチーム全体のビジョンを決めるときや強豪校との対戦に向けたミーティングでも同様で、常に選手たちがどうしたいのか、どうすればよいのかを考えるように促しています。

メンバーそれぞれに考えることを促せるのは、ビジョンや目標が共有されているから。決してそれぞれが自分勝手に動くということではありません。ビジョン(『おお振り』 の場合であればチームの勝利)が共有されているからこそ、メンバーはチームのために「自分は何ができるか」と知恵をしぼって考えます。

もちろん、自発的に考えられるメンバーが一歩先んじるのは言うまでもありません。『おお振り』では西浦高校の田島悠一郎(たじま・ゆういちろう)がこの一人。美丞大狭山(びじょうだいさやま)高校との試合で、田島は相手校がバッターに合わせて守備位置を変えていることに気がつきます。他の部員は監督に言われるまで気がつきませんが、田島だけは先に気がつき、それに合わせて打ち方などを変えていました。野球の場合、特にバッターは一度バッターボックスに立つと、他のメンバーに相談したり力を借りたりすることが難しくなります。とすると、目の前の情報を自分で処理し、なおかつ一人で対策を考え出すことは不可欠だと言えるでしょう。

メンバー全員が「考える姿勢」を持てるチームに

©ひぐちアサ/講談社(『おおきく振りかぶって』第12巻より)

現実社会で働く社会人にも当てはめて考えてみましょう。どんなにすばらしいチームに属していても、常にそのチームのメンバーに相談したり助言をもらったりできるわけではありません。たとえば企画の提案や営業など、一人で進めなければならないことも多いでしょう。そこで想定外のことが起きたとき、切り抜けるためには「自分で考える力」が不可欠です。

もちろんマネージャーであれば、単純に「考えろ」とメンバーに伝えるだけでは不十分でしょう。「どう思考すればよいのか」という例示とともに、日ごろから考える癖をつけるよう促すことが求められます。

強いメンタルは、鍛えることで身に付けられる

前述のように、チームのメンバーが常に考え続けるためには、メンバーそれぞれのメンタル状態を維持する必要があります。当然、選手にはそれぞれが育ってきた背景があり、前向きな人ばかりを採用するわけにはいきません。育成する側が、チームメンバーのメンタルを引き上げる方法を考える必要があります。

メンタルや性格は生まれ持ったものであり、鍛えられるのか――これは『おお振り』の作中で西浦高校の監督も疑問に思うことです。対するメンタルコーチの答えは「鍛えられる。むしろ技術や身体と同様に鍛えるべきもの」という見解でした。

強いメンタルは、鍛えることで身に付けられる

©ひぐちアサ/講談社(『おおきく振りかぶって』第28巻より)

スポーツでも企業組織でも、マイナス思考に陥りやすい人に対して、精神論を理由に「気合を入れる」ことを求めがちです。他の人のようにプラス思考になれないと、「もともと持った性格だから」と変われないことを批判しがちです。しかし『おお振り』に登場するメンタルコーチは、むしろ変わり方を伝えられないことの方が問題で、プラス思考は日々の繰り返しで技術として身に付けられるものだと説明します。

もちろん『おお振り』に登場する高校生とは違い、個々人が社会人になるための過程を踏まえると、それまで蓄積してきた経験や考え方があり、簡単に変えることは難しいでしょう。しかし、完全に人格を変える必要はなく、チームに関わっているときにメンタルを良好に維持できていればよいのです。

『おお振り』では部員同士でマイナス思考になっている人を見つけたら、他の部員が「マイナス思考になっているぞ。プラス思考になれよ」という気持ちを込めて、「プラス思考ビーム」を手ぶりで繰り出します。これは、お互いプラス思考で居続けられるよう、気持ちを維持する対策です。大人が多い会社組織で「ビーム」は難しいかもしれませんが、マイナス思考になり落ち込んでいる人をうまく前向きにできる取り組みがあれば、チーム全体の底上げにつながります。

変化を恐れるマネージャーに先はない

常に考え続ける、前向きなチームを維持するためには、チームをまとめるマネージャーの役割と存在が何よりも重要です。日々チームをまとめながら、自分の能力や考え方を更新していくことも求められます。

『おお振り』の作中では、西浦高校の監督がその一人。彼女は西浦高校の卒業生で、硬式野球部を復活させた立役者です。男性中心である高校野球の世界で選手と年の近い女性が監督をするために、「男の子になめられちゃいけない」と思い、ことさら強圧的な態度で指導をしていきます。実際に物語の序盤では、試合中にミスをした選手に対して叱責(しっせき)から入り、失敗の原因を考えさせます。他の学校との試合で他校の監督や選手から女性であることを驚かれることもあり、自身を強く見せようとしていたのでしょう。

しかし勝利と敗北を繰り返し、次のステップに向かう中でメンタルコーチと話し合った結果、自分が「ミスを責めるのが楽しかったのだ」と自覚し、選手を褒めることにシフトします。第1回で触れたように、練習中にミスをしてもまず褒めるところから入り、選手の良いイメージづくりを推進しました。選手だけでなく自身も、監督としての在り方やトレーニング方法を見直したということになります。

変わるのは監督だけではありません。作中では中心人物の一人でもある捕手、阿部隆也(あべ・たかや)。過去にあった他投手とのいざこざから、当初は西浦高校の投手である三橋廉(みはし・れん)に、自分が組み立てた戦略について否定することを許しませんでした。しかし、勝ち進む中で捕手一人が考える戦略では限界があることを対戦相手に見抜かれた上、けがで試合を途中退場してしまいます。阿部は監督を含めた周囲の意見を受け、次の勝利を目指すために過去の発言を謝罪し、三橋とともに戦略を考えていくことを決めます。

変化を恐れるマネージャーに先はない

©ひぐちアサ/講談社(『おおきく振りかぶって』第15巻より)

一度チームに確立した方法を変えることは簡単ではありません。特にそれが成果を出していた場合、変更するのは難しいことです。しかし社会の考え方や受け止め方、チームのメンバーが変わっていく中で、マネージャーが変わらなければ、周囲に取り残されるかもしれません。ビジョンや目標など「変えてはいけないところ」を維持しつつも変化を恐れず、常にチームのためになる方法を模索していくことが求められます。

【まとめ】

『おお振り』では、西浦高校の部員全員が自分のすべきことを考え、技術や体力だけでなくメンタル面も鍛えていきます。巻が進むにつれ、試合の勝利と敗北を通じた学習を経て、技術面でも精神面でも成長していく姿が描かれます。作中には過去の間違いを認め、新しいやり方を取り入れていく姿も。『おお振り』には社会の変化とともに進み、そのときのベストとなる「解決策を考え出すための基本」が詰まっています。立ち止まりそうになったら、基本に立ち返るつもりでこの作品を手に取ってみてはいかがでしょうか。

【連載一覧】
第1回「『おおきく振りかぶって』で学ぶ、挑戦できる環境づくり」はこちら
第2回「『おお振り』に学ぶ、ビジョンを達成するために個人のやる気を引き出す方法」はこちら

文/bookish、企画・監修/山内康裕