40歳は人生80年時代の折り返し点。 40歳定年制を導入し、学び直しの機会とすべき

東京大学大学院 経済学研究科

教授 柳川範之

プロフィール

いま、人が携わっている仕事は、20年先でも「人にしか」できない仕事でしょうか。仕事の多くがAIやロボットに置き換えられていく近未来では、人が果たすべき役割も大きく変わるはずです。
人は、人だからできる創造的な仕事をすればいい――よく言われるセリフですが、それは具体的にどのような仕事なのでしょう。また、そのような仕事をするためには、どのようなスキルが必要でしょうか。そして企業はどのような体制を整えるべきなのか。
これからは誰もが80歳ぐらいまで元気に働く時代、だからキャリアプランもいったん40歳ぐらいで考え直したほうがいい。そう考える東京大学大学院経済学研究科・柳川範之教授は、政府の国家戦略会議「フロンティア分科会」報告書で『40歳定年制』を提案しました。40歳未満のビジネスパーソンはもとより、すでに40歳を超えた人にとっても重要なこれからの「キャリアの考え方」と、「企業の在り方」について、柳川先生にお話を伺いました。

激変する労働環境、長い人生を有意義に生きるために

2012年に提言された「40歳定年制」は、強烈なインパクトをもたらしました。

柳川氏:当時は私の思惑とは裏腹に「40歳で定年にされてしまう」と誤ったイメージが広がり、真意が十分に伝わらなかったようです。あれから8年が経ちました。この間のAIやロボット技術の急激な進化は私の想像を超え、労働環境はさらに大きく変わっています。だから、いま一度改めて40歳定年制をアピールしたいと思います。40歳ぐらいをキャリア人生の節目となる年齢とし、その時点で自分の将来について考え直そうという提案です。

なぜ、キャリアを考え直す必要があるのでしょうか。

柳川氏:就労環境と就労期間、この2つが以前とは大きく変わってきているからです。まずAIなどの急速な進展がもたらす技術革新により、就労環境に大きな変化が起こっています。一方では平均寿命が伸び、仕事で活躍できる期間が長くなっている。寿命が伸びるのは、とても歓迎すべきことです。ただ活躍できる期間が伸びるとすれば、その間に就労環境も大きく変わっていくでしょう。生涯現役として活躍し続けるためには、環境の変化に対応できるだけのスキルアップが求められます。終身雇用制で働き続けていた時代とは、環境が一変しているわけです。仮に80歳ぐらいまで活躍すると想定するなら、40歳ぐらいでいったんキャリアを見直し、その先を改めて考えた方がいい。仮に人生を一区切り20年の三毛作と考えるなら、ちょうど40歳が区切りの歳になりますね。

働く人だけでなく、企業にも有意義な40歳定年制

先生が提言された「40歳定年制」は法制改革にまで踏みこんだ内容でした。

柳川氏:人生三毛作を前提とするなら、現状の定年制度を考え直すべきです。現在の雇用制度は、長期の終身雇用もしくは短期の有期雇用の2つだけに限られています。どこかの企業が「当社は40歳を定年とします」などと勝手にアピールするわけにはいかない。そこに中期の雇用制度を新たに導入すれば、雇用する・される側の双方に選択肢が広がります。企業に意識改革を求める思いも込めて「40歳定年制」を打ち出したのです。

決して40歳で辞めてください、という制度ではないのですね?

柳川氏:もちろんです。仮に企業が40歳定年制を導入したからといって、それは従業員を40歳で辞めさせるための制度ではありません。また実際には、多くの人たちがその時点で働いている会社への再雇用となるはずです。ただ、雇う側・雇われる側のお互いがいったん区切りを付ける、ここに意味があるのです。40歳定年とセットで考えてほしいのが、働く人にとってはキャリアの見直しであり、企業や行政には学び直す機会の提供です。環境の変化が著しく速く、しかも激しいため、20年も先の状況など誰にも読めないのが正直なところでしょう。とは言え、40歳以降の長い人生で活躍し続けるには、仮に同じ職場で働くにしても、新たな能力が求められるはずです。企業側としても、それまで仕事を続けてきて自社のことをよくわかっている社員がスキルアップしてくれれば、大きなメリットを得られるはずです。仮に多くの人たちが、80歳ぐらいまでバリバリ仕事を続けられるようになれば、年金制度など、国の財政にも好循環が期待できます。

今の若い世代には、40歳以下での転職をためらわない人も増えているようです。

柳川氏:ベンチャー企業などでは、能力のある人は早く独立するし、ベンチャーの経営者にはそうした動きを後押しするような人も多いようです。定年まで勤め上げる人がほとんどいない、リクルートのような企業もあります。リクルートでも30代ぐらいで退職し、独立・起業する人が多い。もちろんリクルートが40歳定年制を取っているわけではありませんが、独立をもってよしとする企業風土が醸成されているのでしょう。ただ、定年を見直す動きは確実に出始めているのではないでしょうか。昨年、日本を代表する企業のトップが、終身雇用は難しいと発言してニュースになりました。この発言はおそらく企業サイドの本音だと思います。加えて、働く人にスキルアップしてほしいとの思いも強く込められていた、と私は見ています。

考えてみれば、日本の雇用制度は戦後ほとんど変わっていません。

柳川氏:だから見直しが必要であり、雇用制度に関する法改正を考えるべきタイミングに差し掛かっているのではないでしょうか。長期と短期しかない雇用制度は、企業にとっても決して使い勝手のよいものではないでしょう。改革を考える際の根幹に据えるべきなのは、働く人本人が望む方向で、仕事を続けられる制度です。本人が転職した方がよいと思えば、転職しやすい制度を用意すべきであり、セットでスキルアップを支援する制度も整える必要があります。

働く人だけでなく、企業にも有意義な40歳定年制

キャリアを会社任せにしない

先生が打ち出されている「キャリア自律」とは、どういう考え方でしょうか。

柳川氏:働く人にマインドセットを変えてほしい。自分のキャリアを会社任せにせず、自分の将来は自分で切り開いていく。これが「キャリア自律」の考え方です。仮に40歳以降も同じ会社で働き続けたいのなら、それはそれでまったく問題ありません。ただ、その場合でも、どのようなキャリアを目指したいのか。キャリアプランは、会社に用意してもらうのではなく、自分で考えるべきです。
AI化やRPAなどがどんどん進んでいったときに、人はどのように働くべきなのか。これは世界共通の問いでしょう。これに対する私の答えは「環境の変化を前提とした上で、より活躍できるだけの能力やスキルを身に付けて働く」ということになります。そのためにも働く人には学びが必要であり、企業や行政には学びをサポートする財政的支援や教育プログラムが欠かせません。支援体制まで含めての「40歳定年制」なのです。学び直しのための支援は、長い目で見た社会保障と捉えてはいかがでしょうか。

すでに学ぶ環境については、ずいぶん改善が見られるようです。

柳川氏:学び直しの大切さを認識してもらえれば、学ぶ環境はずいぶんと整ってきています。オンライン教育やオンデマンド講習を活用すれば、時間と場所に制約されることなく、自主的に学べます。仕事から帰ってきて、30分だけといった学び方でいいのです。スマホやタブレットを使えば、あとは学ぶ気持ちの問題だけでしょう。
学ぶといっても、大学に復学したり大学院に入るなど、高等教育を受け直す必要はありません。さらに企業側にはOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の重要性も強調しておきたい。OJTと言えば、企業にとっては新入社員の研修と受け止められがちですが、40歳ぐらいの社員に対しても、それから先の仕事に関するOJTを実施すべきです。

40歳から活躍するためには、どんな能力が必要なのでしょうか。

柳川氏:実は現状で最も欠けているのが、求められる能力の明確化です。具体的に何を学び、どのようなスキルを身に付ければ次のキャリアが開けるのかが、明らかになっていません。ジョブ・ディスクリプションを定めるのは、企業に求められる課題です。たとえば40歳で課長職となるために必要な能力は何かを明示した上で、その能力育成が40歳でのOJTに反映されなければなりません。
ただ、これが難しい。多くの企業で、たとえば部長職なら協調性とかリーダーシップが必要で経験もあってほしいといった漠然としたイメージしかない。ぜひ企業に意識改革を求めたいところです。

改革には時間がかかりそうです。

柳川氏:だから個人として考える必要があるのです。まず自分自身で、自分の将来設計やキャリアを考える癖を付けましょう。と言っても、一人で考える必要はなく、仮に仲間と一緒に起業するとしたら、どのような業種・業態で、自分がやりたいことや担う役割は何かと想像してみてはいかがでしょう。そうすれば、起業時にはどのような能力が求められるのか、その中で自分がやりたいことと、現状とのギャップなどが見えてくるはずです。

キャリアを会社任せにしない

カギは学び直し、自分のスキルを抽象化してみる

仮想起業は面白いアイデアですね。

柳川氏:起業を考える場合でも、これまでとまったく違うビジネスを始めなければならないわけではありません。ゼロから新しい何かを始めるのは簡単な作業ではないし、そもそもそんなことをやる必要もない。経験を活かせばよいのです。仮に転職する場合でも、これまで培ってきたスキルを活かせる職場をまず考えるはずです。だから今までのスキルをさらに高めるための学びを考えればよいのです。

とは言え、自分のスキルを客観的に判断するのは難しいのでは?

柳川氏:積み重ねてきた経験の多くが、働いている会社特有の内容というケースはあり得えます。けれども、その固有の知識や経験を整理して一般化すれば、応用が効くスキルとなるはずです。40歳での学び直しで何より有効なのが、自分の経験の一般化・抽象化だと私は考えています。
そこで役に立つのが、学問の体系を利用して頭を整理するやり方です。「40歳からスキルアップしろ」と言われても、「そんなの無理だよ」と反発する人もいるでしょう。けれども20年もかけて培ってきた経験知は、きっと応用が効くはずです。たとえば営業職であれば、マーケティングを少し学んでみるとよいのです。すると、商談に成功したときのポイントを理論的に理解できるでしょう。あるいは交渉術について学んでも、自分の経験を理論的に肉付けできると思います。

経理畑の人なら会計学、人事畑なら経営学というわけですか。

柳川氏:それら全てを基礎から応用まで完璧に理解する必要もありません。自分がこれまで仕事としてやってきた内容と近い部分だけ、理論的に押さえればいい。すると個別の経験を普遍的な理論として理解でき、経験を別の状況でも応用できるようになります。
もう一点、学ぶからといって、いきなり難解な理論書に取り組んだりしないように。まずはごく初歩的な入門書から始めましょう。それも自分がわかるところ、興味を持てる部分から始めるのがいい。何冊か入門書を読んだうえで、少し難しい専門書に挑戦してみればよいのです。
ただ一点だけ、汎用的な能力として読解力だけは鍛えておいてください。理論的な文章を読んで理解する能力は、これからのあらゆる仕事で必要な基礎力です。

これからの変化と、これからのスキルを考える

40歳定年を前提とすれば、定年前の20代や30代と定年間際の人、さらには定年を過ぎてしまった人では考えるべき内容が違いますね。

柳川氏:キャリアの節目は、40歳に限った話ではありません。実際の転機は30歳で来る人がいれば、50歳で新たなキャリアに踏み出す人もいるでしょう。いずれにしても、大前提として頭に刻み込んでほしいのが、自分のキャリアを会社任せにせず、自分が何をやりたいかを軸に考えるスタンスです。自分はこれから先の人生で何をしたいのか、と改めて自問してください。
既に50代や60代になっている人の場合、これまで会社にお任せの人生を歩んできた人も多いでしょう。それを今さら自分で考えろと言われても、なかなか難しいかもしれません。けれども、思考の癖も他のいろいろな癖と同じく、変えることは可能です。長い時間かけてつけた癖だから、簡単には変えられないかもしれません、キャリアについて何も考えないのも癖の一つです。それなら反対に、1日5分でもいいから、これから先、何をしたいのかを書き出す「新しい癖」を始めましょう。

いま20代、30代の人は、これから先のキャリアをどのように考えればよいのでしょうか。

柳川氏:仮に30歳なら、80歳で引退するまでにあと50年あるわけです。これからの半世紀もの間に起こる変化など、おそらく誰にもわかりません。「現時点で必要だと思っているスキルと、10年後に必要とされるスキルさえまったく違う」くらいの心構えで、今後のスキルアップを考えた方がいいでしょう。逆に50代以上の人は、これまで培ってきたスキルや経験を活かす方向性で考えてはいかがでしょうか。いずれにしても、自分が興味の持てるテーマ、好き嫌いを軸に考えていくのが、最も将来性があると思います。
これからは人生三毛作の時代です。どの時期においても豊かな実りを得るためには、やはりそれなりの努力が必要です。ただ努力といっても、自分がやりたくないことをやるわけではありません。自分がやりたいことに取り組み、学びによって進化し続けるのです。80歳まで成長し続けられる人生こそが、これからの理想だと思います。

これからの変化と、これからのスキルを考える

<編集後記>

簡単には先を読めないほど変化の激しい時代であり、一方で寿命が伸びていくことはほぼ確実。年金制度の改革なども考えるなら、少しでも長く元気に活躍したい。これは誰もが潜在的に意識している未来像でしょう。けれども、変わりゆく環境の中で、自分がいつまで必要とされるのかと、不安に思う人も多いのではないでしょうか。だからこそ学びが大切なのです。とは言え、一から新たに高度な内容を学ぶ必要はなく、自分の経験を振り返り、その延長線上や、自分のやりたいことについて学べばよい。そのためには、学びを支援する制度構築が必要であり、これは企業と行政に求められる課題です。とは言え、学びにより働く人の力が高まれば、企業にとっては戦力アップにつながり、少しでも長い期間働いてもらえるようになれば、国にとっても大きなメリットになります。学ぶこと、働くことの意味を、誰もが考え直す時期に来ているのだと思いました。

編集/d’s JOURNAL編集部