個人が制約なく働ける会社は、事業も強い―中小企業がボーダレス組織を目指すべき理由

株式会社キャスター

取締役COO 石倉 秀明

プロフィール

1億2,477万人。これが日本の現在人口です。総務省は7月10日、日本人の人口が前年から約43万人減り、調査開始以来最大の減少幅になったことを発表(※)しました。

働き手の数が明らかに減り、個人の働き方に対する意識も変わっていく。この流れの中で企業はどのような組織づくりをしていくべきなのでしょうか。株式会社働き方ファーム/株式会社キャスター/株式会社bosyuの3社で経営に携わる石倉秀明さんは、その道筋として、働く場所や時間、雇用形態、社内外の区別などのあらゆる境界が曖昧である「ボーダレス組織」を提唱しています。

新しい働き方や組織づくりと聞いて、なんとなく自社とは縁遠いものだと捉える方も少なくないのでしょう。しかし石倉さんは「今、現実に苦しんでいる中小企業こそボーダレス組織の考え方を取り入れるべき」と指摘します。これまでの常識を乗り越えていくために、必要なことを伺いました。

(※)住民基本台帳に基づく2019年1月1日時点の人口動態調査

(後編記事:『採用市場には変化なんて起こっていないー人事が意識すべき、コミュニケーションの変化』)

大企業は最後でいい。地方の中小企業から「ボーダレス組織」に変わるべき

石倉さんが「ボーダレス組織」を提唱するようになった背景を教えてください。

大企業は最後でいい。地方の中小企業から「ボーダレス組織」に変わるべき

石倉氏:シンプルに言うと、人が採用できない時代になったということです。これから人口はますます減っていきます。その一方で働き方の選択肢が多様になり、フレキシブルに働きたいと考える個人も増えていくでしょう。

これまで企業は「仕事が増えて人が足りなくなったら採用しよう」と考えてきましたが、そもそもその前提が変わってきました。どこに住んでいるとか、どんな時間に働けるとか、雇用形態はどうとか、あるいは人なのかロボットなのかといったことも、区別している場合ではない。やりたいことに対して最適な解決方法を選び、フレキシブルにチームをつくらないと、もはや企業活動が成り立たない時代なんです。

確かに。実際、私たちは「オフィス勤務か在宅勤務か」「フルタイムか時短か」「正社員か派遣か」といった区別ばかり気にしているようにも思います。

石倉氏:そうですよね。そうした謎の境界線をどんどん曖昧にしなきゃいけないと考えています。この考え方に名前を付けたら「ボーダレス組織」になりました。本来、雇用の区分で言えば、法的には有期雇用と無期雇用しかありません。それを色付けするように、HR業界の人たちがさまざまな雇用の形態や在り方をつくってきた面もありますよね。

最近では、日本を代表する大企業のトップが「終身雇用を維持するのは難しい」と、相次いで発言しています。従来の常識が変わりつつあることを、肌身で感じている人も多いのではないでしょうか。

石倉氏:定年まで雇用し、年功序列の組織の中で定期昇給を続けていく。このやり方を維持するのは、確かにもうきついのだと思います。法律上は一度雇った社員を簡単には解雇できないし、一度上げた給与を下げることも難しいですから。ただ、そうした従来の常識というのは、大企業で働く一部の人の特権だったようにも感じます。

大企業で働く一部の人の特権とは?

石倉氏:大企業では人が余っている現状もあり、その上で、従業員の高齢化が課題となっています。でも中小企業では、まず人を新たに雇うことさえ難しい状態に陥っています。首都圏と地方でも事情は違う。直近でも人口が増えているのは東京、千葉、埼玉、神奈川を除けばごく一部。大阪を含む40もの都道府県は、減少傾向(※)にあります。そうした意味では、地方の中小企業こそ、ボーダレス組織に変わらなければ生き残っていけないと思うんです。人材が足りないなら、エリアや時間などの制限をいったん外し、まずは「自社で働いてくれる人」のパイを増やしていくしかない。大企業が変わるのは最後でいいんですよ。まだ大丈夫だから。実際、大手の自動車メーカーやメガバンクが「人が足りない」とは言いませんよね。

(※)参考:総務省統計局公表「人口推計(2018年(平成30年)10月1日現在)‐全国:年齢(各歳),男女別人口 ・ 都道府県:年齢(5歳階級),男女別人口‐」

 

「自社で働いてくれる人」のパイを増やしていく

やったことのないリモートワークについて議論する前に、既成事実をつくってしまえばいい

中小企業で「自分たちこそ先に変わらなければならない」と考える人は少ないかもしれません。

石倉氏:企業が成長するためには、基本的に人を増やすことが最も重要です。そして先ほど申し上げた通り、ボーダレス組織に変わらなければ人を増やすことは難しいでしょう。それを諦めるなら、もはや衰退を受け入れるしかないと思います。とは言え、自分たちが当事者だと思っていない人が多いのも事実。たとえば年単位で見たら、自社も相当な変化に巻き込まれているはずです。だけど日々の視点ではなかなか気付けないんですよね。

そうした段階から、中小企業は何を入り口にして変わっていくべきでしょうか。

石倉氏:発想を変えるより、事実を受け入れることが先だと思います。これまでやったことがないのに、「まずは考え方を変えましょう」というのは難しいものです。キャスターが手掛けるオンラインアシスタントサービスの「CASTER BIZ」(キャスタービズ)では、「業務が回らないからやむを得ず使ってみた」というユーザーさんもいます。そうして実際に使ってみると「アウトソーシングって、思っていたよりも活用できるぞ」と気付くわけです。働き方も同じだと思うんですよ。風邪をひいてしまって、やむなくリモートワークをしてみたら案外回ったぞ、とか。

)やったことのないリモートワークについて議論する前に、既成事実をつくってしまえばいい

まずは、小さなことから「やってみる」のが大切だと。

石倉氏:はい。実際にやったことがないのに「リモートワークは可能だろうか?」「うちには無理なのではないか」と会議室で議論していても仕方がないですよね。既成事実として「やってみた」をつくってしまえばいいんです。小さな成功体験を積み上げてやり方を拡張していくほうが、よほど現実的だと思いませんか?たとえば社長自身が、1日だけ出社せずに仕事をしてみるのも良いと思います。生産性はどうなる?ツールはどうする?といった議論をする前に、「とりあえず会社に来ない」ということを試してみるわけですね。

「適材適所」ではなく「適所適材」を考えるべき

ボーダレス組織に人を迎え入れるためには、どんなことに気を付けるべきでしょうか?

石倉氏:その人に求めるミッションやタスクなどをはっきりさせる必要があります。従来の正社員採用では、評価はふんわりとしていてもよかった。「あなたは2年目だからまだ我慢してください」とか、「3年目だからもっと挑戦してください」とか、ふんわりとした基準でも何とかなっていたんです。一方、ボーダレス組織では、何がミッションで、何を期待していて、成果が上がった場合にどれくらいの報酬を得られるのかが、しっかりと決まっていることが大切です。僕はそもそも「適材適所」という言葉が間違っているような気がしています。そうではなく、「適所適材」なんじゃないかと。

「適材適所」ではなく「適所適材」を考えるべき

適所適材。

石倉氏:とりあえず人を入れて、その人に向いている仕事を探しながら10年かけて育てるなんて、現実的にはもうできなくなっていますよね。まず会社がやるべきなのは「適所」をはっきりさせることです。会社が成長するためには、どんなミッションを担う役割が必要なのか。それを明確にした上で、その適所を任せられる「適材」がどこにいるのかを探す。たとえばキャスターの場合は、まず「役割」があって、そこに対して給与が設定されています。そもそもの給与設計が適所にひも付いているんです。そこに人が入って、やってみて違ったら異動することもあるし、社員自ら手を挙げて挑戦することもできる。ポジションにもよりますが、働く場所や時間、雇用形態などの自由度が高いのは、それぞれのミッションが明確になっているからです。

適所を明らかにして組織をつくることが、企業にとっても働く個人にとっても有益だということですね。

石倉氏:大きな背景として、以前から僕はずっと、ライフスタイルや住む場所の変化が理由で賃金が変わったり、働けなくなったりするのはおかしいと思っていました。会社としても、場所や時間、雇用形態などに縛られなければ人に集まってもらいやすいし、事業を進める上での強みになる。「そんな世界の方がいいと思う」というエゴを実現するためにやっているとも言えます。企業によってはそれをビジョンと呼ぶのかもしれません。どう考えてもこっちの世界のほうがいいし、特に高い能力を持っている人じゃなくても、場所や時間に縛られずに楽しく働けるほうがいいに決まっている。そんなエゴを、自分たちで実現していこうとしています。

自分たちで実現

【取材後記】

「とにかく人材が集まらない」「ようやく採用できても、なかなか活躍してくれない」。そんな声であふれ返る今、途方もない消耗戦を繰り返しているような気分になる人事・採用担当者も少なくないでしょう。今回の石倉さんへの取材から得られたのは、その消耗戦を抜け出すためのヒントでした。外部環境が変わらないことを事実として認識し、小さなことから動き始めて自社内に変化を起こしていく。ボーダレス組織という考え方を身近に捉え、採用が難しいという現実に負けないマインドセットを得ることこそが、人事・採用の現場を変える第一歩なのかもしれません。ぜひ、後編記事もご覧ください。

(取材・文/多田 慎介、撮影/黒羽 政士、編集/檜垣 優香(プレスラボ)・齋藤 裕美子)