「人事は会社を変える」。顧客とのつながりを中心に考える、経営目線の人事とは

アールビバン株式会社

取締役執行役員 野澤 竹志(のざわ たけし)

1982年生まれ。東京工業大学生命理工学部卒業。2006年、株式会社リンクアンドモチベーションに人事コンサルタントとして入社。2010年に医療系ベンチャー企業に転職。2013年にアールビバン創業者で、父親の野澤克巳氏に声を掛けられて入社。新卒採用や社内教育などを担当。2016年取締役に就任し、人事部長兼社長室長を経て、2020年4月から子会社統括の担当役員に。グループ全体の人事も担当する。

人事担当者も経営の根幹。経営目線で「人の心をつかむ」ことが大事
資格や経験はむしろなくてよい。求める人材は「素直でまっすぐな人」
ゼロからの育成が、お客さまが求めるホスピタリティーを満たす

アート販売を中心に、グループでフィットネスクラブや溶岩石ホットヨガなども展開するアールビバン・グループ。「心と体の健康」に力点を置き、「心に灯をともす」ことをグループ全体のミッションとしています。そのアールビバン・グループが人材に求める条件は、「素直でまっすぐな人」。資格や知識を重視し過ぎると、「顧客のためにどう尽くせばいいのか」という基本的な視点が失われてしまいます。「人事担当者も、社員の心をつかみ、社員の心に火を点けることが何よりも重要」だと語る、アールビバン株式会社 取締役執行役員 野澤竹志氏(以下、野澤氏)。人事への考え方についてお話を伺いました。

人事担当者も経営の根幹。経営目線で「人の心をつかむ」ことが大事

野澤さんは人事コンサルタントを含め、人事畑を長く歩んで来られました。人事とはどうあるべきだと考えていらっしゃいますか。

野澤氏:多くの人事の方々とお会いしましたが、「経営」を意識している方は少ないと感じています。会社は経営という大きな活動をしていて、それを支えるために営業やマーケティングといった、さまざまな職種があります。人事もその職種の中の1つですから、経営という最終ゴールを目指したものであるべきだと考えています。海外ではCFOやCOOといった肩書きと並んで、人事はCHROという名称で経営陣から重宝されたり、時には経営者の右腕として活躍したりすることが多いのですが、残念ながら日本の企業では、人事に対して海外ほどの地位を得ているケースは多くないと感じています。

人事は経営に資するということでしょうか。

野澤氏:事務的な仕事に終始せずに、「経営」を意識できてこその人事だと考えています。労務管理はこうしなければいけない、残業時間はなくさなければいけないなど、いわゆる人事に特化した業務にとどまっている方々が多い印象です。しかし、人事目線での「理想」を押し進めようとすると、経営者の情熱や理想とズレが生じてしまうように感じます。組織の編成に携わる人事は、経営者と同じ情熱を共有することが重要です。

経営目線の人事になるためには、具体的に何から着手すればよいでしょうか。

野澤氏:まずは「経営目線の人事になる」をスローガンに、意識改革をすることが必要です。次に「人事が中心の採用活動」だったものを、「各事業部が中心の採用」に切り替えることです。人事は、採用ノウハウの提供や、会社全体のコンセプト設計などの裏方に回ります。人事の目線で「この人は活躍するだろう」と採用した人が、意外と活躍しないということは、どの企業でもあることですからね。

そこで弊社では、最初の面接は各事業部に任せて、パスした人材を人事がチェックするという流れにしたのです。最初に人事のフィルターをかけてしまうと、学歴や受け答えの良さなどの「目に見えるもの」で判断してしまいがちです。しかし、実際に仕事で活躍できる人材は、各事業部の方がよく見抜けるものです。弊社の採用が事業部主導で、学歴不問になっているのはこのためです。

人事担当者も経営の根幹。経営目線で「人の心をつかむ」ことが大事

各事業部を巻き込み、会社を挙げて採用活動の流れをつくるのは大変なことではないでしょうか。

野澤氏:5年くらいかかっています。まずは信頼してもらうことから始めました。人事でさえ「採用は人事がやるもの」と思っていますから、各事業部が「採用は人事の仕事でしょう?」と考えるのは当たり前です。人事主導のままではうまくいかないので、各事業部ではどのような人材を欲しがっているのかを、自ら聞いて回りました。その時に、現場の声に沿った採用を行うためには、人事主導の採用ではなく、事業部主導の採用に変えていくことが必要だと伝えていきました。「採用(人事活動)はみんなのためになることだから、手間はかかるがやってほしい」と、各事業部のトップやキーマンとじっくり話をしながら、周りを巻き込んでいきました。

今の体制が出来上がるまでに5年を費やされたということは、モチベーションを保つことが大変だったと思うのですが。

野澤氏:人事の仕事は社員に関わることなので、人の採用・育成・評価・配置・異動などと幅広くなりますが、全てを「経営から人事を見る」ことで行うと、きちんと成果として表われてきます。最初は社長に、「最終面接に残る人が変わった。特に新卒では、今までこんな人材を面接したことがなかった」と言ってもらえました。これは本当にうれしかったですね。

なぜなら、最初の3年くらいはなかなか成果が出ず、どちらかと言えば失敗ばかりの日々が続いていたのです。失敗したら、その原因を見つけてすぐに修正する。毎日がこの繰り返しでした。気持ちが切れそうになる時が何度もありましたが、「人事は経営を、会社を変える」ということを信じて続けていくと、この考えに賛同してくれる社員が一人、また一人と出てきてくれたのです。そのおかげで、現在のような人事体制を築くことができました。

そうして採用された新卒者は、すぐに結果を出し始めました。結果は各事業部の数字として出てきますので、各事業部は積極的に人事活動に参加してくれるようになります。この体制での採用活動がうまくいくことで、育成費用は下げられますし、これまでと同じ育成費用をかけると、伸びしろもその分大きくなります。こうなると、人事の仕事が飛躍的に楽しくなります。人事で会社が変わることを、信念を持ってやり続けることが重要です。いまは次のステージに進まないといけないので、人事の現場は他の社員に任せて、今年の4月から人事出身の経営者として、新規事業の経営に関与しています。

人事担当者も経営の根幹。経営目線で「人の心をつかむ」ことが大事

資格や経験はむしろなくてよい。求める人材は「素直でまっすぐな人」

その新事業についてですが、アールビバンはアート販売の会社だと思っていましたが、ホットヨガスタジオの経営も手掛けているのですね。

野澤氏:まずアート販売を始めた理由からお話しすると、創業前、まったく美術を知らなかった現社長が、友人に頼まれて1枚の絵を買いました。その絵を飾ってから部屋の空気が変わり、感性や感覚が日々変わっていくように感じたそうです。その感動を他の人たちにも伝えたいという想いと、これからはモノの豊かさの時代から心の豊かさの時代に変わると確信し、心の豊かさとしてアートを求める人が増えるのではと考え、今から35年前にアールビバンを創業しました。そのアート販売の会社がなぜヨガなのかというと、アールビバン・グループのビジョンが「心の豊かさ」、「心に灯をともすこと」だからです。ヨガは健康的な体づくりを通じて、まさしく心の豊かさを広げていくことにつながりますから、アートからヨガを事業として手掛けることに違和感はありませんでした。

事業として、ヨガスタジオは競争が激しいのではないでしょうか?また4月、5月は自粛要請も出ていました。戦略に変化はありましたか。

野澤氏:ヨガは「AMI-IDA(アミーダ)」として、天然溶岩を敷き温めるホットヨガに特化しています。1都3県からスタートさせましたが、「日本全国に心の灯をともす」ために、全国に広げています。現在は43カ所(全て直営店)になりました。女性専用で、住宅地に近い商業施設を中心に展開していますが、今後はビジネスパーソンに向けた男女用のスタジオもつくっていく方針です。現在は、新型コロナウイルスのまん延による緊急事態宣言が出て、フィットネスクラブにも営業自粛要請が出ています(※取材時点では緊急事態宣言解除前)。まずは100店舗、最終的には2,000店舗というのが目標ですが、しばらくは内実固めの時期として、特に人材を補強する時期だと考えています。

具体的には、どんな人材を求めているのでしょうか。

野澤氏:職種ではヨガのインストラクターです。「アミーダ」の場合は、単にヨガの指導だけではなく、店舗の運営やお客さまの管理など多岐にわたります。募集を掛けると、インストラクターの資格を持っている方々がたくさん応募してくださるのですが、採用する側の本音は、インストラクターとしての知識や資格はなくてもよいと考えています。

資格や経験はむしろなくてよい。求める人材は「素直でまっすぐな人」

インストラクターの仕事であれば、資格や知識があった方が即戦力としてよいのではないでしょうか?

野澤氏:ヨガスタジオに足を運んでくださるお客さまは、インストラクターが自分のためにどう尽くしてくれるのか、ホスピタリティーやサービスを求めています。ですから、「素直でまっすぐなこと」を第一優先にしています。また、前述しましたがインストラクターの仕事に限らず店舗の責任者としても活躍してもらいます。店舗責任者は、店舗の会員数を増やしていくことも重要な仕事ですので、それぞれの地域で受け入れられることが大事です。そのために必要な資質が「素直でまっすぐ」であることなのです。

そのほかに、インストラクターを採用するにあたり、大切にされていることはありますか。

野澤氏:自分が人事担当者として採用に関わるのであれば、最終的に候補者の方にも自分と同じ想いを持ってもらえるように動きます。その想いを伝えるために、まずは現場スタッフに、弊社の方針である信念や情熱といったことを共有し、同じ想いを持ってもらいます。そして、その想いを現場スタッフから候補者の方に伝えてもらう方が、はるかに心に響くことが多いです。

ゼロからの育成が、お客さまが求めるホスピタリティーを満たす

未経験の人を採用することになってくるかと思うのですが、未経験の人たちをどのように育成していくのでしょうか。

野澤氏:基本的に、弊社のお客さまはホスピタリティーやサービスを求めていらっしゃるという前提があります。また、お客さまの多くはヨガ未経験の方々ですので、ゼロからしっかりと身に付けたいというニーズもあります。素直さ、謙虚さ、前向きさを重視して採用したスタッフは、1カ月間は短期集中でインストラクターになるために必要な研修を受けます。その後、現場に入って店長や先輩から指導を受けてレベルアップしていきます。自分がゼロから身に付けていった経験や、先輩たちへの質問や指導される内容、注意された点などが、ヨガ未経験の方への指導に役立っています

もちろん、お客さまの中には長年ヨガを実践している方もいらっしゃいますので、知識や技術の高いインストラクターの指導を受けたいというニーズもあります。そのようなお客さまには、フリーのベテラン・インストラクターを派遣するという仕組みを導入して対応しています。しかし、これはあくまで「味付け」のようなもので、基本軸は「素直さ、謙虚さ、前向きさ」を持った弊社のインストラクターが対応します。社員に「素直さ、謙虚さ、前向きさ」を求めるのは、「アミーダ」だけでなく、アールビバン・グループ全体にも共通して言えることです。

ゼロからの育成が、お客さまが求めるホスピタリティーを満たす

全国に展開されていますが、スタッフはそれぞれの地域で採用されるのでしょうか。

野澤氏:それぞれの地域で採用します。地方創生が大きな課題になっていますが、民間企業としても地域で雇用を生むことに力を貸したいと思っています。東京からスタッフを送り込むこともありますが、基本は地域のお客さまとのコミュニケーションが大事なので、その地域で人間関係を築いていく方が重要です。お客さまが継続して利用いただけるかどうかは、もちろんレッスンの良し悪しもあるのですが、実はそれ以上に、レッスン前後のコミュニケーションが重要です。「あの人に会いたいからヨガに行く」という、人と人とのつながりです。ですから、基本的に弊社の採用基準は「人柄採用」になります。

取材後記

「人事は経営に与えるインパクトが一番大きい」と、経営目線を持つ人事の重要性を語る姿からは、それだけ人事とは経営にとって重要なポジションなのだという思いが伝わってきました。またヨガ事業で語られた、ホスピタリティーを考慮した「人の心をつかむ」ための人事採用には、競合他社が多い分野であればこそ、顧客接点に立ち返ることの重要さについて改めて気づかされました。「心に灯をともす」を経営理念に、「お客さまの心をつかむ」ための採用基準で他社との差別化を図る人事戦略は、まさに経営者目線の人事だと言えるのではないでしょうか。

取材・文/磯山友幸、編集/d’s JOURNAL編集部