「IT版トキワ荘」。新しい価値を創り出すコミュニティーに学ぶ、エンジニア採用のヒント

株式会社CEspace

代表取締役社長 若泉 大輔(わかいずみ だいすけ)

2007年、京都工芸繊維大学卒業後、株式会社セントメディア(現、株式会社ウィルオブ・ワーク)に入社。翌年、親会社の株式会社ウィルグループへ転籍、新卒採用などに携わる。2009年、同グループ内の株式会社エフエージェイ(現、株式会社ウィルオブ・ファクトリー)に転籍。営業戦略推進部門の立ち上げなどを行う。2013年に再びウィルグループに転籍、広報部門を立ち上げ、IR業務支援などに従事。2014年にテックレジデンス 事業を提案、事業開始。2019年分社化で株式会社CEspace設立、社長に就任。

エンジニアが集まって住めば、新たな価値は日常の交流から生まれる
コミュニティーに「住む」ことで、人が育つ。もはや住宅費ではなく教育費
一つの会社にだけ雇用されるという形態は薄れ、副業が当たり前に

将来、大成する若手漫画家たちがまだ駆け出しのころに住んでいたのが「トキワ荘」。そのエンジニア版とも呼べる「テックレジデンス」には、多くのエンジニアを中心としたTECH領域のメンバーが住んでいます。単なる賃貸住宅ではなく、お互いに刺激を受けるコミュニティーとして育っている状況です。また、シェアハウスという特徴を活かし、仕事を供給し合うプロジェクトも生まれています。会社でも個人でもない、住民コミュニティーが、新たな価値を創造していく。そんな一風変わった空間づくりに取り組んでいる株式会社CEspaceの若泉大輔代表取締役社長(以下、若泉氏)にお話を伺いました。

エンジニアが集まって住めば、新たな価値は日常の交流から生まれる

IT版トキワ荘というアイデアを事業として実現されたそうですね。

若泉氏:日本のアニメや漫画は「クールジャパン」と言われて、世界中の人々を魅了しています。その原点とも言えるのは、東京・豊島区にあった木造アパート「トキワ荘」に住んでいた若手漫画家たちだったのではないでしょうか。手塚治虫や藤子不二雄、赤塚不二夫といった人たちが一つ屋根の下に住んでいました。漫画は、自分のアイデアを黙々と描き出す作業によって生まれますが、同じ場所に住むことで活発な意見交換を行い、お互いに刺激を受け、切磋琢磨し合い、歴史に名を残す漫画家に育っていったわけです。現在は経済産業省も発表しているように、AIやIoTなどに対応する人材、いわゆるエンジニアが足りていません。エンジニアは漫画家のようなクリエーティブな仕事ですから、集まって住む住宅をつくることで、将来のIT業界を背負って立つ人材や、新しいサービスなどが生まれてくるのではないかと着想しました。

私が考えた「テックレジデンス」は、単なる住居ではなく、一つのコミュニティーとしての住居です。エンジニアやデザイナーといったTECH領域に携わる人が入居することで、そこでお互い刺激を受け、ワクワクできる場になっています。会社とも違うし、個人がバラバラの生活空間でもない。このコミュニティーが新しい価値を生んでいくと思います。

住宅の提供というよりも、場づくり、コミュニティーづくりということなのですね。

若泉氏:阪神淡路大震災のときに関西にいた私は、実際にその惨状を目の当たりにしました。そこでコミュニティーの大切さ、人と人のつながりの重要さを感じました。その一方、関西から東京に出てきて一人暮らしを始めたときに直面した東日本大震災では、誰が隣に住んでいるかもわからず、挨拶すらない、コミュニティーの希薄さを思い知りました。東京にコミュニティーがあったらもっと好きな町になるのにと、そう感じたものです。黙々とパソコンに向かって作業をするエンジニアは、孤独を好むような印象がありますが、実際にはエンジニア同士、あるいはデザイナーやマーケターなどとの日常会話から新しいアイデアが生まれたり、作品ができ上がったりしています。勤務先にこのような場があればよいのですが、残念ながらまだまだ少ないのが現状です。そこで、エンジニア同士が会話できる場を設けることで、新しい価値が生まれるのではないかと考えたのです。会社員ではないフリーランスのエンジニアたちも、このような人間関係で仕事を得ている人が少なくありませんから、「住環境」の中につくることはとても意義のあることだと思ったのです。それに、経済産業省も、エンジニアの育成を大きな目標に掲げています。エンジニアを育てることで、経済成長につながっていくという考え方には共鳴します。事業を始めるにあたって、国が目指す方向性と合わせれば成功するに違いないとも考えました。

現在、何棟の賃貸物件を展開されているのでしょうか。

若泉氏:東京は二子玉川と恵比寿、目黒三田、芝公園の4カ所、そして新潟に1カ所「テックレジデンス」を持ち、75部屋を管理しています。入居できるのはエンジニアやデザイナーなどIT領域の方限定です。2024年にはワーケーション※の拠点を100拠点、「テックレジデンス」を1,000室持つというのが目標です。今後は、ワーケーション利用の会員制度の取り入れも考えています。たとえば、賃貸期間を終えて出て行かれたとしても、つながり続けることができる仕組みです。1万人のエンジニアのコミュニティーをつくろうという夢を描いています。

※ワーケーション:リモートワークの一種。旅先で仕事(Work)と休暇(Vacation)を両立させること。

エンジニアが集まって住めば、新たな価値は日常の交流から生まれる

コミュニティーに「住む」ことで、人が育つ。もはや住宅費ではなく教育費

賃貸は、個人で申し込まれる方が多いのでしょうか。

若泉氏:仲介会社は通さずに、直接申し込みだけで行ってきましたが、最近は大手企業が福利厚生の一環として、特に新入社員やインターンシップのための社宅として借り上げる法人契約もあります。ある契約先の企業から、「当社で支出している賃料は、地代家賃ではなく教育訓練費だと思っています」という言葉をいただいたときは、とてもうれしかったですね。同業他社やフリーランスなどの人材が住んでいる住宅に住むことで、帰宅しても日常が切磋琢磨される環境ですから、自然と育っていきます。あえて会社で研修を行うよりも、生活環境を変えることでより多くの気づきや刺激を得られますし、何より楽しく充実した時間になりますからね。ですから、先ほどいただいた言葉は、まさに私が考えていた通りの効果を感じてもらっている証しです。

そのような企業ニーズに応えるために、何か対策を行っていますか。

若泉氏:一般的なシェアハウスと比較しても賃料を高めの設定にしています。高い賃料を支払える方は、活躍されている人たちです。彼らに、「高めの賃料を払ってでも住みたい」と思ってもらえる住環境を提供する。よりよい刺激が得られる環境が提供できれば、さらに多くの優秀なエンジニアが集まってきます。優秀な人材が住むコミュニティーになることで価値が上がりますから、この好循環をつくり上げるために、賃料は重要な要素です。法人契約をしてくださる企業が増えていることは、「あそこには優秀なエンジニアしか住んでいない」と認知されたということですし、そこに社員を住まわせることが人材育成にもなると思ってもらえているのでしょう。

新型コロナの影響で、「空間や時間に縛られない働き方」を求めるニーズは増えたのでしょうか。

若泉氏:はい。そうした流れは以前から見られましたが、今回の新型コロナによって一気に動き始めたと感じています。IT業界は、東京への一極集中が激しい業界の一つです。意思決定を下す本社が東京に集中しているので、IT業務を物理的に受託するなど、その内容を相談するには、技術者が東京にいる必要があったのだろうと思います。ところが、新型コロナによってテレワークが社会に浸透し、お客さまとの商談もオンラインでできることが証明されました。今後、IT企業は地方へと分散していくのではないでしょうか。さらに、都心の一等地にビルを構えるなど大きなオフィスの必要性も問われていますよね。私は、最先端の交流スペースやセンスのよいミニオフィスなどに濃縮されていくのではないかと感じています。エンジニアの場合、東京だけに限らず、地方で活躍されている優秀な人材は数多くいます。働き方の変化によって、企業が地方での採用活動を展開することは、より多くの優秀な人材採用につながるのではないでしょうか。今後、エンジニアが地方に住んで働くという需要が高まることを見据えて、弊社も新潟市に「テックレジデンス」を新設することを決めました。

コミュニティーに「住む」ことで、人が育つ。もはや住宅費ではなく教育費

一つの会社にだけ雇用されるという形態は薄れ、副業が当たり前に

働き方改革とともに、雇用形態も変化するのでしょうか。

若泉氏:一つの会社にだけ雇われるという雇用の形がどんどん薄れていくのではないでしょうか。今までは、一つの会社に依存することが安定でしたが、これが徐々に個人の成長の妨げとなる時代になりつつあります。これからは、一人一人が個人事業主のような立場で自立し、成長していく時代が訪れるでしょう。

銀行でも副業を認める時代ですからね。

若泉氏:ただ、副業が時間の切り売りになってしまっては意味がありません。たとえば、本業を終えた後に単純作業の時給制で働いてしまっては、時間を切り売りすることになります。そうではなく、自分自身のスキルを活かす働き方をして、本業も副業も、ともに生産性を上げることが重要なのです。最近では、副業OKの会社と禁止の会社でどちらを選ぶかと大学生に聞くと、ほとんどは副業OKの会社を選ぶと言います。つまり、今後は社員の副業を禁じ、そのスキルを抱え込むことが、社員のモチベーションの低下につながる可能性があるのです。社員の「働き方」を再定義する時代になったのではないでしょうか。

会社も変わらなければいけないということですね。

若泉氏:終身雇用・年功序列賃金で一生安泰な生活を社員に保証できる企業は、多くはないでしょう。「テックレジデンス」に住む人の中で大手IT企業に勤める人たちは、給与などの金銭的な不満はありませんが、その一方で、会社での活躍を通じて、知的好奇心を満たせるか、人のつながりが豊富か、ワクワクするか、といったことを求めています。これまで「テックレジデンス」からは、7人の経営者が生まれていますが、コミュニティーで刺激を受けたことが、事業立ち上げのきっかけになっているようです。ですから、企業も給与や待遇だけではなく、社内に刺激を受けられるコミュニティーをつくることで、優秀な人材を集めることができるのではないでしょうか。

IT系の仕事を受託し、「テックレジデンス」の住民たちとつなげるサービスを始められたそうですね。

若泉氏:優秀な人材が集まるコミュニティーは、仕事を受注できる場にもなります。たとえば、住人たちが互いにどんな技術を持っているかがわかっていれば、プロジェクトごとにチームを組んで取り組むことも可能です。そのために、住人たちがつながりやすくなる環境を整えることが私たちの役割だと思っていますので、物件を超えて入居者同士がつながる専用アプリを提供しました。

一つの会社にだけ雇用されるという形態は薄れ、副業が当たり前に

取材後記

「テックレジデンスには優秀なエンジニアしかいない、と認知されることを目指す」と語る若泉氏。あの人が住んでいるなら、と優秀な人材が次々と集まってくれば、新しい価値を創造できるコミュニティーができ上がっていく。集まってきた優秀な人材が、さらに切磋琢磨しスキルを磨くことで、それぞれの勤務先で実力を発揮していく。あるいは住人であるエンジニアたちが仕事を受託するバーチャルカンパニー的な展開など、可能性は多岐にわたります。そんな「IT版トキワ壮」とも呼べるコミュニティーの発展と、エンジニアたちの活躍に大きな注目が集まります。

取材・文/磯山友幸 EJS、編集/d’s JOURNAL編集部