組織の「分断」をつなぎ直す。アジャイル手法をヒントにした組織づくりノウハウとは

株式会社レッドジャーニー

取締役COO 新井 剛(あらい・たけし)

プロフィール

ソフトウェア開発手法のひとつであるアジャイルなどを活用して、事業やサービス開発、組織づくりの支援を行う株式会社レッドジャーニー。COOの新井剛氏は、前職時代、たった一人から「会社の文化を変える」取り組みを始め、仲間を増やしながら、それを仲間と共に全社に浸透させたといいます。同社のミッションである「分断した社会をつなぎ直す」に込められた想いや、組織づくりにアジャイルをどう活用するのか、より強い組織のつくり方などについて、オンライン会議システムを使ってお聞きしました。

「社会の分断をつなぎ直す」ことで、よりよい組織、よりよい社会をつくり上げたい

まず、新井さんのこれまでの職歴をご紹介ください。

新井氏:もともとプログラマーやSEをしていて、2005年にヴァル研究所にエンジニアとして入社しました。広く知られるようになった緊急地震速報のアプリケーション開発や電車の乗り換え案内アプリ「駅すぱあと」のミドルエンジン開発も担当しました。その後は、プロジェクトマネージャー、エンジニアリング部門の部長となり、カイゼンエバンジェリストとして社内外に情報を発信したり、社内のあらゆる部署の業務カイゼン活動やアジャイルを支援する役割も担っていました。

2017年に、ヴァル研究所から副業の許可を得て、エンジニア コミュニティの仲間とともに株式会社エナジャイルを起業しました。ソフトウェアの開発手法であるアジャイルを活用することで、新規プロダクトの立ち上げを支援したり、コンサルティングなどをしたりする会社です。エナジャイルという社名は、アジャイル(agile)に接頭語のエン(en)を付けたものですが、「勇気づける、元気にする」というエナジャイズ(energize)の意味も込めていました。

2020年2月にはヴァル研究所を退職されてフリー契約となり、エナジャイルに軸足を移されましたね。

新井氏: はい。2020年6月には社名をエナジャイルからレッドジャーニーに変更しました。世の中にデジタル活用による業務変革の概念は広がりつつありましたが、新型コロナウイルスの問題でリモートワークが推進されるなど、より急速に変化しています。その中で、「組織や事業の在り方と構築の仕方を再定義したい」という想いからRed(=ReDesign)、また一度再定義したら終わりではなく、社会の変化に応じて旅のように移り変わっていく、変遷していくという意味で「ジャーニー」という単語を用いました。

当社では、組織のデジタル活用による変革の支援、新規事業・プロダクト開発支援、アジャイルなチーム育成、業務部門のカイゼン(知恵を出し合って問題を解決しながら継続的によりよくしていく活動) 、研修・ ワークショップなどを行っており、その多くはエナジャイル時代から行ってきたものです。会社のミッションは「社会の分断をつなぎ直す」こと。個人と個人、上司と部下、セールスとエンジニア、マーケティングと営業、バックオフィスコーポレート部門と実際に利益を出す部門など、組織の中にはさまざまな分断があります

レッドジャーニー新井氏:「社会の分断をつなぎ直す」ことで、よりよい組織、よりよい社会をつくり上げたい

また、会社と会社の分断もあります。それは組織や会社の成長を阻害するものになっている。分断したものを一つ一つつなぎ直していくことで、よりよい組織、よりよい社会をつくりたいと考えています。「ともに考え、ともにつくり、ともに超える」という価値観のもと、お客さまと伴走しながら、日本の社会どんどん変えていきたいと思っています。

開発部門だけでなく、総務や人事、教育部門など会社全体にアジャイルを浸透

現在の業務の基礎は、ヴァル研究所時代に個人的に始められた「会社の文化を変える」活動にあるそうです。どうして会社の文化を変えようと思ったのか、そのきっかけをお聞かせください。

新井氏:2012〜2013年ごろ、クラウドやスマートフォンが広く普及し、自社開発のプロダクトもそれらに対応するニーズが生まれました。環境が大きく変わるなかで、開発プロセスやチームも変化する必要がありましたが、うまく変わることができなかったのです。そして多くのメンバーが疲弊していき、手作業での業務やムダなプロセスにモヤモヤを感じたり、チーム間でギスギスした感じになることもあり、組織としてとても不健全でした。

そんなとき、一人の社員として、小さな単位で実装とテストを繰り返して開発を進めるソフトウェア開発手法であるアジャイルが開発の効率化に役立つのではないかと考えました。ウォーターフォール型など、それまでのプロダクト開発のスタイルは、網羅的に調査をして大計画を立てて、ある程度長い期間をかけていく方法論ですが、市場の状況に追従できないこともあったからです。

従来のやり方が通用しなくなっていたんですね。

ビジネスの成功は「千に三つ」と言われることと同じように、ソフトウェアの企画が成功する確率もとても低い確率だとされています。それならば、大計画を立ててプロジェクトを進めるよりも、仮説をもとに短い検証サイクルをどんどん繰り返していく方がよいと考えたのです。

さらに、個人的に「会社の文化を変える」というミッションを勝手に掲げて活動を始めました。「会社の文化を変える」ことで、会社全体をよくできる、皆がよりよい環境で仕事ができるようになると信じました。会社の承認も得ずにアジャイル関連の講演会やワークショップを開いたりしているうちに、それを面白がってくれる人が社内に現れるなど、少しずつ変化が訪れました。

会社の組織図の中にアジャイル推進委員会のような枠をつくってほしいと、経営会議に直談判のようなことをしたこともあります。経営会議でプレゼンする時間をもらって必要性を力説したところ、すんなりOKをもらうことができました。通常、一般職は課長から部長を経て経営会議に要望を出すものだと後から知らされましたが(笑)、会社側もこちらの気概とかを感じてくれたんだと思います。

レッドジャーニー 新井氏:開発部門だけでなく、総務や人事、教育部門など会社全体にアジャイルを浸透

アジャイルの手法をプロダクト開発だけでなく、組織づくりにも活用しようという発想はどこから生まれたのですか。 

新井氏:アジャイルでプロダクト開発を行う現場で実践したのが、ホワイトボードや付箋紙使って、現状のタスクや問題点を見える化・言語化して共有することでした。そうした活動のなかで不都合な真実も見えてきますが、それを先送りしてしまうと大失敗になりかねません。不都合の顕在化は、大幅にリスクを減らすことのできる良い情報だと捉え、問題点の評価や対処を行うフィードバックをどんどん回していくようにしました。

このとき、チームで自由にコミュニケーションをとれる場が会社の中にできると、チーム全体が生き生きとして、各メンバーが人ごとでなく自分ごとで働けるようになることを知りました。私たちはその場を「秘密基地」と呼んでいました。何かあると秘密基地に集まってミーティングや振り返りをしたり……不都合な真実をどんどん出して、問題が雪だるま式に大きくなる前に解決していけるようになりました。

そして、チームも成長して、メンバーのモチベーションも高くなり、言わされ感も減りました。上司から仕事の指示を受けるのではなく、そこにある仕事を自分から取りに行くようになるんです。

その経験が組織づくりに活かせるとお考えになったのですね。開発チームだけでなく、総務や人事、教育部門にもアジャイルは浸透したのでしょうか。

新井氏:はい。最初はエンジニア部門からでしたが、社内のあちこちで浸透していくうちに、総務部門でもやってみたいと声が上がりました。イノベーター理論 ではないのですが、どこかで中央値を超えると、ほかの人たちも変わることに同意するようになっていきました。最後には監査部門でもタスクの見える化をしたり、チームでカイゼンしたり、組織で横断的に取り組むようになりました。

このような活動を他の会社さんにもどんどん展開していきたいと考えるようになったのが、起業の動機ですね。

「会社の文化を変える」活動において難しかった点はなんでしょう。

新井氏:社内にはいろいろな立場で、異なる価値観を持った人がいます。お子さんが生まれたばかりとか、親の介護をしないといけないとか、人生のフェーズがそれぞれ違います。一方で、日々のオペレーション業務を実施したり、売上を出さないと会社も止まってしまいます。

そんな中で、チームを育成しないといけない、仕組みもつくらないといけない、カイゼンも……と、同時になんでもやるのは難しいと思いました。そこで、段階的に進めるようにしました。そのとき重視したのは、やる気のある人のモチベーションを削がないように寄り添うことです。

やる気のある人がさらに自発的に取り組めるように盛り上げていくわけですね。では、アジャイルの欠点や弱点についてはどう考えていらっしゃいますか?

新井氏:まず、アジャイルを手段という位置付けで考えてしまうと、良い・悪いの2軸で判断してしまいますが、チームづくりをするための方法論、成果を出すための方法論と考えれば弱点は減ると思います。では弱点は何かというと、アジャイルそのものが目的になってしまうことです。「これは正しいアジャイルなのか」などの思考に陥り、“正しいアジャイル”を追い求めすぎる人もいます。

アジャイル開発は「スクラム」と呼ばれるフレームワークで行われるのが主流となっています。スクラムにはプロダクトオーナー、スクラムマスター、開発チームと3つの役割があります。ですが、必ずしもこのフレームワークに当てはめる必要はないのです。

とにかく、自分たちでタスクや課題の見える化をしたり、カイゼンをしたり、意見を出し合って仕事を進めていく場づくりをすれば、それがアジャイルにつながっていきます 。最初のころは私たちも正しいアジャイルとは何かと考えましたが、それぞれのアジャイルがあっていいと思うようになりました。

組織に合わせたスタイルで実施すればいいということですね。しかし社内にはこれまでのやり方を変えたくない人や、やる気がないメンバーもいらっしゃると思います。このようなメンバーのマネジメントの仕方や部下の評価方法についてアドバイスをお願いします。

新井氏:やる気のない人がいたら、まずはその人の価値観を知ることが重要です。何らかの理由からやる気が起きないのかもしれないですから、問題点を見える化するのと同様に、まずは認知、理解することが重要です。単にやる気がないだけの人なら、その人は後回しでいいと思います。やる気やモチベーション、情熱のある人たちに時間を割くようにしましょう。

レッドジャーニー新井氏:やる気のない人がいたら、まずはその人の価値観を知ることが重要です

人事評価については、多くの会社が時代に追いついていないと感じます。A評価が何人、B評価が何人としている組織もあると思いますが、その場合でもできるだけチーム単位での評価をしましょうと提案しています。チームには得点を決めたエースメンバーがいるかもしれませんが、ディフェンスした人、得点をアシストした人もいます。 チームの成果にメンバーがどう関わってきたかという観点で評価するといいでしょう。

チームの上司は、監視ではなく関心を持って見ているよ、一人の大人として扱っているよ、ということを明確に発信しておくことも大切だと思います。上に報告する部分とは別にチームの中だけで評価する項目をつくるのもいいと思います。私は、メンバーが何個カイゼンできたかを、わずかですが賞与に反映させていました。

日本の組織は、ピラミッド構造で、硬直化していることが問題です。アジャイル的な手法で揉みほぐし、もっとみんなが生き生きと働けるようにしたいですね。評価する人・される人という上下関係は存在するので、そこに引っ張られるのは仕方ないことですが、短期間限定でもいいので、縦横の関係性を変化させてみるなどの実験をしてみることも効果的だと思います。

「みんな生き生きと仕事をしている」という外からの評価が好循環を生む

さまざまなご苦労のあったこれまでの活動のなかで、どのような成果を得られたと感じていらっしゃいますか?

新井氏:アジャイル文化が浸透したヴァル研究所では、あちこちで生じていた分断をつなぎ直すことができたと思います。今では「全社でアジャイルを実践している会社」として有名になり、これまで1000人以上の見学者が訪れています。こうなると、多くのメンバーのカイゼンマインドが自然にできあがったり、モチベーションが上がったりして、「みんな生き生きと仕事をしている」、「楽しそうだ」という評価をいただくようになりました。経営陣もいいことだと思うようになりますし、無駄もなくなり、会社全体に好循環が生まれました。

また、新型コロナウイルスによるリモートワークへの移行も、生産性を落とすことなくスムーズにできました。もともと、タスクや問題点を見つけ合ったり、所属メンバーが仕事を自発的に担当したりと、チーム単位の仕事管理ができていたからです。これまでホワイトボードや付箋紙を使って話し合っていた秘密基地が、オンラインに移っただけです。

ヴァル研究所だけでなく、レッドジャーニー がコンサルティングさせていただいているある会社では、アジャイルの方法論や、課題の見える化・言語化、期待値の擦り合わせなどをお手伝いすることによって「何かを変えたい」と思っている方々の心が折れずに済んだという効果も実感しています。また、プレイングマネージャーの人たちがメンバーや上司を巻き込んで 一緒に問題点を解決するといった良い変化も訪れています。

人事面や採用面から、組織をよりよくしていくアイデアがあれば教えていただけますか。

新井氏:若手社員や、新しく入社した人への研修に力を入れることで、会社の文化を変えていくことができると思います。短期間では変わらなくても、5、6年続けていくと、研修を受けた人たちが社内でも一大勢力になってきます。責任のある仕事も任されるようになってくると、社内の常識や文化が変わっていくでしょう。

本業や副業の境をなくして多様な経験を共有しあえば、個人も組織も強くなれる

現在の社会はさまざまな点で変革が求められていると思います。組織の変革を支援されている新井さんが考える、企業と人のあるべき未来像をお教えください。

新井氏:モチベーションが高く、自立した人材が会社の中にたくさん出てきて、チーム単位でワイワイガヤガヤとやりながら、ハイパフォーマンスで成果を出し続けることができたら、それは美しいことだと思います。

利益率も高くなり、多くのよいプロジェクトが生まれ、優秀な人材も入ってきやすくなるでしょう。そして企業のブランド価値も上がっていくなど、ポジティブスパイラルが生まれるはずです。

また、本業・副業の境をなくし、いろんな業種や業界の知見を持ち合いながら切磋琢磨することができれば、組織として本当に強くなれると思います。私自身、副業を通して1社だけでは得られない知識と経験を得ることができました。そういう環境が日本中いたるところに生まれるといいなと思います。

本業や副業の境をなくして多様な経験を共有しあえば、個人も組織も強くなれる

私はリーダーシップやタスクマネジメント、チームづくり、メンタリング、コーチングなど、すべてをアジャイルから教わりました。これから、より多くの会社や組織にアジャイル文化が浸透することで、生産性が高く、元気に楽しく働くことのできる社会がつくれると信じています。そのために私たちが少しでもお役に立てればと願っています。

取材後記

たった一人で会社の文化を変えようと立ち上がった新井氏のパッションに共感しました。どんな企業にも何かを変えたいと思う優秀な人材がいるはずですが、どうしていいかわからないまま、やる気を失ってしまうケースも少なくないのでは。それは会社にとって大きな損失でしょう。
アジャイルという手法が、組織や働く環境をよりよくするために大きな力を持っている、という点は多くの人事・経営者の皆さんにもヒントになったのではないでしょうか。多くの企業がアジャイルで生まれ変わり、高い生産性と楽しく元気に働ける環境を実現し、働く人全てが豊かな人生を送れるようになれば、日本もカイゼンされるかもしれません。

取材・文/鈴木和宏、編集/森 英信(アンジー)・d’s JOURNAL編集部