「個人の判断を組織で支える」。独創的な製品でニッチ市場を席巻する白山工業の人材育成とは

白山工業株式会社

代表取締役社長 吉田 稔(よしだ みのる)

プロフィール

私たちが普段利用している「緊急地震速報」。それを支えているのは地震計測技術です。地震計測をはじめ、環境計測の技術分野でひときわ存在感を見せる白山工業株式会社。「ニッチ市場でオンリーワンになる」という経営戦略の下、ユニークな製品開発で防災システム事業を拡大しています。町工場からのスタートでしたが、今では東京パワーテクノロジー株式会社やSAPジャパン株式会社と資本業務提携を結ぶなど、まるで人気小説『下町ロケット』のようです。次々と新製品を開発する優秀な社員の採用・育成方法について、代表取締役社長の吉田稔氏(以下、吉田氏)にお話を伺いました。

中小企業は採用したいときに採用できない。大学とのネットワークを構築し、優秀な人材を集める

大企業にも負けない技術力で次々と新しいものを製品化していますが、御社の成り立ちについて教えてください。

吉田氏:先代が創業して以来、板状の非鉄金属材料を高精度に切断して巻き取る「スリッター」という機械を製造、販売しています。そして、1986年に現在の白山工業株式会社となり、環境計測機器の開発・製造・販売をスタートし、計測地震防災システム事業を拡大してきました。汎用金属スリッター、地震計測用データロガーなど、弊社が扱う製品はいずれもニッチな分野ですが、国内シェアはトップです。やはり中小企業が大企業に勝つには、ニッチ市場でオンリーワンとしての地位を築くことが重要だと考えています。面白いモノをつくろう、世界中どこを探しても他にないものをつくろう、誰もやったことのないことに挑戦しようという、私の個人的な思いが原動力でしたが、今では社風となりつつあります。人材採用についても、私の考えに共感して入社したいという希望者が集まってきています。

中小企業は採用したいときに採用できない。大学とのネットワークを構築し、優秀な人材を集める01

大企業のようなネームバリューがなくとも人材が集まってくるのはなぜですか。

吉田氏:弊社のような中小のモノづくり企業にとって、「募集すれば応募が殺到する」ことなどあり得ません。特に弊社は「今まで世の中になかった製品を開発する」という非常に特殊な仕事内容なので、求人広告を利用した募集ではなかなか採用につながりません。今回、博士課程の学生を斡旋しているサービスを利用してみましたが、何人かの応募はあったものの採用につながることはなく、応募してきた全員は、弊社が内定を出す以前に違う企業に行ってしまいました。そもそも、大手企業と同じ方法で募集しても、中小企業を選ぶような優秀な新卒はほとんどいません。弊社の新卒採用の特徴は「大学の先生からの紹介」が多いことです。大学の先生と共同でプロジェクトを行うことも多く、共に研究を進めながら、テーマに関心の高い優秀な学生を紹介していただくことがあります。特別に紹介を狙って行うのではなく、新しい研究に取り組む先生方から面白い会社だと思われるような成果を上げ、信頼関係を構築することが重要だと考えています。

紹介の場合、断りたいけど断りにくいなど、かえって採用は難しくなりませんか。

吉田氏:中小企業は、自社の都合に合わせて優秀な人材を確保することが難しいものです。ですから、紹介されたときが採用のタイミングだと考えることにしています。従って、会社にとって今必要としている専門分野の人材でなくとも、受け入れることがあります。ニッチ市場でのオンリーワンになるためには、新しいことにチャレンジし続けなければいけません。新しいことは世界中で誰もやっている人がいないわけですから、当然採用面接の時点では社内にも経験者はいません。採用を通じて自社が保有していなかった分野の技術や個人能力を取り込み、既存の技術や組織と融合させる柔軟性が重要だと考えています。たとえば、クラウドコンピューティング分野の人材が、IoTの事業化を加速させたりします。計測技術に秀でたエンジニアは社内に多くいるので、採用する人材の専門分野と掛け合わせることで、局面が打開されることもあるのです。

採用面接のときは、どのような点を注意していますか。

吉田氏:採用面接では、弊社の特殊な分野の仕事に合うかどうか、あるいはどのくらい柔軟性があるのかを重視しながら、いろいろな話をします。弊社で働くとしたら、どのような働き方が一番生き生きとできるのか、どのようなシーンで最高のパフォーマンスが発揮されるのかなどと、入社してからのイメージを一緒に描きながら面接を行います。面接というよりも、社内ミーティングや企画会議に近いかもしれません。面接を終えるころにはやってもらうことのイメージができています。足りないところがあっても、採用後に育成することで補えますから心配していません。人材育成の基本は、できるだけすぐに難しい開発プロジェクトに加わってもらうことです。手取り足取り教えることはほとんどしません。わからないことを自分で調べながら突き詰めることで、開発者としての基礎体力が身に付きます。この基礎体力が高く、感覚の尖った社員が多いために、まとまりのない特殊な集団に見えるかもしれませんが、それも弊社の魅力だと感じています。

中小企業は採用したいときに採用できない。大学とのネットワークを構築し、優秀な人材を集める02

エンジニアや研究者が自由にチャレンジできる環境を与え、現場で伸ばす

キャリア採用についても教えてください。オンリーワン企業ならではの特徴はありますか。

吉田氏:大きな特徴は、大企業で役員クラスまで務めた人が、定年後に弊社に来るケースが多いことです。売上が数千億という大企業で専務だった人もいます。中には、定年前に早期退職して来てくれた人もいます。彼らが言うには、弊社はオーナー企業なのでしがらみが少なく、自ら社会に役立つプロジェクトを立ち上げて没頭できる点に魅力を感じているらしいのです。これらのキャリア採用者のほとんどは、過去に弊社と仕事で接点を持った方々です。私とも直接会っていますので、弊社の考え方や働き方を知ってもらっていたわけです。

私は日ごろから、「面白いモノをつくろう」と発信しています。一つ一つの製品は、独自の発想から新たな技術を開発し、挑戦して完成した大切な作品だと思っています。私もそうですが、エンジニアや研究者は、世界で誰もつくっていないものをつくり出すことに喜びを感じるはずです。大企業で働いていた方は、若いころは何をやるかよりも企業のステータスや報酬に魅力を感じていたと思います。しかし、会社都合の研究開発にストレスを感じるようになると、自分の技術を活かすことや研究意欲を満たす仕事に強く魅力を感じるように変わることもあるのではないでしょうか。

弊社にはキャリア採用者で構成されている開発チームがあり、そこには若手が一人加わっているのですが、平均年齢は60歳近いです。本来なら大企業で再雇用されたほうが待遇は良いはずですが、やりたいことのために集まった一流の経験者たちです。若手にとって、やりたいことに本気で取り組む姿勢は良いお手本でもあり、行き詰まったときには過去の経験を踏まえたアドバイスがもらえる最高の相談相手でもあります。彼らは弊社にとってかけがえのない存在です。

自由に働く社風から、大企業ではできない新しいものが生まれるということでしょうか。

吉田氏:そもそも弊社の主力事業の分野が特殊であり、大企業と同じことをやっていては生き残れないという危機感があります。新しい人材は主力事業にとらわれない良さがあるので、新卒・キャリアを問わず、入社から間もなくてもプロジェクトを任せてチャレンジさせています。モノづくりの面でたとえると、期間を1年と決めて自ら立案し、試作機をつくります。技術的プロセスは、自分だけではカバーできないので、社内の協力を得て進めることになります。一流の研究者や、大企業の一線で開発を行ったエンジニアが在籍しているため、スペシャリストの多様な知識や技術を活用して、新しい分野へチャレンジすることができます。また、プロジェクトを推進させる面では、元大企業役員クラスのベテランキャリアたちから積極的にアドバイスをもらうようにと伝えています。主力事業の責任者ならば「それは儲かるのか?」「製品としての出来はどうか?」と指摘されるかもしれませんが、彼らなら「それは面白いのか?」「役に立つのか?」という社会的な観点や広い知見から問い掛けてくれます。この問いに対する答えを考えることで、ユニークな製品が生まれてくるのです。

新しいものをつくることは、ニッチ市場でなくとも難しいことです。通常のマネジメントからは生まれてきません。一人一人が自分でやってみたいと思えることにチャレンジして、初めてアイデアの種が生まれます。それを周りのエンジニアや研究者が支えて一緒に育てることで、新しいものが生まれてくるのではないでしょうか。技術力の高い製品が生まれる背景には、社員がのびのびと仕事をできる環境があるのだと思います。

エンジニアや研究者が自由にチャレンジできる環境を与え、現場で伸ばす01

個人が本質を考えて行動することで、突発的なリスクに対応できる

防災システムを扱われていますが、今回の新型コロナウイルスというリスクにはどのように取り組まれたのでしょうか。

吉田氏:社内の取り組みとしては、非常にアナログですが、緊急時の連絡網を徹底しました。災害は突発的なものです。いくら綿密に対応策を練っていても、実際の災害時には、自分の判断で行動しなければいけないことがあり得ます。弊社は、防災インフラに深く関係していることもあり、それに関わる社員は有事の際に何が重要かを自ら考えて行動できなければいけません。この基本さえできていれば、日常業務で行っている個人の判断を組織で支える仕組みと、必ず連絡が取れる緊急連絡網で十分に対応できます。今回の新型コロナウイルス対応についても、一律にやり方を決めることはせず、業務の内容に応じて、部署のリーダーが各自判断することを基本としました。その判断基準は、担当している業務の社会性のレベルに応じています

社会性という判断基準はどういうものでしょうか。

吉田氏:たとえば、地震による建物構造の損傷度合いを推定するシステムは、お客さまにとってその建物や働く人を守るために大変重要なものです。これは、極めて社会性が高いと言えます。そのため、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言中であっても、できる限り顧客の要望に合わせて行動していました。一方で、弊社の販売業務は客先に行くことを控え、在宅勤務で柔軟に対応しました。会社として何を避け、何をしなければいけないかという大きな方針は私が出します。ただ、社長命令で在宅勤務を目的化するのではなく、一人一人が社会性の観点を持ち、自身の感染や拡大を避けながら、いかに事業継続するかを柔軟に考えて対応することが重要です。その意味でも、今回、取引先の事情に応じて考える自由を設けておいてよかったと思いました。普段の自由度の高い職場環境が、緊急事態において一人一人が本質を考えられる力を育てていたのだなと、あらためて実感しました。

個人が本質を考えて行動することで、突発的なリスクに対応できる

取材後記

白山工業が世に送り出した汎用金属スリッター、地震計測用データロガーはニッチ市場でトップシェアを維持しています。「中小企業は採用したいときに採用できるわけではない」という姿勢で人との出会いを大事にし、その人が自社でどのような活躍をするのかを想定して採用する。採用後はすぐにプロジェクトを任せ、モノづくりを通して自ら考えさせて、行動できる人材に育てていく。「今まで世の中になかった製品を開発する」という白山工業のモノづくりの姿勢は、「自主的な社員が育たない」と悩む企業へのヒントになるのではないでしょうか。

取材・文/堀井 蒼、編集/d’s JOURNAL編集部